BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
「だからさぁ。」
羅須歯科。
相変わらず人の居ない待合で、気怠そうに長椅子に突っ伏す院長と、傍でくそ真面目に寄り添う奇抜な髪色の歯科衛生士。
そういえば彼女の髪色は、応援しているアイドルのパーソナルカラーを模したものだとこの前聞いた。道理でコロコロ染め直すわけだ。
「ありゃ大発見なんだって。」
「……アンタも大概、暇人ね。」
俺。歯科に罹る予定もなければ口腔内も至って健康。
不思議と潰れずに診療を続けていられるこの歯科医院には、仕事終わりのこの時間よく立ち寄る。
チュチュ曰く昼間はそこそこ混んでいるそうで、受付時間終了間際のこの時間帯であれば邪魔になることもないだろうとの事。
込み入った人間関係は置いておいて、ここの人たちとはもうすっかり友人のような間柄。会社の同僚なんかよりもよっぽど気を許している気さえするほどだ。
今日も今日とて大した目的もなくオシャベリに花を咲かせに来たに過ぎない。
「ま、ね。れおなちゃんにも会えるし、チュチュも居るしなぁ。」
「えへ。私も、〇〇さんに会えるのはうれしいです~。……チュチュ様も、ですよね??いつもはこっちまで出てくることもないですし。」
「うっさい。……ま、今日に限っては言いつけ通りの時間に来たことを褒めて遣わすわ。」
偉く上から来るじゃないか。
「そもそも俺も仕事があるんだ。どうしたってこの時間に――」
「今日の昼間、ロックが来てたの。」
「――あ、ああ……六花ちゃんが、ね。」
それは――鉢合わせずラッキーだったと言うべきか。……言ったら言ったでチュチュにまたどやされるんだろうが。
六花ちゃんは
他のスタッフには実家の都合と説明したらしいが、俺とチュチュは真相を知っている。勿論、俺絡みだ。
未だ納得したわけじゃないが、やはり人によっては傷になる出来事だったらしい。チュチュはその気持もわかると言っていたが……果たして。
「最後に、元気そうなお顔見られてよかったですね~、チュチュ様??」
「……そうね。今回は
「〇〇さんも、ロックさんとは仲良しさんでしたよね。……寂しいです??」
俺は――と、いつもの調子で返そうとして口を噤む。いや何も疚しい事があるわけじゃない。が――
「…………。」
「…………?」
――半ば睨むようなキツイ目つきの院長様としばし目線を交差させる。
元より柔らかくはない顔つきの彼女だが、今に於いてはさすがの俺でも解る。「余計なことは喋るな」と言わんばかりの射抜くような眼力。
いつまで経っても帰ってこない回答に首を傾げるれおなちゃんに、当たり障りのない真実を伝える。
「まあねぇ。……ま、これくらいの歳になるとみんな色々あるんだろうさ。」
「ですかね~。」
「寂しくないといえば嘘になる、かなぁ。」
「え~、なんですかぁそれ~。」
……これでいいんだよな?チュチュ。
**
「……で、君は何故そんなところに収まってるんだ?」
膝上のチュチュ様に問う。
れおなちゃんは佐藤先生に叫……呼び出され、奥の診察スペースへ引っ込んでしまった後。ガチャガチャと器具を弄り回している音から察するに、当分は手が空かない気がする。
全く、ふわふわしているようで肝の据わった娘だ。俺なら漏らしちまいかねん。あの一見ヤンキーのドリルマスターに怒号のような勢いで名前を呼ばれようもんなら。
「……いいじゃない。別に。」
「向こうはかなり忙しそうだぞ。いいのかよ、院長様がサボってて。」
「……ロックがね、言ってたわ。」
「あん?」
「「〇〇さんは何も悪くないんです。寧ろ私なんかが、勝手に舞い上がっちゃったのがいけないんです。」って。」
「……。」
膝の上のちびっ子はやや視線を落としているせいか表情も読めず、声もくぐもって聞こえる。
おかげで、あまり存在意義を為せていない俺の目はどこを見ていいか分からず、病院待合室の机だとは言われても思えない程乱雑に散らかったコーヒーテーブルを何となく眺めるだけとなってしまっているわけだが。
俺は悪くない、か。
「あの娘も、悪いことはしてないだろ。」
「けど、ロックにそう言わせてしまったのは……紛れもない、事実よ。」
「……ああ。」
「アンタが、言わせたのよ。」
「……。」
二十余年ぽっちの人生。正直
俺自身、恋だの愛だのが全くもって理解できない人種だ。多少広い視野を持つチュチュにとっても粗野に映る程度には、俺という人間は奔放で歪んでいるらしい。
……何がいけなかったんだろうか。
「アンタはウチのスタッフを退職に追いやった……いや、そんなことより、もっと……」
「……。」
「……や、これは言わないでおくわ。セイダイなブーメランでもあるもの。」
「ん……?」
「あの娘の辛そうな表情を見て、震える声を聞いて。……それでも、ね。何だか笑えてくるのよ。」
もぞもぞと尻を軸に体の向きを変える。それまで俺に向けられていた背は見えなくなり、代わりに眼前に広がったのはちゆちゃんの初めて見る顔だった。
両の目に潤いを湛えつつ……いや、それは頬をも濡らしているか。そうありながらも上がる口角と、まるで生まれて初めての感情に困惑するかの如く下がる眉。
……いつだったか。彼女も自語りをしてくれた事があった。自分も同じように、俺と同じような歪な人間であると。
「一人のオトナとして、地位ある立場として。あの娘にもっと掛けるべき言葉はあった。止めるChanceすらあった。それなのに……ね。」
今はもう居ない、二度と会うこともないだろうかつての従業員に思いを馳せるように。目を泳がせることもなく訥々と想いと涙を零すチュチュだったが、やがて小さく息をつき俺のシャツで顔を拭った。
抱き合うような姿勢のまま数秒。表情を整えた彼女が息も触れ合いそうな距離で顔を上げる。そして――
「この結果を招いたのは、汚い大人
「そう……だな。」
「ケド……。」
「あん?」
「……。」
「……?」
「心のどこかでは、ホッとしてるのよね。……これは、お互いがLoose adultってことで打ち明けるんだけど。」
「る、るー……何だって?」
「Ah……だらしない??オトナってことよ。」
「……あぁ。」
なるほど。
そんな言葉で纏めていいものか、その判断はつかないが……中々に的を射ている。
まだ青さの残る女性を護ることが出来ることを一端の大人であると定義するなら、まさに今の俺達は"だらしない"のだろう。
「で、どうしてチュチュがだらしないとホッとするんだ?」
「……その言い方だとワタシだけが駄目なオトナみたいじゃないの。」
「あぁ?……んじゃ、チュチュと、俺が、だらしないと……だ。」
「ん。……それは、アンタが他の……」
「他の?」
「……察しが悪いにも程があるわね。……まあいいわ。結局はその部分も含めてアンタだもの。」
ああ全く話が掴めない。……し、考えを巡らせる前に結論を出されてしまっては追求もできない。
チュチュが納得したならそれでいいか。
「あ。」
「ん。」
「全然関係ない……と思うのだけれど、最近ハナゾノを見ないのよね。」
「そもそも辞めた後に頻繁に遊びに来るのも問題だったろ。"ハナゾノさん"なら、今は――」
急な方向転換を見せた話題に、そういえば報告していなかったなと思いつつも返事を返す。まさにその時。
「あー!!!ちゅ、チュチュ様!!ずるいですっ、〇〇さんに抱っこしてもらうだなんて!!」
作業が終わったのか、戻ってきたれおなちゃんに大声をあげられる。
抱っこて。表現可愛いかよ。
いやしかし、考えてみれば確かにそう見える。向かい合って抱き合う男女、とそれを目撃してしまう共通の知人。しかもそれが好意を持った相手ときたら……
……うん、世間じゃそれを修羅場と呼ぶんだぜ。
「な!あっ、ち、ちがうのよパレオ!!Misunderstandingだわ!!」
「何が違うんですかぁ!!ぎゅって!!ぎゅってぇ!!」
「……別に普段からするだろ、ふたりとも。」
「ちが、違うんです〇〇さん!!チュチュ様、「仲がいいのは結構だけど、勤務時間中は控えなさい」ってぇ!!」
「れおなちゃん、モノマネうまいね??」
「ちょ、今褒めるところじゃないでしょ!?それにワタシあんな偉そうに言ってないもの!!」
いや結構似てた。
膝の上で妙に体を捻りつつギャーギャー騒ぐ院長様の姿に、堪らず距離を詰めてくるれおなちゃん。ずんずんずんずん。
「チューチューさーまー??」
「違うのパレオ!!これは、その……えっと……!!」
「……?……いってぇ!!!」
先程までのシリアスな空気は何処へやら。散々テンパりまくった挙げ句、ちびっこ院長に太ももを抓り上げられ思わず声を上げる。
これまた苛烈な救援要請だ。
が、特に気の利いた助け舟は用意できず。仕方なく今日ここへ来た時に挙がった話題を再度振り直す。
「……は、裸!……で、布団被ると肌触りがいいよなぁ!!って!!」
「……はいぃ?」
「な!!チュチュ!!」
「へ??」
「な!!」
「……え、ええ!!そ、そうなのよ!!」
怒りと僻みが混ざったような行進は止められたが、代わって向けられたのは怪訝な目。
……向こうに引っ込むまでは君もこの話してたよね?
堪らずチュチュにパスを送るも二の句は継げないようで。そりゃそうだが。
「それと、ふたりが抱き合ってることは繋がりません……けど……?」
「ええと、それは、あれだ!……チュチュ!!」
「またワタシ!?……So、布団もいいけど、結局は人肌よねって……〇〇が!!」
「言ってねえよ!!」
初戦は口からでまかせ。まるで噛み合っちゃいなかった。
結果としてれおなちゃんに不信感が募ることとなり、折角止まった足も再度加速。飛びついてきたれおなちゃんの勢いと重みに、組み伏せられるような格好になってしまった。
組み伏せられると言うか、押し倒されたと言うか。
「ふふ~、〇〇さん、いい匂いです~。」
「ただ男臭いだけじゃない。」
「む、チュチュ様はこの良さがわからないです??」
「……それは……知っては、いるけども。」
満足ならそれはそれでいいんだけども。
「……あ、そういえばチュチュ様?」
「ん?」
「さっき先生とも話してたんですけど、最近花園さん見ました?」
どうしてそうあの人に触れたがるんだか。
花園さんは居ても居なくても印象に残る人……という認識は俺も周囲も同じらしかった。
「ああ、それなら今は――」
「何、してるんですか?」
「――あ。」
冷ややかな声になんとか首を擡げて受付の方を見れば。
まさに今この場に立ち会ってしまったであろうレイさんの、汚物でも見るような視線を両目で認識してしまった。
知ってる知ってる、これって、天丼って言うんだよな。
**
「……全くひどい目にあった。」
弁解しようと体を起こす俺の言葉を遮るように放たれた、「〇〇さんがそういう人だってことは、花ちゃんから聞いていますから。」とかいうレイさんのキツイ一言が未だに胸に刺さっている。
その後で取り繕うように付け足された「大丈夫です。」も痛恨である。
「ぱれお、ご迷惑かけちゃったです?」
「いや。……そんなことはなかったよ。寧ろ相変わらず良い抱き心地で安心した。なんというか、ありがとう?」
「……謝ろうと思ったのに、感謝されちゃったです。うむむ。」
程よい柔らかさが癖になる子だ。一方でチュチュは、また何とも小難しい顔をしながらこちらを睨みつけていた。
救援の不甲斐なさを嘲笑っているんだろうか。
「〇〇。これだけは言っておくけど。」
「んぁ?」
「……パレオを悲しませるようなことはしないで頂戴。」
「チュチュ様?」
「……アンタの出した結論如何によっては……勿論ワタシも、潔く、退くつもり……だから。」
「……ああ。」
言われなくてもわかっている。
六花ちゃんの時のような、あんなことは繰り返さない。もうだらしないなんて、言わせねえ。
話の展開を読みきれず呆けたような顔で口を開けるれおなちゃんを抱き寄せ、甘い匂いを感じながら再び心に留める。
壊れているなら、壊れる前の普通を知ればいい。
それで、幼気な心が傷つかずに済むのなら。
「……さっきはウヤムヤになっちゃったからね。わかっているならいいの。」
少し寂しげなチュチュの表情に、言い出せなかった言葉を飲み込む。
そろそろ遊んでも居られないようだ。結論を、出す時なのだ。
俺が誰との関係を、一番大切にすべきなのか――
お久しぶりです。
<今回の設定更新>
〇〇:大詰め。
パレオ:抱き心地がほんっと丁度いい。
チュチュ:人のことは言えないほどに暇人。
レイヤ:要所要所を締めるにはこの人。
言葉の切れ味がエグい。
たえ:?