BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
「よしよし。…もう大丈夫だからね。」
「ふぇぇん……ふぇぇぇ……。」
腕の中で震えながら小さく鳴いている水色の生命体。生命体といっても、少し潰れたお饅頭の様なボールに簡易的な目と口が付いているだけのシンプルな見た目をしている。
私は創造主だから当然、生き物としてファーストインプレッションを果たしたが…恐らく"ぷちどり"の存在を知らない人間が初めてこれを見たらまず生き物だとは思わないだろう。
この子達――研究上「
例えば元となる粒子状態の期間に不純物が混入してしまったりだとか、容姿形成段階で設備に不調が表れたりだとか。…そういった計算外の出来事一つによって容易に崩れてしまうのがこの"
「階段は危ないからスロープを付けたでしょ?どうして無茶するの、ふらん。」
「ふぇぇぇ……。」
ふらん。この水色のフラグメントは私の下で誕生した最古のフラグメントで、正式呼称は『フラグメント・オブ・カノン』という。実在する人物の人格を宿せないかと試行錯誤した末にあと一歩のところで頓挫した計画。
『カノン』というのはモデルにしたかつての研究仲間の名前であり、ぷちどりとして誕生した暁には「かのん」と名付ける予定だったのだ。フラグメント化したことにより別の個体名を考案する必要があったが、いちいち「フラグメント・オブ…」などと呼んでいては厳つすぎる…ということで、適度に縮めた結果がこの"ふらん"なのだ。
ふらんには先程説明した通り手も足も無い。と言うより、体の部位というものが無い訳で、当然他のぷちどりが利用している通路を同じように利用することは困難を極める。
よって、段差にはスロープを、梯子横にはエレベーターを設置したのだが……。
「またうっかりしちゃったのか。…本当にふらんはうっかり屋さんだね。」
「ふぇ!」
「はっはっは、威張る所じゃないからね、それ。」
「…ふぇぇ??」
「はいはい、次は気を付けるんだよ。」
ばうんばうんと跳ねるようにして私から離れていくふらん。…そのまま何処かの部屋へ行ってしまうのかと思ったら、寄り道。
あっちへフラフラこっちへフラフラ、何が楽しいんだか部屋のあちこちを見て跳ねている。…あっ!何だか危なっかしい動きだと思い注視していると、案の定階段ゾーンへ入っていきそのまま踏み外す。
べいん、ばいん、ぼいん、ぽわん、ぺやん、ぽわん…べちゃ。コミカルな効果音を響かせながら転げ落ちて行った彼…彼女?は突っ伏して震えながらまたも鳴き声を上げる。
「……もー。」
駆け寄りながら考える。
そもそもこの個体はここまでアグレッシブな子じゃなかった。いつもPCの近くやケージの隅でぼんやりしている様な子…。
それが、他のぷちどり個体を目にするようになってからだろうか。自分も同じように動き回り、同じようにコミュニケーションを取り、同じように成長し…周りと同じことをしたがっているのだ。
我々人間の子供に置き換えてみるとわかりやすい。ただの幼体ではなくなり自我が芽生えた頃。それに付いて回り保護してあげる…まさにそんな存在が必要なんじゃないだろうか。
「ふぇぇぇ。」
「そうだねぇ…。君のはうっかりじゃないかもしれないねぇ。」
「ふぇぇ!ふぇぇ!!!」
「…確かにそうだ。…ふらんにも、そういう人が居てくれるといいけどねぇ。」
「…ふぇえ??」
「…………わかったよ。」
居ないなら作ればいい。失敗したならもう一度挑めばいい。
私はこの子を生み出してしまった親なわけだし、この子が望むならそれを無下にできる理由はない。
頓挫して封印されていた、あの計画をもう一度。
「待っててね、ふらん。」
**
「……だめだ。」
ふらんに見得を切ってから早くも四時間が経過した。手元の計画書と作業台に積み上げられた失敗データの山を前に、すっかり疲れ切った私は大きなため息を吐き出していた。
ふらんを生み出した時と違い、今は科学の進歩を感じられる設備が多く揃っている。そのなかでも発生実験の結果を予測できるシミュレーターなんかは大いに役立っている。役立っている筈なのだが…。
やはり自然発生ではなく人格等を調整している為かどうもうまくいかない。足元で不安そうに見上げるふらんには悪いが、この実験は限界と…
「いかんいかん、何を弱気になってるんだ。決めたじゃないか、この子に"母親"を創るって。」
気分を変えようと、リフレッシュルームへ足を運ぶ。様々な観葉植物や人工的な空、疑似的に季節やロケーションを味わえる装置などが並ぶ中、ふらんの色にも似た水槽が並ぶゾーンをぼーっと眺める。
やっぱりマンタはいいなぁ…。大きくて、優雅で…あの背中に捕まりのんびりと漂って居たいものだが…
何だ、君までついてきたのか。
ふらんの方を見ると、二つ隣の様々なクラゲが漂っているブースで燥いでいた。クラゲね…そういえば、カノンも大のクラゲ好きで、あいつのデスク脇にもデカい水槽があったっけ…。
未だ燥いでいるふらんの隣に立ち、暫しぼーっと水槽を眺める。……あっ。
人格形成の際、要は人生に於いての準備期間にあたる期間ではあるが、「好き」や「嫌い」といった判断も大いに影響を受ける期間だと聞く。元のカノンの人格にクラゲがどれほど影響を与えていたかは分からないが、試してみるのもアリかもしれない。どうせシミュレーターを使うんだから。
クラゲの水槽に手を翳し、反応を見せた個体を水面へと誘導する。やがて浮かび上がった個体の内一際小さな個体の、一見美味しそうにも見えるその笠の部分へ注射器を刺す。針も無ければ傷も残らない、スポイトの様なこのツールは、生きている者の体から
これにより採集したエッセンスを基に、再度設計図を練り直す。構成物子を分子レベルまで計算し尽くす。
「……ふふん、やればできるもんだ。」
……どうやら私は辿り着いたらしい。あれから半日ほど経過してしまったが、シミュレーターが初めてプラスの数値を吐いたのだ。
いつもの様に粒子を保管・育成するための試験管を用意し、マシンも起ち上げた。…いよいよだ。新たな誕生の予感を感じ取ったか、数人のぷちどり達も集まってきている。
思わずゴクリと喉を鳴らした事に数秒遅れて気づくほど、私の心は高揚していた。スイッチに触れ、システムを走らせる。
最初こそ微振動を伝えているのみだったマシンだったが、やがてその動きは大きくなり一閃―――薄暗かった研究室が、眩いばかりの閃光に包まれた。
**
「…そう、〇〇ちゃん、頑張ったんだねぇ。」
「この子の為に、どうしてもやり遂げたくてさ。」
「ふふっ、すごいねぇ。」
「ふぇぇ!」
「うん、そうだよぉ。私が君のママ…かのんっていうんだよぉ。」
「ふぇっ!」
「ふふふっ、きみはふらんちゃんっていうんだねぇ。」
夜。何人かのぷちどりが私の元を訪れては「おやすみ」を言って去っていく。その対応に追われながらも机の上で和やかに笑う今日の成果を誇らしく思った。
あの閃光の後、本来であれば試験管に微粒子が浮かぶ状態で成功と言えるのだが、今回はすっかり完成しきった少女がそこに立っていた。多分に漏れず30㎝弱のボディではあったが、その立ち振る舞いや表情はまさに
まだまだ研究途中とは言え異例の事態に、用意していた型番を伝える前に話しかけてしまった。
『…花音?』
『あー、〇〇ちゃん。久しぶりだねぇ。』
彼女はBD-022K。名前は「かのん」。
彼女なら、きっとふらんの良き母になってくれるだろう。私の知っている
「…〇〇ちゃん?何か良い事でもあったのー?」
「ははっ、なあに。科学者ってもんは実験の成果にこそ生きている実感を得られるもんでね。だからこそ」
「「科学とロマンは無限大。故に私はその為に生き、その為に死ぬ。」…だよね??」
「…かのん。」
人格が同じ別の個体があったとして、別の思い出や別の人生を歩ませたときに果たしてこうも交わるものだろうか。
すっかり小さくなった且つての盟友を前に、私は時間も忘れ、声を上げて笑った。
「アァーッ―――――ッハハァッ!!!」
全く、世界ってのは面白い。
研究っぽい
<今回の設定更新>
○○:どんどん禁忌に手をつけていく方針。
かのん:BD-022Kを冠する水色髪のふわふわしたぷちどり。
かつての盟友「花音」の人格を再現するプロジェクトの末誕生したもので
採集した時期より後の記憶についても人格がそのままコピーできていれば
再現できることが証明された。
人格によって行動や思考のパターンは同じ一途を辿るのだ。
ふらん:言わば、「かのん」になりきれなかったもの。
飽く迄一個体の生命として、この先も生きていく。