BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

56 / 278
2020/02/18 邂逅

 

 

 

「せんぱぁい!わからないことがあります!」

 

「はいはい、何だね。」

 

「エクセルってどれですか!」

 

「……だから、その緑色のね…?」

 

 

 

世の中がどうだろうと、俺の身の回りがどうだろうと、仕事というのはまた別ベクトルで動き続けている。勝手に休むわけにもいかないし、況してや後輩・部下ができた今となってはよりドタバタと忙しく感じる。

正直、忙しくなるのは一人のせいなんだが…。

 

 

 

「市ヶ谷さん、さっきメモってたのはどうしたの?」

 

「あっ!うっかりでしたっ!」

 

「うっかりねぇ…いい加減アイコンくらいは覚えて欲しいものだけど…。」

 

「えへへ…機械弱いんですよぉ。」

 

「香澄ちゃん、よかったらこれ使って。」

 

「はーちゃん!…なにこのメモ。」

 

「ここ一週間くらい香澄ちゃんが言われてたことまとめてみた。わかんなかったらまずこれ見て……あまり○○さんに訊いてばっかりじゃ○○さんの仕事も進まないでしょ?」

 

「あったしかにっ!ありがとーっ!」

 

 

 

市ヶ谷香澄さんと戰場儚さん。つい先日俺の部下になる形で入社してきた二人だが、性格も仕事の出来も正反対。…正直、市ヶ谷さんに至っては事務作業のほとんどが向いていないような気さえする。

会社印を押させれば取っ手部分をへし折るし、デスク周りの掃除をしたらPCのモニタを床に落下させるし、PCの作業を任せれば直感でいろんなボタンを押しまくって危うく個人情報流出の一歩手前まで行くし…。簡単なところから、と方針を変えるとデスクトップのアイコンを覚えられないと来たもんだ。

対照的に戰場さんは、教えてもいないのに電話対応もデータ作成も卒なくこなすし、飲み会なんかでも器用に動き回る。それに、俺にとってみたら事の解決に繋がる数少ない協力者であって…。

 

 

 

「○○さん。」

 

「んぇ?あぁ、何?」

 

「千聖様は、あれから何か言っていましたか?」

 

「あぁ…。」

 

 

 

最近めっきり出現頻度が減った女神さまだったが、要所要所でリアルタイムな情報を伝えてくれている。…とは言え、以前も言っていたように、女神の力を持ってしてもこの世の理にまでは干渉できない。つまりは、齎す情報量にも行使できる奇跡の類にも限度があるわけで、結局のところ俺たち人間が決定打を打ち出す必要があるというわけだ。

この戰場さんは千聖ちゃんから俺の補佐を命じられているらしく、人の身でありながら女神界にも通じているというハイブリッドな存在なのだ。

 

 

 

「特に連絡があるわけじゃないが…ウチのイヴにな、戰場さんも会ってみたほうがいいかとは考えている。」

 

「ターゲットに私が接触して問題ないのですか?」

 

「問題あるかどうかは正直わからん。…だが、物事を大きく動かすにはそれ相応の一歩が」

 

『確かに、悪くはない案ね。』

 

「千聖ちゃんッ!」「千聖様!!」

 

 

 

二人の頭上、例の如くホログラムのような半身の女神が浮かんでいる。空間に投影された立体映像のように、こちらを見下ろしている千聖ちゃんだが、つい反応して声を出しちゃうくせ、何とかしないとな。

隣のデスクでチーフが「新人くんもそっち系なのか…」とボヤいているし、本格的に話を聞かれはじめでもしたら厄介だ。

 

 

 

「相変わらず出てくるときは急だな。」

 

『いいじゃない別に、寂しかったでしょ?』

 

「いや別」

 

「はいっ!千聖様を、首を長くしてお待ちしておりました!!」

 

『ふふっ、儚は相変わらず可愛いわね。』

 

 

 

戰場さん普通のトーンで喋っちゃってるもんなぁ…。チーフもますます険しい顔をしている。

 

 

 

「で、イヴの件だけどさ。」

 

『そうね。確かに、一度儚を会わせてみるのはいいかもね。』

 

「しかし、そこで拗れるようなことは…」

 

『うーん……一応現状でわかっていることなんだけど、若宮は自分の力に気付いていないのよ。』

 

 

 

女神曰く、イヴは恐らく超常の類にまだ出会っていないのではないかということだった。今判明しているだけでも引き起こされた奇跡は「世界改変」「存在定義変換」「認識改変」の三つらしい。

それぞれを噛み砕いて説明すると、「世界改変」は文字通り世界を変えること。小さなものから大きなものまで、例えば本来の人間史だとベルリンの壁はとうの昔に崩壊しているはずなのだが俺が今生きているこの世界では未だに隔たりとして存在している。そのほかにも、神だけが認知できる世界のズレが至る所で起きているらしく、今はこの地球が形を保っていられるのもまた奇跡だとか。

そして次、「存在定義変換」は事象や物体の存在に対する境界線を曖昧にする奇跡らしい。イヴが狙って引き起こしたかどうかは定かではないが、例えばコンクリートが光を透過するようになったり、ゴムが電気伝導帯になっていたりと、普段意識を向けていない場所で変化が起き始めているということだ。

そうして最後の「認識改変」だが、これが今の俺にとって一番必要な情報だったわけで。

 

 

 

「……じゃ、じゃあ、彩は…?」

 

『だから、その認識改変でね。…寂しいものよ、傍に居るのに気づいて貰えないっていうのは。』

 

「彩……。」

 

 

「あのー…さ。」

 

 

「…良かったですね、○○さん。」

 

「でも、それがわかっただけじゃどうしようもないわけだ。」

 

『そうね、根本的解決になってないもの。』

 

 

「○○くーん……。」

 

 

「では、早速今日にでも会いに行っていいですか。」

 

「あぁ、そうしよう。…そういや千聖ちゃんはあいつに見えないんだっけか。」

 

 

 

前にイヴの目の前で千聖ちゃんと会話していたこともあったがイヴには女神が見えていないようだった。そのことから察するに、イヴが超常を見たことがないというより見ることができないのかもしれない。

…勿論、その場合俺が見える意味も同時にわからなくなってしまうのだが。

 

 

 

「○○っ!!仕事をしたまえよっ!!」

 

 

「ひぃっ!?」

 

 

 

怒号。

チーフだけだと思って無視し続けていたが、いつの間にか常務まで事務所に来ていた。ヤバイ人に目をつけられた…俺は仕方なく、千聖ちゃんと戰場さんに目配せをしていそいそと仕事に戻るのだった。

 

 

 

「○○せんぱぁいっ!」

 

「……なに。」

 

「エクセルって」

 

「緑の奴ッ!!」

 

 

 

**

 

 

 

「それで、ターゲットはどういった人なんですか。」

 

 

 

無事仕事を終え、戰場さんを連れて自宅に向かう。念のためイヴには来客があることを伝えておいたが、どんな反応をするだろうか。

いざ玄関のドアを開けようとしたところで、戰場さんがそんな質問を投げてきた。

 

 

 

「どう……うーん、見た方が早いと思うけど…。」

 

「こ…怖い方ですか?」

 

「怖くはないかなぁ。怒ったのも見たことないくらい。」

 

「はぁ……分かりました、開けてください。」

 

「ま、まああんまり緊張しないで大丈夫だ。リラーックスリラーックス。」

 

 

 

イヴが在宅中ということで鍵のかかっていないドアを開ける。…と、同時に。

 

 

 

「おかえりなさいませでぇすっ!」

 

「…あ、あぁ、ただいま。」

 

「今日もいーっぱいお疲でしたか??私に会いたくて仕方が無かったですか~??ふふん。」

 

 

 

無駄にハイテンションなイヴが出迎えてくれた。いつもより心なしか無理なレベルで明るく振舞っている気さえする。最後のドヤ顔は何なんだ。

 

 

 

「ええと、こちら、今日連れて来るって言ってた新人の…」

 

「戰場儚です。お邪魔させていただきます、奥様。」

 

「ちょ、奥様ではねえよ。」

 

「…違うのですか?」

 

「あらぁ!これはこれはご丁寧に!うちの○○がお世話になってまぁす!」

 

「お前は俺の保護者か…」

 

 

 

よかった。戰場さんもニコニコしているし、導入としては悪くないだろう。あとは戰場さんがどれだけイヴを見てくれるか、どれだけの情報を得てくれるかだが――

 

 

 

「とりあえず奥の方までどうぞ!」

 

「あ、あぁ。」

 

「○○さん!お風呂湧いてますよぉ!」

 

「風呂?いや、客が来てるんだから、帰ってから入るよ。」

 

「えぇー?いつも帰ってきてまっすぐ入るじゃないですかぁ!ちゃんと沸かしたのにー。ぶーぶーです。」

 

 

 

グイグイと俺の腕を引っ張って浴室へ押し込もうとする女房担当。何だってそんなに風呂に入れたがるのだろうか。

もしや一目で戰場さんの素性を見抜き、その上で俺の入浴中に何かしら力の行使を…?

 

 

 

「ちょ、ちょっと待った、な!イヴ!」

 

「だめでぇす!」

 

「あっこら!やめなさいっ、来客中だぞぉ!」

 

 

 

力技では無理と判断したのか脇腹を擽りにかかる。人とは不思議なもので、いつも只管に癒しの極みを授けてくれていたこの無邪気な笑顔ですら今は策略のひとつに見えてしまっている。

このまま戰場さんとイヴを二人きりにするのは得策じゃない。俺の勘も、イメージの中の千聖ちゃんも必死に地団駄を踏んでいて、ここは俺がなんとしても食い止めなけりゃぁ…

 

 

 

「さすが御夫婦、仲良しですね。」

 

「………いや。」

 

「ごもっともです!イバラキさんも混ざりますかぁ!?」

 

「戰場です。私なんかが水を差すわけにはいきませんので。」

 

「イリゴマさんはこちょこちょ嫌いです??」

 

「戰場です。割と好きですが、○○様は奥様のモノでしょう。私なんかがスキンシップを図るわけには…」

 

「なるほど!サムライハートですね!イクシマさんっ!」

 

「…まぁ、日本人という意味では間違いではないかもしれません。…戰場です、近づきましたね。」

 

「では、お言葉に甘えちゃいましょう!すいーとすいーとです!…ちょーっとだけ待っててください、イ、イ……イスタンブ」

 

「戰場です。それではあちら…リビングの方で待機させていただきます。…あぁ○○様、大丈夫ですから。」

 

 

 

唐突に割り込んできた戰場さんの的外れな感想により展開された茶番を眺めていたが、これはこれで戰場さんに考えがありそうだ。言葉こそ同じトーンでの「行け」だったが、目ヂカラがハンパじゃなかった。さっさと済ましてこいとでも言いたいのだろうか。

…あちらにも千聖ちゃんが付いているだろうし、さっさと済ませてきちまおう。抵抗する力を緩め、脱衣所へ。すっかり手馴れた流れで仕事着を脱ぎ捨て、沸かしてあるという湯船へ――

 

 

 

「…おい待ちなさい。」

 

「何です??」

 

「何故君も脱いでいるのかね。」

 

「??…お背中お流ししますっ!」

 

「……………いやいやいや、」

 

 

 

お客さん居るんだから、行ってあげないと。奥様としては知らないけど大人としては良くない対応だぞ。

だから早くその水色……脱いだ服を着て柔らかそうな、じゃないお茶の一つでも戰場さんに…おしr、何なら晩飯も、そうだあいつ晩飯はどうすんだ。流石に招待して飯抜きで帰れってわけにはいかんよな。

 

 

 

「なぁイヴ、飯…………」

 

 

 

ふぅむ、全裸になると改めてわかる。流石のプロポーションだ。

これを抱いて寝りゃどんな疲れも一瞬で吹っ飛ぶだろうさ……。

 

 

 

「メシ??」

 

「いや、お客様もいらっしゃってるんだし、早めに済ませて上がろうな。」

 

「えぇー。」

 

「えーじゃない。大体何だってこんなタイミングで一緒に風呂なんか…」

 

「だってぇ!」

 

 

 

おっほ…飛びつくように抱きついてくる素敵な奥様。その感触に湧き上がる煩悩を抑えられそうにないが、心を鬼にして問い質さねばならん。…この火急すぎるスキンシップの応酬の理由を。

 

 

 

「だってぇ…いきなり綺麗な女性を連れてくるじゃないですかぁ。」

 

「綺麗…っていうより可愛い感じの」

 

「私、一緒に住んでるですよ?」

 

「そうだね。」

 

「私、○○さん大好きですよ?」

 

「そうだね。」

 

「私、不安ですよ?」

 

「そ……なんで?」

 

「フリンですっ!ウワキですっ!ヤグ」

 

「やめなさい。…いいかい、俺はそんな風にあの子を見ちゃいないよ?」

 

 

 

勢いに任せて何を口走ろうとしているんだ。意外とテレビっ子なのか、イヴ。

それは置いといても、だ。それじゃあ何か?今日の一連の流れは単純に嫉妬ゆえの行動であって、戰場さんの正体も俺たちの思惑もバレちゃ…

 

 

 

『…問題ないみたいね。』

 

「おまっ……!」

 

『はぁ…………相変わらず粗末なモノね。』

 

「どこ見てんだぁ!」

 

「私は、ずっとずっと○○さんだけを見てまぁす!!」

 

「ああもうありがとう!!」

 

『彩ちゃんが見たらどう思うかしらね、この光景。』

 

「…ッ!?」

 

「い、イヤですか!?イヤですかっ!?」

 

「嫌じゃないよ、そういうのじゃなくて…」

 

『ふぅん……見損なったわよクソ犬。』

 

「違うんだよちーちゃん!!」

 

「チーチャン!?私はイヴですっ!イーチャンでぇす!」

 

『…………………ぶふっ』

 

 

 

あいつめ…いきなり現れたかと思いきや引っ掻き回すだけ引っ掻き回した挙句吹き出して消えやがった…。大方今は戰場さんのもとにでも出ているんだろうが…ひとまずはこの状況を何とか彩にだけは知られないようにしないと。

浮気なんてそんなファンキーな真似俺は絶対にしたくない。今のこの状況?あんま見んな。

 

 

 

「イーチャンとお風呂入るです?」

 

「………入る。」

 

「やったぁ!…ここでいっぱいスキンシップしたら、イクサバさんと仲良くしててもぷんぷんしないでぇす!」

 

「…名前言えんじゃん。」

 

 

 

**

 

 

 

『結果として、若宮イヴは完全に無自覚な人間ってことね。』

 

「ああまあ…そうなるのかな。」

 

『儚も「仲良くなれそうだ」と頓珍漢なことを言っていたし…あなたもこのままで良いとか思ってるんじゃないでしょうね?』

 

「んなわけ無いだろ!俺は…」

 

 

 

俺が愛してるのは、彩だけだ。だからその為にもこうして脅威となる…

 

 

 

「脅威になるかな、アレ。」

 

『は?』

 

「だってさ、自分のことも、そういう事実があることもわかってないんだろ?戰場目の前にしようと千聖ちゃんがそこにいようと、全く普通だったじゃんかよ。」

 

 

 

悪用する恐れもないだろうし、危機がどうとかそんな大きな話にはならないんじゃないかっていう…

 

 

 

『あのねぇ…今の若宮イヴはこの世界を破壊するスイッチを知らずに握っている状態なのよ?』

 

「エェー大袈裟」

 

『要は無知は怖いってこと。私たちも色々調べてはいるけど、そもそも何が切欠で最初の改変が起きたか分からないのよ。彩ちゃんがそれに巻き込まれたのが()()()()()()なのかも。』

 

「……エェ」

 

『自分にそんな力があると気づいていない…そんな状態で()()じゃない事が起きてご覧なさい。何が起きるかなんて、それこそ神にもわかったもんじゃないわ。』

 

「じゃあどうしろと」

 

『そこの塩梅はあなた次第…まぁ、今日の対応はよかったんじゃないかしら。』

 

「エェマジィ?」

 

 

 

ただいつも通りイチャつい…同居人として過ごしていただけな気がするが。無論素晴らしいヒーリング効果だったが。とってもファンキーだったが!

 

 

 

「あれでいいのぉ?」

 

『…あそこまで露骨にやることやられると流石に…彩ちゃんには筒抜けになっちゃうけど』

 

「それは良くないってことじゃ」

 

『でも、儚にタクシーチケットを渡したのはまずまずね。紳士っぽかったわよ。』

 

「お。…千聖ちゃんもついうっかり惚れちゃったり」

 

『そういう調子に乗るところは彩ちゃんも苦手だって言ってたわ。』

 

「ちょ、おま」

 

『……精進することね。』

 

 

 

…果たして、積み重なった様々な誤解を直接解ける日はいつ来るのだろうか。

彩、もう少し待っててくれ。

 

 

 




でぇす。




<今回の設定更新>

○○:立場が強いんだか弱いんだかわかんない。
   ただイヴのことも決して嫌いなわけじゃないというのが悩みどころ。
   テレビっ子。

千聖:今日も元気に掻き回す。
   話題と空気のフードプロセッサー。
   女神は今日もほくそ笑む。
   なんかすっげぇ難しい事垂れてましたが特に気にしなくていいです。

イヴ:意外とヤキモチ妬き。
   主人公が好きすぎて、いつもは我慢している一緒に入浴欲求が止まらなく
   なってしまった。

儚:素でこんな感じ。最初の自己紹介で出しちゃったキャラは満場一致で不評
  だったのでやめちゃいました☆
   
香澄:おばか。かわいい。機械音痴。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。