BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
いや、切っ掛けは本当に些細な事だったのだ。
相変わらずのテレビっ子であるこころんと共に一服の時。またしてもどこかに引っ掛けたのか、千切れかけた右腕を痛々しくぶら下げているみっしぇるの修理を請負い、すっかり手に馴染んだ裁縫道具を繰っていた。
「わあ!!きれいね!きれいね!!」
「んー。」
「〇〇、あれ、お姫様かしら!?」
画面では神父の言葉に一組の男女が誓いを交わしている場面が。
科学が進歩したとはいえ、このような風習・習慣は失われることがなく。親族やら友人を一つの会場に集め、感動的な式を挙げるのだとか。
お姫様、とは言い得て妙だ。純白のドレスに身を包んだ彼女は、今この時は主役。宛ら、愛する王子に抱き竦められる美しい姫君も同然なのだから。
「……はぁん、結婚式…ね。」
「けこんしき?」
「ん。あの男の人とあっちのお姫様が、人生を共有することを宣言して、みんなに祝ってもらうんだよ。」
「???」
ぷちどりには難しい話だろう。だが、私自身経験もなければ縁もなく。どうにも噛み砕いた説明というのができかねる。
気持ちだとか感情だとか、計算式で表せないものはからっきしなのだ。
「ええと…大好きな人と、これから一緒に生きていきますよーって、約束するパーティみたいなもんさ。」
「そうなのね!!…それじゃあ、あたしと〇〇も、けこんしてるの??」
「そうきたか……こころんにはまだ難しかったかねぇ。」
「う??」
「ははは、リサにでも訊いてご覧?あの子なら色々知ってるし、わかりやすく教えてくれるかも…さ。」
「そうね!!そうするわっ!……あっ」
創造主よりも知識がある"子"というのもどうかと思うが、あれはあれで外界の"一般常識"をよく拾っている。どこで蓄えてくるんだか、私も世話になるほどだ。
私の言葉に勢いよく立ち上がったこころんだったが、いつもの相棒が未だ私の手にあることに気づき表情を曇らせる。
「大丈夫、ちゃちゃっと治しとくから。私に任せて、行っといで。」
「…うん!!みっしぇるをよろしくね??〇〇。」
「任せなさーい。」
今度こそ、と、ソファから私の太腿によじ登り、足を伝うようにして床へ。短い手足を必死に動かして、今は洗濯機付近にいるであろうリサの元へと駆け出していった。
ぷちどりたちは今日も元気だ。天気もいい。何もタスクはなく、しばらくの生活資金も問題ないだろう。だがしかし、私自身は妙にモヤついた気持ちだった。
「結婚………か。」
私だって、科学者である前に、一人の女であるのだ。
**
確かにまだ成人もしちゃいないが、そういった気持ちを抱いたことは確かにあった。
恋愛…と呼ぶにはあまりにも粗末なものだったかもしれない。それでも、そこらの同年代の少女が一度は経験するような妄想や憧れに耽ったものだ。
彼の苗字に自分の名前を組み合わせ、姓名判断を試したり。決して実現するはずのない彼との蜜月に脳内で浸ったり。理想的な関係の始まり方をシミュレートしたり。
今となっては「止めとけ」以外の感情は特に浮かばないが…いや、幼すぎたのだ。
「ふぅむ。いやはやそれはまた…
「こら、人の頭の中身を読むんじゃない。」
「はっははは、なぁに、顔を見るだけで丸わかりなのさ。」
「そんなにわかりやすいかねぇ…。」
みっしぇるの修理を終えて。庭で楽しそうに燥ぎ回るかしゅみやありしゃ達を眺めながら、暫しのコーヒーブレイクと洒落込んでいたわけだが…頭に過るのは先程のテレビ番組。
憧れがないといえば嘘になるが、ここまで引きずってしまうような面倒な女じゃなかったはずなんだけどな。
とまあ一人悶々としていたところにふらりと現れたのがこのぷちどり、「セタ」だ。短くスポーティに切り揃えられた紫の髪に真っ赤な双眸がなんともミステリアスな雰囲気を醸し出している彼女だが、設計当初はぷちどり達の癒やしを想定したものだった。
ターゲットは特にお姉さん連中。日々何かと面倒をかけてしまっている彼女らに、少し大人びた…それでいて良き理解者になるような、中性型のぷちどりを。
そうして生まれたのがこの、
相手の心を汲んで話し、求むるものに目敏く気付き、話し上手に聞き上手…そんな、ストレスフリーな快癒用の個体を目指したはずなのに…。
出来上がったのは何とも頭の痛むような、妙に気障ったらしい子だった。
「おや、顔色が優れないようだが…。」
「…相変わらずあんたは扱いにくいな…ってさぁ。」
「ふふ、お褒めに預かり光栄だよ。○○。」
ぶわぁぁ…と、背後にバラの花吹雪でも見えそうな立ち振る舞い。所作の一つ一つが鼻につくような胡散臭さだ。
いや、別に嫌っている訳じゃない。ただ、苦手なのだ。こういう……所謂一軍として最前線で殴り合えそうなイケキャラは。
「だが…何を悩む必要があるというんだい?」
「あん?」
「だって…君はこんなにも美しく、可憐だ…。あぁ、その吐息の一つですら儚い。」
「……。」
「今の君は、
言ってくれる。
確かに其れができる技術力も設備も十二分にあるとは思う。だが手に入れられなかったもの――それも人間の心という度し難いもの――を、私利私欲に染まった禁忌で得ることに果たしてどんな意味があるのか。
そんなの――。
「……虚しすぎる。」
「…ふむ?」
「あのねセタ。私は別に、
「……最後という事はないさ。君はまだ若い。」
「年寄りみたいなこと言うね。生後ひと月にも満たないってのに。」
「ふふ。……だが君の言う事もわからないわけじゃあない。この状況を鑑みるに、今後人間関係の発展は――」
分かり切った行く末をセタが語り終える前に、死角から気配無く現れた別個体によりセタはその小さな体を硬直させた。
「こら
「ち……チサト。」
BD-017C。今も尚トップクラスの実績と天性の才能で芸能界を牽引する大女優…のデータを基に作ったぷちどり。彼女は矢鱈とセタに厳しく、何故か彼女特有の呼称でセタを追い詰めていく節がある。
セタの方も彼女を脅威と感じているのか、まるでか弱い少女の様に怯える姿を拝むことができるのだが…こいつ、今どこから?
「人の心はそう簡単に動かせるものじゃない。それは、○○自身にだって当てはまるものでしょう?…私達は所詮造られた命。今を生きる生身の人間にアレコレ意見できるほど大層な命は負ってないわ。」
「えと…その……ごめん、チサト。私…まるで分かってなかったね…?」
「……まぁでも、○○の煮え切らない感じは確かにどうかと思うけどね?」
「えっ」
「私達は貴女の子供みたいなものなんでしょう?前にそう言ってたわよね?」
「言ってたけどさ。」
「…子供ってのは、母親が不安そうにしているのが一番不安なの。私達にとって、貴女だけが身近な人間で、貴女だけが唯一信頼できる存在なんだから。もうちょっとシャキッとしなさいな。」
何だろう。諭されている様なこの感覚。
チサトの…いや、ちーちゃんの言葉にはいつも謎の威圧感が含まれている。まるで、そうしなければいけないかのように。
「……やってみたら?思うままに。」
「いや…それはほら、倫理的にアレっていうか」
「これだけの事やっておいて今更それ言う?」
「…だって……。」
その結果と会話していることからも、状況自体が巨大なブーメランのように跳ね返ってくるわけだが。
賢い彼女には分かっているのだろう。私が、あとほんの一押しさえあれば自らの欲求の為に唯一無二の権利を行使するという事を。
「…いいじゃない。過去をどうこうしようってわけじゃない…あるかもしれなかった未来の、ほんの一端を見るくらい、我儘の内にも入らないわよ。」
「ちーちゃん、それは…。」
「結婚なんて、過程でしかないんだから。」
「…………。」
「いいじゃない。貴女が何かに囚われるほど固執するなんて……少し前じゃ考えられなかったんだし。」
矢鱈に押せ押せなちーちゃんに根負けした訳では無い。…何なら、背を押されたと言ってもいいだろう。
みっしぇるをセタに手渡し一人白衣を脱ぎ捨てた私は、あの頃の断片を手繰る様に、ありとあらゆる記録を漁り始めたのだった。
**
「…………あぁぁぁぁ…やっちゃった……。」
数刻の後、机の上で不思議そうにこちらを見上げる個体と、抱えきれない程の自己嫌悪。
結局私は、遠からず抱いていた想いの結晶を、たった今一人で作り上げてしまったのだ。
「…まま??」
「……ああ、私が君のママだよ。ええと…」
そうか、いつも通りまずは名づけの作業からだったっけ。自分よりは小さいとはいえ、他のぷちどり達より大きい彼の姿に若干違和感を感じつつも、いつもより時間をかけて名前を考える。…不思議と、型番を付ける気にはなれなかった。
やや悩んだ末、やはり頭に残るはあの人の名前。流石にそのままつけるのは重すぎるし……一文字くらいなら、もらっちゃってもいいよね?
もう二度と繰り返さない。やはりこんなのは間違っている。
研究対象でも何でもなく、ただ一個人の勝手な想いによって作り出してしまった彼には、あの人の名前からの一文字と私が存在を創った証を冠せよう。
「…
「ママァ!!!」
ああ。でもやっぱり違う。
飛びついてきた彼を抱きかかえるも、その温もりは何処か後ろめたくて。不思議と嗅ぎ慣れた気さえする彼の甘い香りが鼻腔を擽ると同時に、忘れかけていたあの出会いが脳裏に浮かんでいた。
………
……
…
『失礼しまーっす。…おぉ、居た居たぁ!』
『??……あ、あの。』
毎日変わり映えの無い研究の日々に、突如として現れた……毛色の違う大人。
『よう!ここの…子だよな?』
『ぇ…ぁ…は、はい。えと、わたし、××っていいます。…その、第六知能研究局、遺孤児科の…。』
当時、押し込まれたばかりの所属課の名前の意味など、これっぽっちも理解していなかった。
『本物だ…!!…話半分で聞いちゃ居たが、ホントに君みたいな小さい子が白衣着てるとは…!!』
『???』
『俺にはよく分からんが…君、滅茶苦茶頭いいんだろ??』
『そう…みたい…です。』
ぼんやり覚えているのは、簡単なテストを受けて、答えられた私達は白衣を与えられたこと。答えられなかった子達は重い鎖を与えられたこと。
『……でもま、こんな機材しかない狭い空間に押し込められて、毎日毎日研究と実験ばかりなんだもんな。…嫌にならねえの?』
『ぁ……。……いえ、でも、いろんなお勉強をするのが…わたしのやらなくちゃいけないことなので…。』
『ふぅん…。君らくらいの年頃なら、友達と遊んだり好きな服買ったり…もっと自由なもんなんだがなぁ。』
その時の私には、"君らくらいの年頃"がどんな人間を指すのか分からなかったが。ずっと全てだと思っていた無機質な研究局の壁の、そのまた向こうにはまだまだ知らないものがあるらしい、程度の認識は出来た。
『そう……なんですか??ごめんなさい、わたし、ここから出たこと無くて…。』
『………よし。じゃあこうしよう××。今から俺と一緒に遊ぶんだ。』
『…遊ぶ?』
『ああ。例えば…そう、おままごととかさ。』
『おままごと…?』
『あーその、なり切って遊ぶんだ。例えばほら、俺が君のお父さん
『ぁ……その――』
幼少期の高すぎる知能故か、両親に売られた身である私は親子関係について明るくない。それでも、精一杯気を遣ってくれているのはわかったから。
『……お兄さん、なまえ、何ていうんですか。』
『お?…俺、
『大樹…さんは、お兄ちゃんの役…がいい。』
『…………。』
『……えと、』
『はっははは!!お兄ちゃんか!!そうだよな、お父さんになりきれる程立派な人間じゃねえやな!!』
もう二度と戻ってこないと分かっている人間より、まだ知らない間柄の家族をねだってみた。
『よっしゃ、それじゃあ俺が兄貴な?…そして××……いや。』
『??』
『せっかくなら
『???』
彼の言っている事は、その凡人の中でも低すぎる語彙力のせいでイマイチ分からなかったが。
『○○。…俺の妹で居る間は、○○って呼ぼう。』
『……××って名前、きらいでした?』
『いや。でも、それは君の碌でもない親がつけたものだろう?だから俺は兄貴として、妹の君にもう一つの名前をあげる。……まあどうしても嫌って言うなら』
発言の直後にしまったという顔をした。いや、この場に関係者として居るのならば知って居て当然なのだが。
言うまいとしていた事実だったのか、慌てて取り繕うような素振りに…
『ううん。…わたし、○○がいい。』
…我ながらあまりにもチョロすぎる。だが、数式や記号、決められた栄養値の点滴以外与えられていなかった私にとって、血の通ったその贈り物は何よりも眩しく見えたのだ。だからこそ――
『はははっ!決まりだなぁ!……それじゃあ○○、俺はそろそろ帰らなきゃだけど、近いうちに必ずまた来る。』
『…………うん。』
『そんな哀しそうな顔すんな。……約束するから。』
信用という名の甘えに、溺れてみたくなったのだ。
…
……
………
そうか。
まんまとちーちゃんに踊らされた気もするが…。
名前を付ける、という行為に不思議な程意識してしまうのも、思えばあの出来事のせいだった。
初めて愛情を受けた気がしたから。
勿論、世間知らず故の勘違いかもしれない。いや十中八九そうだろうが。それでも。
「……私、愛されたかったんだなぁ…。」
禁忌によって創りだしてしまった息子を抱き締めながら、不意に零したそれは。
自分でも驚く程には素直な意思だった。
「ああ…やはり可憐だ。」
「セタぁ!…き、聞いてたの!?」
「ふふ、寂しがり屋の仔猫ちゃんめ。そうなら素直に言えば――」
「不覚…ッ!!」
「――ああ○○…いや××!何て儚いんだ!!」
「だから人の頭の中身を読むなっての…。」
いつからいたのか、机の上には気障な笑みが。茶化すようで至って真剣なのが逆に怖い所でもある。が。
そもそもこの子達を創ろうと躍起になっていたのだって、孤独に耐えきれなくなったからなんだよなぁ。
まだ七月…
<今回の設定更新>
○○:偽名。
過去にはいろいろあったようだが…。
もはや最初とだいぶ違う人間ですよね。
セタ:BD-024K。紫のポニーテールが印象的なナイスガイ(女)。
特技は思考を読むこと。天敵はチサト。
これでいて結構ぷちどりたちには人気なようだ。
こころん:無邪気なテレビっ子。
相変わらずみっしぇるを持って走り回るせいで、あちこち引っ掛けられた
みっしぇるは…。
チサト:辛辣というか直球というか…。
完成度の高いコピーも考えもんだ。
創大:あるでしょ?好きなあの人ともし子供をつくったら…みたいな妄想。
科学が発展すりゃ妄想もこうなる。
大樹:おい、いいかげんにせえよ。
やたら整った顔の妹が居る。