BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/05/31 俺「求む、刺激ィ!」

 

 

 

平和な昼下がりだというのに、どうしたことか。

…こう何年も生きていると、そりゃたまにはあったりする。

別にこれと言って要因がある訳じゃないし、目立った不満もそこにはない。

では、何故か。

 

 

 

「燐子ぉ。」

 

「…なんでしょうか?」

 

「……面白いこと無ぇかなぁ。」

 

「…………。」

 

「…テンションがさぁ…。」

 

 

 

要は、意味も無く気分が沈んでいるのである。

 

 

 

**

 

 

 

「それは……私と居てもつまらない、と…?」

 

「いやぁ…そう言う訳じゃねえけどさ。」

 

「…膝枕……やめましょうか?」

 

「や、もうちょっとしてて。」

 

「………わかりました。…今日はワガママさんですね。」

 

 

 

ベッドに腰掛けた燐子の、その程よい肉付きにまったりと蕩ける様な弾力の太腿に後頭部を沈ませつつ、天井を見上げる――のは姿勢の話で、事実目の前を塞いでいるのはそれはそれは立派な白金山である。

右手で頭を撫で、左手で団扇を振る燐子にバブみを感じざるを得ないが…いやはや人の貪欲さたるや恐ろしい物で、この極上の空間でさえよくある休日の一コマになっていた。

 

 

 

「…燐子ぉ。」

 

「……はぁい?」

 

「今、楽しい?」

 

「…………楽しい……というと何とも。…ですけど、とても幸せですよ…?」

 

「そう…だよなぁ。」

 

 

 

燐子は俺の何がそんなに気に入っているんだろうか。

他に絡んでくる連中もあれだけ居て、毎日仕事で一緒に居られるわけでも無くて。俺からは甘える一方で何もしてやれてないというのに。

アレコレ考えてはいるが、一応曲がりなりにもプライドらしきものを持っている俺だ。「俺の何処が~」等とは恥ずかしくて訊けたもんじゃない。

…いや、だめだな。ただでさえ気分が落ち込んでる時にこんな、ガラでも無いことを考え込んでは。

 

 

 

「あの……○○、さん?」

 

「ん。」

 

「…お仕事してる時の方が、楽しい…です?」

 

「……というと?」

 

 

 

表情は相変わらず見えないが、流石に俺の発する負のオーラを察されたか。日曜でなければ聞くことのない質問が飛んでくる。

少し考えてみるも質問の意図が掴めず詳しく聞くことに。

 

 

 

「…いつも、お仕事でお疲れでしょう?」

 

「まあな。」

 

「それでも……ここに着いてから湊さんや仕事に対しての愚痴を零している貴方は…どこかその、嬉しそうで。」

 

「愚痴零すのに嬉しいってそれどんなドM?」

 

「………何もないより、忙しくて疲れるくらいの方が、活き活きして見えるんです…もん。」

 

 

 

何と言う事だ。俺は無意識の内に社畜ライフに馴染んでいたと?しかし、燐子とまったりする時間より日頃の地獄が愉しいなどとは思ったことも無いんだが。

 

 

 

「それに……。」

 

「??」

 

「職場に行けば……湊さんや、上原さんもいますし、ね。」

 

「な…ば、ばかっ、ちがうぞ?…お、おれは」

 

「何を慌てているんですか……。…別に責めてるわけじゃないです。」

 

 

 

唐突に挙げられる名前に俺の心拍数も爆上がり。別に意識している訳じゃないが、確かに刻まれた肉欲の記憶を思い出すと、落ち込んでいた気分も体の一部も隆起してしまうというものだ。

それを知ってか知らずしてか、「お二人とも魅力的な女性…ですから。」と小さく付け加えられた。

 

 

 

「……悪いとは、思ってるさ。」

 

「…ほんとですか?」

 

「…………。」

 

 

 

嘘、では勿論無いが。だがしかし俺も一人の男である。

悪いと思いつつその情勢を許されてしまえば…それはもう、据え膳乱舞、酒池肉林の限りであろう。気持ちが先走ってしまったか、その鎌首を擡げ小さく頷く様に振動したのは()()()()()()の方だったが。

 

 

 

「…もう、どこで返事してるんですか。……えいっ。」

 

「…ぉあっ…!……こら、真面目な話をしている最中にそんなところつつくんじゃない。」

 

「だって、○○さんよりよっぽど素直にお返事してくれますから。」

 

「ん…っふぅ。……いくら無気力だからって、そんなの切っ掛けで元気にするのはズルいと思うがね?」

 

「………何だっていいんです。……○○さんが、私だけを愛してくれる…なら。」

 

 

 

声に艶がある。ここのところ月末という事で激務が続いていたせいか、フラストレーションやらその他諸々やらがお互い募りに募っているのかもしれない。

休日とは言え、むざむざと溺れる様な真似が許されるのだろうか?愚問ではあるが、一応は真摯な付き合いを心掛ける身として己に問うてみる。

だってこんなの、まるで――

 

 

 

「…そりゃ愛しちゃいるけどさ。…真昼間からそれって、ひまりちゃんじゃないんだから…。」

 

「………………むぅ。」

 

 

 

俺を弄ぶ手がピタリと止まる。

同時に頭上から降る不満げな嘆息。

 

 

 

「何だね。」

 

「○○さん、デリカシーって言葉…知ってます?」

 

「まぁ、意味は。」

 

「…無いって言われません?」

 

「燐子にはしょっちゅう言われてるな。」

 

「どうして学習できないんですか…?」

 

「………それは、あれか…?「私と居る時に他の女の名前出さないでよ」…的な?」

 

「……分かっているなら尚タチが悪いですね。」

 

「あー………その、なんだ、ええと。」

 

 

 

きっと毒されているのは燐子だけじゃない。最初出逢った頃はシモ耐性が無かった燐子も、今ではすっかり同じ雰囲気を纏うようになった……などと呑気に眺めている場合では無かったのだ。

…俺もだ。

俺も、複数人の関係性に慣れてしまっている気がする。これは、由々しき問題なのでは。

 

 

 

「…ごめ――」

 

「謝るだけじゃ……許してあげませんもん。」

 

「――んぇー?」

 

 

 

体を起こしてみれば膨れ面。…燐子が頬を膨らます様は、久々に見た気がする。

これは本当に怒っている時の仕草ではなく、「私、怒ってるんですからね」アピールであると最近学んだ。

謂わばポーズなのだ。幼子が構って欲しさ故に嘘泣きを覚えるように、彼女も甘える術として、此れを。

 

 

 

「…どうしたらいい?」

 

 

 

こういう時は素直に欲求を聞き出す。

 

 

 

「……自分で考えてください。」

 

 

 

おっと新しいパターンだ。

 

 

 

「……おいで、燐子。」

 

「やです。」

 

 

 

うぐ。

第一の策、散る。

 

 

 

「…俺はほら、燐子一筋だからさ。他の子の名前が出たって――」

 

「選りにも選って…どうしてそんな弱い嘘を選んじゃったんです…?」

 

「ぐ……。」

 

 

 

第二の策、破綻。

そりゃそうだ。満更でも無いんだから。俺の馬鹿。

 

 

 

「……本当に、一筋…なんです?」

 

「…んぇ?」

 

「……。」

 

 

 

光明…!

顔を赤らめ紡いだ言葉は聖母りんりんの助け舟か…!?

だが、しかし、ここで安直な答えを返してしまっては待ち受ける物は破滅のみ。よく考えろ俺。赤い横顔が可愛いからって血を集める場所を間違えるんじゃない、俺!

 

 

 

「……それなら……行動とか、言葉とか……ちゃんと、表して…ほしい……です。」

 

「!!!」

 

「…わがまま……ですか?」

 

 

 

伏し目がちではあるが、ゆっくりとこちらに顔を向けた燐子はもう…筆舌に尽くし難いほど魅力的で。

言うまでも無く俺の答えへのハードルは上がったのだ。殺す気か。

 

 

 

「……そんなこと、ない、ヨ。」

 

「……。」

 

「俺は…俺は……!」

 

 

 

沸騰しそうな頭を必死に回転させて持てる限りの語彙箱を漁る。

ワンピースの裾から覗く綺麗に揃った脚や白く控えめな窪みを作り出している鎖骨、あの眠る時に包まれる甘い香りを想起させる艶やかな黒髪が惑わす中、ちょっぴりダウナーな今日の俺が導き出した答えは――

 

 

 

**

 

 

 

「……ふぃー、さっぱりしたなぁ。」

 

「あ……ちゃんと拭かないと、風邪ひきます…よ。」

 

「えぇー?もう洗濯機に突っ込んじゃったぞタオル。」

 

「もー……じゃあ、私の使ってください…ね?」

 

「髪、拭いてたんじゃないのか?」

 

「あとはドライヤー使いますから…。」

 

 

 

ぬるめのシャワーを浴びてジットリ滲んだ汗を流す。何やかんやあって気付けばもう夕方。

二人きりで過ごす久々の休日に、心地良い疲労感を覚えていた。

燐子の香りが強く染みたバスタオルで体を拭きながら冷蔵庫を漁れば、暫く前に買い溜めておいた炭酸水のボトルが目に付く。仕事終わりのリフレッシュに愛用しているレモンフレーバーの長寿商品だ。

 

 

 

「………最後の二本か。」

 

 

 

自分の歩いた道へ目を向ければ燐子が濡れた床をせっせと拭いているところだった。細かいところで気が利く反面、何かと雑な俺によって多大な迷惑を掛けてしまっている…とは、分かってはいた。

声を掛ければ彼女も飲むだろうと、残された二本を持ちベッドへ腰かける。

 

 

 

「…燐子ぉ。」

 

「…なんですか?」

 

「飲む?」

 

「ぁ………はい。」

 

 

 

そうするのが当然だとでも言うように。今まで幾度となく繰り返してきたように隣へ腰を下ろす。

キシリと小さく軋むベッドが先程の数戦を思い出させた。

 

 

 

「…これ、もう少なかった…ですよね?」

 

「これがラスト。」

 

「あら…。」

 

「明日、仕事帰りに買いに行こうぜ。」

 

「…また、ケースで置いてるといいですね。」

 

「だな。」

 

 

 

暫し、シュワシュワと炭酸の弾ける音を聞きながら喉を鳴らすことに集中する。

 

 

 

「……。」

 

「…………。」

 

 

 

…少し落ち着いた今ならば、さっき放った阿呆のような言葉のよりベターな代替案が次々と頭に浮かぶ。

この無音を楽しめるのも、何気ない会話が幸せなのも、お前だけなのだ…と。

 

 

 

「俺さ。」

 

「…?」

 

「ちょっとわかった気がする。」

 

「…。」

 

「仕事終わり、活き活きして見えたんだろ?」

 

「…はい。」

 

「仕事、な。……めっちゃくちゃ嫌いなんだよ。」

 

「………ふふっ。」

 

「でもさ。燐子が…俺の愚痴も、苦労した話も、キツかった話も、全部楽しそうに聞いてくれるだろ。」

 

「……ええ。」

 

 

 

ちびっ子上司の理不尽な命令を愚痴ったって。

無茶苦茶な難題に答えられなかった後悔を弱音として吐いたって。

ミスと疲れから思わず八つ当たりしちまったって。

 

 

 

「で、最後にはお前…「頑張りましたね、偉いですね。」ってさ。」

 

「……はい。」

 

「……他の女の子がどうとかは関係ねえ。燐子が居るから、「こんなのもアリかな」って、満足してるだけなんだわ。」

 

 

 

仕事って、生きる為に仕方なくするもんだと思ってた。

それも間違っちゃいない。が。

無意味とも取ってしまいがちなソレを理解してくれて、意味も分からず惰性で働く行為を褒めて貰えて。

 

気付けば、頑張って大好きな人に良い所を見せるのが目標になっていた。その目標の為だけに、前向きに責務を果たせるようになっていたんだ。

 

 

 

「まぁ…飽く迄選択肢の一つ、としての話だがな。仕事が嫌いなのは変わってないし。」

 

「ふふ。……私は、喫煙所にお供していたあの頃からずっと…○○さんのお話が大好きで、○○さんを尊敬していて。」

 

「…よせやい、照れるだろ。」

 

「…○○さんの為に、尽くしたいと思ってました。」

 

 

 

尊敬されるほどの人間じゃない、と下手な謙遜を見せれば彼女はまた怒るだろうか。

彼女の気持ちに、これからの俺は応えられるだろうか。

 

 

 

「……十分やってくれてるよ。お前は。」

 

「そうです…かね。」

 

「ああ。」

 

「………その割には、他のお二方に随分と現を抜かしているようですが…?」

 

「な"…ッ!」

 

 

 

…ちょっといい雰囲気かと思えばこれだよ!

 

 

 

「なっ、ちがっ、だから、おれは、その、燐子一筋…あれぇ?」

 

「ふふふっ……けど、さっきの言葉……○○さんらしくって、好きです。」

 

「~~~ッ。」

 

 

 

揶揄いおってからに。

クスクスと笑う彼女は本当に楽しそうで…そんな彼女の言う"好き"は、不思議と耳に優しく馴染む気がした。

 

 

 

「もう一回、言ってくれますか…?」

 

「もう言わん!」

 

「けちー…。」

 

 

 

『俺が責任を持って抱いているのは、燐子だけだ。』

 

…今思い返しても、酷いチョイスだとは思う。

 

 

 




何かやる気出ない日ってあるよね。そういう時って、無駄にクソ真面目な考え事しちゃうよね。
…って話。




<今回の設定更新>

○○:デリカシーというか多分あんまり器用じゃないだけなタイプ。
   決め手となった台詞も、要するに避けずに闘っているのは燐子だけ、と伝えた
   かった訳で――。

燐子:家では目一杯甘える所存。
   主人公の世話をするのが最上の幸せ、というダメ男製造機である。

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