BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
無気力。
急に訪れることもあるだろうその状態は、まさに文字通り気力が欠片も残っていないと言う事であり、何もする気が起きずダラダラゴロゴロと時間を浪費してしまう。
勿論良い事では無いと分かってはいるのだが…そもそも私の生活には何の生産性も無ければ目標も無い。趣味の延長の様な只の好奇心からぷちどりを生み出しては眺め、観察する。そのデータを何に活かすでもなく只管に己の研究結果として纏めるだけなのだが…。
まあ確かに、元の棲家を追われた身としては、学会に発表したり仕事を得たりと表世界に出て行けないのも仕方のない事なのだが。
「もう、またそうやってゴロゴロして。」
「…さーやー、暇ぁ。」
「暇だったら他の子の面倒見てあげてよー。私はかしゅみとありしゃで手一杯なんだから。」
「…私、さーやみたいなお嫁さん欲しい。」
「普通お婿さんじゃないの?欲しがるなら。」
「だめだめだなぁさーやは、ノーマルに縛られていちゃぁ、新しいものは拓けないんよ。」
「んー、ちょっと意味わかんないかなぁ。」
ぷちどりの彼女には同性間での愛情は伝わらなかったか…。少し残念ではあるが、その辺りについても追々研究を進めて行こう。
机に突っ伏す私を頭の横に立って叱るさーやだったが、遠くからかしゅみに呼ばれたことにより走って行ってしまった。ホントにお母さんだなありゃ。
また怒られても面白くないのでしぶしぶ作業に入ることに。
デスクの脇、コルクボードに貼ってあるメモを見る。メモというには大きすぎる気もするが、A3サイズの用紙にあまり上手とは言えない文字がびっしり書いてある。
これはぷちどり達に自由に書かせている、言わば「欲しいものリスト」だ。「ぽっぷこーん」や「かれーらいす」や「みっしぇるのいもうと」など、純粋に食べたいものや欲しいものが書いてある場合もあれば、「高い所に届く機械」や「乾燥機」や「暖房器具に触れないようにする装置」など、開発・作成を必要とするものもある。
私の生活は、主にこの依頼を熟して行く事で成り立っている訳だ。上手くいけば外界に売りつけるものも出来なくないし、ね。
「………かたな?」
その欲しいものリストに見慣れない言葉が。少なくとも昨晩には無かった物であるため、夜の間か私が机に突っ伏している間に書き込まれたのだろう。
凡そ書いたのが誰かは分かっているが。
「イヴー!!」
奥の玩具部屋に呼び掛けると、部屋の間仕切りの裾から、綺麗な銀髪に宝石の様な青い目といったまさにお人形さんの様な個体が顔を覗かせた。先日「純和風」なぷちどりもいいかと思い立ち創造したのだが、どう見ても洋に染まった子が誕生してしまったのだ。設計図は合っていた筈なのに…と思いきや頭の中はそこそこに「和」。そこそこというのは、まさに胡散臭い海外の人が日本に対して勝手に抱きそうな和風を持っていたから付けた。
彼女に与えた個体番号はBD-019E。名をイヴとした。名前の由来は、日本を内包した用文化の塊が生まれたことで、日本と海外の繋がりにより一層明るい未来を感じたから。世界平和への前段階…イヴに因んで名付けたのだ。今回はモチーフにした人物はいないので、完全なるオリジナル個体であると言えよう。
「なんデスか。」
「おーいで。」
「はぁい。」
とてとてと近寄ってきたかと思えば、椅子に座る私の足元…の床で正座する。
「…あのねぇ、別に私は偉い人じゃないんだから、そんな傅かれても。」
「いえ、お母様デスから。」
「お母さまでも無いし。○○ーって呼び捨てで良いんだってば。」
「○○…ドノ?」
「殿って……誰がお殿様だよ。」
こういうところだ。ここまで来ると最早知識云々といった話ではないような気もするが。やたらと「です・ます」を強調した話のまま続けようとするイヴを持ち上げ、机の上に乗せた。
「あわわ……高いデス…!」
「高いとこダメだっけ?」
「はわわ…はわわわわわ…!」
お話にならない。
このまま淵に置いておいても面白いが今はある程度コミュニケーションが取りたいので、体を支える様に持ち上げてデスクの中央へ。
コーヒーカップと並んだ彼女はまるでマスコットの様に可愛らしい。震えも恐怖も収まったようで、真っ直ぐな目を向け見上げてきた。
「御用デス?」
「ごよっ…まぁ用事はあるけどさ。」
「はぁい。」
こてんと首を倒すイヴちゃん。こてんこてんと首を揺らす姿はボブルヘッドみたいで愛らしい。彼女の前にソーラーパネルを置いたらもう立派な置物だもの。
だが今は別件だ。彼女の前に置いたのはソーラーパネルでは無く件の欲しいものリスト。
「あー!カタナ!」
「やっぱイヴだったかー…。」
「カタナ!テレビで見たデス!」
「時代劇でも見たの?」
「すごいデス!ばんばんってして、びゅんびゅんってしてまシた!」
「……?」
はて。バンバンしてビュンビュンするものなんかやってたかなぁ。そもそもこれが書かれる直前となると、テレビはあことリサが占領していた筈。何やらDVDを見るとかって騒いでいて…その映像を見て刀に憧れたのだろうか。
「ギリニンジョウデス。」
「ん。」
「男の生きる道は、ギリとニンジョウとイバラの道なのデス!」
ははぁん。こりゃ極道モノでも見たな?となると見たのは刀じゃなくてドスとか言われる短刀だよなぁ。
刀と言えば刀かもしれないが、ジャパンに憧れる人が想像するカタナとはまた違ったものであろう。
「で、イヴ?」
「はいデス。」
「そこにも付くんだ……ええとね、刀は危ないからあげられないんだ。ごめんね?」
「…ぇー。」
「ごめんねぇ。」
「えー…。」
それまでのハイテンションとは打って変わってしょんぼりした顔。首もすっかり項垂れてしまっているし、声にも覇気が見えない。
だが、流石にこの環境でぷちどりに凶器を持たせるのは不安である。料理をしたがるリサやさーやにも包丁を諦めて貰ったほどだし、チサトにも画材の類を諦めて貰っている。
信用していない訳では無いが、彼女は飽く迄も検体。研究の過程で生み出された結果の一つに過ぎないのだから、対等な立場としての信頼関係を築けるかどうかはまた別の話になってくるのだ。
「カタナ、だめデスか…。」
「うーん…危ないからさぁ。ほら、何を見たのかは分からないけれど、人を斬ったりしてたでしょう?」
「ええと、タマを斬っていまシた。」
「…玉?」
???くす玉でも割ったのだろうか。
「他には?」
「ばんばんっていうのと闘っていて、最後には自分の首をずぶずぶと…」
「…え、は?あの子らそんなの見てるの?」
「「みるな、キズになる」って言われまシた。」
「そりゃトラウマものだもの…。」
中々に生々しいものをご視聴なさったらしい。生活に悪影響を及ぼさなきゃいいが…リサは問題ないとしてもあこはカウンセリングが必要かもしれない。…あとで呼び出さなくては。
「でも、いぶは人を斬りたいわけじゃないのデス。」
「何を斬りたいの?」
「き、斬りたくないののデス!なにも!」
「じゃー刀いらないじゃん。」
「………かっこいい、デスから。」
形だけの刀が欲しいと。格好良さに憧れて、ね。
「そっかぁ。…やっぱり日本刀みたいな刀が好きなの?」
危害を加えない刀なら別だ。何か程よく安全な刀を作れないものかと思案しつつ、イヴの話を広げてイメージを探ることに。
PCのモニターの前へ左手を置くと掌に乗ってきたので、そのまま空いている右手でイメージ画像を検索する。…ふむ、画像検索でも結構ヒットするものだ。
「あっ!…あー!あれもカタナデス!?」
「そーだよー。……おぉ、結構格好いいじゃん。」
私も目覚めるかもしれない。
「これっ!」
「これ?」
「そうデス!この形がかっこいいデス!」
おいおい、ゴリゴリの日本刀じゃないか。やはり見たという映像は侍や武士のものだろうか。
イヴは目を輝かせてその画像を食い入るように見つめている。「ほぁー」とか「はぇー」とか……漏れる声はなんとも間抜けでありながら微笑ましい光景。本当に母親にでもなった気分だった。
「よし。」
「??」
「イヴちゃんは約束、守れるかなー?」
「約束デス??何何デス??」
「んー……んふふふふ…。」
私はこの子の願いを叶える気になっている。…が、それと少しばかりの意地悪への好奇心は別物だ。私だって科学者の端くれ、好奇心だけなら人一倍だ。
さてさてこの子はどんな反応を返してくれるか…。
「聞きたい?」
「デス!」
おいおい死にそうだね。
「んふふ………んふふふふふ……。」
「言ってくださぁい!知りたいデース!」
「どーしよかっなぁ。」
「ぐむむむむ…!じゃーいいデスっ!」
お。こりゃ新しい反応だ。
「セップクデスっ!」
「ぶふっ…こらこらどうしてそうなった。」
「これがニッポンの精神、ブシドーというそうデス!カイシャクカイシャクッ!」
もう全部間違えてるよイヴちゃん。介錯ってそんな楽しげなものじゃないし。
刀を抜くふりをしながらガニ股でリズムを刻む銀髪の人形。介錯介錯と口ずさむ姿は、最早怪しい教団の舞だ。…私は、我慢の限界だった。
「……あはっ!」
「??○○もカイシャクするデス??」
「くっ……アハッ―――――ハハァッ!!!」
「?????」
かわいい。
「ひー…はー…いやぁ、ごめんねイヴ。私の負けだ。」
「負けののデス??」
「ああ、負け負け。…負けたら相手に尽くすのも武士道だもんね。」
「ブシドー!?○○もブシドー好きデスか!」
「ああ、嫌いじゃないよ。……よし、じゃあ教えてあげよう。」
勿体ぶっている様だが私とて言いたくて仕方ないのだ。彼女らぷちどりは最早自分の娘のようなもの……喜んで笑顔でいる姿こそ幸せな景色という……待て、私はこんな人間だったか?
「やくそくっ!約束っ!」
「はいはい、ええとね。…イヴは、刀を持っても絶対に人に振るっちゃいけないよ。」
「…ひとに??…何故ののデス??」
「…きっとイヴが見たのは「人を斬るため」の刀だよね。」
「はいっ!かっこいいデスぅ…。」
「うん。…でもね、私はそんな刀より、大事な物の為に振るえる…守るための刀が好きかな。」
「???むつかしいデス。」
この気持ちを伝えるのも難しいんだよね。
…昔から、物事の発展には悪が必要だった。…所謂必要悪という訳だが、科学にも勿論あったわけで。それも、私の最も嫌うもの……戦争だ。
奇麗事を言うつもりは無い。だが、私は私の好き好んで学び・探し求めてきた物が、人の歩むはずだった道を奪うのが厭で仕方がないのだ。爆弾の発明も、銃の発展も薬物の研究も戦闘機の開発も……全てが偉大なものであり、全てが何かを壊すためのものだから。
その偉大な先人達を尊敬はする。だが、憧れはしない。だから私は、私こそは絶対に。
「………今度は泣いてるデス?○○。」
「………えぁ?……ああいや、これは何だろうね。」
「……悲しいことをしたデス?」
「ちがう、違うんだよイヴ。」
「…わるいことを、シてしまったデス?」
「……どこかで、間違ったりはしちゃったかもね。私のやっている、科学っていうのはそういうものだからさ。」
「誰かが、酷いことをシたデス?」
「ご、ごめんねぇ、私がこんな………でも、これは大丈夫なやつでね?これは」
「…わかったデス。」
いつの間にか真剣な思想に入り込んでしまっていたようだ。気付かず悔し涙を流すとは。
「これは昨日の残り湯だ」とでも冗談を飛ばそうと思ったが、左手の捲り忘れた袖を掴まれたことで言葉が止まってしまった。…その、真剣な目に。
「守ること。」
「…ん。」
「ほかのみんなも、○○も。」
「………イヴ?」
「みんなを守る時まで、カタナは使いません!それが、いぶのブシドーです!」
「…イヴ……。」
不覚。耳の奥に深く染み渡ったイヴの武士道。
私はここまで何を創ってきただろうか。私はこの先、この子達と共に何が見られるだろうか。
最早信じられる人間など両手にも満たないこの世界で、どれだけの子供達を愛し、守れるだろうか。
「○○のかがくは、間違ってないののデス!」
「………ッ!イ…ヴ…?」
どうせなら、後悔するかしないかすら考える暇がないほど熱中してやろう。
私に出来ることは、これからも生み出し、応え続けることだけなのだから。
銀の髪を撫でながら、少しだけ泣いた日のこと。
**
「ふわぁ!!これがいぶののデス!?いぶのカタナののデス!?」
驚きと喜びの混ざり合った感情に、人形は踊る。イヴが食い入るように眺めていたあの刀をモチーフに、鞘までそれなりに拘って作りこんでみた。
自分の発明品に意匠まで手がけたのは初めてかも知れない。私とて武器の類を作るのは初めてじゃない…が、愛すべき子供に血腥い物は持たせたくなかった。だがイヴの意思も無下にするわけにはいくまい。
よって、キチンと刃は付けたものの、ある機能も付けておいた。私が元の人生を棄てるキッカケにもなった禁じられたテクノロジーだが…恐らくそれが日の目を見ることはないだろう。
何せイヴは「私」も含めた皆を守るために抜くと言った。
この子達を守るのは、私だ。
「かっこいいねぇ。」
「デス!デスデス!」
「鞘を見てごらん?」
「う?…………ふわぁ!これはいぶデスか!ちょんまげデス!ちょんまげいぶ!あはははは!!!」
「頑張って彫ってみたんだよー。…気に入ったかな?」
「これはいいカタナデス!愛のカタナデス!」
「ははっ、そりゃいいや。」
「いぶの…愛の…カタナ……"イヴラブレード"と名付けるデス!」
こりゃとんだ和洋折衷だ。
少し真面目なお話
<今回の設定更新>
○○:少し変わり始めたような、そんな回。
みんなのお母さん。
イヴ:BD-019E。世界平和の一歩手前を意味してイヴと名付けられた。
愛刀「イヴラブレード」を引っさげ、今日も皆を守ります。
「ののデス。」が口癖。
結局見たのはブラックラグ○ン。銀さんのアレ。
さーや:主人公を叱るのはこの子の役目。
このあと包丁を滅茶苦茶強請った。
美味しい和食を作りたいらしい。
イヴラブレード:イヴ+ラヴ+ブレードという安直な名前。
イヴによって名付けられた。
その時が来るまで絶対に抜かないと約束したその鞘の内には
世界で最も恐れられ世界で最も触れてはいけないとされた禁忌が
封じられている。