BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/08/27 9.責任と人道と生き方について

 

 

 

「ママ、お洗濯おわったよ!!」

 

「……ん、ありがと。創大。」

 

「ママ、お片付けできたよ!えらい!?」

 

「……そうだね。えらいね。」

 

 

 

もうひと月ほどになるか。

創大を……禁じられた息子を持ってからというもの、毎日がこんな感じなのだ。

母親として懐かれるのは良い。だが、恥ずかしいことに私は、彼に()の面影を重ねてしまっているのだ。ほんの短い期間ではあったが、頼りがいがあり優しく、とても成熟した男性に感じていた彼。

だが目の前の仔はまるで子供だ。他のぷちどりには見られないほど人間の幼児のようだし、まあこればかりは大樹さんの見えなかった一面と捉えることもできるが、兎にも角にも扱いが面倒すぎる。

気紛れで産み出しておいて自分勝手だとは思う。だがこれ以上無いほどに彼に失望してしまいそうなのだ。それもまた嫌な感覚ではないが。

人間とは傲慢である。

 

 

 

「……〇〇。」

 

「ん。……あぁ、さーやか。どうした?」

 

「……創大、の、ことなんだけど。」

 

 

 

作業用にと一昨日引っ張り出してきたワークベンチに頰杖を付き、ぼんやり息子を眺めているうちに随分な時間が経過したらしい。

いつの間にかそばには心配顔のぷちどりが一体やってきていて、遠慮がちに件の名前を告げた。

……さーやでも駄目、か。面倒見のいい、彼女でも。

 

 

 

「やっぱり、難しいか。」

 

「ん。……あのさ、私はさ、色々役割も貰ってるし、〇〇に作ってもらった命として生きるわけじゃん。」

 

「うん。」

 

「……つまりね、いっぱいお手伝いしたり、みんなの面倒見たり…っていうのは、私が存在している意味みたいなものなんだと思うんだ。」

 

「……。」

 

「でもさ。……創大がそれを奪おうとするの。」

 

「…………はあぁ。」

 

 

 

彼を子供たらしめている要素でもあるのだが。

彼は恐らく私に懐き過ぎた。親愛を超えた愛情か若しくは……如何せん、彼は私の気を引こうと毎日やりたい放題なのだ。

一つの集団があったとして、やはりそれぞれ属する者達には存在意義と義務がある。勿論権利もだが。それは、その個人だから成り立つものであって、仮に優れた人材が居たとしても一人に全ての職務を押し付けるのはまた誤りである。

一個人の負担の話もそうだが、集団が集団である意味を見失ってしまう。個が個として存在する意味を失ってしまう。

例え如何なる報酬を求めたとしても、他に負の影響を及ぼすほどの…所謂張り切りは癌でしか無いのだ。

 

 

 

「洗濯、とか言ってたもんなぁ。さーや、ごめんね。」

 

「……一度や二度ならいいけど、他の子の中にはもう既にどう接していいかわからなくなっている子もいるんだ。」

 

「ああうん。……そうかぁ、そうだよなぁ。」

 

「だからその……言いにくい、ことなんだけど……。」

 

 

 

俯きがちに続ける彼女。栗色のポニーテイルが申し訳無さそうに揺れた。

仮にも親である自分が、そんな残酷な言葉を彼女に発させて言い訳がない。自分の仔の招いた事態として、決断を下すのは私でなければならないのだ。

他でもない、この私で。

 

 

 

「……いいよさーや。頑張ってくれたんだもんね。」

 

 

 

泣き出しそうな表情を緩めること無くされるがままに頭を撫でられるさーやを見て、今一度決意を固めるのだった。

 

 

 

「創大は、ここに居ちゃいけない。」

 

 

 

……分かりきっていた、ことだ。

 

 

 

**

 

 

 

「いやだ!いやだいやだいやだ!!!」

 

「創大……それでもみんな、それぞれの目的があってココに居て、それぞれのために生きているってことはわからなきゃいけないんだ。」

 

「だって!もっとママに見てもらいたいんだもん!褒めてもらいたいんだもん!もっとママに…もっと……。」

 

 

 

他のぷちどりが思い思いに過ごしている一室。その隅で創大を諭す。

科学者で有る身として、真ならこんな工程は無意味だ。私は私の研究成果に責任を持っているが誇りもあり、それをどうしようと何らおかしな選択ではないのだから。ただそれが、所謂人でなしの所業とされるだけである。

……いや、とうに人の枠は超えていたのかもしれない。禁忌を犯し、人の輪を追われ、こうして人ならざる者達と終わりの見えない日々を謳歌しているこの身は、とうに人の道を外れているのだから。

解ってはいても心の奥の底の方で微かに芽生えたこれは人情とでも表現するべきものなのだろうか。嘗ての彼に見たようなその生温いものが、今の私をこうして迷わせていた。

 

 

 

「創大。」

 

「……ッ!」

 

「……ごめんね。……私は、創大のいい"ママ"にはなれなかったみたいだ。だから――」

 

 

 

嗚呼。

何時ぞやの血を分けてくれた二人もこんな表情を浮かべていたのだろうか。私を施設に入れたあの二人も。

人は過ちを繰り返すとは誰の言葉だっただろうか。

人が繰り返すのは過ちじゃない。繰り返しているのは選択と犠牲だ。

 

伸ばした私の手にビクリと体を強張らせる息子を一息に抱え上げ、部屋を出る勢いそのままにいつものデスクへ向かう。

この結末を案じたときに用意したもの――全く関係のない研究から生み出されてしまった副産物だが――を吸い上げ、諦めを纏った虚ろな表情の彼へと射ち込む。

何の変哲もない注射器から当たり前のように注入されたそれには、恐ろしいほどの即効性を確認している。恐らく今現在彼の体内では血流に乗った薬品が全身へと周り、未だ多くは積もっていないその記憶を掻き消しているだろう。

やがて、数十秒の後に顔を上げた彼は不思議そうな顔でこちらを見つめる。

 

 

 

「…………だれ?」

 

 

 

嗚呼。

科学とは何と恐ろしいものなのだろう。初めは何てことない妄想だったかもしれない。

孤独と戦う上で抱いた、純粋な願いだったかもしれない。

……それでも、実現できてしまうなんて。

意思のある個体に対し初めて投薬された科学力は、どうやら生まれ持って発生した()()()()()()()でさえも無に帰せるようだ。

息子…いや、ほんの少しの間息子だった個体の目には、初めて見る顔に対しての純粋な疑問以外何一つとして浮かんではいなかった。

 

 

 

「……ないてるの?」

 

 

 

手を伸ばし頬に触れようとするその小さな体をデスクへ置き、本来使用するはずだったラベルを首に括り付ける。

"XX-001A"。彼の個体名は奇しくも、あの研究所で私に与えられていた番号と同じ数列だったが特に深い意味があるわけではない。……一番目の完成品、それ以外に表わしているものは、無い。

 

 

 

「個体番号XX-001A。発声・各部動作を確認。速やかに報告・輸送の段階へと移る。」

 

 

 

研究成果を送るのはこっちに来てから初めてのことかもしれない。極力連絡を取りたいとも思わないし、関わりだってもう忘れてしまいたい程。

それでも、これを持て余すこと無く引き取ってくれるとしたらあそこしか思いつかない。

 

『第六知能研究局 遺孤児科』

かつて私が収容され、様々な研究のモルモットとして生かされていた場所。

誰に報告するでもなく工程を口遊み、脳に焼き付いた忌々しい連絡用コードを端末へ入力する。幾秒の間もなく点灯する画面と担当した作業を淡々と熟すだけの無表情な人物……。

 

 

 

「こちら〇〇……ぇ?」

 

 

 

自らの名乗りすら終わらぬうちに驚きの声が口から零れた。……画面に浮かび上がった男のせいだ。

 

 

 

『……〇〇?……〇〇って、あの〇〇かぁ!?』

 

「う…嘘……。どうして、あなたが……。」

 

 

 

私にこの名をくれた張本人が、似合わない白衣姿でそこにいるのだ。定められている連絡事項さえ、忘れてしまうほどに私は困惑した。

……正直なところ、普段特に感情の起伏無く生きている私にこの衝撃は許容しきれず。……我に返った頃には全てが終わっていて。

輸送ポッドへと彼を収監し終わったところだった。

 

不思議なものだ。あれだけ頭を悩ませていたというのに。あれほど苦しい選択をしたというのに。

それを上回る衝撃と、驚きやらその他諸々の感情の波のせいで事態に浸ることもなかったというのだ。

残ったのは涙でも後悔でもなく、自嘲的な笑いだけだった。

 

 

 

「……あはは、あはははははっ!!!」

 

 

 

突然の笑い声に驚いたのか心配したのか、気づけばデスクにはイヴラブレードを携えたイヴとふらんの姿が。

 

 

 

「〇〇??たのしいことが、あったデス?」

 

「ぁ、ああ、ごめんねイヴ。びっくりしたよね。」

 

「さっきまで、あっちの機械でぽちぽちしてたデスね。おもしろのてれびでも見てたデス??」

 

 

 

そこから見られていたのか。いやはやどう説明したものか。

ありのままを伝えても彼女らにはまるで理解できないだろう。そもそもどこから説明すべきかもわからない。

少し落ち着きを取り戻した頭を捻っていると、今度は死角になっているデスクの影から声が。

 

 

 

「……それが、あなたの決断なのね?〇〇。」

 

「ふぇぇっ!!」

 

「!?……なんだ、ちーちゃんか。どんな登場だよ全く。」

 

「私はずっとここで見てたわよ。……ふらんも気づいていたんじゃないかしら?」

 

「……そうなの?ふらん。」

 

「ふぇ!」

 

 

 

事も無げに言うチサトと、自慢気にツノを伸ばすふらん。

やれやれ、この子達が集まってくるとどうにも緊張感に欠けてしまう。

 

 

 

「ちーちゃん。」

 

「……何よ。」

 

「私、やっぱ間違ってたね。」

 

「……さあ、何のことだか。」

 

「私が今日までやっていたことは、命を弄ぶことで。その中では当然今回みたいな事例もあるわけでさ。……覚悟が、足りてなかったんだよね。」

 

 

 

チサトが相手だと不思議と素直に話してしまう。彼女の持つ人格が為せる業なのか、それほどまでに私が脆い人間なのか。

 

 

 

「…いや、きっと両方か。」

 

「??」

 

「ちーちゃん。私、もう失敗も、後悔もしない。」

 

「……そう。」

 

「私はもう人でなしだ。自分の興味のままに命で遊ぶ屑同然の存在だよ。……それでも、チサトや、みんなの、親でいいかな。一緒に居て、いいかな。」

 

 

 

過ちを犯した。法を犯した。道を踏み外し、己の身勝手さをも知った。

所詮私は科学という悪魔から逃れられない弱い命なのだ。それでも、私の生きた証と一緒に居たい。

一の犠牲の上にある幸せの中で、罪に溺れたい。

 

 

 

「ふぇぇ??」

 

「……あなたの好きになさい。ふらんも言うように、あなたの決断一つ一つにケチを付ける存在なんて、ここには居やしない。イヴちゃんもふらんも、私もみんなも、あなたに創られた瞬間から覚悟しているもの。」

 

「……。」

 

「いつかは、終わりの来る夢なんでしょう?善悪なんかより、気の向くままに自分を生きましょうよ。」

 

「ちーちゃん…。」

 

 

 

無自覚かもしれないけれど、恐らくそれは自我を持つ全ての個体にあるものなのだろうか。

或いは不意に生まれてしまったことに対する世界の理なのかもしれない。

道理に逆らう生き方を選択した身として、チサトの言うように精一杯抗い続けるのがある種最善なのかもしれない。

 

 

 

「…な、なんだかわからないケド、お話についていけていない気がするデス!」

 

「要は、イヴちゃんももっと〇〇にワガママ言わないとね、ってことよ。」

 

「あれ、そういう話だっけ?」

 

「なるほど!なるほどののデス!」

 

「ふぇぇ!!」

 

「……さ、科学とやらの頑張りどころね。お母さん?」

 

「この……。」

 

 

 

チサトなりの励まし方なのかもしれない、と最大限好意的に受け止めておこう。

……この咎を、業を忘れてはならない。創大がいた事を。産み出してしまったことを。

送り際唯一創大に宿らせた力も、本当は持たせるべきでなかったものだ。私は外道として、都合のいい立場を盾に世界に歯向かうことに決めたから。

せめてもの愛として、せめてもの救いになるように。

 

 

 








<今回の設定更新>

〇〇:人として生きるが故のヒトからの逸脱。
   行き過ぎた科学力は矛盾を生んだ。

創大:生み出されてはいけないものは無かったことにされる。
   主人公によって与えられたものは、名前と創造の力。
   後にその力を行使することになるが、今はまだ、不明瞭な未来のお話。

さーや:苦労人。
    軸がぶれ始めた主人公を気遣いつつも、家事の効率は全く落ちなかった。

イヴ:ののデス!

ふらん:久しぶりの登場。
    相変わらずぽよぽよ跳ねてます。

チサト:掴めない。
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