BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
今日は青葉の誕生日。麻弥の時と変わりなく、俺の部屋に集まる二人。
いや、麻弥の時ほどの騒動がないことを考えると、まるで変わりないとも言えないか。
「うなぁ……極楽ですなぁ……。」
「そうかい。」
「うな、もーちょっと左ぃ……うななぁ……。」
折角作ってやった料理もそこそこに、胡座をかいた俺の膝の上で丸くなる青葉。
特にプレゼントの要望もないということで、こうしていつも通りに顎の下を撫で回しているわけだ。
猫か。猫なのか。
「んむんむ、はいはふぁあふ、ひょーひはへは……んぐ、大したもんっすね。」
「すまん、前半が全く聞き取れんのだが。」
「相変わらず料理だけはって褒めたんすよ。光栄っすか?」
「お前、どの立場からモノ言ってんの?」
対象的に麻弥はガッツク。それはもう引くほどの勢いだ。
寛いでいる表れか、単に嘗め腐っているだけなのか……いや、肩肘張られるよりかはマシか。
それに会場設営(配膳程度だが)を手伝ってもらった手前、あまり不快感を露骨にするわけにもいかず……。
「ところで、〇〇さんは何を用意したんです??……あ、皆まで言わなくていいっす。そっすよねぇ、〇〇さんにそんな甲斐性あるわけないっすよねぇ。」
「クソが、質問の内容よりも煽りばっか耳に入ってきやがる。」
「あっははっ、図星っすか?図星っすかぁ??」
「お前、その辺にしとかないとメガネ砕くぞ。」
「……〇〇さん、ただでさえ強面なのにその口の悪さは……そりゃボッチにもなるっすよね……。」
「……。」
どこまでも人を嘗めた奴だ。前に比べて学校じゃ大人しくなった分の反動が出ているのか、はたまた俺を見下し始めたのか。
何にせよ一度シメておくことに決めた俺は、無表情を崩さないよう近づき右手の親指と小指で彼奴のコメカミを押し込む。
技名があるとしてもさっぱり分からない握力の暴力は、文字通り片手間に躾けるにはもってこいだ。
「うぉあああああああ!?いだだだだ、いだいっす!!いだいっすよぉお!!」
「……。」
「な、なんつー無表情でそんな、どこから力が……!?」
「……反省したか?」
ミシリと何かが軋む音に続き、必死に両手をバタつかせながらの悲鳴。
数秒で開放した後に訊いてみる。
「……は、反省??反省っていうのは、悪いことをした時の、アレ……?」
「当たり前だろう。」
「……や、ジブン、特に悪いことは言ってない――」
「そういうところだぞ!!」
再開。
「あだだだだだだっ!!!や、やめ、〇〇さ、やめ――!!」
「……。」
「だ、だから!どうしてそんな、無表情に……!!」
「……。」
「ひ、ひぃぃ!!……全然やめないっすね!?何考えてんっすか!?」
「……。」
……そんなにデカくない俺の手でも掴めるんだ。さすがアイドル、顔ちいせえ。
「……ははっ。」
「笑った!!笑ったっすよ!?いだだだだだ、それに力も増して……!!」
「お、悪ぃ。ぼーっとしてたわ。」
案外悪くない握り心地にどうでもいいことを考えちまった。
我に返ったタイミングで手を離す。
解放されたこめかみを擦るように両手で頭を抱えながら恨めしそうに睨み上げる視線と俺のそれが合う。
「うぅぅぅ……楽しい誕生日会だったのに……。」
「主役差し置いてエンジョイし過ぎなんだよ、お前は。」
「ひどいっす……本当のことなのに……。」
まだ言うか。
次はどう分からせてやろうかと思案していると、ベッドで放置されていた後輩にシャツの裾を引かれる。
「ん。」
「うなぁ、せんぱい、麻弥せんぱいばっかり構わないでぇ。」
「ああ、いや、すまん。」
「うな、せんぱいはこっちでしょ??」
「はいはい……んしょっと、こうでいいか?」
不機嫌そうな眉に導かれるまま先程まで座っていたポジションに戻る……や否や、運動不足の猫のようにのっそりとその上を陣取る。
おまけに右手は彼女の銀髪の上に誘導される始末。可愛らしい要求というか、大した労力でもないので黙って従う。
どこかの同級生も見習ってほしいもんだ。このほのぼのオーラを。
「うなぁん……せんぱい、なでなで上達した??」
「……そうかもな。」
「うなぁ。きもちいー……。」
これだ。まったりしてのんびりな時間。
語彙力もなくなるってもんだ。
「で。」
「あん?」
「や、ジブンの質問っすよ。……で?」
「いや、「で?」じゃないが。」
あ、何かデジャヴだ。
それにしてもなんのこっちゃわからん。何か質問されていたっけか。
「…………やっぱ青葉さん贔屓なんだよなぁ。」
「あ?」
「いーえっ。……その、何用意したのかって、訊いたんすよ。」
「用意?」
目の前に並んでいる料理の数々が見えないのかこいつは。
質問の意図するところがわからず、考えを放棄する。
「だーかーらー、青葉さんの誕生日プレゼントっすよ。誕プレっすよ。タプっす。」
「誕プレまではついて行けたけどな。……近頃の女子高生は更に縮めるのか。」
おっさんみたいな事を言うなと笑う麻弥。ちなみに「タプ」ってのはウチの学校きっての変人、
そう、以前麻弥との変態プレイ(日菜談)を目撃されたあいつだ。あれはあれで語りだしたらキリがない位の変わり者なんだが……その話はまぁ、いいか。
「そういうお前は?何用意したんだよ。」
「……ふっふーん。勿論しっかり準備してありますがね?」
「だから、何用意したんだよ。」
「……や、そのー……まだ、発表するようなタイミングじゃないといいますか……」
シドロモドロ。
だが、ここまで話を出してしまったのだ。それも本人の前で。……タイミングを計るとしても今で良いだろう。
何なら、当の青葉本人はじっと麻弥に視線を送っている。
「いいからほら、青葉も興味津々だ。」
「なっ……!」
「じぃぃぃ……。」
「うぅ、息ピッタリなんすから、もう……。」
流石に青葉には強く出られないのか、観念したように傍のカバンから大きめの袋を二つ取り出した。
馴染みあるロゴがプリントされた茶紙の袋と、若草色ベースのラッピングが施された袋。
「……お前、誕生日だってのに」
「こ、これはただ、青葉さんが喜ぶかと思って……」
「すん……すんすん……さーやのとこのパンだぁ!!」
「あっ」
「おっ」
猫か。重ね重ね。
微かに香る程度の香ばしさを感じ取るや否や、物凄い動きで麻弥の膝へ飛びつく。袋を引ったくるようにして開け、中身に目を輝かせた。
麻弥も麻弥で、突然の突撃に驚きつつもいつの間にか鎮座したその銀髪を撫でてしまっている。
「か、かわいい……」じゃねえよ。
「うなぁ……さすが麻弥せんぱい……なっとくのらいんなっぷ……。」
「めっちゃ喜ぶじゃん。」
「うな!パンはともだち!うらぎらない!」
「そうかよ……。」
「友達、食べちゃうんすね……。」
まぁ、こいつのことだから、何を貰っても喜びはするんだろうけど。
共食い……いや、友喰いの新事実に震えながらも袋からチョココロネを引っ張り出し齧り付く青葉を尻目に、麻弥に問う。
「で、もう一個は何だ?」
「あ、そうでした。……んと、青葉さぁん?これも、貰って頂けると、嬉しいんですけども……。」
「う?」
「これは……――」
さっきまでの勢いはどこへやら。もじもじと自信なさげに包装を解く麻弥。
最初は包みを青葉に差し出したのだが、食べるのに忙しい彼女に断られたのは少し面白かった。
「……服?」
包みから出てきたのは珍妙なデザインの服。それも二着だ。
デザインを言葉で説明するなら、白地をバックにメロンパンらしき丸いキャラクターとフランスパンらしき楕円のキャラクターが肩を組んでウィンクしている……いや、言葉にしなきゃよかった。文章で見ると字面すごいなこれ。
袖の部分が緑のものと、青いもの。絶妙な色違いである。
「えと、その……一枚は青葉さんに。」
「うなぁ!ありがとぉ!」
「もう一枚は……俺?」
「あ"?」
「あいや、違うよな、うん。」
お前が全く説明しないからボケてみたら……わかったわかった、そんなに睨むなってば。
冗談はともかく、何故二着も?それも、大したデザインとは思えないものの色違いを……。
「その……前に、〇〇さんと青葉さんがお揃いのシャツを着ている……って、言ってたじゃないっすか。」
「……あぁ。」
「……なんか、いいなーっていうのと、ずるいなーっていうのが、ずっとあって……。青葉さん、もし嫌じゃなければ、ジブンとお揃いで、着てほしいっす。」
「うーなー……。」
「……だめっすか??」
二着を見比べることに一生懸命な青葉に対し、不安そうに上目遣いで見つめる麻弥。
アイドルのこの仕草とあっちゃ、一部のファンならイチコロだろうな。
「うな!モカちゃんはこっちの緑のがいいです!」
「!!……お揃い、嫌じゃないっすか!?」
「う??……うななぁ、このシャツも、良いデザインに良い手触り……青色のは麻弥せんぱいが着たのを見て楽しむことにします。」
「……ふへ、ふへへへ……!!気に入ってもらえたようで、何よりっす!!」
「うなぁん。麻弥せんぱい、早く着て、早く着てー。」
「は、はいっ!……ふへへ、お揃い……ふへへへへ……。」
成程な。
俺にとっては大した出来事じゃなかったが、こいつはずっと引き摺っていたらしい。
ま、普段特に一緒にいる時間が長いこともあって、疎外感のようなものを感じていたんだろう。
態度には全く出さないくせに、可愛いところもあるじゃんか。
それにこの……女子二人が仲良く、お揃いのシャツに着替える様なんか微笑ましく――
「いや待て。」
「な、なんすか。〇〇さんの分はないっすよ?これもあげませんからね。」
「そうじゃねえ。何普通に着替えようとしてんだ。」
「へ?……~~~~ッ///」
捲し上げかけた裾を慌てて下ろす。チラリと覗いた健康的な腹部が、まるで恥ずかしがるかのように布を被った。
止めなければワンチャンあったような気もしなくはないが、それはそれで後が怖い。
俺は健全な男子高校生として、正しい判断をしたと言えよう。
「うなぁ、麻弥せんぱい、だいたぁん。……んしょ。」
「本当にな……って、いやお前も少しは躊躇え。」
恥ずかしいやら腹立たしいやらでこちらを睨む麻弥を尻目に、ケラケラ笑いながら自分のパーカーを捲り上げる青葉。
一応止めはしたが……ああ、もう聞いちゃいない。
「ちょ、青葉さぁん!!」
「うなな??……せんぱぁい、脱がしてー。」
「いやいやいやいや!!流石に恥じらいましょうって!!や、ジブンが言うのもアレっすけど……」
「まったく。……ほれ、まず腕から抜け。」
「うなぁ。にゃるほどにゃるほどぉ。」
「〇〇さぁん!?慣れすぎっすよ!?慣れちゃだめっすよ!?青葉さんは懐いているとはいえ後輩の、女子ですし!!……あれ?ジブンのときも妙に落ち着き払った声で止められたような……。ッ!!ハレンチ!!〇〇さんは不潔っすぅ!!」
「…………よし。」
「はふぅ。お着替え完了~。」
「うわぁ!!全くもって聞いていないっすぅ!!」
動き出したら出したで、止めようが無い後輩だ。今更取り上げて新鮮なリアクションを見せるほど珍しい裸体じゃないしと、目的の着替えを手早く終わらせる。
どんなシャンプーで洗っているんだか、手触りが癖になりそうなサラサラの銀髪を整えながら、級友大和麻弥の百面相を見守った。
「にへへ、麻弥せんぱぁい。見てーこれー。」
「お……っふ。」
「似合ってるってよ。」
「わぁい!!麻弥せんぱい、ありがとー!!」
わなわなと震えた後に漏れた謎の吐息だったが、その顔面の紅潮具合を見るにさぞかしご満悦だったろう。
青葉も無邪気に喜んでいるし、悔しいがいいセンスのプレゼントじゃないか。
「……ほら、お前もおそろいになってやんな。俺、後ろ向いてるからさ。」
青葉の期待に満ちた視線を見て、未だあうあうと言葉を探している麻弥に伝えて窓を見やる。
……ああ、夏の終りを感じさせる。涼しげでどこか寂しげな、いい天気だ。
**
「で?」
「……しつこいぞ、麻弥。」
「いやいやいや!!結局〇〇さんは何もあげてないじゃないですかぁ!!」
宴もたけなわ。
いい具合に腹が膨れてきたところで、本日何度目かの一文字クエスチョンを賜る。
本人よりもプレゼントを期待してどうする。それはあれか?私だけ頭使ったみたいで不公平だ――みたいな。
「……俺はほら、これから買いに行こうと思って?」
「はぁ?」
心底呆れたような、小さな口を精一杯に脱力させた顔。
とはいえ何も酔狂な冗談を噛ませている訳じゃない。
――俺は、実のところサプライズというものがあまり好きじゃない。勿論その行為を、付随する所謂"気持ち"の部分を否定する気はないが、折角渡すものであれば一番喜ぶものを贈りたいのだ。
そういった理由から、ここ一月ほどリクエストを窺っているんだが……。
「〇〇さん。それは――甘えっす。」
「うるせえ。俺はいつもそうなの。」
「だってそんな……ところで、青葉さんは何をリクエストしたんすか?」
「……。」
「それが、何も。」
そう。
結局返事らしい返事をもらえないまま、悪く言えばはぐらかされたままにこの日を迎えてしまったわけで。
何の躊躇いもなく山吹ベーカリーのパンを棚ごと買わせようとする後輩が、誕生日プレゼントの一つも教えないとは。
……実に、参ってしまう。
「なあ青葉。さすがに教えてくれねえと、麻弥に恨み殺されちまうぜ。」
「……うなー……。」
「そんなに、言いづらいもんなのか?……流石に、財布の許容限界はあるけどよ?何でも良いんだぞ?」
年に一度のことなんだし。……と続けようとしたが、腕の中にすっぽり収まった後輩の見上げる視線に思わず唾を飲んだ。
高価なものなのか、入手困難なものなのか。潤いを湛えた瞳を逸らさずに、三人の沈黙の中で青葉は訥々と。
「……せんぱい、最近はまた青葉って呼ぶ。」
「……あー……。」
「なんで?」
「……不満か?」
「……う。……たまには、ちゃんと呼ぶって、言ったのに。……ずっと、待ってたんだよ?」
思えばそれは、いつぞやの夜のこと。
返すための口八丁……と言ってしまえば流石に失礼か。とはいえ、そんな、気恥ずかしい真似……なんというか、キャラじゃない気がして。
どうにも呼び慣れた、
「…………。」
「…………せんぱい。」
「……なんだよ。」
「〇〇……せんぱい。」
「ッ……。」
いやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいや。
ヘタレだなんだと笑うなら笑えばいい。しかし、一人の女の子を、前にして。
今までの呼び方と違う呼び方を始めること。……それをしてしまえば、もうただの先輩後輩の仲で居られなくなってしまうような気がして。
……たかが呼び名一つと、思うだろうが。
俺にとってはれっきとした線引の行為なわけで。
つまりは、関係性が……そんなの……もう。
「……モカちゃんはね。」
「……。」
「せんぱいに、ちゃんと見てほしいのです。」
「……。」
「モカちゃんは。」
ああ。
いくら
彼女が――青葉モカという少女が、誕生日をきっかけに俺に強請ろうとしているもの。
「……せんぱいを、ひとりじめ、したいのです。マキちゃんよりも、ずっとずっと、大切にしてほしいのです。」
「あお……モカ、それは、でも……」
「あたし、を……せんぱいの、恋人さんに……して、ほしいです。」
**
祭りの後の静けさというか。
片付けもそこそこに、気づけば近くの駅までといういつもの――考えてみれば中途半端な――見送りも終わり、一人自室の天井を眺めている。
「恋人、か。」
部屋にはもう誰も居ない。心の深くに封じた記憶に寄り添う、何でも話せた彼女ももう居ないのだ。
大好きだった、何よりも大切にした……その末に失った、彼女も。
自分は青葉に何を重ねていた?
……いや、青葉だけじゃない。想いを振り絞ったリサも、帰り際に恨み言と涙を見せた麻弥も。……ああ、出会いが出会いなだけに距離が掴めない沙綾もいたか。
今の関係は居心地がいい。
後輩、クラスメイト、同級生、馴染みの店の看板娘。これ以上深まることも壊れることはないから。ないと、思っていたから。
特別にならなければ、ある種盤石な……取り扱いに注意することもなく、分かりきっている日々を安穏と過ごしていくには丁度いい距離感。
この機会に曝け出すべきなんだろうか。
きっと俺は、俺達は。動き出してしまったんだ。振り切るときなんだろう。
きっと、そうだ。
――俺は。もう大切なものを喪いたくない。
「だから、特別なんて作らないって……決めたのによ。」
青葉、恨むぞ。
なんつー悩みのタネをプレゼントしてくれたんだ。
終わりそうですね。
<今回の設定更新>
〇〇:結末を見据えて。
停滞が好きなのは作者と一緒。
モカ:策士。
麻弥:進みたい。それでもどこか優しさが邪魔をして。
いい人が痛い目を見る世界。