BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
『ちょっと、また式を間違えてるじゃないの。』
「…うるっせぇな…」
PCを前にブツブツと独り言を零す変人。…きっと周囲の同僚にはそう見えていることだろう。
昼休憩明けの気怠い午後、度重なる外回りによって放置され続けた事務作業を片付ける時間。数字と横文字に弱い俺にとっては最高に苦痛な時間である。
しかもその作業を、何故かエク○ルに強い"女神様"が監視しているともなれば…そのストレスは天を衝くほどだ。
『ああもう、見てられないわね…』
「そんなに言うならアンタがやってくれよ…」
『そう簡単に人に頼るんじゃないわよ、自分の仕事のくせに。』
「…アンタ仮にも神の部類なんだろ?こういうのちゃちゃっと終わらせたりできねえのか?」
ただ人間とは不思議なもので。この奇妙な同行者にも数日で馴染んでしまい、今では恥ずかし気もなく会話を交わしている自分がいるのだ。無論、周囲から奇異の目を向けられた挙句カウンセリングまで勧められたのは致し方ない事といえよう。
だがその代償と引き換えに手に入れたものもある。それが彼女、千聖ちゃんの神たる所以…所謂"超常現象"の類を引き起こす力だ。それは、本来届かないはずの背中中央部の痒みを消し去るような小さなものから、仕事上のミスを無かったことにするような大きなものまで、自由自在なのだ。
ただ一つ扱いにくい点があるとすれば、その現象を起こすのは飽く迄千聖ちゃんであり、その力加減は千聖ちゃんの機嫌と一存に掛かっているということ。
『……あのねぇ、私にだって起こせる奇跡は限られているのよ?そんなことに使う?』
「使う。」
『はぁ……とんだダメ人間ね…彩ちゃんは一体アナタの何処に惚れ込んだんだか…』
「もう居ねえ奴の話しすんな。」
彩…行方不明の元婚約者だが、この女神様は存在を認識しているかのような素振りを時たま見せる。話題にも普通に出すし、「最近こういってた」だの何だのと近況を伝えてくるし…。そのくせ、彩について質問しても何一つ答えてくれないのだ。真実は俺が俺の力で辿り着かなければ意味を無くしてしまうらしい。
『もういいわ。やっとくから、アナタは店舗の方でも見てきなさい。』
「へえへえ。」
俺の働いている職場は、俺が在籍している事務関係や商品等の管理を行う事務所と表向きで食料品や特産品を販売する店舗とに分かれている。厳密に言えば他部署になるのだが線引きが曖昧になっている部分もあり、時折こうして互いに視察という名のお喋りに出向いては関係性の維持を図っているのだ。
……うん、曜日と時間帯のせいもあるが、店舗はどうやら暇なようだ。パートのおばちゃん方が楽しそうにくっちゃべっていたので参加してみることにした。
「おつかれさんでーす」
「あらぁ、○○くん、事務所は??」
「いやぁ、作業ばっかりだったんで気分転換をと思いましてぇ。」
「あらそうかい!……今ね、タナベさんの息子さんが中々結婚できなくてーって話してたとこだったのよ~。」
結婚。…そのワードに一瞬胸が痛んだが、上辺の付き合いは慣れている。表情を崩すことは無かった。
「まじっすかぁ。…因みにタナベさんの息子さんって今おいくつで??」
「うちの子は今年二十五でねえ。大して見た目も良くないから、昔から女の子の友達一人作らないでさぁ…」
「はははは、まあいいじゃないっすかー結婚なんかしなくたって~。」
「いやぁねぇ~。…そういえば、〇〇くんはそこんとこどうなのよぉ。」
「えぇー僕っすかぁ。…まぁほら、前にここで働いてた子と付き合って、今同棲してるんで秒読みって感じですかねぇ。」
勿論、イヴのことである。イヴは半年前、俺と同棲を始めるまで事務所の方で働いていた通年のパートタイマーだったし、きっとこの発言だけでおばちゃん方には通じるだろう。
「……あらっ!〇〇くんも隅に置けないわねぇ!」
「いやぁそれほどでも。」
「……でも、事務所の方にそんな若い子なんて居たかしらね?」
「そうねぇ。暫くおじさんおばさんばかりだったものねぇ。」
…あれ?
「いやほら、
「いぶ??…外人さんなの??」
「え。いやほら銀髪の…」
「やぁねぇ、それ白髪なんじゃないのぉ??」
「じゃあ専務か常務のことかしらねぇ。」
「両方オジサンじゃないのよ!!あははははは。」
…おかしい。イヴも今の俺と同じように勤務の合間を縫っては店舗の方に顔を出していた筈だ。それを覚えていないならば兎も角、存在自体記憶に残っていないだと?
自分の彼女だからって贔屓を抜いたとしても、あれだけ美人の…それもハーフなんて属性が付いて居りゃあ誰かは覚えて居そうなものだが…。
**
結局妙なモヤモヤを抱えたまま自分のデスクへと戻ってきた俺だった。ディスプレイの横では珍しく全身で見えている小さい千聖ちゃんがドヤ顔で仁王立ちしているが、俺の何とも言えない表情に気付いたのか心配げに近寄ってきた。
『ちょっと、酷い顔色だけど。』
「……おかしいんだ。」
『は?アナタはいつも何処かおかしいでしょ。』
「………かもしれんな。」
もういっそ、「お前の頭と記憶がおかしいんじゃ」と指摘された方が楽になれそうな気さえする。…あぁそうか、ここの上司なら。
「……チーフ、少々お時間よろしいでしょうか?」
「なにー。」
隣り合わせのデスク、恰幅の良い直属の上司に声を掛ける。以前俺も含めイヴに仕事を教えていたこともあったので、きっと覚えている事だろう。
…そう、思ったのだが。
「えぇ?そんな若い女の子なんか居たことないでしょー。…大丈夫?やっぱりカウンセリング受けた方が…」
「…なるほど…ですね。」
頭を思い切り殴られたような気分だった。直属の上司ですら覚えていない?同じ部署どころか関りがあった人間でも憶えていないってのか?
所属していたのだって数カ月やそこらの話じゃない。三年は居た筈なんだ。
『〇〇。』
「……あんだよ。」
『アナタの考えている事、わかるわよ。』
「そうかよ。」
『…だから私が来たんじゃない。』
「……するってーと、何だ?アンタがこの状況を何とかしてくれるってのか?あいつの存在についても?」
言葉に怒気が混ざり始めているが、それはこの際勘弁してもらおう。俺だって困惑しているのだ。ずっと信じていた事象がまるで性質の悪い嘘であるかのように事実が目の前で覆っているのだから。
そんな状態の苛つき半分の言葉にも特に機嫌を損ねる様子はなくじっと見つめてくる千聖ちゃんだったが、やがて初めて見せる微笑みで言う。
『このことはあの女本人には言わないように。…そして、少し時間を頂戴。』
「…イヴに言わないってのはよくわからんがわかった。…で、時間をかけるとどうなるんだ?」
『いいから、黙って待ちなさい。』
「いつまで。」
『私がいいと言うまでよ。』
「俺ぁ犬かよ。」
『ふふ、随分な駄犬だけど力を貸してあげるわ。…このままじゃ、あまりに浮かばれないもの。』
「……また彩の話か。」
『どうかしらね。』
果たして女神に託したところでどのような結果を呼び込むことになるのか。会話の後にふっと姿を消してしまった相変わらず胡散臭い千聖ちゃんだったが、今回の発言に関しては信じてもよさそうだ。
…というより、周囲の記憶が無い以上、千聖ちゃんに頼る他無い現実を突きつけられているのと同義なわけなのだから。
「……イヴ、お前は一体…。」
始まる。
<今回の設定更新>
○○:何かに巻き込まれているのか何かがおかしくなり始めているのか。
最初は苛立ちしか感じなかった女神に頼もしさと信頼感を感じ始めている。
仕事は出来る方。
千聖:女神。不思議パワーは匙加減。
真相を全て知っているわけではなさそうだが…。