BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/01/06 出会いと芽生えと食欲と

 

 

 

「何度来ても、最高の空間ですなー。」

 

「あははっ、空いててラッキーだったね。」

 

「この香りだけで食パン一斤はいけちゃうなー。」

 

「食パンもパンでしょ~。」

 

「モカちゃんはぁ、パンに埋もれるだけで幸せだと思うのだー。」

 

「なにそれ~。」

 

 

 

…何だこのツッコミ不在の空間は。

隣の麻弥はどこか諦めたような遠い目をしているし、こいつはいつもこうなんだろうか。

「山吹ベーカリー」。この街に住む人間ならば誰しも存在を知っているだろうこのパン屋は青葉の行きつけの店らしく、冬休みだというのにこうして付き合わされている。行きつけの店なら尚更一人で行ってくれと思うのだが、絶対に一度は足を運ぶべきだという主張に押し切られる形になってしまった。

でその結果がこれ。顔馴染みらしいこの店の娘と、何とも気の抜けたようなスッカスカな会話をしている様を、付き合わされた二人が傍観するという状況に。

看板娘らしい彼女も、しっかり者っぽい雰囲気とは裏腹に青葉と波長が合ってしまうらしい。南無。

 

 

 

「せんぱーい。」

 

「なんだ、まだ買い終わらないのか?」

 

「せんぱいはぁ、何も買わないのー?」

 

「えー…パンならコンビニでいいだろ…」

 

「そっすよねぇ…確かにここのパンは美味しいっすけど、わざわざ休みの日に繰り出してまでは…」

 

 

 

麻弥とはこの辺りの感性が近いらしい。意見が合う様で、場所的にも空気的な意味でもあったアウェイ感すら和らいだように感じる。…と思ったのだが。

 

 

 

「えっと…それ、店員の前で言っちゃいます?」

 

 

 

看板娘ちゃんが詰め寄ってきてしまった。そらそうだ。

自分の店のパンよりコンビニのパンがウマイだの態々休みの日に買いたくないだの言われては気分も良くはないだろう。近くで見ると成程、中々に勝気な顔つきだ。何故青葉と波長が合うのか。

 

 

 

「…そうだよな。すまん、悪気はねえんだ。」

 

「ご、ごめんなさいッス!」

 

 

 

そちらの事情も分かる為素直に頭を下げる二人。顔を上げた先でニヨニヨとこちらを眺める青葉が鬱陶しいが、パン屋のお姉さんは案外いい人らしい。

 

 

 

「あいや、謝ってもらう程の事じゃ…麻弥さんだって、たまに買ってくれるわけですし。」

 

「無意識に言っちまったが、気持ちのいいもんでも無いだろ。すまんな。」

 

「……ええと、モカの…先輩?さん?でしたっけ。お名前を訊いても?」

 

「あぁ、○○っていうんだが…そんなに先輩扱いしなくていい。青葉だってその…色々雑だし。」

 

「せんぱーい、ココからココまで全部買ってぇ。」

 

「………。」

 

「あはは…好かれているというか懐かれているというか…」

 

「笑い事じゃないぞ、ええと……山吹?さん?」

 

「あっ、私は山吹(やまぶき)沙綾(さあや)っていいます。沙綾でいいですよ。」

 

「沙綾…ね。ため口で良いぞ?…あぁ、仕事上のアレなら仕方ないけど。」

 

 

 

流石に接客業にため口は強要出来ない…が、どうせ顔見知りになってしまった以上は堅苦しいのは好ましくないのだ。

何というか、数少ない青葉を御せる人間は大事にしていきたいってのものあるし。

 

 

 

「…ほんと?…なら、そうしちゃおっかな。」

 

「っ!……お、おう。」

 

 

 

何だ今の。一瞬見せた上目遣いから眩しいばかりの笑顔への流れるようなコンボ。滅多に人間に抱く感情じゃないが、可愛いとさえ思ってしまった。

吃ってしまったのは決してコミュ力の低さが原因ではない。本当だぞ。

 

 

 

「…○○さん、山吹さんみたいな子がタイプっすか?」

 

「ばっきゃろう、ち、ちがわい。」

 

「あ、そーなんだ!…へへ、嬉しいな…。」

 

「うっ」

 

 

 

だからその、アンニュイな表情をやめなさい。照れとか純粋な笑顔とか、新鮮過ぎて刺さりまくるんだ。

 

 

 

「…ほ、ほんとに違うからな!?」

 

「あははっ、そんなムキにならなくても…私がタイプ何て言う人、今まで居たことも無いしさ、分かってるから。」

 

「………それは…直接言い出せなかっただけじゃないのか?」

 

「??なんで?」

 

「何でってそりゃ…」

 

「…○○さんが…オロオロしてるっす…!」

 

 

 

茶化すな麻弥。パニックなんだ。何だこの可愛い生き物。

 

 

 

「…うなー…」

 

 

「お、おおそうだった!青葉を忘れるところだった!」

 

「モカ??…あぁ、そういえばまだパン買ってなかったね。」

 

「さーやー!!」

 

「はいはい、決まったのー?」

 

「ふふん、ココからココまで買うよぉー。」

 

「えっ、棚買い??…さっすがお得意さんだねぇ。」

 

「ふっふっふー、感謝したまへー。」

 

 

 

無駄に大仰に反り返る青葉。そのまま後ろにひっくり返らねえかな。

そんな様子で恩着せがましく笑う銀髪のバカにも沙綾は、真剣な表情で心配する。

 

 

 

「でも、そんなにお金持ってるの?あと、凄い量だけど運べる??」

 

「む??そこはだいじょーぶ。今日はせんぱいがいるからぁ。」

 

「は?」

 

「せんぱーい、お財布ー。」

 

「ふざけんなこの馬鹿ちんがっ!」

 

 

 

調子に乗りに乗りまくっている後輩に神の裁き(チョップ)を下す。勿論それ程強い一撃では無いが、ちょうど旋毛の辺りにトスッと入った。

…おふざけの流れだと思いやったが、何故かぽかんとした様子の青葉は阿呆のように口を開けている。

 

 

 

「…あれぇ?」

 

「あれぇじゃねえよ。買わんし持たんからな俺は。」

 

「えぇ?だって、さっき買ってって言った。」

 

「本気で言ってたのかよ…。」

 

「モカちゃんはぁ、いつだって本気ー。」

 

「モカー?あんまり○○さんを困らせちゃだめだよ?…自分の買える量で、食べきれる…そこはまあ心配ないか。運べる量を買わないと。」

 

「えぁー。」

 

 

 

不満そうに口を尖らせる青葉だったが、沙綾の言葉には素直に従う様だ。トレーとトングを持ち、渋々と言った様子でパンを盛り始める。…が、次第に気分が乗ってきたのか鼻歌なんぞ歌いながら売り場を物色し始めた。

 

 

 

「ふんふふんふんふん~うにゃにゃにゃーにゃー♪」

 

 

「…ガキか。」

 

「あはは…でも、ホントにすっごく懐いてるよねぇ。」

 

「だいぶ手を焼いてるよ…。」

 

「それに麻弥さんも、あまり男の人と一緒に居るイメージなかったから意外。」

 

「あぁ、麻弥とは…何か合うんだよ。雰囲気的な。」

 

「へー…。…二人は付き合ってるの?」

 

「?」「ぇえっ!?じ、ジブンがっすかぁ!?」

 

 

 

ぼーっと青葉の背中を眺めていた麻弥へ思わぬタイミングでの流れ弾。当然のようにスルーした俺とは対照的にわたわたと慌てふためく眼鏡は、急に動いたことによる足の縺れから俺の背中へと倒れ込む。

幾ら受け止めるだけの体が出来ていると言っても不意打ち気味の背後からの衝撃に耐えられる筈も無く、麻弥の体重を乗せ前へとつんのめる様にしてバランスを崩す俺。…その先には。

 

 

 

「えっ、あっ、ちょっ!!」

 

「「「わぁー!!!」」」

 

 

 

急な事ながら支えてくれようと手を伸ばした沙綾を押し倒す形でコンクリートの床へ。怪我だけはさせまいと、咄嗟な判断で目の前の彼女を抱き寄せ、背と首の後ろに腕を回し頭を守るように力を込める。

着地と同時に両腕に走る鈍い痛み、背中で眼鏡の同級生を受け止めたことによる圧迫感、口を塞ぐ柔らかく湿ったもの…。

 

 

 

「んむっ……ん!?」

 

「んっ……んぅ!?」

 

 

「おぉぉ、()()()()たっくる…」

 

 

「ぷぁっ…!…ご、ごめんっ、つーかすまんっ!!」

 

「ぁ……………。」

 

「○○さんっ!?な、なななにがあったっすか!?怪我とか無かったっすか!?」

 

「お、俺は大丈夫だけど…よ…」

 

 

 

仕出かしてしまった事実に気付き、腕立ての要領で慌てて体を起こす。それも背に麻弥を乗せたままだ。もう腕が痛いとか抜かしている場合じゃない、だって俺は今日出逢ったばかりの女の子の唇に…

とてとてと青葉が近寄ってくるのも確認したが、未だ仰向けのまま天井を見つめ放心状態の沙綾が気に掛かる。右手で口元をなぞる様に撫でながら、その目はどこか遠くを見つめている。

 

 

 

「さ……沙綾…?」

 

「…ぁ。」

 

「うなー、さーや怪我したー?だいじょー………うなっ!?」

 

「な、何だよ青葉。」

 

「さーや……何かえっちな顔してるー!!」

 

「えっ……って!?」

 

 

 

心配そうに沙綾の顔を覗き込んだ青葉がギョッとしたような声を上げる。…内容はよく分からんものだったが、今の沙綾の上気して惚けた蕩けるような表情を表現するにはピッタリの言葉だったかもしれない。

えっち……かぁ。

 

 

 

「うなっ!せんぱいっ!!さーやとえっちしたでしょー!!」

 

「してな…何だって!?」

 

「うなぁ、まちがえた…えっちなことしたでしょ!!」

 

「あ、あんまり変わってないッス。」

 

「えっちなこと……か。」

 

「しっ、したっすかっ!?ケダモノッ!!」

 

 

 

やいのやいのと騒ぎ立てるいつもの二人。対して未だ惚けたままの沙綾が心配だが…本当に、頭とか打ってないよな??

目の前でひらひらと手を振ってみると、漸く眼球がすすっと動き俺の顔をロックオン。…そのまま暫しじっと見つめられることとなり針の筵を味わう。無駄に整っている顔面のせいで余計にタチが悪い。

 

 

 

「……あのね、○○さん。」

 

「おっ!?おう!?」

 

「………あげちゃった。」

 

「あげ…何だって?」

 

 

 

揚げパンの話だろうか。…とアホな発想に至ってしまったが、隣でジュルリと涎を啜る音とゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた事から察するに、後輩も中々にアホなようだ。

 

 

 

「揚げたて…うなぁ…」

 

 

 

ほらな。

 

 

 

「…何を…あげたんすか?」

 

「……初めて、だったから……。」

 

「………!!!」

 

 

 

死んだ。俺死にました。

何がってもう、やらかした事の重大さにも気づいてしまったし何故かその発言を柔らかい笑顔と共に零す沙綾にも心臓を鷲掴みにされた気分になったしそもそも俺だって初めてだし。

テンパって舞い上がって、咄嗟に出た言葉がもう頭おかしいとしか思えなかった。

 

 

 

「お、俺も初めてだから!あ、あぁ!ちゃんと気持ちよかったからな!?…お、おそろっちだね!!」

 

 

 

コレ、後で思い出して死にたくなった奴ね。ちゃんとってなんだ。

 

 

 

「ぷっ……ふふっ、○○さん、変なの…。」

 

「……へ、へへっ。」

 

「大丈夫、別にそんなに気にしてないし。事故だもんね?事故。」

 

「お、おうよっ!」

 

 

 

少し間を置いて沙綾が面白がってくれたからいいものの。一歩間違えば逮捕されかねない案件だった。

その後は「さーやにえっちした罰」ということで青葉の欲しがった大量のパンを買い(未だに意味が分からない)、何故か上機嫌な麻弥を引き連れて自宅へと帰った。何故自然な流れでウチを目指すのか、何故その後の二時間もかけてパンを頬張る青葉を見ることに時間を費やさなきゃいけないのか、疑問は色々あったが…帰り際に沙綾が寄越した言葉が頭から離れない。

 

 

 

『○○さん!…また、会いに来てね?』

 

 

 

パンを買いに来い、の間違いじゃあないんだろうか…。

 

 

 




新たな出会いは物語発展のチャンス。




<今回の設定更新>

○○:パンより米、米より肉派。でも魚も好き。
   初めてを事故により奪われてしまったが、可愛い子だったからまあいいか
   的なノリで済んだ。
   ついでに人生初の棚買いも経験し、ちょっと大人になった。
   
麻弥:火種。
   付き合ってると勘違いされたからか帰り道はルンルンだった。
   モカが居ると口数が減るが、決して苦手な訳じゃない。

モカ:うなー。
   パンも大好きだがパンの匂いがする沙綾も好き。
   えっちな事が何なのかイマイチ分かっていない。
   試しに主人公が「どういうことがえっちな事なのか」訊いてみたら
   小一時間迷った挙句「かんちょ」と答えたそうな。

沙綾:かわいい。

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