BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2019/12/31 燐子「ずっとっていうのはずっとです。」

 

 

 

「大晦日もお仕事って……大変ですね?」

 

 

 

今年も今日で終わり…そんな日だというのに、俺は職場で黙々とPCを弄っていた。そもそも仕事納めは昨日で、今日に関しては業務が残っている者と大掃除・その他庶務に勤しむ必要がある者しか出社しておらず、俺が所属する部署…机のシマに関しても誰も居ない。

そのお陰もあってか、特に予定もなく出勤した燐子も堂々と傍に居られる。…まぁ、少し遠くで書類整理をしているちびっ子上司の愉快そうな視線には耐えなければいけないのだが。

 

 

 

「他人事だと思いよってからに……いやに上機嫌じゃないかよ。」

 

「ふふっ、他人事…ですから。」

 

「そりゃあな。…それより、仕事もしないのに職場に居ていいのかよ?」

 

 

 

いつもパンツルックのスーツを身に纏い遠くの島でオドオドキョドキョドしている燐子だが、今日は私服×職場という斯くもアンバランスでミスマッチな雰囲気を醸し出している。これはこれで新鮮、か。

そもそも年末という事で一日一緒に過ごして年越しを…と計画していたのだが、どうしても年明けの年休の都合上出勤せざるを得なくなってしまったのだ。仕事があるだけ有難いとはいえ一応楽しみにしていたこともあって、職場で片手間に仕事をこなしつつデートに興じるといった背徳感の強いシチュエーションを選び取ったのだった。

 

 

 

「いいんです。○○さんがお仕事をさぼっちゃわないように…監視するのが私の役目ですから。」

 

「監視てお前。」

 

「ふふふっ、りんりんジョークです…。」

 

 

 

可愛い。

惚気るつもりは無いが、今日も可愛い。明るい色のワンピースに紺のカーディガンというシンプルなものだが、煩過ぎずそれでいて地味でもない。出るところは出ているそのスタイルも相まって、芸術作品の様な完成度の高いファッションといえよう。

仕事の時とはまた違った纏め方の髪型も良い。低い位置で一纏め。一つの束となった艶のある黒髪が何とも言えない大人のお姉さんな魅力を演出している。そんな人に微笑まれてみろ。心臓も呼吸も止まっちゃうぜ。

 

 

 

「ごめんな、仕事になっちまって。」

 

「いえ…お仕事中の○○さんも……恰好いいですから。」

 

「………燐子。」

 

「ちょっとあなた達。仕事しに来たの?いちゃつきに来たの?」

 

 

 

見るに見兼ねてかちびっ子上司こと湊ちゃんが割って入って来る。さっきまで掃除をしていたこともあって、苦戦して装着した白い三角巾が頭部のアクセントになっている。斯く言う湊ちゃんもスーツ姿ではなく、中学生か高校生くらいの女の子が着そうな可愛らしいシャツを着ている…めっちゃネコって感じ。

怒っている…と言う訳ではなさそうだ。

 

 

 

「両方…ですかね。」

 

「チッ。」

 

「舌打ちすんなクソ上司。」

 

「あぁん?いいからキビキビ働きなさいっての。犯すわよ。」

 

「そういう言葉は冗談に留めてくださいよ。」

 

「馬鹿ね、本気よ。」

 

 

 

目がマジだ。嫉妬…の部分が大きいのか、仲間外れが嫌なのか。時折俺の体を弄んで止まない野良猫の様な気紛れさを持つ彼女は、俺の後ろに回りおんぶの要領で抱きついてくる。どこか甘ったるい香りと小さなてのひら、それにさらさらと頬を撫でる銀髪の感触に包まれて…

 

 

 

「………○○さん。」

 

「ひぃっ!?…り、りんりんさん??」

 

「○○さん。……どうですか?」

 

「ど、どう…とは?」

 

「湊さんが優しく抱きしめていますね。……私より、良いですか?」

 

「……………。」

 

 

 

それは何とも答えに困る質問だ。どちらがいいかと訊かれたら勿論恋人である燐子の抱擁の方が興奮度合い的にも愛情的にも勝ってはいるのだが、何分…ジャンルが違う。体格や人間性がほぼ真逆のこの二人。それに包まれる感覚でどちらの方が…などと比べられても、"良い"のベクトルが違い過ぎるのだ。この状況で何を揚々と答えられようか。

 

 

 

「…どうよ燐子。即答できないあたり、私にもまだ可能性があると思わない?」

 

「思いません。………私は○○さんを愛していますから…。いつかきっと、唯一人の女性に……なってみせます…。」

 

「あら?私だって愛しているのよ。…こんなに可愛い男の子、他に居ないもの。」

 

「か、可愛い??」

 

「えぇ、貴方はとっても可愛らしくて素敵よ。従順で、素直で……従順で。」

 

「……友希那ちゃん…」

 

 

 

何という事だ。今まで勤めて来て全く知る由も無かったが、存外ちびっ子上司の評価は高かったようだ。要因として従順な事が重視されている気もするが気のせいだろう。…そうか俺って可愛いのか。

少し浮かれ気分になりかけたところで、コツンとおでこに軽い衝撃が。耳元の囁き声から眼前の景色へと意識をずらすと、左手を握りしめたお怒りモードの燐子が眼前に迫っていた。…いや、正確には燐子の二つの燐子が…むぐっ。

 

 

 

「こらっ、どうして○○さんはそう浮気性なんですか。」

 

「!!!!…!!!……!!!!」

 

「何ですか…?反論があるなら……ちゃんと言葉で言ってください…。」

 

 

 

反論も何も、現在山籠もり中の顔面じゃ言葉を発するのは疎か、呼吸さえままならないのだ。全力で首と背骨を反らし、白金山から顔を引き剥がし漸く酸素と仲良しになれたところで深呼吸。……あぁ、なんて爽やかな職場のヤニ臭い香り!

 

 

 

「殺す気か。」

 

「……いつもは喜んでくれるじゃないですか。」

 

「拘束が強いんじゃ!…あと、仕事に手ぇ着かなくなるからやめて。」

 

「ふふ、じゃあ帰ったら…ね?」

 

「うん…。…じゃなかった、別に俺は浮気性ってわけじゃねえぞ。」

 

「…そうなんですか?」

 

 

 

俺が浮気性なわけじゃない。周りの貞操観念がおかしすぎるんだ。一人の社員に対して平気な顔して「共有の玩具」扱いしてくる連中だからな。

それも、何だかんだで一番タチが悪いのは後ろの銀髪姉さんだと思うけど。

 

 

 

「だからその…なんだ。確かに友希那ちゃんの抱擁はいいもんだよ。いいにおいするし、独特の柔らかさとリアルな重さとか…何だかやっちゃいけねえことしてる気分になる感じとか。」

 

「うっふふ、聞いた?燐子。彼ロ〇コンですって。」

 

「言ってねえわ。…あとアンタはそれでいいのか扱い。」

 

「誰が幼女よ失礼ね。」

 

「だから言ってねえっての。……まぁそういう友希那の良さは置いといてな?俺にとっての一番は燐子な訳よ。」

 

「………○○さん。」

 

 

 

今日ひまりちゃんが居なくて本当によかった。居たらもう何もできず飲み込まれていたことだろう。

 

 

 

「だから安心してほしい。浮気はしないし、俺は燐子一筋で――」

 

「それはあまりにも寂しい話ね。つまり、私や上原さんはもう不要という事かしら?」

 

「…不要っつーか、そもそも何もしないのが普通な訳であって…」

 

「ふうん。…燐子も同じ気持ち?」

 

「……………そりゃまあ。」

 

「そう。」

 

 

 

沈黙。すっと離れた友希那ちゃんの顔は、寂しそうな声色とは裏腹に全く変化していない。寧ろその瞳には獰猛な輝きが宿っていて…

 

 

 

「わかったわ。○○を共有するのは止めましょう。」

 

「……マジすか。」

 

「ええ。……でもね、燐子。」

 

「はい。」

 

「……これから、疑い合うような関係ってどうなのかしらね。」

 

「……というと??」

 

 

 

…あぁ、そういえばそうだった。燐子が「俺と最終的なラインを越えなければ…」と許容していたのは友希那の言う「疑い合うような関係」を避ける為だったのだ。

要するに――

 

 

 

「表向きは止めてあげるわ。…でも、常に燐子の目の前にいる訳では無いでしょう?シフト上どちらかが休みの時もあれば急に勤務場所が変わることだってある…ということは??」

 

「………やはり、どこまででも徹底してきますね、湊さん。」

 

「ええ。目標は達成してこそだもの。…一度目を付けた以上、絶対に逃がさないわ。」

 

「……おぉぅっ!?」

 

 

 

ゾクゾクっと背中を何かが駆け上がる感触がして思わず身を震わせてしまった。俺と燐子を交互に見る瞳は、上司としてのそれじゃない。熱の篭もった、確固たる意志を感じさせる狩人の目。

それに射抜かれてしまった俺は何も言えず、最終的に決断を下すであろう燐子の方を見るしかなかった。顔を見る直前に一度視線が胸を経由してしまうのは仕方ない事だと思おう。すげえんだよ、存在感が。

 

 

 

「………はぁ。致し方ありません…。……引き続き、今の関係のままとします。」

 

「さすが、それでこそ燐子よ。賢い子でよかったわ。」

 

「ただし。」

 

「……ただし?」

 

 

 

諦めた様に俯いた燐子だったが、やられっ放しではないと言う事か、睨みつけるような嘗てない攻撃的な表情で顔を上げる。ゆさっと、じゃない、バッと顔を上げた燐子が言い放ったのは友希那と同時に俺にもプレッシャーを与える言葉で。

 

 

 

「来年中には必ず…ですが、○○さんと一緒にここを辞めるまで……です…っ!」

 

「……………………へ?」

 

 

 

その言葉を受けた友希那は何故か心底愉快そうに笑っていて、一方の俺は全く状況が飲み込めずにいた。…俺、職場追われるの?

 

 

 

「ふふふふ…いいじゃない燐子。ついに決めたって訳ね?」

 

「……悩みましたが、決意しました。……○○さんには、お父様の事業を継いでもらいます。」

 

「確かに、それは邪魔できないわね。…愛からの選択かしら?」

 

「ええ。…これ以上、○○さんに触れられたくないんです。…私だけの…愛する人ですから。」

 

「あれ?ついていけてないのって俺だけ?何も聞かされてないんだけど??」

 

 

 

この場で流れに乗れていないのはどうやら俺だけらしい。初めて聞く情報が脳を埋め尽くす中、友希那も知っているその事情が気になって仕方ない。そして何より、詳しく聞かなくても何やらヤバそうな白金家(実家)に俺が組み込まれると言う事は…

 

 

 

「それって、ほぼプロポーズじゃね?」

 

「そうね。…え、元より結婚するつもりだったのでしょう?」

 

「俺はそうだけどハッキリ言葉にはしてなかったっつーか…。」

 

「ならいいじゃない。凄いのよ?この子の家。」

 

「……凄いってのは事故物件とかそういう…?」

 

「馬鹿じゃないの。有名な家なのよ。」

 

 

 

友希那から簡単に説明を受けたが、白金という苗字は燐子の母親と燐子だけの物で、事実上父親にあたる人物の苗字は水流巻(つるまき)というらしい。…その時点で合点がいってしまったが、それは同時に恐ろしい家に放り込まれてしまう事を意味していて。

水流巻といえば、あの弦巻グループの祖にあたる水流巻財閥のことだろう。珍しい苗字であるし、そもそも凄い家と聞いた後にその名前を出されると否が応にも繋がってしまうものだ。…そこの娘?燐子が?いやいや、仮にそうだとして、この世界に名を響かせる数少ない企業のうち一つを俺みたいな凡人が継げるわけないだろ。死ぬわ。

 

 

 

「まぁ幾ら何でも運営から何から任されるわけじゃあないと思うけどね。それでも、燐子の婿ってだけでとんでもない肩書なのよ。」

 

「……マジか。」

 

「怖気づいたかしら?何なら今からでも私の物に」

 

「いや。…寧ろテンション上がってる。」

 

「…はぁ。」

 

「最高じゃねえか。これだけ文句なしの美女と結婚できる上、大企業がくっ付いてくるんだろ?ガキの頃の夢とか、すげえゴミみたいに思えるほどラッキーだわ。」

 

「屑ね。」

 

「だろ?もう何とでも言ってくれ。」

 

「そう言うところも愛してるわ。」

 

「さんきゅー。俺も」

 

「○○さん?」

 

「……俺も屑だと思うで。」

 

 

 

いかん。つい話の美味しい部分の妄想のせいであがったテンションに任せて友希那を抱き締めるところだった。心は屑で体は共有物だとしても、俺の気持ちだけは燐子に尽くさなきゃいけねえんだ。

 

 

 

「○○さん。…私がそういうところの娘だと知って……引いてますか?」

 

「全然。」

 

「…じゃあ大変な仕事に就くことに絶望してます…?」

 

「やっぱりきついのか…そりゃそうか。…絶望って程じゃねえよ。それで燐子と死ぬまで一緒に居られるなら。」

 

「○○さん…!」

 

 

 

結局何をしていようと一番でかい存在なのは燐子なんだ。俺にとってみれば、どんなに環境が変わっても燐子が居てくれるなら…

 

 

 

「ふたりとも、暑苦しいから外でやってもらっていい?」

 

「何だよ、妬いてんのか友希那。」

 

「違うわよ。もう終業時刻なの。…さっさと帰るわよ。」

 

「じゃあ最初からそう言え馬鹿。」

 

「……あなた最近私が上司だって忘れてるわよね?」

 

「帰るべ燐子。」

 

「はい……あなた……!」

 

「あぁもう!何このバカップル!年の瀬まで見せつけてくれちゃって!死ねばいいのに!!」

 

「友希那、キャラ崩壊してんぞ。」

 

「……ッ!!…それじゃあ二人とも、良いお年をッ!」

 

 

 

最後の最後で素が出た上司様は、精一杯キャラを保っている(と思われる)引き攣った表情で吐き捨ててさっさと出て行ってしまった。時計を見れば夕方の十五時を回ったところで、一応年末として定時が繰り上がっていたことを思いだす。

 

 

 

「あの人、今更何をそんなに怒ってんだか。」

 

「…………恐らくまだ諦めてないんでしょう。」

 

「俺を?」

 

「それ以外に誰が居ますか。」

 

「…うへぇ。」

 

「だから心配なんです。……○○さん…結局優しくて受け入れちゃうから…。」

 

 

 

ぎゅぅ、と後ろから抱き締められる。さっきのような窒息する力強さじゃなく、弱弱しく縋りつく様なハグ。哀しそうに絞り出す声もあってか、胸を締め付けられるような気持ちになる。

 

 

 

「……結婚しようか、燐子。」

 

「…初めて、ですね。○○さんが言葉にして言ってくれるのは。」

 

「嫌か?……勿論今すぐって訳じゃないけど。」

 

「………嫌だったら、ヤキモチ妬いたりしません…よ。…凄く嬉しいです。」

 

「そか。」

 

 

 

どうやら来年中には俺の人生がガラッと変わるらしい。…どんな方向に転がっていくかは分かったもんじゃないが、少なくともこいつが隣にいる以上は悪くない未来になりそうだ。

良いお年を…か。

 

 

 

「………なぁ燐子。」

 

「………湊さん、ですか?」

 

「…何で分かったんだよ。」

 

「晩御飯に誘う…でしょう?」

 

「流石俺の嫁。…鍋なら一人増えても問題ないだろ?」

 

「もう………そういう優しいところ、複雑なんですからね。…好きなところでもあるんですけど……私だけに…向けてほしい、というか…。」

 

「はっはっは、結婚したら今までの分も含めて独り占めしてくれ。…今日はほら、さっきの言葉を引き出してくれたあの人にもちょっとだけ感謝をな。」

 

「……そう、ですね。」

 

 

 

抗議しながらも手元のスマホはメッセージを送信している。仕事も早く、心も広い…最高の嫁さんを貰ったもんだ。

愛してると改めて燐子に伝え、その手を取って歩き出す。

 

色々変化の多かった今年にさよならを。更なる飛躍の為の来年に期待を。

招待されご機嫌の友希那も交えた年越しは、俺に現状の幸せを噛み締めさせるには余りある程の一夜となった。

 

 

 




漸く2019年が終わりました。




<今回の設定更新>

○○:何をやってもいいように解釈してもらえる環境。
   糞羨ましい。

燐子:理想のお嫁さん。体力が無いのが少しの欠点なくらい。
   実は実家がとんでもない存在だったことが明かされたが、割と話に影響
   しません。

友希那:相変わらずこの人は…。
    年齢も相まって割と本気で焦っている。色々と。

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