BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/03/08 六曲目 檸檬と蜂蜜

 

 

巡り巡って過去の業が還って来た時、都合よくも我々はこの世の理を疑ってしまう。

 

まるで古いシネマを訪ねた時の様に、擦り切れたフィルムに心を動かされたように。

 

人が笑顔を得ることも、時に涙を流すことも、人との関りから発生する事象であり。

 

他人という人が他人でなくなった時、それはまた哀しみと後悔の連鎖に呑み込まれる日々の、円環の始まりなのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「お疲れ様。良い舞台だった。」

 

「あら、あなたも観に来ていたのね。」

 

「公演後で済まないね。だが…有名人の楽屋を訪れる、というのも一度やってみたかったのだよ。」

 

「ふふ、何それ?子供じゃないんだから。」

 

「いいや千聖(ちさと)。詩人とは常に探究者で、成熟した大人の視点と好奇心に身を任せられるだけの子供の様な無邪気さを併せ持っているものだよ。」

 

「あなたは詩人…だったかしら?」

 

「いいや千聖。私はそんな大層なものじゃない。唯の好奇心旺盛な大人さ。」

 

「ふふふっ、お子様ね。」

 

「………。」

 

「…そういえば、一体何の用があって?」

 

「ああ。まずこれを…差し入れだ。」

 

「あら、これは…」

 

「なに、珍しくも無い菓子折りさ。メンバーの皆と食べてくれ。」

 

「ありがとう。きっと皆喜ぶわ。」

 

「それとこっちが…君個人への差し入れだ。」

 

「ッ。……そう、あまり読みたくは無い本ね。」

 

「面白いものばかり描く私じゃあないよ。」

 

「知ってる。いつも嫌なタイミングを狙ったみたいに来るものね。」

 

「…生憎と、そういう性分なもんでね。帰ってからでも、ゆっくり読んで」

 

「大丈夫、今読むわ。」

 

「…そうか。あまり無理はせずにだな…」

 

「あのね、私は女優の白鷺(しらさぎ)千聖なの。公演後に物語を読むくらい、どうってことないわ。」

 

「ああ。分かっているさ。…分かっているとも。」

 

「それじゃあええと…何もお構いは出来ないけど、そこの椅子にでも座っていて?」

 

「ありがとう、失礼するよ。」

 

「……また皮肉めいたタイトルね。」

 

「綺麗な歌声から閃いたものでね。」

 

「どうせまた別世界のお話なんでしょう?」

 

「ああ。君とよく似た…別のアーティストの…」

 

「…そう。」

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

気付けばまた朝が来て。点けっぱなしのテレビには夕べに見ていた映画のルートメニュー。

レッスン前だというのに夜中まで映画を見ていて、独りが余計に寂しくなって…あぁ、そのまま寝てしまったんだっけ。

喉が渇き、痛む。無理な体勢で眠っていた為か、首や腰も悲鳴を上げているようで。

 

出掛けなければ。仕事は待ってくれない。どんなに私が落ちて居ようと。

どんなに、見失って居ようと。

 

最低限のビジネスメイクに、一昨日クリーニングから戻ってきたワンピース。運動着も鞄に詰め込んであるし、髪は…巻いている暇はないか。

誰も居ない部屋に呟く「いってきます」は、昨日の私への「さようなら」…今日もまた、煮え切らない一日が始まるのだ。

 

 

全部自分のせいで。押し切れないところも、それでいて護りを忘れることも。

自分を曝け出した挙句、あの子に心配させて…何が「大丈夫」だったんだろう。そんなこと言わなければ、今頃はきっと…あの映画の二人の様に…

…何を考えているんだろう。あの子も、私も。

スタジオに着き、扉を開けばいつもの面々にいつもの雰囲気。いつも通りの挨拶が飛んできて、いつも通り言葉を交わす。

 

 

 

「千聖…ちゃん。」

 

「………おはよう、(あや)ちゃん。」

 

「えと……あの……わ、私、昨日、その」

 

「!!…ちょ、ちょっと先にお手洗いに行ってくるわ。皆は始めていてもいいけれど。」

 

「はーい。じゃあ準備してるね~。」

 

「ち、千聖ちゃ」

 

 

 

もう少し上手に忘れられると、自負していたのだけれど。

追いかけてくる声と足音に、思わず立ち止まる廊下で。あの子の顔は見られずに居る私。

 

 

 

「…彩ちゃんもお手洗い?」

 

「トイレ…そっちじゃないよ。」

 

「外の空気を吸いたくなったのよ。」

 

 

 

私の愛情は紛い物で、彩ちゃんの抱えている純粋な愛には程遠くて。きっと醜いもの。

 

 

 

「じゃ、じゃあ私も付いて」

 

「あのね彩ちゃん。」

 

 

 

抱いた感情はきっとすれ違い。私の求めているものは、貴女にしか見出せなくて。それでも貴女は、汚れの一つも知らなくて。

 

 

 

「私別に、そこまで本気じゃないの。昨日のはそう、気の迷いというか…」

 

「千聖ちゃん!…私、別に嫌とかじゃなかったんだけど、心の準備もあるし、千聖ちゃんが私みたいな子を好き好んで抱」

 

「いいの。…いいから、もう、戻りなさい?彩ちゃん。」

 

 

 

後悔も…この感傷すら、埋めることができるのは貴女だけ。私が求めて手に入れられなかった彩ちゃんじゃなくちゃいけないのに…。

 

 

 

「…でも…!」

 

「彩ちゃん。」

 

「……ご、ごめん…なさい。」

 

 

 

パタパタと遠ざかる足音。少し乱暴に閉められるレッスン室の防音扉。

本当は私が伝えなきゃいけない言葉をあの子に言わせてしまうなんて、今更ながらも自分の性格に嫌気がさす。

 

もっと素直になれたなら。昨日の一件だって、もっと円やかに運べたかもしれない。今日の朝だって、前向きに目覚めたかもしれない。あの子の顔を見た瞬間だって、少し意地悪に茶化せたかもしれない。

全部が全部、上手に割り切れるほど私は大人じゃないんだ。自分の持っていないものに嫉妬して、負けないように努力したつもりになって、迷惑と心配を振りまいて。その癖手に入らないと分かっても、子供の様にただ欲しがって。

 

柄でもないとは思うけど、「運命」なんて言葉に縋りたくなる程、信じてしまっていたのかな。

 

 

「全然、大丈夫なんかじゃない」「本当はごめんねって言うべきだった」「もう一度、あの場面をやり直せたらいいのに」…言いたいことなんて幾らでもある。

分かっているんだ。全ては心の中に、頭の中に浮かぶだけ。「今も私は…」と口に出せたらどれ程楽だろう。

 

 

「独り」を肌で感じながら駆け込んだトイレで声を上げて泣いた。ここまで得体の知れない感情に胸を締め付けられるのは初めてで、女優業の中でもアイドル活動を始めてからも、味わったことは無かった。

私はあの子の何に嫉妬しているんだろう。あの子の何に憧れているんだろう。あの子の何を欲しがっているんだろう。あの子からどうして目が離せないんだろう。あの子はどうして、私のモノになってくれないんだろう。

 

向ける方向さえ分からない愛情も、抱えきれなくった感情も、まるで迷子みたいだ。

もし私に一端の恋愛に関する才能があったなら、あの子に埋めて貰えなかった突き刺さる様な感傷と後悔すら忘れられるのだろうか。もっと、上手に。

 

 

 

 

何食わぬ顔で皆の元に帰る途中。澄んだような表情で、造った笑顔を準備する自分が大嫌いだ。

あの子みたいに出来ないから…あの子じゃなくちゃ、今日これからの…

 

 

 

「千聖ちゃん。」

 

「……なあに?」

 

「私、やっぱりちゃんと謝らなくちゃって思って。」

 

「…何の話かわからないけれど、きっともう大丈夫なのよ。」

 

「大丈夫なんかじゃないよ!……そんなに、辛そうに、笑っているのに…。」

 

「…いいから、練習を始めないと。」

 

「千聖ちゃん…!私、千聖ちゃんのことは大好きだけど、そういうのは違うかなって思って…」

 

「ッ……」

 

「でも、でも!本当に大好きで、尊敬してて…だから!」

 

「…ごめんなさい、今日は帰るわ。体調があまり良くないの。」

 

「千聖ちゃんっ!!!」

 

 

 

どうせなら最高の表情で別れたかった。寧ろこっちが笑っていられるくらいの、そんな関係性で。

この最低な回答は、最低な選択は…全てがここで終わってしまうようで。Pastel*Palettesも、白鷺千聖も。

私はまだ、もう少しだけ夢を見ていたかっただけなのに。

 

 

…胸が痛む。

 

 

 

「全部、貴女(彩ちゃん)のせいよ。」

 

 

 

束の間の希望は甘ったるい欲望と共に…今日も微睡に蕩けていく。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

「…へぇ。」

 

「ん。」

 

「ん、よく出来てるじゃないの。」

 

「ああ。」

 

「何よ、褒めてるんだからもう少し喜んだら?」

 

「…ああ、いや。」

 

「下手に気持ちを煽ってしまったなら申し訳ないと思ってだね。」

 

「別に。懐かしい気分で読めたわ。」

 

「それならいいんだが。」

 

「…確かに、彩ちゃんに会いたい気持ちと寂しさに拍車はかかったかもしれないけれど…ね。」

 

「……すまない。」

 

「…あなた、そんな素直な人だった?」

 

「何と言ったものか…最近色々と、視すぎているからね。私自身の変化もあるのだろうが、あまり他人の人生を覗きすぎるのもどうかと思って。」

 

「そうね…。確かに、この物語の事はあなたに話していなかったものね。」

 

「………済まない。」

 

「謝る必要は無いと思うけど。…にしても大変ね。見たくないものまで視えるというのは。」

 

「…それで救われる人が居るならいいんだ。事実、君を含むこの街の女の子とは随分懇意になれた気がする。皆、一度はこの"物語"を読んでいるからね。」

 

「ええ、お陰で間違えずに済んでいるじゃない?あなたのソレは、言い換えれば進むべき道だもの。」

 

「…………うむ。複雑なところだな。」

 

「ふふふ、あなたらしくないわよ。いつも飄々としている癖に、私と二人になるといつもそうね。」

 

「いつもならある意味私らしさではないのか?」

 

「…まあ、いいわ。…ほら、今日も聞かせるのでしょう?」

 

「あ、ああ。…これを。」

 

「…成程、知らない歌ではないけれど、改めて私が聴くというのも不思議な感じね。」

 

「……では、今一度、素敵な調べに心を委ねると良い。」

 

 

 

"檸檬と蜂蜜"

 

 

 




少しずつ明かす、ということの難しさですね




<今回の設定更新>

○○:自分の知識は自分の意思ではない。
   視えてしまうものに、彼もまた苦しんでいる。

千聖:かつて主人公に物語を見せられ、その結果Pastel*Palettesの危機を
   回避した経歴を持つ。
   海外ロケで暫く会えない恋人のせいで、少々不調気味。

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