BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
「○○、ちょっといいかし」
「絶対嫌です。」
「…あら?勤務中に上司の命令を拒否とはいい度胸じゃないの。」
取引先もお客様も少なく閑古鳥とすっかり仲良しな昼下がり。今日こそは真面目に仕事をしてくれていると思っていたちびっこ上司がいつの間にか背後を取っていた。俺の幸せな通常業務に崩壊の警鐘を齎さんとする状況だが、確かにそんな口ぶりをされてしまっては俺が悪いような気さえしてくる。
この小娘やりおる。
「ぐ………!じゃあ内容だけ…」
「ふふ、いい子ね。…手伝って欲しいのよ。」
「手伝う」…そのワードに覚えがあった俺はつい斜向かいの桃髪後輩を見やる。ノーウェイトで目が合った件の後輩が、にやぁ…あたりの擬音が似合いそうな粘り気のある笑顔を浮かべる。
「??…またシて欲しくなったんですかぁ?」
「うっせえ馬鹿、んなわけあるか馬鹿、仕事しろ馬鹿。」
「あー!三回もばかって言ったぁ!」
「馬鹿」
「しんぷるぅ!」
「………あの馬鹿は関係あんの?友希那。」
大体俺の平穏を揺るがす時はこの二人が最悪なタッグを組んでいるのだ。ついには上司部下の関係を超えて愛称で呼び合う仲にまでなっているし。……うん、ちらっと見た対岸はまだ静かなもの。恋人である燐子には何も気取られていないようだ。
俺の問いにキョトン顔で返す友希那。今日もジャケットがかなり余っている。
「…いえ、彼女はこれといって関与してはいないわ。」
「……何を、企んでやがる。」
「心外ね。」
ふぅ、と呆れたように眉を下げる。…あのね、心外もなにも、この声の掛けられ方に前科しかないんだからね。
さっきのピンキーな後輩だって、以前の同じような依頼からひと悶着あった末に部下となったのだ。やってられるか。
「別に今日は貴方をどうこうしようってものじゃないわ。私だっていつも盛っているわけじゃないもの。」
自覚はあったのか。
「えーっ!ゆっきー今日はやらないのぉ!?」
「ええ、ごめんねひまりん。最近少し会社でやりすぎだと、燐子に釘を刺されたのよ。」
「うーん……りんりんさんも混ざったら楽しいのになぁ。」
「あいつが混ざるかよ…」
この年中発情中の後輩はどうしたらいいんだろう。俺もあれくらいの時はそんな猿みたいに盛っていたんだっけか。
「まぁ、それはまた今度にしておくとして…今日は珍しく普通のお仕事よ。」
「自分で言っちゃったよ…。」
「要はアレよ、欠員が出たじゃない?」
「あぁ、燐子から聞きましたよ。人事部の方でしたっけ?」
数日前の夕飯の時に聞いた話だったが、どうやら人事部の方で割と将来有望な青年が急な退職を申し出たとかなんとか。二、三年程の勤続年数ながら何だかんだで頼りにされていた彼の損失を埋めるべく、新たな若い力でも得ようというのか。
「ええ。燐子から聞いたということである程度察しは付くでしょうが、燐子のところの部署長がそっちに回るのよ。」
「あーなるほど……あれ?ってことは新人って…」
「燐子の部下にあたるわね。」
「…ひぇー、あいつもついに下っ端卒業かぁ。」
「そういうこと。…だから今日の手伝いは貴方と燐子の二人よ。」
「あぁ、そういうことなら…」
燐子と職場でも同じ時間が過ごせる。それに友希那とひまりちゃんの魔の手も考えなくていい。…そんな大きすぎる人参をぶら下げられた俺は、「何故俺が必要なのか」と当たり前すぎる疑問に意識が行く余裕もなく友希那の依頼を快諾してしまっていた。
**
「その、本当に私なんかが同席して………いいんでしょうか?」
「何言ってるのよ。あなたが面倒見るんだから、あなたが見ておかなきゃいけないでしょう。」
「で、でも……」
「心細いと思って○○まで呼んであげたんだから、思い切って発言してご覧なさい。人材を獲得してから失敗に気づいても遅いんだからね。」
面接用に抑えてある会議室までのさほど長くない道を三人歩く。急すぎる依頼にこれから何をされるのかと、腕を組んだ彼女はぷるぷると震え上がってしまっている。
なるほど、俺はすっかり慣れてしまったが、通常上司から得体の知れない手伝いを要求されるとこうなるらしい。麻痺とは実に恐ろしいものだ。
むぎゅりと押し付けられる胸の感触に酔っている間にも気付けば磨硝子付きの扉の前に。友希那曰く面談者は中に通してあるらしいが…。
「いい?燐子。相手はあなたの部下になるんだから。尻込みしている場合じゃないのよ。」
「は、はい………○○さん、ずっと……隣にいてくれますか?」
「そりゃここまできて帰るってわけにもいかないだろう…。」
「………手、握っていても………いい、ですか…?」
「うっ…」
そんなに潤んだ瞳で見上げないで欲しい。昨晩の一戦を思い出してしま
「…おう。それで落ち着くんなら、俺は何でもしてやるさ。」
「○○さん………!」
「燐子………。」
見つめ合い、瞳を閉じる。近づく温度と高まる鼓動に身を委ね、スーツのまま致すという背徳の――
「正気?ここまだ職場なんだけど。」
「………色々言いたいことはあるけど、お前が言うな。」
「私はそんなムードあるキスしたことないもの。」
なんの違いだ。
「…じゃ、行くわよ燐子。」
会議室の扉は静かに開く。
「あ、おはようございますっ!…こんにちは?(´・ω・`)」
「はいこんにちは。…あぁ、座っていいわよ。」
「はいっ!(`・ω・´)」
ふむ。挨拶は元気いっぱい。顔つきも笑顔も悪くない。まるで夜の月のような燐子とは対照的な明るく太陽のような女の子だ。
彼女と向かい合わせになるよう設置されたパイプ椅子へと腰を下ろす。ギシッという金属の軋む音が我が家の安ベッドを連想させた。それは燐子も同じだったようで、見合わせた顔はうっすら紅を差していた。
気を取り直すようにして、二人して手元の資料に目を通す。履歴書と職務経歴書のセットか…見たところ字も乱雑ではないし経歴書の作りもしっかりしている。第一印象は真面目・活発といったところか…。
「ではまず、自己紹介からお願いできるかしら?」
「はいっ!(`・ω・´)」
元気よく挙手。
「えっとっ!(`・ω・´)」
えっと…?
「はぐみはっ!はぐみですっ!(*`ω´)」
「…………苗字は?」
「あっ!Σ(・ω・ノ)ノ」
「きたざわですっ!
「…はい。経歴…は、と。…あぁ、まとめてくれたのね。」
「はいっ!にーちゃ…兄に教えてもらって頑張りました!(`・ω・´)」
今度の新人さん、北沢はぐみちゃんはお兄ちゃんっ子らしい。橙の髪を短く切り揃えた少々やんちゃな雰囲気さえある彼女がもしも自分の妹だったならば……うむ、悪くない。
友希那と同じように背の小さな、それでいて将来有望そうな少女を前にして、今のところ不信感は微塵もない。
「ええ、とっても見やすいわ。…前はアルバイトをしていたのね。」
「はいっ!とーちゃん…えっと、父がお肉屋さんをいとなんでいるので、そこで頑張りました!(p`・ω・'q*)」
「なるほどね。……どう?燐子、何か聞きたい事とかは。」
急に話を振られびくりと肩を震わせる愛しい彼女。手を握る力も三割増といったところか。大丈夫だと顔を覗き込んでやるもすごい汗だ…舐めた、あいや、大丈夫だろうか。
「そっ……そうですね、ええと……こ、恋人、とかは……いたりしますか…っ?」
何という急角度での質問。恋人様はこんなにも色恋沙汰が好きだっただろうか。
「こいびと…?(・ω・ )………こいびとって、どんなびとですか??( ˘・A・)」
「あっ、えっと………○○さん、どうしましょう。」
「あぇっ!?俺に振る!?」
「……恋人っていうのは、彼氏とか彼女とか…そういう奴のことよ。因みに私はいないわ。」
「……(´-ε-`)……あっ(*´∀`*)。」
「伝わったかしら?」
「はいっ!そーゆーのなら、いた事ないです!(´∀`*)」
何というか、いちいち表情の豊かな子だ。燐子のいる部署はいつも葬式みたいな顔の女連中ばかりだから、この子ひとり放り込むだけで劇的に雰囲気が変わるだろう。劇薬にならなければいいが、な。
あわあわと謎の手振りを繰り返す燐子を尻目に友希那を見れば、意味深な視線をこちらへ向けている。何か言いたいことでもあんのか。
「…あんだよ。」
「私は、恋人は、いないわ。」
「いやさっきも聞いてたよ。」
「はぁ。……ばかぁ。」
おや。せっかく自由に使えていた手もちびっこ上司に握られてしまった。右側に燐子、左手に友希那…はぐみちゃんからはテーブルの影で見ていないだろうが、俺は勤務中になんて不真面目な…。
「そ、それでしたら……お、男の人は…その………すき、ですか?……性的な、意味で…」
「せいてき…(*´-ω・)??父や兄はだいすきですっ!(`・ω・´)」
「………やっちゃってるんですか?」
「やっちゃう……?(´・ω・`)」
おっと、困った上司に意識を持っていかれているうちにウチのお嫁さんがとんでもないことに。物語のボケ担当にされるのは慣れていないらしい彼女に無理をさせすぎたのかもしれない。
気付けばまさに無垢といったはぐみちゃんを大人の知識で問い詰めている。何がしたいんだ?マウント取りたいんか?
「????わ、わかんないですっ、すみません!(´;д;`)」
「…燐子。大丈夫よ、その子は心配ないわ。…私やひまりんとは違うもの。」
「……あぁ。そういう質問かこれ。」
つまるところアレだ、入社した後に俺を狙わないかと…どんな入社面談だ。友希那も特に口出しせず見守っているあたり、もうはぐみちゃんの入社は決定している…以前のひまりちゃんの時と同じ状態なんだろうな。
にしては可哀想なくらい動揺しちゃっているが。
「ご、ごめんなさいごめんなさいっ!( >д<)、;'」
「いーのいーの、はぐみちゃん…は全く悪くない…っつーかこの状況、君完全に被害者だからさ。」
「あら、随分な言い様ね。」
「……○○さん、新人さんにはいつも甘い………です。……ずるい、です。」
「あれぇ…?」
新人をフォローしたが最後。一気に針の筵へと立たされる形になったわけだが、そんなにいつもいつも新人を甘やかして………と同時に脳裏をよぎるひまりちゃんとの記憶。
あぁ、確かにいつも甘やかしまくってた上に甘やかされまくってたわ。残業後とかにあの「おいで」をやられるとどうも弱いんだよなぁ…。
「ええと……」
「えっと!あなたは何ていうお名前さんですか!(`・ω・´)」
「あぁ、俺は○○っていうんだ。部署は違うけど…多分顔を合わせることは多いと思うから覚えといてね。」
「はい!○○さん…○○さんですねっ!はぐみははぐみですっ!(`・ω・´)」
「うん、はぐみちゃんね。覚えたよ。…ヴォッ」
両の手が軋む音とともに走る激痛。見れば右手は爪がくい込まんとした勢いで握り締められ…いやこれは爪を突き刺そうとしているな。燐子の顔は見ずともわかる。きっと恐ろしい顔をしていることだろう。
同時に握り締められて意味がわからなかった友希那の方を見れば、何ともつまらなそうな顔で頬杖をついている。ほっときすぎたか。
「…おい友希n」
「はいはい、じゃああとは特に質問もないでしょう?…面接は終了、北沢さんも帰っていいわよ。」
「は、はいっ!ありがとうございましたぁっ!(`・ω・´)」
「はい、お疲れ様。……ほら、あなたたちも立って。」
まだ両手は痛み続けているが上司が終わりと言うなら終わりなんだろう。渋々立ち上がれば燐子もそれに続く。視界の隅でゆっくり上がってくる笑顔がもういっそこわい。
そんな俺たち三人を見て帰り支度を始めていたはぐみちゃんが不思議そうに首をかしげる。
「みなさん、すっごく仲良しなんですねぇ!(´∀`*)」
「仲良し?」
なるほどなるほど。立ち上がってはモロバレじゃないか。イイ年をした大人三人が仲良く手を繋いでいることが。
**
「中々器量の良さそうな子じゃんか、燐子。」
はぐみちゃんが帰った後、会議室を片付けるのは俺の役目らしい。空気の重さをなんとかしようと一言発してみたわけだが、それが彼女に届くことはない…。
「全く…苦労するわね、あなたも。」
「ええ………結局小さいほうが好きなんでしょうか……○○さんは。」
「…………あなたね、小さい私が見向きもされてないんだから、大きいほうがいいに決まってるじゃないの。」
「……いえ、身長の……お話です。」
「身長の話よ!」
「身長以外……でしょうか……」
「それだともう………」
「………心当たりが?」
「…………………んん!」
「ひぁっ…!?………ちょ、そんな……つよく…んぁっ」
「あのー友希那さん、人の乳揉みしだかんでください。」
「うっさいわボケェ!この鈍感男がァ!!」
「……ううむ、理不尽。」
次回から、カオスなオフィスにまた一人刺客が増えます。
眠い。
<今回の設定更新>
○○:もうちょっと真っ当に仕事ができる環境に行きたいとただただ願っている。
もう色々やりすぎたせいで、一周回って手を繋ぐくらいが一番興奮するらしい。
実はたまにひまりの溢れんばかりの母性に甘えていた模様。
燐子:小さく可愛い物が苦手。自分じゃもう手に入れられないから。
主人公がいるだけでなんでも出来そうな気がする。そう、何でもね。
友希那:かわいい。
もうちょっと主人公に興味を持って欲しいと試行錯誤の日々である。
ひまり:ママ。
疲れているところを見計らって両手を広げて近づいて来るらしい。
魔法のワード「おいで。」
はぐみ:(つ ・ω・)つ