BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/06/20 大きすぎる存在に感じたり。

 

 

 

「え、兄貴夜居ないの?」

 

「ああ。…寂しいか?ん?」

 

「父さんと、二人になるの嫌だなーって。」

 

「……。」

 

 

 

なんてやり取りがあったのは電車に乗る少し前の事で。

相変わらずの嫌われっぷりだな、親父。

 

 

 

「どうせ部屋にこもるだろう?」

 

「でも…なんか嫌なの。…ねぇ兄貴、また朝方まで飲むの?またあの"みっちゃん"って人と飲むんでしょ?」

 

「そりゃ俺の飲み仲間っつったらアレくらいなもんだが…なんだ嫉妬か?」

 

「早く帰ってきて。」

 

「えぇー…。」

 

「早く帰ってきて…?」

 

「…………。」

 

「ねぇ、兄貴ぃ。」

 

「…終電で、何とか。」

 

「やた、兄貴チョロい。」

 

「テメェこのやろう。」

 

 

 

いつの間にか自分の外見の良さに気付きやがって。脳内で盛大な「テヘペロ」をかます有咲ちゃんにチョップを入れ、外出の準備を進めた。

そんなこんなで終電という制限時間が設けられた飲み会に来たわけだ。

 

 

 

**

 

 

 

ヴヴッ

 

ポケットに突っ込んだスマホが震える。

確認してみればいつものアイツ…みっちゃんから集合場所についての連絡だった。

 

 

 

「…ふむ、駅前のドーム型の……何だって態々外で待ち合わせるんだあのバカ…。」

 

 

 

指定された場所は駅を出て数十秒で辿り着く、謂わばオブジェ的な物。現地住民ならすぐに思いつきそうな物体だ。

いざ辿り着いてみれば…居たわあの陽気そうな面。呑気に手なぞ振ってやがる。

 

 

 

「…おつかれ。何だってこんな――」

 

「お、兄さん。久びだなー。」

 

「――ええと、こちらは?」

 

「ん、嘗てのクラスメイトをもう忘れたのか??…あと一人、美女が来るからよ。」

 

「……てめぇ、サシじゃねえのか。」

 

 

 

どうやら団体様御一行での飲み会だったようで。少々肩透かしを食らった気分ではあったが、どこか見覚えのある面々に形式だけの挨拶を交わした。

やがて全員が揃い、駅から近めの居酒屋チェーンへと足を運んだ。初対面の人間と、あまり良く思われていないであろう知人との酒会。面白くなってきやがったぜ。

 

 

 

**

 

 

 

「んん"っ…!よし、それじゃあ行き渡ったな…?」

 

「…。」

 

「そんじゃお疲れさんってことで…かんぱーい!」

 

 

 

カチンカチンとグラスの音。みっちゃんは座席的に隣になるので会話に困る程では無い…が、こういった集団での飲み会に於ける彼は俺の敵とも言える存在に成り得る。

…要するにアレだ、陽キャ感が前面に出ていて苦手なのだ。

 

 

 

「かぁーっ!美女を前にして飲む酒はうめぇ!!」

 

「モォー、ミッチャン飲ムペース早スギィ!!」

 

「スゴォイ!!」

 

「いやぁ!水みたいに入っていくわぁ!!…お、どうした兄さん、寡黙キャラか??」

 

「…うぜぇ。」

 

 

 

特に美女でも無いと思ってしまうのは普段贅沢な物ばかり見ているからだろうか。否、彼女等から俺に向けられる敵意が凄まじすぎるのもあるだろう。

こういう場合あまり話を振らないで欲しいのだが、彼は義理人情に厚いタイプ…気遣ってくれているのだろう。

 

 

 

「盛り上がって行こうぜぇ!」

 

「はははは。勝手に盛り上がってくれい。」

 

「イェーイ!次コレ注文シチャオウヨゥ!!」

 

「アッ、カラオケノセットアルジャン!ミッチャン何カ歌ッテヨゥ!!」

 

「…いやぁ盛り上がってんなぁ!…なぁ兄さん。」

 

「お前本当何なんだ…。」

 

 

 

それからも対面の女性陣と楽しくトークしつつハイボールを煽る彼の様子を聞きながら、どうせ割り勘になるならと気持ちを食事に切り替えて食いまくる。…と。

 

ヴヴッ

 

ポケットの愛機が震える。

みっちゃんは隣で阿呆程飲んでいるから違うとして…誰がこんな時間にチャットなんか…。

 

 

 

「…ぅお"。」

 

「「???」」

 

「…どしたん?兄さん?」

 

「ああいや、何でもない何でもない。」

 

 

 

突拍子も無さすぎて変な声が出た。画面を出して真っ先に目に飛び込んできたのは我が妹…の恋人から贈られてきた一枚の写真。

続けて「お兄ちゃんにプレゼント」とメッセージの追撃。

なんてものを送り付けるんだと思いつつも返信は後回し、すぐさま画像を蘭に転送する。

 

 

 

ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ

 

直後掛かってくる通話。ああもう、分かったよ。

みっちゃんに電話してくる旨を伝え、廊下の先、喫煙所迄逃げる。

未だ震え続けるスマホを通話モードに切り替えるや否や――

 

 

 

『あ、あああああ、兄貴っ!?』

 

 

 

――震え声の妹のおでましだ。

 

 

 

「どうした?」

 

『ど、どど、どうした、じゃないけども!?』

 

「…お前変だぞ?何をそんなに焦って―」

 

『兄貴が変な写真送るからでしょう!』

 

 

 

()()()()()を、変って。

面白いので暫くコイツで時間を潰すとしよう。

 

 

 

『な、なにこれ!?』

 

「ああそれな。…いい写真だろ。」

 

『は、はぁ!?意味っ…分かんないん…だけどっ!?』

 

「宝物だ、俺の。」

 

 

 

俺が蘭に送った…もとい、有咲ちゃんが俺に送ってきたのは『蘭が俺のベッドですやすやと寝息を立てている写真』。

恐らくが俺が外している間に撮られたであろう写真だが、手書きで「世界一カワイイ!!」と書き込まれている。驚き様からして、この写真の存在には今初めて気付いたものと思われる。

 

 

 

『あ、兄貴って、そういう風に、あたしのこと見てたの!?』

 

「…どういう意味だ。」

 

『…実の、妹で、興奮する…的な。』

 

「するか馬鹿。」

 

『だって!だってぇ!!』

 

「流石に妹に欲情するほど枯れちゃいないぞ、俺は。」

 

『じゃ、じゃあこれはなに!?』

 

「はて?…宝物と言った筈――」

 

『だーかーらー!!…も、もういいもん!有咲に訊くもん!!』

 

「はははは、怒んなよ。」

 

 

 

この妹、必死である。

恐らく正解であるその選択肢だが、きっと有咲ちゃんにも同じように揶揄われるんだろうなぁ。

 

 

 

『もういいっ!兄貴の馬鹿!』

 

「そうかいそうかい。有咲ちゃんによろしくな。」

 

『他人事だと思って…!早く帰ってこないと、鍵開けてあげないから!』

 

 

 

勢いそのままに、通話は切断されてしまった。

…鍵、持ってるんだけどな。

 

この愉快な気分を共有しようと、蘭が連絡する前に急いで有咲ちゃんに電話を掛ける。

三コール程鳴った後に気だるげな声。

 

 

 

『はぁーい。』

 

「シスコンだと思われた。」

 

『あははっ!蘭に送ったの??』

 

「ああ。妹に欲情すんな、だとさ。」

 

 

 

落ち込んだような声音で話してやると、電話の向こうの義妹はけらけらと楽しそうに笑った。

ああ、何とも居心地がいい。

 

 

 

『私の恋人に欲情しないでくださぁい。』

 

「しないなぁ。」

 

『全くー。お兄ちゃんが相手でも渡さないかんね?』

 

「へぇへぇ。しっかり掴んでてやってくださいな。」

 

『ん。まかしといて。』

 

「…そういや急にかけちゃったけど、何かやってた?」

 

『画像整理してたんだよ。いっぱいになっちゃって。』

 

 

 

それは…いや、余計な詮索はやめよう。

ただ、妹との写真でメモリを圧迫して居たらいいな…等と思うようになってしまっては、強ちシスコンというのも間違いではないような気がして。

 

 

 

『蘭可愛いからね。いっぱい撮っちゃうんだよ。』

 

「おふっ……ええやん。」

 

『何だそのリアクション。』

 

 

 

有咲ちゃんは神様か何かか?

上手く言っているようで、お兄さん嬉しいよ。

 

 

 

『お兄ちゃんは?』

 

「ん。」

 

『蘭と一緒にいるの?』

 

「…さぁ、どうだと思う?」

 

『んぅー。後ろで音楽?が聞こえるからさ、外食とかかなーって。』

 

 

 

案外いい耳をお持ちな様で。

 

 

 

『あ、でも一緒には居なさそうだね。』

 

「ほう?」

 

『私と通話とか、蘭が近くに居たらもっと煩いでしょ?』

 

「…さすがよくご存じで。」

 

『ふふん、これが愛だよ。お兄ちゃん?』

 

「大したもんだ。」

 

 

 

流石は長い付き合い。最早俺や親父よりアイツの事を知り尽くしているんじゃなかろうか。

ホント、いい恋人捕まえたなあいつ。

…と、一人感極まっていると乱暴に喫煙所の扉を開ける音が。

 

 

 

「…ぉ。何だ兄さん、長いと思ったらこんなところに…。」

 

「おうみっちゃん。…おいおい顔真っ赤だぞ。」

 

「たはは…チーさんが飲ませ上手だからさぁ…ったく。」

 

 

 

チーさんってのは且つてのクラスメイトの一人。勿論本名じゃなくニックネームだが、どういった経緯で名付けられたかは覚えていない。

みっちゃん曰く飲ませ上手で、他人を潰すことに特化したイケメン系女子らしい。

 

 

 

「まぁ、あんま無理すんなよ。」

 

『あー、また飲み会なのー?』

 

「ああ。まあな。」

 

『蘭、愚痴ってたよ。兄貴はみっちゃんにばかり構ってるーって。』

 

「別にいいじゃんかよ…蘭は有咲ちゃんにばっかり構ってるし…。」

 

「!?あり、あっ、ありs、」

 

「どうしたどうした落ち着けみっちゃん。」

 

「有咲ちゃんと電話してんのか!?」

 

 

 

真っ赤な顔をもっと赤くして、聞こえてきた単語に食いついて来る。…この状態のみっちゃんを絡ませるのは何だか危険な気がした。

電話の向こうで有咲ちゃんも何となく察したようで、声のトーンが少し落ちる気がした。

 

 

 

『ごめん、邪魔しちゃったね…?』

 

「ああいや、気にしないでくれ。…あり……いや、ハニー。」

 

「はにぃ?」

 

『お兄ちゃ…ブハッ!』

 

 

 

咄嗟に出た二人称がそれだったんだもの。

盛大に噴き出す音が聞こえたが、無事通話は終了。「なんだ有咲ちゃんじゃないのか」と肩を落とすみっちゃんを残し、静寂が戻った。

 

 

 

「…戻らなくていいのか?」

 

「兄さんまで俺を潰すんか…。」

 

「そう言う訳じゃ…ま、折角来たんだ。煙草の一本でもやっていけ。」

 

「…そだな。」

 

 

 

フリントホイールを回す音と煙草の先端が灼ける音。燻らす煙を眺めながら落ち着く香りを共に楽しむ。

この至近距離での受動喫煙もこれが最後かもしれないとなると、何とも口惜しいものだ。

 

 

 

「……悪いな兄さん。」

 

「何が。」

 

「…ふぅ。一人で楽しんじゃってさ。」

 

「いや、最後くらい、楽しめばいいさ。」

 

 

 

みっちゃんは転職が決まったんだと。

それもここからかなり離れた場所への転居も伴うもので、余程突き詰めて予定を合わせでもしない限りもう会える見込みはないとか。

その話から今日の飲みの席が用意され、地元の友人とのささやかなお別れ会となったわけだ。

 

 

 

「ああ。…言うてそろそろ、な。」

 

「まだ二時間くらいだろ?」

 

「…いや、その、なんだ。…兄さんと二人だと何でも言えるんだが、女性陣が居るだろ…?」

 

「……てめぇ!女の前だからって格好つけてからに!!」

 

「に、兄さんだって!有咲ちゃんの前だと寡黙なイケメン気取ってんだろォ!?」

 

「ばかこの!兄妹共々徹底的に弄られとるわ!」

 

「羨ましい!羨ましすぎるよ兄さん!!」

 

 

 

こいつは恐らく死ぬまでこんなんだろう。湿っぽいのは似合わない。

 

 

 

「うっせぇ!ここ出たらサシで飲み行くぞオイ!」

 

「最初からそのつもりだわ!あ、そうだ。」

 

「何だよ。」

 

「ゴトーさん、普通に可愛いよね。兄さん。」

 

 

 

ゴトーさんというのはチーさんの隣で飲んでいたあの女性か。ゴトーさんというのも恐らく渾名で本名は知らない。兎に角根暗だとかノリが悪いとか言われた覚えしかない。

確かに遠く離れて薄眼で見る分には可愛い雰囲気が漂っているように見えなくも無いのだが、如何せん虐げられた記憶のせいで同意しかねる。

 

 

 

「おお、告白か。」

 

「いや…それは…ちょっと…」

 

「最後だろ?…何ビビってんだ。」

 

「別れ際気まずいって…嫌じゃん…?」

 

 

 

勢いに任せて行けばそこそこいい結果になるだろうにこの男は…。

みっちゃんは、案外小心者らしい。

 

 

 

**

 

 

 

「ぷはぁ!」

 

「…お前、何杯目よそれ。」

 

 

 

二軒目。時間の都合もあって本日最後の店。すっかり行きつけの、例の串カツが旨い店。

途中、世話になった先生の乱入や多少の脱線はあったものの、終始互いの馬鹿話に花を咲かせ――

 

 

 

「……それじゃあ。」

 

「ああ。」

 

 

 

――別れの時はあっという間にやって来る。

草臥れた黒いバッグを足元に置き、すっかり人通りの少なくなった終電間際の駅前で煙草を吹かすハードボイルド。

憎たらしいほどに画になる彼を見るのも、これが最後となるだろう。

元気でやれ、また会おう、その類はもう言い飽きた。すっかり酒に浸った俺達に、在り来たりな別れ文句は必要なかった。

 

 

 

「んじゃ、蘭ちゃん達の今後、報告待ってるからよ。」

 

「ははっ、それ処じゃねえだろ。…忙しくなるんだ、俺もお前も。」

 

「兄さんと違ってこっちは安定しなさそうだからなぁ…。」

 

「馬鹿、俺だって色々大変なんだ。…ほら、妹とか、妹とか…。」

 

「あんた煩悩ばっかじゃねえか!」

 

「違ぇねえ。」

 

 

 

灰が落ち、短くなった煙草をポケット灰皿に捩じ込む。声はデカいがマナーはいい男だ。

最後に交わした握手は、気恥ずかしいながらも確かな存在の証として脳裏に焼き付いたのだ。

 

 

 

「また、飲もうな。」

 

「…おうよ。」

 

 

 

少しだけ。ほんの少しだけ寂しさを感じたのは、妹に言われた通り終電に乗り込んだ直後。動き出した慣性に近場の空席へと倒れ込んだ頃だった。

 

 

 

**

 

 

 

「……。」

 

 

 

何処をどう歩いてきたのか。

気付けば自宅の、少し凝った意匠の扉の前だった。

 

人感センサーを搭載したLEDライトが点灯し、チャイムを鳴らす前に扉が開かれる。

 

 

 

「おかえり、兄貴。」

 

「………ああ。」

 

「……兄貴?」

 

 

 

心なしか高めのテンションで顔を覗かせた妹だったが、俺の顔を見るなり眉をハの字に曲げた。そんなにひどい顔だったろうか。

 

 

 

「…だいじょぶ?」

 

「ああいや…まぁ、なんだ。…少し飲み過ぎた―」

 

「っと!?…あ、兄貴??」

 

 

 

飲み過ぎたらしい…と言ったつもりだったが、言葉になる前につんのめった体が妹へと倒れ込んだ。

無論全体重を預けた訳でなく、少し甘い香りのする蘭の右のこめかみの当たりに顔が近づいたところで踏みとどまったが。

…だが、直後に背中を摩られる感覚に、今日の限界を感じてしまった。

 

 

 

「……………蘭、今日一緒に寝ないか。」

 

「…………ま、偶にはあるよね。楽しいだけじゃない、お酒も。」

 

「……こういう日に酒ってのはダメだなぁ…。」

 

「いっこ、貸しね。」

 

 

 

兄貴だって、妹に弱音を吐きたい時くらいあるってもんだ。

 

 

 




さらばみっちゃん。




<今回の設定更新>

○○:いつだってクールな訳じゃない。
   気持ちが綻んだのは酒のせい、きっと。

蘭:揶揄い甲斐抜群だが、兄妹仲は悪くない。
  人が落ち込んでいる時にはトコトン優しい。それが蘭ちゃん。

有咲:(おもしれーなこの兄妹…。)

みっちゃん:親友。
      付き合いこそ長くないが、大事な友人だった。
      多分もう出ない。多分。

チー:アジア系の美女(みっちゃん談)

ゴトー:つよい。
    主人公に対しての嫌悪感が物凄い。
    アイドル追っかける系女子。

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