BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
毎年何だかんだ言いつつも年末の行事として熟す大掃除だが、今年は妹の我儘に付き合っていたせいもあり年始の今日やることとなってしまった。
とは言え終わっていないのは自分の部屋と周辺の廊下や壁だけなので、それほど時間を要するものでもないだろうし…半日もあれば終わるだろう。
「ぅおい友希那、お前も動きんさい。」
「や。」
「や、じゃない。お前がいつも寝ているベッドだとか椅子代わりにする卓袱台だとか…掃除できるところはいっぱいあるだろ?」
「…や。」
「どうした、幼児退行か。」
相変わらず感情の読めない表情を一ミリも崩すことなくベッドを独占する我が妹。小さな体を「大」の字に目一杯広げる様は、「動いてなるものか」という固い決意が見えるようである。
「じゃあせめて着替えておいで。いつまで寝間着でいるんだよ。」
「面倒なの。」
「面倒でも着替えといで。もう昼になっちゃうからよぉ。」
「ん。」
そのまま起きる事無く両腕を突き出してくる。表情は変わらないが顔はこちらを向いており、何かをさせようとしているようだが…起こせと言う事か?
「…ったく起きるくらい自分で…っしょっと。」
「………??…ん。」
突き出された両手が下りない。要求と違う事をしてしまったのか?
「なんだよ。起こしてあげたろ?」
「着替え。」
「着替えが何。」
「やって。」
「馬鹿野郎。」
果たして正気なんだろうか。幾ら物臭とは言えこの歳になって異性に着替えを任せるんじゃない。まぁ、妹相手に何をそんなに意識しているのかと言われたらそれまでだが、妹になる前は他人だった女の子だ。俺にとってみりゃ苦行以外の何物でもない。
つい口が悪くなってしまったが、ここで許すと今後も…更には俺以外の男にまで考え無しに依頼しだす未来さえ見える。そんなの、ほら、あれだろ?
「いいか友希那。」
「何かしら。」
「お前女の子、俺男の子。」
「知ってるわ。」
「…なら、着替えはおかしいよな?」
「???何故?」
「こらこらその純粋な目を向けるのはやめろ。ほらその…女の子の裸をこんな至近距離で見ちゃうのは倫理的にも人道的にも…アレだろ。」
そもそも俺がそんな耐性無いんだ、この手の奴は。
「でも、裸にならなければ着替えは出来ないわ。」
「だから自分でやれと…」
「布一枚剥がすのに何をそんなに悩む必要があるの?」
「その布一枚が途轍もなく重いんだよ馬鹿…。」
「???……重くないわ?ほら、簡単に捲れるじゃない。」
「わぁー!わーっ!!やめろ馬鹿!何てもん見せんだ!!」
「???」
重いという言葉を文字通りに受け取ってしまったお馬鹿な友希那だが、重くない事を証明するために取った行動は輪をかけて阿呆なもので。半分はだけて残り二つとなっていたボタンを全て外して、パジャマの全面部分を観音開きにして見せたのである。正に仏の如く神々しい程にキメ細やかな肌とまだまだ未発達な……兎に角、普段まともに動かない癖に妙なところで行動力を見せつけてくる妹。これからはナマケモノと呼んでやろう。
そのナマケモノさんだが、本当に状況が理解できていないらしく「何を言っているんだお前は」と言わんばかりのキョトン顔で小首をかしげている。いいから閉じろ、前を。
「その、ほら、何だ!風邪ひくだろ!!」
「…確かに、この風通しはあまり心地良いものじゃな…っくちゅっ!」
「ほら言わんこっちゃない!じゃあもう着替えなくていいから、邪魔にならないところに避けててくれ。」
「お兄ちゃん、鼻水だわ。」
「あぁもう……ほれ、
二枚引っ張り出したティッシュをずびずび言っている友希那の鼻に宛がう。紙に水気が増していく感覚を確認し、強くこすり過ぎないように拭き取る。事が終わると満足そうに鼻の下をぺたぺた触り、大人しくベッドから降りてくれた。
…さて、長くなったが目標は大掃除。早速空いたベッドから手を掛けて行こう。
**
「ふぃー…。ここまで細かくやると気持ちいいもんだなぁ。」
隅々まで道具を使って掃除していくと、普段は気づけない汚れやゴミが出て来て正直引く。だが、それらを片付け終わった後の達成感はかなり大きい。
…残るは部屋の入口脇に設置してある四段のカラーボックス。ここは最早魔窟だ。
元々整理もせず、兎に角「保管しておきたいが仕舞うところが無い」ものを雑多に突っ込んでいたり、「机や棚から追いやられたが捨てるに棄てられないもの」を
「………ここかぁ。」
「なっ…!ちょ、ちょっとお兄ちゃん?」
「何だよ慌てて。」
「……ここ、片づけるの?」
「当たり前だろー、ここで最後なんだから。」
「……むぅ。」
どうやら何か都合が悪いらしい。それまで頑として動かなかったくせに、一段目を開けようとした瞬間に小走りで近寄ってくる。しかし小股だな。
「…何か隠してんのか?」
「か、っかかかくしてなんかにゃい、わよ。」
「ふーん…?じゃあ開けちゃってもいいよな?」
「にゃぁー!!ちょっと待って!待ちなさい!!」
「何だよ可愛いな。」
「にゃー」って。いや、噛んだのはわかる。テンパってるのもわかるんだよ?でもあの友希那が「にゃー」って…。
草も生えるってもんですよ。
「はいっ!」
「おっ、いい挙手だ。…じゃあゆきにゃちゃん。」
「何よその呼び方。」
「にゃーにゃー言ってっからさ。」
「……悪くないセンスだわ。」
「だろ?……で?何の挙手?」
「このカラーボックスだけは私が整理するわ!」
「……ほぉ?…できんの?ゆきにゃちゃん。」
今までの事もあるし今更やる気出したところで違和感しかない訳だが…一応面白いので話は聞いてみよう。
「できるっ!」
「…その威勢を普段から出しなさいな…。」
活力に満ち溢れておる。
ぽんぽんと頭を撫でると且つてないやる気で腕まくりを始めた。恐らく後で引き継ぐかやり直すことにはなるんだろうが、無気力な友希那が折角やる気を見せたんだ。
動悸はどうであれ、任せて見守るのが兄貴の務めってもんだ。上手にできない腕まくりを手伝い、その無駄に長く綺麗な髪を結ってやる。形が整うとテンションが上がる感覚が友希那にもあったようで、戦闘準備が完了する頃にはすっかり掃除人の顔つきになっていた。
「…やるわよ!」
「はいはい、それじゃあ一足先に休憩させてもらうかね。」
「存分に休むと良いわ!」
斯くして、謎の挙動不審っぷりと共に、「ゆきにゃのドタバタ☆おおそおじ」が始まったのだった。
**
「…いちゃん。…お兄ちゃんってば!」
「……あん?」
いけない。あまりに暇すぎてうたた寝していたようだ。至近距離で聞こえる妹の声に、朦朧とした意識を覚醒させる。
「…おぉ、友希那。終わったかい?」
「まだよ。」
「そうか…。で、何の用だい。」
態々掃除の手を止めて起こしに来たんだ、きっと俺に何かあるんだろう。顔を見ると若干不機嫌そうだし、何なんだ。
「お兄ちゃん、これ何。」
「ん。…………おぁあ、こりゃ懐かしいなぁ。」
俺が横たわるベッドに撒くように投げられたL版サイズの写真。五枚や六枚じゃなく、数十枚に及ぶそれらには全て同じ人物がプリントされている。
全く懐かしいったら無い。
「誰?この女。好きなの?」
「詰め寄り方が重い系彼女みたいになってんぞ……元アイドルだろ?この子。」
「あいどる???」
様々な衣装とポーズで彩られた大量のブロマイド写真。中には直筆のサインが入ったものや、"○○さんへ"と名前が入っているものまである。
――
周りの他のアイドルがキャッキャと可愛い子ぶる中で少し冷めたようで、一歩引いた立ち位置から爆撃のように強烈なワードで畳みかける流れが大好きだったんだ…。普通に可愛いし。
麻弥ちゃんの卒業と同時にグループを追う事も止め、その知人とも疎遠になっていき…結局ブームが去ったというか、まぁそう言う事だ。
「そうか…そこに突っ込んでたんだっけ…。」
「本当にアイドル?彼女とかじゃなくて?」
「ググってみ?」
「ぐぐ??」
…あぁ、そういう単語も分からないのね。アイドルを知らないのは何となく予想通りだったけども、こういった言葉が伝わらないのは正直しんどい。
「むぅ………。」
「何が不満なんだよ。好きだったのだって昔の話だぞ?」
「……だって、この子、可愛らしいじゃない。」
「そりゃアイドルだからな。」
「あいどるって可愛いの?」
「大体はそうだな。」
「むぅ………。」
「安心せぇ、お前も十分可愛いさ。」
「………じゃあ、私もあいどるかしら?」
「…なりたいの?」
「別に。…でも、可愛かったらあいどるなんでしょ。」
こいつは"アイドル"というワードについて形容詞か何かと勘違いしているのか。アイドル=可愛いが成り立っても可愛い=アイドルにはならないんだが、どうにもこの妹、短絡的らしい。
「あー……うん、そうだな。お前は湊家のアイドルだ!」
「意味が分からないわ…。」
「乗ってやったんじゃねえかちきしょう!」
「あいどるなんかに現を抜かしてないで、早く大掃除終わらせちゃいなさい。」
「お前がやるっつったんだろ!」
「つかれたもん。」
「ああもう知ってたよ…!」
結局最後まで掃除は俺の仕事になったが…まあ片付いたので良しとしよう。
汚れが無くなり、すっきりした心の中には、いつか友希那にアイドルっぽい衣装を着せるというどうでもいい野望だけが残っていた。
にゃー。
<今回の設定更新>
○○:マイブームの移り変わりがかなり激しい。そのかわり嵌ると何処までも
のめり込む癖があるそうな。
アイドル大好き人間ではないが、可愛い女の子は好き。そういうもんだろ?
友希那:昂るとにゃーにゃー鳴くらしい。
最近じゃ着替えも一人じゃしたがらない。
信頼する人間には甘えるタイプ。いや猫やん。