BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/06/02 的中

 

 

 

『ほらそこ、また間違えてる。』

 

「………。」

 

『もう。付箋で色分けしなさいって昨日も言ったでしょ?そんなだから資料も刷り直しになるのよ。』

 

「…………。」

 

『昨日残業に付き合ってあげたのは誰だったかしら?私が居なければ完成まで漕ぎ着けられなかっただろうけど。』

 

「……うるっせぇ!!!」

 

「ぉわっ。」

 

 

 

少しは頼りになるだとか気を許してしまった俺が間違いだった。この女神とか言う存在、非常にうざい。

あれ以来大きな進展の無い"世界云々"の話は兎も角、勤務時間まで監視されているというのはどうなの。

視界の端で驚きのあまり椅子ごとひっくり返っているチーフには悪いが、大声を上げたのは俺であって俺じゃない。俺は、()()()()()()()のだ。

 

 

 

「…てめぇもうちっと静かにしてくれねぇかなぁ?」

 

『…口の利き方から教えなきゃダメかしら?』

 

「うっせぇ!てめぇは俺の母ちゃんか!!」

 

『あなたの様なデキの悪い人が私の息子なわけないでしょ?…それとも、私の大切なところを通りたいとか言う曲がった性癖を――』

 

「あぁぁあああ!!!!!!」

 

 

 

デスクの正面にある少し開けた空間で己の身体を両腕で抱きくねくねと腰をくねらせる女神。非常に鬱陶しい。

…が、ソレを挟んだ対岸でこちらを見詰める戰場さんの表情を見る限り、彼女はそう思っていなさそうだ。

 

 

 

「…あの、○○くん?」

 

「あぁ!?何すかチーフ!!」

 

「……キレッキレだねぇ。何というかその…また、チサトちゃん?が見えてるのかな?」

 

「そうっす。もう鬱陶しくてたまんないっすよ!」

 

「………君一人なら兎も角新人君もだからなぁ。…なるべく、抑え目で、ね?」

 

「はあ。」

 

『あなたがあんまり大声出すから怒られたじゃないの。』

 

「てめぇのせいだろうが…!」

 

 

 

進展はないが、チーフを始めとした周囲の人間が千聖ちゃんを認識始めている様な節がある。…それが、千聖ちゃんを認識しているのか俺や戰場さんの奇行に諦め始めているのかは分からないが。

あぁそうそう。ついでにもう一つ、大きな変化が起きていて。

 

 

 

『ッ!?……ど、どこ撫でてんのよ!』

 

「尻。」

 

『馬鹿じゃないの!?まだ昼間よ!?』

 

「女神、ぶれてる、キャラ。」

 

「千聖様!!」

 

『儚!この変態を、どうにかなさい!』

 

「わ、私も、撫でても、宜しいでしょうか!?」

 

『もう!馬鹿!!』

 

「ま、間違えました!…○○さん!」

 

「あん?」

 

「撫でるなら、私の尻にしてください!!」

 

『それもそれでどうかと思うわ!』

 

 

 

体現する為に徐にとった行動のせいで戰場さんまでこちらに来てしまう事態となったが、要するに俺から千聖ちゃんに触れるようになったのだ。

勿論、普段の様に中途半端な姿で浮かんでいる時や脳内に直接話しかけてくる時には無理だ。だが、こうして等身大のフルボディで現れた時のみ、物理的干渉が行えるようになったのだ。これが、何を意味するのかというと――

 

 

 

『あ、あなたね!いつ迄撫で続けるつもり!?』

 

「あぁごめん、考え事してた。」

 

「…成程、若宮イヴですか。」

 

「多分な。」

 

『……覚えときなさいよ。』

 

「柔っこかったぞ。」

 

『死ね。』

 

 

 

戰場さんもある程度の予想は付いていたか。まぁ現状存在定義レベルで認識を変えられる人間など一人しかいない訳だ。

以前イヴは千聖ちゃんが見えていると言った。目の錯覚だと納得したようだったが、アレは確かに始まりの邂逅だったであろう。

ここからは俺の推測でしかないが、無意識の内に世界を捻じ曲げてしまうのがイヴだとしたら、彼女が「存在する」と確信したものは存在してしまうし「不要だ」と思えば消えてしまうんじゃなかろうか。

意志があっての変化ではなく、思考した事によっての発見だとしたら?…迂闊にアレコレと空想する隙を与えるわけにもいくまい。

 

 

 

『まぁ、そうでしょうね。』

 

「思考を読むな。」

 

『女神だもの。』

 

「しかし、その仮説が正しいのだとすると…我々の行為は却って逆効果なのでは?」

 

「あー。」

 

『…今回に至っては私が姿を見られたのがそもそものきっかけだしね。あまりボロを出さない方がいいのかもしれないわね。』

 

 

 

知ってしまえば何が起こるか分からない。

…無意識とは、恐ろしいものだ。

 

 

 

「…あっ。」

 

『??』

 

「○○さん。」

 

「ん。」

 

「婚約者の…ええと、丸山さん、でしたか?」

 

「ッ!……あ、あぁ。それが、どうかしたか?」

 

「丸山さんの事を、嘗ての○○さんは若宮イヴに話していましたか?」

 

「……どういうことだ?」

 

 

 

戰場さんの考えはこうだ。

女神サイドの主張である「丸山彩は失踪ではなく存在が曖昧になっている」のを前提とすると、改変前の世界に於いて俺の同僚だったイヴが何らかのきっかけで彩について知り…彩を不要・或いは邪魔なものだと考えてしまったのではないか。と。

確かにその説で行けば彩は消滅ないし認識できない状態になるかもしれない。だが、それだけでこうも世界規模の影響が出るだろうか。仮に彩を消す必要があったとして、周囲の人間の記憶を改変する必要もあったとする。…では、何故自分についての記憶も改変したのか。

 

 

 

『…じゃあ何、彼女の狙い=彩ちゃんを消すことではない、ってこと?』

 

「もう何が何だかわからん…。」

 

「つまりは、彼女の狙いは○○さんにあるかもしれないということです。」

 

「…どういうこと?」

 

『考えることも出来なくなっちゃったの?』

 

「いいから説明、ほれ、はよ。」

 

『~~~~。……説明が終わったら多少はまともな態度になる事を祈っているわ。』

 

 

 

納得いかない顔の千聖ちゃん。そっちこそ、高圧的な態度をやめてくれたらこっちも色々考えるのに。

 

 

 

『いい?これだけ世界が変わりつつある中で、改変前の記憶を持ってるのは○○だけなのよ。』

 

「そう…だな。」

 

『そして現在観測されている中で最も個人的とされる小規模なものは全てあなたの周りで起きているの。彩ちゃんの件も含めて、ね。』

 

「……。」

 

「変わったものの中には○○さんと若宮イヴの関係性もあったはずです。」

 

「…いや、それは違うだろ。」

 

 

 

確かにただの同僚だったイヴは今では同棲するほどの仲になっている…が、それは飽く迄双方の同意によるものであり、世界改変によって突如として得てしまった結果ではない。

俺が決めたこと、俺の意思だ。

 

 

 

「だとしても、です。」

 

『…いい加減現実に目を向けなさい。強大な力をもった人間がどんな考えに至るか…あなただってその辺の予想くらいできるでしょう。』

 

「……ちがう。」

 

 

 

あいつは。イヴは、彩を失ってどん底まで落ちた俺に寄り添ってくれた。ここまで面倒を見てくれた。

裏でどんな力が働いているかは知らないが、少なくとも歪んだ想いを抱く様な子では無い。と、今だけでも俺は信じていたい。

力を疑う事と、事の発端を追う事、あいつ自身を疑う事は全て別問題なのだから。

 

 

 

「いいか千聖ちゃん。これは俺の決定、俺の意思だ。……確証も無ぇのに、あいつを悪く言ってんじゃねえ。」

 

『…。』

 

「しかし、○○さん…!」

 

『いや、いいわ儚。』

 

「そんな!?」

 

『…私だって一応女神の端くれ。人の心が分からない訳では無いもの。……今のあなたにとってみれば恩人も同様だものね。』

 

「ああ。」

 

『一つ教えて。…あなたが心から一番に愛しているのは彩ちゃんよね?』

 

「当たり前だろ。」

 

『…それなら、彩ちゃんを陥れようとする何者かの正体を掴んだ時は…逃げずに、情を掛ける事無く闘うと、約束できる?』

 

「……………ああ。」

 

『……私達を、あまり失望させないでね。』

 

 

 

わかってる。千聖ちゃんが何を言いたいのかだって、彩が今どんな気持ちでいるかだって。

だけど、事実温もりはあったんだ。小さな希望にくらい、賭けてみてもいいじゃないか。

 

 

 

「失礼しまぁす!!」

 

 

 

重い空気をかき消すように、勢いよく事務所のドアを開け入ってきたのは市ヶ谷さんだった。いやいや、自分の部署に「失礼します」って…。

正直なところ外に出ていた事すら気付いていなかったが……よく見ると後ろに誰かいる。来客だろうか。

 

 

 

「香澄ちゃん…ここに入る時は、失礼しますって言わなくていいんだよ…。」

 

「あっ!…そうだった…メモ、取らないと…!」

 

「それで市ヶ谷さん、元気いっぱいだけど良い事でもあったの?」

 

「はい!お客さんが見えてますよ!○○さんに!」

 

 

 

俺に?

はて、今日はアポイントメントも何もなかった気がするが…。

メモを取りながらいそいそと自分のデスクへ向かう市ケ谷さんの後ろから出てきたのは、もうこの場所では見ることも無いだろうと思っていた人物。

 

 

 

「失礼しまぁす!○○さぁん!」

 

 

 

若宮、イヴ。

見慣れている筈の彼女の姿に、鳩尾の辺りがギュウと痛む感覚を覚えた。何だってこんなタイミングで。

入り口に近かったチーフが一先ず相手をしてくれているが、こちとらさっきの今だ。どんな失態をやらかしてしまうか分からない以上迂闊に動かない事が最善策と言えるだろう。

 

 

 

「イヴ、お前どうして職場なんかに…?」

 

「○○さんったら、おべんと忘れて行っちゃうんですもん!お届けに参ったでござるです!」

 

「あー…。」

 

「何だい何だい○○くん。こんな綺麗な恋人が居るだなんて、初耳だよー。」

 

 

 

…やはりチーフの記憶には欠片も残っちゃいない、か。

面と向かっても思い出さないとは、最早洗脳の域なんじゃないか…?

ヘラヘラと面倒な上司をスルーしてイヴの元へ。今時誰も使わないような古風な唐草模様の風呂敷を受け取る……おぉ、重いなこれ…何入ってんだ。

 

 

 

「さんきゅ、イヴ。…でも、態々届けてくれなくても…大変だったろ?」

 

「ナンノソノ、です!通い慣れた道ですし、何よりも折角作ったので食べて頂きたくて!…えへへ。」

 

「………そうか。」

 

 

 

少し前までの俺ならば阿呆面晒して「うわぁ結婚したい」とでもほざいていたかもしれない。それくらい、目の前の彼女は儚く可憐な良い子だった。

が、まさかこうもすんなり接近できるとは思っていなかったのだろう。

 

 

 

「…にしても多くないか?」

 

「えへへ、ちょっと張り切り過ぎちゃいましたかね。…よかったら、イクサバさんと、カスミさんと、女神様とも一緒に食べちゃってください!今日のは自信作なんですっ!」

 

「……何だって?」

 

「あっ!お、お忙しかったですか??○○さんに会いたい一心でつい急な訪問を…」

 

「いや、そうでもないけど…。」

 

「良かったぁ!あまり忙しくならないようにって祈ってみたんですけど、上手くいったみたいです!」

 

「……祈った…のか?」

 

 

 

イヴがもう少し慎重な性格であれば、俺は一生見つからない答えを探し続ける羽目になったやも知れない。

彼女は確かに「祈った」と言った。「上手くいった」とも言った。

それはつまり。

 

 

 

「私、お祈りをすることで願いを叶えられるんです!…と言っても、信じられないですよね…へへ…。」

 

「……ッ!!」

 

「ずっとずっと、○○さんのお役に立ちたい、もっと傍に居たい…って毎日祈っていたんですよ?…だから、今はお傍でお仕え出来て幸せです。」

 

「……イヴ。」

 

「はい??」

 

「……俺、お前に婚約者の話、したっけ…?」

 

「…はい!アヤさんとか言う…」

 

 

 

嗚呼。

神とやらが居るなら教えてくれ。

俺は一体何を憎めばいい?俺は一体何を信じればいい?

 

 

 

「……○○さん……ッ!?」

 

『○○っ!!』

 

 

 

足元が崩れ去る様な、酷く覚束ない感覚に続いて襲ってきたのはブラックアウト。

奇しくも、無邪気の内に語られてしまった確証に俺の思考は止まり。体が現実を直視することを拒否したのだ。

 

遠ざかる意識の中で聞いた声だけが確かに響いていて。

俺の意識は、ここで途切れた。

 

 

 




ちーちゃん監修。




<今回の設定更新>

○○:別に女神さまを性的な視線で見てるとかそういう事は全くございません。
   疑心暗鬼の末、昏倒。

千聖:砕けた関係になりつつあるが立派な神様の一人です。
   あまり人に認識されないってだけでほぼ普通の女の人。

儚:頭は回るが情が理解できない。

香澄:奔放。

チーフ:「みんな仕事して…」

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