BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ……
本日何度目かの着信がスマホを揺らす。
目覚まし代わりになったのもこの振動で、出たら出たで大体が職場からの連絡。
休日という事さえ忘れてしまいそうだ。
「……はい、○○ですが。」
『お疲れ様ですー、すいませんお休みのところー。』
「いえ。それで、何かありましたか。」
『ちょっとお訊きしたいことがありましてー――』
社会情勢的にもあまりのんびりとしていられない時分なのはわかる。が、特にうちの部署においては別の理由も重なっててんやわんやなのだ。
あの日からこっち――すっかりお馴染みになったちびっ子上司こと友希那の、突然の長期休暇発表以来――結果として指揮者を失った部門は少なくなく、会社全体のムードも吊られて慌ただしくなっているほど。
普段は自由奔放で部下を弄り倒すことしかしていないように見えて、あれはあれで会社に必要とされる人材なのだと改めて実感する。
「……まあ、そんな感じで進めてくれたらオッケーです。」
『ありがとうございます!やってみます!!』
「はい、じゃあ、失礼しまーす。」
当然かの傍若無人…もとい暴虐無人の限りを尽くした彼女の次に目を付けられるのは、直属の部下である俺なわけで。
こうして休日などお構いなしに複数部署からの電話が鳴りやまないという結果に。ついでにいうと、さほど多くない取引先の全ても俺のスマホを頻繁に鳴らす。それはもちろん、言うまでもない理由の元起こりうる現象なのだが。
「……ふぃー。」
「お……お疲れ様…です。」
「ん。」
通話を終え、後続の着信や通話中の不在着信がなかったことを確認するとつい漏れ出てしまうため息。近頃は希望休を重ねている恋人もやや心配そうだ。
別に彼女のもとにも同じような着信の嵐があるわけではない。俺としてはたまの休日くらい好きに過ごしてもらいたいのだが、どうにも俺から離れようとしないのだ。
「……なあ、退屈だろ?」
何をするでもなく、スマホに向かってアレコレと指示を飛ばす俺の様子をじっと見つめていた燐子。通話が終わっても何も変わらず、やや下がりがちな眉はそのままにじっと視線を固定している。
や、正直恥ずかしいのだ。わかってくれ。
「いえ……。ぁ、私に見られていては……不快、です??」
「そういうことじゃないが……同じことを俺がやったとしたら、どうだ?」
「○○さんが、私を……??」
律儀にも真剣に想像しているのだろう。やや上方の中空を睨むように呆けた後、何かのスイッチが入ってしまったかのように目を見開き、その柔らかそうな頬を一気に染めた。
あうあう言いながら首をぶんぶん振っている様を見るに、どうやら同じ気持ちに辿り着いたらしい。俺なんかよりよっぽど恥ずかしがりやな燐子だ。想像の域でまだ救われたろう。
「……な?」
「「な?」じゃ、ありま…せん…っ!……は、はず、はず…あぅ…」
「落ち着け落ち着け。それに今更だろ?俺はこれまで、燐子のもっと恥ずかしい……むぃ??」
「な、なな、にゃにを言おうとしてるんでしゅか…っ!!」
最後まで言い切る前に口角を押さえられてしまった。燐子にしては珍しく俊敏な動作だと感心したが、喋りのほうはついて来れなかったらしい。
噛みまくりな上に舌足らずでその混乱っぷりがモロに露見している。愛い奴め。
「む。」
「あ、○○さん!お、おきゃっ、おかく、おきゃくさ…!!」
「わかったわかった、とりあえず俺が出るから、燐子は少し深呼吸でもしてなさい。」
「うぅぅ……!!」
その時だった。通販を多用しなくなり最近滅多に鳴らなくなったインターホンの音が鳴り響いたのは。
相変わらずわたわたとテンパっている恋人をベッドに残し、シャツのヨレを直しつつ玄関へと向かうが…。果たして、こんな時間に誰だろう。
まさか、普段は不在で通っているこんな昼間にセールスや勧誘関係も来ないだろうに。
「はいはい、どちらさんで…………。」
開けたドアをそのまま勢いよく閉じてしまおうかと思った。
そこに立っていたのは、相変わらず表情の乏しい
「……よくチャイムまで届いたな?」
「張っ倒すわよ?」
**
ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ……
「ああもう、またかよ……はい、○○ですが。」
『お、お疲れ様です!経理部の――』
相変わらずよく震える電話だ。着信音が鳴るのを嫌ってマナーモードにしたわけだが、煩く同じ曲が流れ続けるよりかは精神衛生上幾分かマシだ。
どうやら今度は収支計が合わないと半泣きの経理部長かららしい。正直数字に関係することはちんぷんかんぷんなのだが、何も答えないというわけにもいくまい。
仕方なくありったけの知識で対応する。
「……あぁ、なるほど。でしたら、△△さんのデスクに…ええと、以前発生した同ケースの…」
『あぁ!ありましたね!!去年の七月でしたっけ?』
「そうですそうです。多分紙媒体でも記録残ってたはずなんで…」
『あ、ありがとうございます!』
「いえ。もし無さそうだったら社内共有のアプリケーションにPDFデータもあったと思うので。」
『あ……確かに見てなかった…!ありがとうございます!失礼します!!』
「…………はあ。」
また一件。画面を確認すると、どうやら通話中にも着信があったようで。仕方なくかけなおす。
『……あ、○○さん!!』
「お疲れ様です、どうしました?」
ふむ。納品されるはずの事務用品にも遅れが出ているとな。
確かにそれじゃあ業務にも差し支える。殊に、今回発注していたのはイベント準備用で量も多かったような…。グループ内企業とはいえ、そのあたりもキチンとしてほしいものだが。
「ああ、それじゃあこっちで連絡取っとくんで…ええと、電話番号、わかります?」
『は、はい!!……担当者が確か…090の――』
「あ、待ってください待ってください、メモがちょっと…」
「○○さん……これ……」
「お、さんくす燐子。いやすいません、090の、なんです?」
さすが俺の嫁。手元にメモの類がないことに気付き、空中でペンを走らせる素振りを見せる俺――最近はぐみちゃんに指摘されて気付いたことだが、メモを取らなければいけない場合の俺の癖らしい――に革貼りの手帳と青いボールペンを差し出す。
職場でも同じ島で仕事ができればより効率も高まるだろうに。なぜこっちにいるのは
前にも似たようなことがあったし、電話をかけるのは明日の朝一でもいいだろう。それよりも……
「それじゃ失礼します。……おいこら友希那。」
リビングのソファでご機嫌そうに寛いでいる元凶をどうにかしないと。
俺の声にさぞかし愉快な表情を浮かべる友希那。
「あら、なあに?大好きな先輩が訪ねてきてくれて嬉しい?んー?」
「うっせぇボケが。お前の気まぐれのせいでこちとらてんやわんやなんだ。」
「あらま。」
「あらまじゃねえ。」
「いいじゃない、いいじゃない。いずれこうなるんだから。」
そりゃいつまでもあの座に君臨しているとは思えないが。だとしても酷すぎる。
社長の愚痴も小耳に挟んだが、どうやら特に理由もないまま休暇届をぶっ込んだとかで。それも休み始める前日にだ。
到底真っ当な社会人のやることとは思えないが…。
「燐子、のどが渇いたわ。」
「あ、は、はい…今、お茶を……」
「こら、人の嫁をこき使ってんじゃねえ。」
真剣に怒ってるというのになんだその自由っぷりは。体はちいちゃい癖に肝っ玉だけは異常だ。世界レベルだ。
そして燐子、君もそうやすやすと従うんじゃないよ。
「あら、もう入れたの?籍。」
「まだだよ……今のはその、言葉の綾だ。」
「ふぅん…?」
「えと……お茶、淹れます……ね?」
「……
「言うようになったわね。」
困惑する燐子は一刻も早くこの状況を何とかしたいのか、おろおろしながらもお盆をしっかりと握りしめている。さすがにトイレの水は冗句だが、こいつを客としてもてなす必要はあるまい。
適当に、と伝え台所へ引っ込む姿を見送る。
「……で、何しに来た?」
「別に。遊びに来ただけよ。休みなのは知っていたし。」
「偶には休ませてくれよ…。」
「どうせ会社からの電話で手一杯でしょう?……何も引き継がずに休んだもの。」
「てめぇ…確信犯か…。」
ふふ、と嗤う目の前の女はどうにかして俺の日常生活を脅かしたいらしい。その癖、体調を崩したりすると「自己管理も社会人の責任よ」だのと冷たい目で言い放つのだ。
畜生。腐れ日本国の犬め。
燐子が冷蔵庫やら棚やらを漁り始めた音が聞こえてくる中、スマホを置いて着信が来ないことを祈る俺の隣へ友希那が移動してくる。
何を考えているかわからないが、ほんの少し腕が触れるか触れないか…辺りの距離でベッドを沈める彼女を見て、不覚にも脈が乱れた。
「……なんだよ。」
「燐子って、その日の気分でお茶菓子を用意してくれるでしょう?」
「ああ?なんだよ急に。」
「ああ見えて拘り屋さんなの。自分の中で決めた組み合わせじゃないと満足しないんだから。」
「……知ってるよ、それくらい。」
気配りも完璧な彼女だが、そういった些細なことへの拘りも凄い。勿論拘った分こちらとしても嬉しいのだが、その喜んでいる姿を見るのが幸せだとか何とかで…。
いやしかし、何だって今そんな話を。
「さっきお土産を渡したの。和菓子の詰め合わせよ?」
「おま……そんなもん渡したらより悩んじまうだろうが…。」
「ええ。そうでしょうね。」
言いながら両腕を伸ばし、静かに体重をかけるようにして押し倒してくる。枕側に座っていたのも悪いが、ちょうどベッドに寝かせられた俺に覆いかぶさるような格好になる友希那。
その動作は決して乱暴ではなく、むしろ優しさを感じるような、柔和な動きであった。
「……何のつもりだ?」
「さあ。いいじゃない、たまには私も……ね?」
ぼんやりと天井を見上げつつも胸には彼女の小さな重みを感じている。少し体温の高い彼女は、その姿勢も相まって寛いだ猫を載せているようだった。
恐らく実時間にして数秒、形容しがたいぎこちない時間の後、口を開いたのは友希那だ。
「ね。……どう?」
「重い、どいてくれ。」
「もう、相変わらずつれない男ね。」
「うっせ、俺には燐子が――んむっ」
当然俺の頼みなど聞き入れてもらえず、匍匐の要領で這い寄る友希那に唇を奪われた。少し甘い、ミルクティのような風味。
続けて這い回る、小さくざらつきのある舌に暫し蹂躙される。唇の裏、歯茎、舌、軟口蓋…と、口の造りを確認するかのようにソレが撫でていく感覚は、背筋をぞわぞわと震わせる妙な快感があった。
背徳は蜜の味、ということか。
「……ふぅ。…ご馳走様。」
「…………てめぇ。」
「お気に召さなかったかしら?私、キスは上手いって評判なのだけど。」
「いいから退け。お前の計算通りだとしても、もうすぐ燐子は戻ってくるぞ。」
「あら、悪い男ね。彼女に見られるのは嫌なんだ?」
「……徒に傷つけたくないだけだ。"見えないところで"ってのがルールだったろ?」
ペロ…と口の端で光る唾液を舐め上げる小さな舌に思わず視線を奪われながらも、服を正して姿勢を戻す。こんなところ、燐子に見られたらまた何と言われるか…。
いや、見られなきゃいいってものでもないが。
「今日はね、伝えたいことがあって来たのね。」
「ぉっ……あんだって?」
台所の方からカチャカチャと椀が触れる音が聞こえる。そろそろ戻ってくるのだろうと、軽く身構えていたが耳元で囁く友希那にそれを崩される。
意地悪い笑みでこそこそと内緒話をする様は無垢な少女のようだ。……同い年、ましてや上司とは思えない。
「すみません、お待たせして…」と、相変わらず素敵な見栄えの茶菓子とコップをコーヒーテーブルに手際よく並べる彼女を見つつ、耳元に寄せられた唇と腕に押し付けられる小さな膨らみが気になって仕方なかった。
「……私ね、やっぱり貴方を諦めきれないの。だからもう少しだけ……タイムリミットの瞬間までには、貴方を手に入れて見せる。」
「……お前何言って――」
いつものおちゃらけた様子とはどこか違う、少し寂しげで真剣な声色。相変わらず甘いミルクのような香りに包まれながら、いくつかのキーワードに引っ掛かりを覚えた。
しかしそれは、幸か不幸か最愛の人の言葉で遮られてしまう。
「むぅ……お二人、今日はまた特に距離が近い…です。」
頬を膨れさせる燐子。いつものようにケラケラと楽しそうに笑う友希那。
「あら、そんな顔もできるのね、燐子。」
「もう……見えないところで、って言ったじゃないですか……。」
「ごめ、ごめんて……。」
タイムリミット?
友希那は何を言いたかったんだろう。わざわざ家を訪れてまで。
りんりーん
<今回の設定更新>
○○:家にいても電話が鳴りっぱなし。
自由奔放な上司を持つと大変です。
燐子:主人公のサポートをするだけで幸福感に満ち満ちている。
かわいい。
友希那:ゲスい担当でありながらまじめな部分もある。
主人公が入社する前は実質会社を仕切っていたといっても過言ではない。