BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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【美竹蘭】妹よ、どうした。
2019/12/13 そら親父もそわそわするわ。


 

 

思春期ってのは本当に面倒な奴らしい。

いきなりどうしたって話かもしれないが、最近うちの妹(高校二年)がどうもおかしい様子なんだ。別に俺は妹LOVEとかそういう輩じゃないし、特に害が無ければべったりする気もない。至って普通の兄妹で居るつもりなんだが…。

それにしても、最近のあいつは何だか面倒だ。

 

 

 

**

 

 

 

「兄貴、ちょっと」

 

「…ん。それは急ぎの用事か?」

 

「大至急、口答えしないで。」

 

 

 

帰ってくるなりこれだもんな。お前は兄貴を何だと思っているんだい。

呼ばれて妹の部屋に連れて行かれながら、最近のこいつを思い返す。…思えば、あの頃からどこか分岐を間違えている様な気がしたんだ。

中学の終わりだったか、それまで真っ黒で可愛らしかった髪を急に一部染め出した。メッシュってやつだ…しかも赤。校則は大丈夫かとか虐められるんじゃないかとか少しは家柄も考えろとか、親父と一緒になって説得も試みたもんだ。

…あぁ、うちは一応伝統のある家で、華道についてはそこそこの名門だったりする。まぁ俺は継ぐ気なんかさらさら無いが。

 

部屋に入るなりまず目に飛び込んできたのは、布団から床からよくもまぁこれだけ貯蔵していたもんだと驚かされるほどにぶち撒けられた衣服。

シャツ・カーディガン・セーター・トレーナー・ショートパンツ・タイツ・ミニスカート・キュロット……幅広過ぎんか。

 

 

 

「…(らん)、お前いつから片づけられない子に」

 

「決まらないの…。」

 

「…あん?」

 

「週末に着る服が!決まらないの!!」

 

「………そりゃまたご苦労なこって。」

 

 

 

ファッションに気を遣い過ぎるのもまた困りもんだな。心得があるから、はたまた拘りが強すぎるからか、無駄に数だけは揃えているクローゼットの中身も、着る本人がこう追い込まれてしまっては魅力を発揮しきれないということか。

わなわなと震えた後に振り返る妹の目には涙さえ浮かんでいる。…普段は俺を毛嫌いする癖に、こういうときだけ頼りおってからに…

 

 

 

「まぁまぁ落ち着くんだ。…俺にもわかる様に、順を追って説明しちゃくれないか。」

 

「だって!もう時間が…!!」

 

「あのなぁ…そうやってテンパってる時間も、勿体ないとは思わんか?いざとなった時に抱えきれなくなって慌てるのは蘭の悪い癖だぞ。」

 

「う………わかった、落ち着く。」

 

「そうそう。まだ夜も更けちゃぁいないし、茶でも淹れようか?」

 

「……ココアがいい。」

 

「注文する余裕は出てきたわけだな。…少し待っとけよ。」

 

 

 

蘭は確か市販の粉ココアをホットミルクで作る派だったな。それならば茶請けには煎餅よりもクッキーやマシュマロなんかが良いだろう。

部屋をあとにして台所へ向かうと、ちょうど親父がコップを握りしめて苦い顔をしているところに行き会った。

 

 

 

「…親父?」

 

「……〇〇か。」

 

「一体どういう状況?」

 

「あぁ実はな……水道水がその、苦くて。」

 

「道理で苦い顔だったわけだ。」

 

「今度浄水装置でも取り付けるか…。」

 

「ん、良いと思うよ。…まぁそこで水飲むの親父くらいだけど。」

 

 

 

全く。見た目厳つい割に、相変わらず愉快なことで悩むオッサンだ。昔蘭とギスギスしてた…いや、バチバチやってた時期もあったが、裏で悩む親父を知っていた俺は結局どちらにも与することができなかった。

今となってはある程度の理解が成り立っている関係だが、それでもまだ距離感は難しいらしい。

 

話しながらコンロに掛けていた薬缶が、もあもあと煙を立てていることに気付く。菓子の用意は済んでいたが、肝心のコップや茶葉を用意していなかったと思い戸棚を漁っていると、後ろから親父のやや元気なさげな声。

 

 

 

「なぁ、〇〇よ。」

 

「んー。」

 

「最近その、蘭はどうだ。」

 

「…どうって?」

 

「元気でやってんのか…?」

 

「見りゃわかるでしょう。…いつも通り、幼馴染と仲良くやってるって。」

 

「そうか。…ううむ。」

 

「…何が心配?」

 

「いやぁその、何だ……今日帰ってきてから、ずっとそわそわしてるというか…」

 

「あぁ、今その相談に乗るとこだよ。」

 

 

 

おっ、あったあった。ちょうどあと一回分ほど残っていた緑茶の葉。やっぱ日本人はお茶だよなぁ、うん。

…にしても、どうしてこんな奥まったところに隠されていたんだろうか。

 

 

 

「お、男でも…出来たんだろうか。」

 

「…………まさか、あの蘭だよ?」

 

「ううむ…しかし、あれだけ愛らしく器量もいい娘だ。…年頃ともなればそういうことも…」

 

「あー……わかったわかった、何か掴んだら教えてあげるよ、親父。」

 

「…いや別に知りたいって訳じゃあ……宜しく頼むぞ。」

 

 

 

最早威厳の欠片も感じられない。結局のところただの"娘大好きオジサン"である親父は、一度気まずい関係になったからか、蘭のことを俺に訊く。

気になるなら直接話せばいいのに、全く素直じゃないからなぁ。…(あれ)もそういうところはしっかり似ているし。

 

二口コンロを埋めているもう一つの鍋…弱火で放置していた牛乳も煮立ったようだし、手元の盆にも大体の物は用意できている。

火から下ろした鍋から蘭愛用のカップに牛乳を注ぎ、しっかりと混ぜ溶かす…うん、いい感じだ。

和装の襟を正して居間へ戻っていく親父を見送り、俺も妹の部屋へと再度向かうのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「すまん、待たせたな。…おぉ。」

 

 

 

先程とは違った衝撃が。

あれ程散らかっていたのが夢であったかのように、蘭の部屋は片付いていた。数セットのみ並べられた服を前に、座椅子で膝を抱えている妹。…やっぱり気になるな赤メッシュ。

 

 

 

「おかえり。」

 

「ん。……少しは落ち着いたのか。」

 

「うん…あ、ありがと。…でもやっぱりここからは選び切れなくて。」

 

 

 

飯台にそれぞれの飲み物と茶請けを用意しながら服の組合せを見る。…残念ながらこういった物事に興味も知識も無いんだが…何故俺に訊くんだろうか。

ココアを受け取った蘭は、これでもかと言うくらい息を吹きかけた後、ちびりと一口啜る。…ふた呼吸ほど置いた後に吐き出される"ほ"の字の吐息は満ち足りた温もりを表していた。

 

 

 

「おいし。」

 

「おかわりは早めに言ってくれよ?ミルクを温めにゃならんからな。」

 

「うん。」

 

「…しかし、俺が服装とかよく分からないのは知っているだろう?」

 

「……うん。」

 

「それでも俺に訊くってことは……まさか男か?」

 

 

 

特に他に話すこともないのでストレートに訊いてみる。親父が気になっているように、俺も少し興味はあるからね。

少しガサツでバンドに夢中で、愛想も可愛げもない妹だけど、世の男性にどう映っているのか…実に興味深い。

 

 

 

「…男?彼氏って事?」

 

「うむ。」

 

「違うよ。……あの子は、そんなんじゃない。」

 

「……そうか。」

 

 

 

はて。

 

 

 

「…それなら何をそんなに悩んでいたんだ?」

 

「……ふぁふぁふぃふぃむふむふぁふぇふぇもも。」

 

「マシュマロってそんなに詰め込むもんじゃないと思うけどなぁ。緩衝材じゃないんだから。」

 

「……んぐ。…明日ね、友達と遊びに行くんだ。」

 

「ほほう。」

 

 

 

"友達"という言い方をするのは、この子と仲良くしてくれている四人の幼馴染以外を指している時だ。最近知り合ったばかりの友人か、別段名前を聞いていない相手なのか…そんな感じ。

しかし、まだ男という線も捨てきれない。親父、ちょっと面白くなってきたよ。

 

 

 

「それで……は、初めて一緒に出掛ける子だから、何着て行こうか、迷っちゃって。」

 

「いつも通りに適当な恰好じゃダメなのか?」

 

「いつも適当に選んでるわけじゃないんだけど…。」

 

「そりゃ悪かった。…あまり真剣に見ているわけでも無くてな。」

 

「…でも、その子がどういう格好が好きなのか、まだ分からないからさ。」

 

「つまりは方向性と程度が分からないって事かぁ。」

 

 

 

こくんと頷く。成程成程…。何となく掴めてきたぞ。

要するに、とある友人と初めて遊びに出かける用事を取り付けたが、相手の服の好みや露出等に対する許容範囲が分からないと。…ここまで気にするってことは恐らく相手は一人、それもかなり好意を持っている相手と見た。

仕事柄、会話から状況や人柄を見抜くのは得意なのだ。

 

 

 

「…そんなに好きなのかい?その子の事が。」

 

 

 

何気ない質問のつもりだったが、それまで冷静だった蘭の顔が一瞬で真っ赤に染まった。まさに、"ぼっ"と音まで聞こえてきそうな勢いだ。

 

 

 

「!!…べ、べつに、好きとか、じゃ、ないけど……。傍に居ると、ドキドキするって言うか、胸が詰まりそうになる、っていうか…。」

 

「ほほう。それはそれは…」

 

「なっ、ばっ、ニヤニヤしないでバカ兄貴!別にそんなんじゃないんだから!…そんなんじゃ……ぅぅぅ。」

 

 

 

かなり重症らしい。真っ赤な顔をクッションに埋めてジタバタする蘭…こんなの俺初めて見たよ、親父。是非とも見せてあげたいと思ったが、流石に菓子やココアを溢されては困るので、飯台は邪魔にならない位置にずらしておいた。

しかしなんだ、この可愛い生き物は。もっと際どい質問をしてみたくなるではないか。

 

 

 

「そのドキドキっていうのは、どんな時になるんだ?」

 

「……えと、お喋りしてる時も、隣に座っている時もそうだけど…キーボード弾いてる時とか、歌ってる時とか…全部。とにかくもう、全部可愛くて…。」

 

「キーボード…ってことは、バンド関係の子かぁ。つぐちゃんかい?」

 

 

 

幼馴染のつぐみちゃんのことだろうか。蘭は四人の幼馴染と「Afterglow(アフターグロウ)」というバンドを組んで活動している。その中でキーボードを担当しているのは、確か羽沢(はざわ)つぐみちゃん。

この辺じゃ有名な「羽沢珈琲店」の一人娘で、何とも人懐こいお嬢さんだ。…その子かと思ったんだが。

 

 

 

「え?…いや、つぐみは無いかな。大好きだけど、つぐみは幼馴染だから。」

 

「お、おう…そうか…。じゃあ別のバンドの子かね。」

 

「ぅ……うん、そう。」

 

 

 

なるほど?

 

 

 

「…その子、歳は近いのかい?」

 

「同い年…だよ。学校は違うけど。」

 

「そりゃ違うのは分かるけど。」

 

「??なんで。」

 

「お前の通ってる学校って女子校だろう?…男の子なら、そりゃ別の学校だろうさ。」

 

 

 

女子校に男子が通うなんて有り得ないもんな。何処のエロ本やラノベだっつー話だ。

…と思ったのだが、何故か蘭はムッとした様子で言い返してくる。

 

 

 

「は?…兄貴って、そんなに救いようのない単細胞だった?」

 

「…そんなに言わんでも。」

 

「あたしが好きになった子=男の子って、幾ら何でも決め付けが酷いよ。」

 

「………んん!?」

 

 

 

ちょっと待て。待て待て待て。

男の子って決め付けるなってこたあ……

 

 

 

「……ら、蘭って、いつの間にソッチになっちゃったの…?」

 

「どういう意味。」

 

「いや何でも……で、その子は、どんな子なんだね。」

 

「……有咲は…あっ、その子、有咲(ありさ)って言うんだけど、交流のある別バンドの子で――」

 

 

 

蘭の話だとこうだ。

今交流のあるバンドは全部で四つ程あるそうで、そのうちの一つ…「Poppin'Party(ポッピンパーティ)」というグループでキーボードを担当しているのがその有咲ちゃんらしい。…正直、バンド名なぞは大して興味も無かったんだが、蘭があまりにも嬉しそうに話すものだから覚えてしまった。

で、どのバンドも所属しているメンバーが市内に二校存在する女子校の生徒だそうで、大体が顔見知りだとかいう…凄い状況。…そして肝心の、出かける機会が作られたきっかけだが…そのメンツで集まることがあったとか何とかで、有咲ちゃんが執拗に弄られる場面があったそうな。

弄っているのは実力派バンドの首領(ドン)的存在で、見兼ねた蘭が止めに入ったと。あとはその流れで、お互いときめいちゃって…と、何とも乙女の様な顔をして語ってくれた。

 

 

 

「……そうか。まぁ結局よく分かんなかったけど、要するに蘭は有咲ちゃんを護ってやったって訳ね。」

 

「気安く呼ばないで。」

 

「……その子相手の服装、なぁ…。」

 

 

 

正直そのバックストーリーを知ったところで、有咲ちゃんを良く知らない以上アドバイスもへったくれも無いのだが…。

 

 

 

「あまり露出は多くない方がいいかな。」

 

「…そうなの?」

 

「いやだって、冬だし。」

 

「……あぁ。」

 

「つかこれでいいじゃん。…このタイツ穿いて、こっちのスカートにこのセーター合わせて…」

 

「……おぉ。」

 

 

 

お前、「あー」とか「おー」とか返事に生気がないぞというツッコミは置いといて…。割と見かける組合せを指摘しただけなんだが、どうやら盲点だったらしい。

わかるぞ。相手が大事な人ほど緊張しすぎて周りが見えなくなるもんだ。普段の自分の格好が思い出せなくなるくらいに、な。

 

 

 

「制服以外で結構着てる服を選んだだけだが…俺は蘭らしくていいと思うがね。」

 

「ん……これにする。」

 

「そんなあっさり決めちゃうんか。」

 

 

 

少し拍子抜けだ。もう少し、こっちはこうしたい、だの、これはあぁだから、だの言われると思ってたからな。

淡々と片づけを始める姿を見ていると、本当にこれで終わりなんだろうが。

 

 

 

「ありがと、兄貴。」

 

「役に立ったようで何よりでございやす。」

 

「…あたし、がんばるね。」

 

「おう。いつも通りでいってこい。」

 

「ふふっ、了解。」

 

 

 

会話はそこで終わり。

片付けももうそろそろ一区切り付きそうだし、俺も撤退しなくてはいけないようだ。皿に余っていたクッキーを咥え、急須と湯呑を持って部屋を出ることにした。

 

 

………親父、どうやら理解への道は険しそうだぞ。

 

 

 




新シリーズはらんありをちょっと離れた視点で。




<今回の設定>

○○:主人公。色々胡散臭い仕事をしているが、基本実家でダラダラしている。
   恐らく妹の蘭とそれほど歳は離れていないが、現状不詳。
   面倒見がいいわけでも無く妹が好きなわけでも無い…が、
   持ち前の観察眼と器用さで美竹家の今日を生きている。

蘭:主人公を兄貴と呼ぶ。
  父親とは未だに少しギスっているが、以前のような諍いは解消した模様。
  Afterglowもがんばるし勉強も頑張る。…次にくるのは恋愛か…?
  と思った矢先にこれである。
  いいぞもっとやれ。

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