BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
「お兄ちゃん、お出かけ?」
意気揚々と外出の準備を進める俺の背中に不思議そうな声がかかる。友希那の帰りを待っていた為に少し遅い時間となってしまったが、目的の店はまだ営業時間内…彼女にも恐らく会える事だろう。
俺の後ろではベッドに仰向けに寝転がった妹がベッドから溢れた両足をブラブラと揺らしていたが、暇そうに見えて俺の動向は気になるらしい。
「ああ。沙綾ちゃんのとこ。」
「……もうすぐ晩御飯よ?これからパンなんか食べて大丈夫なの?」
「まぁ…そんなに沢山は買わないからさ。」
パン屋の娘こと山吹沙綾ちゃん。最初は香澄ちゃんの一件を通して知り合った訳だが、今では一番と言っていい程交流がある。友希那の影響で知ったガールズバンドブームの割かし先端にも彼女等の属するPoppin'Partyがいて、音楽なぞこれっぽっちも興味が無かった俺を初めてのライブハウスへ誘ったのも確か彼女だったような。
今日はその沙綾ちゃんの誕生日。祝福の言葉を伝えるには店を訪ねるのが一番だと思ったのである。
「ふぅん。……私もついて行っていい?」
「え"」
疚しいことがある訳では無い。が。何というかその、普段家では見えていないであろう兄の姿を見られるというのは些か恥ずかしいものであり、できることなら避けたいというか何と言うか。
正直発展を期待していない訳じゃないし、少なからず好意を持ってしまっているのも事実だ。それを友希那に悟られたらどうなるのだろうか…。
「……なに。焼きたてパン独り占めする気?」
「…ああいや、そういうわけじゃないんだが…。」
「じゃあどうして「え」とか言うの。一緒に居たくないの?パン屋さんに連れて行きたくないの?」
…いや、真っ先にパンの心配をするあたり大丈夫だろう。元より音楽以外はポンコツな妹だ。
時間も限られている事だし、降参した振りを見せた俺は友希那の手を引いてパン屋――やまぶきベーカリーへ向かうことにした。
**
少し遅くなってしまったか、店に着いた頃には店主である沙綾ちゃんのお父さんがシャッターを下ろしているところだった。
パンはもう買えそうにないがそれは目的では無い。沙綾ちゃんを呼んでもらおうとお父さんに話しかけ…ようとした時、俺よりも一歩が早かったのは友希那だった。
「こんばんは。」
「ん。…あぁ、湊さんのとこの…すまないが今日はもう閉店なんだ。」
「パン…もう買えない??」
「ああ、ごめんね。また今度、明るいうちに来るといい。」
「そうなの……。」
しゅんと肩を落とす友希那だが、大して間も置かずにこっちを向いて一言。
「お兄ちゃん、あんなにパン食べたがってたのに残念ね。」
「…あー…うん。まあなあ。」
「おっ、武者小路さんとこの…○○くんだったか。」
「あはい、ども。」
「……ちょうど閉店時間で申し訳ないが…」
「あいや、いいんです、今度買いに――」
古い苗字を覚えられていたのは驚きだったが、話をこちらへ振ってくれたのは僥倖。あとは話の流れで誕生日を祝いたいことを伝えれば物語は先へ進むはずだったのだが。
「今度買いに来るんで~」と伝える俺を遮る様に口を出したのは他でもない、我が妹。
「あのねおじさん。お兄ちゃん、本当は沙綾さんに会いに来たの。パンは口実なんですって。」
こいつになら悟られないとか安心しきってた馬鹿は何処のどいつだ。そうだよ俺だよ。
とんでもなく急すぎる切り口にお父さんの営業スマイルもピタリと静止する。
「……ほう?」
「おいこら友希那。」
「何よ。お兄ちゃん言ってたじゃない、「沙綾お姉ちゃんに甘えたい」って。」
「言ってねぇ!!」
恐らく以前話したお姉さん感の話をしているのだろうが、その略し方と披露する状況が考えうる限り最悪の組合せだ。ご家族の前でなんてことを言いやがる。
「…………つまりアレかね?君は、ウチの大切な娘と如何わしいプレイをする為に、こんな夜更けにここへ?」
「ち、ちがうんすよお父さん!俺はそんな風に娘さんを見たことは―」
「君にお父さんなどとは呼ばれたくないがなぁ!!」
「あああああ誤解です!!そういう意味で言った訳じゃないし、そもそも話自体に誤解が…!!」
「誤解じゃないわ。「熱くて確かなテクニックとギャップがたまらない」って言ってたもの。ね、お兄ちゃん。」
「貴様ァ!!!」
「いやほんとにもう何かすみません、失礼します!!」
度重なる絨毯爆撃と援護射撃に見せかけた同軍の正確な誤射の数々に耐え切れず脱兎の如く逃げ出す。このまま居たら誕生日を祝うどころか俺が超絶不埒な傾奇者として目も当てられない事になってしまいそうだった。
戦場からの離脱中も背負われた友希那は不思議そうな顔をしていたが、恐らくこの子はこの子で何も悪気が無いんだろうなあ。
「……はぁ…はぁ……ここまで来れば…もういいだろう……。」
別段追われていたわけではないが暫くあの辺りには近づけないと思った方が良いだろう。いやしかし、これからどうしよう。
妹を連れるだけでこれ程までに難易度が跳ね上がるとは。
「??おじさんと仲悪いの?」
「…ほんっとにお前は…。」
「???」
こてんこてんと首を傾げる姿は可愛らしいのかもしれないが、今の俺にとってみれば悪魔が次の悪戯を思案している様にしか見えず戦慄が走りっぱなしなのである。
何はともあれ沙綾ちゃんに直接~の線は消えたと言っても良いだろう。斯くなる上は――
「あっ、けいたい。」
「ん。電話するからちょっと静かにしてね。」
「わかったわ。」
出来れば取りたくない手段であったが…。文明の利器に頼ること自体に何ら嫌悪は無い、が、記念日だとかそういう特別な言葉は機械を通さずに伝えたい派だったのだ。
ついでに言うと沙綾ちゃん直通の連絡先を知らないがために、唯一個人で繋がっている香澄ちゃんへ電話を掛けている。もう一つの懸念はこの連絡手段にあって…
『はい、香澄のスマホですが。』
「…………スマホが…喋った?」
本気でそう思ったのだ。疲れてるんだろうか。
『…武者小路か。』
「何だか今日はやけに苗字で呼ばれるな。…その声は誠司だな?」
『ああ。香澄なら今ちょっと手が離せない状態でな。どうした?』
懸念というのがこれで、香澄ちゃんの電話へ連絡すると高確率でこのイケメンが出る。イケてるのが顔だけに留まらず声にまで影響しちゃってるコイツの声を耳元で聞くと耳が孕みそうになるんだ。勘弁してくれ。
案の定というか何と言うか、少なくとも誠司と話している以上は沙綾ちゃんの事を訊けそうにない。…そもそも香澄ちゃんと知り合ったのはコイツの頼みもあってのことだし、頼みというのも香澄ちゃんが俺に一目惚れしたから仲良くしてやって欲しいとかいう内容だし。
…流石にその辺の事情を把握したうえで沙綾ちゃんの情報を聞き出そうとしている事を悟られるのはマズい。
「……香澄ちゃん何してん?」
『着替え中。』
「…ほう?」
『……変なこと考えんじゃねえ。』
「そんなんじゃねえけどよ…お前は何やってたんだ?」
『今香澄の家にいる。これから二人で有咲ちゃんの家に行くんだよ。』
「……お前は、羨ましいというか何と言うか…。」
香澄ちゃんを可愛がるとそんなオプションが…。しかし、こんな時間から有咲ちゃんの家とな?あの子、初対面時は只管に敵意しか感じなかったが、どうやら中々に可愛らしいお嬢さんらしい。
というのも、俺が若干の苦手意識を持っていることを察した香澄ちゃんが事ある毎に有咲ちゃんのプレゼンをしてくるのだ。この前なんかは遂に家にまでお邪魔してしまった。
「あの、立派な蔵があるとこだろ?」
『へぇ、知ってるのか。意外だな。』
「一回だけ行ったことあるんだよ。香澄ちゃんから聞いてないか?」
『…いや、聞いてないな…。』
ふむ。…いや待て、俺は何を呑気に話し込んでいるのだ。早いとこ沙綾ちゃんの情報を何とかしないと…
『…あー、誠司くんまた勝手に電話使うー。』
『ん。…香澄に電話だぞ。』
『もー、勝手に出ないでよねー。……もしもし??』
どうやら着替えが終わったらしい。最近矢鱈と聞く機会が増えた大人しい声が響く。
「…香澄ちゃんかい。」
『ぁ…○○さんですか!?』
「やあ。少し訊きたいことがあって電話したんだけど…出かけるんだって?」
視界の端で暇そうにしている妹を見ながら話の糸口を探す。正直少し面倒になりつつあるが、ここまで騒いでおいて今更引き下がるのも何だろう。
『あっ、そ、そうなんです。これから有咲ちゃんの家でパーティーが…。』
「…パーティ?」
『はい。沙綾ちゃんが誕生日だから…』
成程、それであのデカい家に集まる訳か。
伊達に蔵を所有しているわけじゃなく、有咲ちゃんの家はクッソ広い日本家屋なのだ。今時…それもこの辺りにしては珍しく、立派な門に雅な庭、庭木用に剪定師も雇っているような良いところのお嬢さんということで、Poppin'Partyの面々も何かあればそこを拠点とするらしい。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。」
「どした。」
「…退屈だわ。」
「そうだよな…。」
「山吹さんにはおめでとうって言えた?」
「いや、まだだ。」
「そう。」
かなりの長電話になっていたようだ。電話を持っていない左手にぶら下がる様にして揺れていた友希那も痺れを切らして訊いてきた。
これ以上付き合わせるのも申し訳ないし、香澄ちゃんもこれから楽しいイベントへ参加しようとしているのだ。あまり気分を害するような真似はしたくない。
「あー、香澄ちゃん?」
『はい。何でしょう??』
「質問はまた今度にするとして、沙綾ちゃんにおめでとうって伝えといてもらって良いかな?」
『あっ、わかりました!沙綾ちゃんもきっと喜ぶと思います。』
「ん。……それじゃあ、楽しんできてね。」
…通話終了。
スマホを仕舞う様子を見て少し綻んだ表情の友希那。
「ごめんな友希那。長くなっちまった。」
「いいわ。ずっと手を繋いでいたもの。」
「そか。」
「…言えたの?」
「んー……ま、上手くいかない日もあるさ。」
これでいいのかもしれない。俺の好意なんて所詮一方的なものだし、傍から見れば俺達は然程仲も良く無いのかもしれない。何せ互いの連絡先すら知らない程度だ。
それに、曲がりなりにも"付添い"を申し出てくれた妹をこれ以上待たせるというのも心苦しい訳で。
すっかり夜の帳に包まれた街を、自宅に向かって引き返すことにした。詳しくは友希那にも話さないままだが、どうせ無意識下で察しているだろう。
「…帰るの?」
「ああ。用事は終わりだー。」
「……ごめんなさい、私がついてきたばっかりに。」
「友希那はなにも悪いことしてないだろー?…そうだ、パン買って帰ろうか。」
「え…またおじさんの所に行くの…?殺されるわよ…?」
「ちげえや、コンビニでも寄ってさ…」
俺が沙綾ちゃんに会えなかったからか、友希那は妙にご機嫌に見える。気のせいだとは思うが、妹として何処か思うところもあったのだろうか。
こいつが俺に嫉妬…ないしは似たような感情を抱くとも思えない。大して懐いている様にも見えないしな。
「お兄ちゃん?」
「あ、ああごめん。ぼーっとしてたな。」
「うん。間抜けな顔だったわ。」
「おいこら。」
「ふっ。」
「鼻で笑うな。」
「お兄ちゃん。」
「何だよ。」
「手。」
「……………そもそもこの歳の兄妹で手を繋ぐのかっていう」
「手!!」
「……うむぅ…。」
納得はいっていないが。待たせてしまった分の償いとして、今は所望されるがままに手を差し出しておこう。
余談だが、日付が変わる少し前になって沙綾ちゃんから電話があった。香澄ちゃんのスマホを通じてではあったが、中々楽しんでいる様子だった。
沙綾ちゃんとしても香澄ちゃんを応援する気持ちでいっぱいらしく、俺の淡い期待もメッタメタに打ち砕かれる予感を犇々と感じた。
何はともあれ、誕生日おめでとう沙綾ちゃん。
誕生日回がいつもうまくいくとは限らないって話
<今回の設定更新>
○○:ひどい目に遭った。
周りのムード的にどうあっても香澄と近づかなければいけない感ある。
重荷にならなければいいが。
友希那:メインヒロイン()
兄妹ですよ。ほんとに。
沙綾:お誕生日の子。
何故このシリーズで触れたかは不明。
お姉ちゃんになって欲しい。
香澄:何なんだろう。
誠司:イケメン!抱いて!好き!