BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
物事はいつか必ず終わる。
そう遠くない未来に。気付かなかった、或いは目を逸らした明日に。
終わってしまわないよう祈ることもただ空しく。
決まり切った筋書き通りに世界は今宵も廻る。
例え吐き出すような号哭でさえも、例え諦めにも似た困惑であっても。
過ちも誤りも何れ一つの結果を生む。
然してどのような終焉にも、想いと言葉は必ず寄り添う。
**
「ここも随分……変わってしまったなぁ。」
「ぁ……○○さん?」
「やあ、一人かね。
「……モカちゃんいっぱい居るように、見えるー?」
「はは、そういう意味じゃないが……。」
「…ぅ??」
「……もう四年…になるかね。
「んー……それくらいー、かなぁ。」
「相棒はどうだい?」
「良くはなってるみたいー。早く起き上がれるようになって、メンテナンスからしないとー…って、しょっちゅう言ってる。」
「はっはは、蘭らしいなぁ。」
「だからね、今はモカちゃんが、代わりに面倒見てあげてるのです。えへん。」
「なるほどね。ギター二本も…よくやるよ全く。」
「ま、今はあたししか、いないし。」
「…………。」
「みんな、元気かなあ。」
「さあ……なぁ。」
「……○○さんってさー、結構意地悪なところあるよねぇ。」
「む?」
「普通ね、そういう時は、「きっと元気だよー」とか、言うもんなんだよ。でも○○さん、変に前向きなこと、言わないし。」
「……実はこの前、蘭の見舞いに行ったんだ。」
「そうなの?」
「ああ。何で来たんだー、とか怒られたけど、顔色はよかったね。」
「おー。」
「そして、少し話をして…Afterglowの思い出話とか、彼女の近況とか…。」
「うんうん。」
「……蘭の、未来の話とか、もね。」
「……そっかー。」
「ああ、そういえば君たちのユニット名……
「うん。……あたしが、考えたんだー。」
「……"夜明け"、か。」
「うん。あたしたちの音楽は、あの夕暮れの、屋上から始まったんだ。」
「…………。」
「今は、みんなばらばらだし、蘭も倒れちゃうし、とても音楽どころじゃないなんてわかってるけど。」
「ん。」
「それでも、あたしたちの近くにはいつも音楽があって、それがいつ来るかわからない未来への、希望になったら…って。」
「そう……か。」
「いつか見たいんだ。また、蘭がギターを弾いて、歌って、みんな笑って……」
「…。」
「○○さん。……きっと、来る、よね…??そんな、夜明けが――」
「青葉君。実は君にこれを読んでもらおうと思ってね。」
――ああ、まただ。
「…ノート??」
「ああ。ちょっとした物語なんだが……君にはまだ見せていなかったと思ってね。」
――気持ちは"俺"のまま、望んじゃいない言葉を紡ぐ。
――まるで、俺じゃない俺が、残酷な結末を望んでいるかのように。
「ん。よんでみる。」
――やめろ。やめてくれ。
**
今が朝なのか夜なのか。呼吸をしているのか、泣いているのか。
もう何もわからない。何もいらない。
ずっと傍にいた。できる限り明るい話をした。ずっと笑って、音楽に未来を重ねて。
「………なに、やってんだろ。あたし。」
たった一人、大切な人が欠けただけで、あたしに見える全ては味も匂いもしなくなった。
すれ違う人も、どこかで喋っている人も、転んで泣いている子供も。全部が遠いスクリーンのシネマをぼんやり眺めているように、酷く曖昧で厭に静まり返っていた。
その中で自分の心臓だけが煩いほどに揺れて、無駄に生き永らえていることに喉が絞まって。
気付けばバイトのシフトにも穴をあけていた。意味も無く眺めている天井に、幼馴染に皆勤賞を自慢したあの日を思い出しながら。
その昔…いや、言っても数年前のこと。
毎日が音と喜びに溢れていて、視線を動かせば仲間がいて。
でもそんなの、もうどうでもよかった。
ベッド脇のローテーブルに放り投げたスマホが鳴いている。表示されたのはまたしても違う名前。
建前だけの心配も、取り繕うような綺麗事も、あれほどハマっていた行きつけのパン屋のパンも……ただただ気に食わないものだけが増えていった。
「……はい。………うん、うん。…………んー…。……うん。」
八月の涼しい夜のこと。月明かりの下、彼女と自転車を駆ったこと。
ライブハウス、喫茶店、商店街……何処へだって行った。何処へだって行けた。
「いやー……うん?…………うーん…。…………ん、だいじょうぶ。」
それらがもう戻ることはないと。全ては終わってしまったんだと。
鼻先を撫でる夜風に、痛んだ胸でさえ所謂悲嘆の演出に過ぎないのだと。
「ん。…………わかってる。」
嘘だ。
上辺だけの通話を終えたソレを置く手は震えていた。疲れ切っていた。
…最低だ。ただ、貴女に生きていて欲しかった。いつまでもあたしの目標で、あたしの歩むべき道で、あたしにとっての意味であり理由でいて欲しかった。
思い出なんて微かな残り香になんか変えたくなかった。
「わかってなんか、ないよ。」
全部貴女をダシにして。貴女を喪った自分に酔っているだけ?
周りを躱して、自分を騙して、一人で生きているふりをして、体よく貴女を忘れて行って。
最低だ。一人何もないあたしが、生きている価値もない人間だってこと。貴女がいないこの世界、生きていてもしょうがないなんて格好つけて。
本当に。
もしもあたしの人生が二十七年で幕を降ろせるのなら、身に染みたロックに救われるのだろうか。周りに溢れていたその音楽に……いや、考えるのは止そう。
人はいつか死ぬ。いつかみんな無くなる運命ならば、残りの人生にはもう何も要らない。何も期待、しない。
「…。」
月日は経って。
久々に会ったともちんが和太鼓を買ったと自慢してきたり、つぐが独立して喫茶店を経営してると知ったり。
音楽には触れていなくとも、みんな前に進んでる。新しい自分と、向き合ってる。それに比べてあたしは…と、悩む度にまた心臓が揺れていた。
もう笑っちゃうくらい何もなかったから。地元の小さいオフィスでいそいそと働いて、プライドも何もかも擲って惰性のように毎日を繰り返した。
消化しきれていないことにも、適当に頭を下げながら。
「…………。」
いつぞやの八月の日の下で、もう何があったか覚えちゃいないけど。
輪の中にはいつも貴女が居て、いつだって皆充実していて。
けどもう何があったかなんて関係ない。あの日確かにそこにいた、触れていた貴女だけは、上書きされることもなくあたしの中に仕舞ってある。
空の青さも忘れた空虚なあたしだけど……最近、作り笑いが上手になった。ような気がする。
もしあの時貴女を喪っていなければ、皆もっと違う人生になっていただろうか。もっと希望があって、いつまでも大好きな音楽で繋がっていられて…いや。
何て傲慢なタラレバだろう。
人間として生きる以上業を背負ってはいるだろう。しかし卑しいほどに貪欲な自分にはほとほと嫌気がさす。
その欲と業の前には、どんなドラマチックでさえ塵に等しいというのに。あれほど叫んだ青春も、奏でたメロディも絆と同等の情愛も全部。
腐っても大人だ。そんなものはとうに理解してしまっていた。
人の辿る道に仮定なぞ意味も無いことを。貴女の歩んだそれは、あたしの物とは違うのだということを。
『モカ』
今でもその声は思い出せる。音楽に浮かせて叫んだ言葉も。あたしを呼ぶ口の動き一つまで。
彼女は今、あっちでよろしくやっているだろうか。好きだったあたしたちのロックは、流れているだろうか。
「らん……。」
独り、散らかりきった自室で呟く。
零れる涙もその意味ももう分からない。貴女が生きている仮定すら思い描けない。
あれから、ずっと整理はついていなかったけど。あたしはらんの全てに頷いてあげたいんだ。
突然の別れ。なんて無茶苦茶なんだろう。その存在感は、なんて傲慢なんだろう。でもそんなところもきっと、らんそのもので。
悲しいのに、寂しいのにそれでも、そんな傲慢な消え方をした貴女が、こんなにも愛おしくて仕方がない。
「会いたいよぉ……!!」
言葉なんか飾りでしかなく、限りなく無駄なものだ。口に出せば安っぽくに消え去るのみ。
それに比べて貴女の生き方はまるで月明かりのように素晴らしかった。一緒にいて、誇らしかった。
そんな貴女に、皆は惹かれて、繋がっていたんだ。らん一人欠けただけで、この有様なんだ。
最低だ。わかっている癖に、自分が率先してらんを思い出に変えようとしている。
勝手に悼んで、勝手に泣いて、勝手に綺麗な宝物にしようとしている。
仄かに照らしたまま何も言わず生涯を閉じたらんと、最低な自己満足のためにその死を悼むあたし。
涙はとまらないのに、何だか笑えてくる。こんなものを引き摺って、あたしは何処まで行くんだろう…いや。
考えるのは止そう。どうせ、人はいつか死ぬんだから。
今も、涙も、過去も、愛も、空も、夢も、地も、思い出も、星も、鼻歌も、雲も、優しさも、諍いも、苦しさも、温もりも、憂鬱も、あの夏も、痛みも、音楽も、泣き言も、夕暮れも、貴女も、あたしも、全部。
「もう、何もいらない。」
失うことももう怖くない。忘れることも。終わることも。
**
――違う。違うんだ。
――俺が見たかったのは、俺が望んだのはこんな未来じゃない。
「……あはは、は…。そっ…かぁ…そうだよねぇ。」
「……青葉君?」
「いやー…そりゃ、ね。わかってますよー…。お医者さんに呼ばれた蘭パパも難しい顔してたし、蘭もなーんかあきらめムードだしー…。」
「……すまないが、それもまた、運命…いや"定め"なのやもしれないな。」
「………。」
――ふざけんな。
「……あたしにとっての夕暮れ時は、もう手の届かないところに行っちゃって。…せめて夜明けは、って、思った…のに……ぅっ…ぐすっ……。」
「青葉君……すまないが、今の私には"これ"しか…。」
――またこれか。
――だめだ青葉モカ、そのイヤホンをつけちゃいけない。その音楽を、聞いてはいけないんだ。
――クソ、俺には何もできないのか?やっとこうして、自分を保つことができるようになったというのに、なにも、何もできないのか?
「……〇〇さん?それなーに……?」
「…"今一度、素敵な調べに心を委ねると……ッグウ!?」
――駄目だ!いい加減、この負の連鎖を止めやがれ!!止まれ俺!!
「どうしたの…?〇〇さんも、悲しいの?」
「…………ふう。いやすまない。少し具合が優れなくてね。」
「…そっか。……これ、聞けばいーの…?」
「ああ。……"今一度、素敵な調べに心を委ねると良い。"」
――……クソが。
結局俺は何もできず、イヤホンを耳にした少女が表情を無くし静かに涙を零す様を、ただただ眺めることしかできなかった。
また、止めることができなかったのだ。
…しかし、確かに一度、あのいつもの鬱陶しい決まり文句を妨害できたような。
この糞忌々しい体験の中で、自我を保っていられるようになったこと。そして、さっきの違和感。
何かが変わり始めているのか、或いは――
『…無駄だよ。君には何もできない。もうじき全ては終わり、悪い夢からは醒めることとなる。』
――……そうかよ。要するに、ずっと俺の声は聞こえていたって訳だな?
フィルムが終わるように景色が暗み、体中の感覚と視界がいつもの自室に戻る中。
聞こえた声は俺でありながら俺でない、今すぐにでも消してしまいほど憎々しい男の声だった。
もうすぐ…?
<今回の設定更新>
〇〇:自分が解ってきた。
苦しい。
モカ:絶望から目を背け続ける少女。
蘭:二度と光の下へ出ることは無い。