BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
「…へえ、私もそこに居たかった。」
「え"。……正気?」
「へへ。だってさ、お兄ちゃんいっつもクールぶってるし、泣いたとこなんか見たこと無いし。」
夜。
すっかりお馴染みの光景になってしまった妹カップルのじゃれ合い。
…いや、それにしちゃあ兄貴の俺が同席しているのもなかなかにおかしな話だぞ?
「絶対見せないからな、有咲ちゃんには。」
「えー?……蘭はいいなぁ。お兄ちゃんに甘えてもらったりするんでしょ?」
「や、別に甘えたってわけじゃ――」
「もうホント大変なんだよ。兄貴、こう見えて意外と脆い所あるから、酔っ払ったりすると泣き言ばっかりで――」
「おいコラ妹。」
最近態度が丸くなったと油断していたらすぐこれだ。有咲ちゃんと仲良しなのは大変喜ばしいことだけど、調子に乗って俺の恥部を晒すのは辞めなさい。
何故だか得意げに話しながら丸い煎餅を齧る蘭。有咲ちゃんの手土産とはいえ、自分の部屋でないからと豪快に齧り付きやがって。俺の部屋なら零そうと汚そうとどうでもいいってか…?
「ふーん。お兄ちゃん、甘えんぼなんだ?」
「う……ちが、ちがわい。」
「大丈夫?私にも甘える?」
「!!ちょっとまって有咲。あたしじゃなくて兄貴に言ってるの?あたしだったらめっちゃ甘えるけど?ねえ??」
悪戯っ子のような笑顔で両腕を広げる有咲ちゃんと、大きすぎる釣り針に見事ヒットしてしまう愚妹。どうやったらそこまで蘭を魅了できるのか、是非とも教えていただきたいが…この空間で真に受けているのはこのツンツンシスターだけだろう。南無。
俺に向けて開いた両腕を蘭の背中に回し、荒ぶる獣のようなその背中を撫でながら悪びれもせず続ける。
「……ね、蘭可愛いでしょ。」
「ああ。」
「へへっ、私の蘭だからね?……お兄ちゃんとは言え、あんま甘えちゃだめだから。」
「……わかってるとも。」
どこまで本気なのか…いやしかし、有咲ちゃんの服の上からでも分かる膨らみに顔面を埋めた蘭は心底幸せそうだ。それを愛しそうに撫でる光景は俺の部屋には勿体ないほど甘美な…
あ。
「そもそも、どうして俺の部屋なんだ。」
「??」
「有咲ちゃんがお泊まりに来たのはいい。…まあ、少々来すぎだとは思うけども。」
「……だめ?」
「いや、駄目ってことは……じゃなくて、どうして二人いちゃつく場所が、蘭の部屋じゃなくて俺の部屋なんだ?」
一組の歴史の浅いカップルがいたとして。蜜月に身を沈めるとして、だ。
その舞台として、身内という最も居てほしくないであろう観客がいる部屋を選ぶだろうか。
もし自分なら……いや、恋人を連れ込む場所に蘭は居てほしくないなぁ。見られたくない、というよりも見せてはいけない醜態を晒してしまいそうな…。
「……私来るの、迷惑?」
「そ、そんなことない!有咲はあたしの大事な人だし、ずっとずっと一緒に――」
「らーん?私、お兄ちゃんに聞いてるんだけど。」
「あ……あぅ…。」
「はーい、蘭ちゃんは安心してぎゅーしてましょうねー。」
「……えへへぇ…するぅ…。」
「悪魔か君は。」
この籠絡術。もはや小悪魔の域を出ている。
…話を戻すとして、だ。
「迷惑かどうかじゃなく、その……普通、二人きりになりたいものなんじゃないのかい?こう……人目を憚りたいこともあるだろうし…。」
「……んー……。」
顎に手を当て暫し考え込む。
…この様子だと、要因を探っているというよりかは言うかどうか迷っている、といった方が正しそうか。
やがて沈黙に耐えきれなくなったように、もぞもぞと蘭が拘束から抜け出てきた。……おいおい、涎出てんぞ。
「あたしの部屋、父さんが…さ。」
「…親父が?」
「ん。たまに覗きに来るっていうか、頼んでも居ないのにお菓子持ってきたり、お茶入れてきたり。」
「……あぁ。」
最近やたら茶葉を買い込んでくると思えばこれかぁ。
「おまけに、有咲が廊下に出るタイミングで話しかけに来たりするし、普段のバンドの様子聞いてきたりとか……もうホントウザくて。」
親父…。
娘が心配なのはわかるけども、もはや変質者の域じゃないか…。
「それは……うちの親父が、迷惑かけたね。」
「んぅ、私としては別に気にしてないんだけどさ。……蘭がその度、洒落にならないくらい不機嫌になんだよ。」
「それは……うちの妹も、迷惑かけたね…。」
「だからその、お兄ちゃんが良ければ…みたいな?」
「俺は別にいいっちゃいいんだけど、蘭は…それでいいのかい?」
民主主義ならば可決の一途であろうが、生憎当事者は蘭と有咲ちゃんだ。蘭の気持ちを確認しないことには…
「や、別に兄貴の部屋がいいってわけじゃないけどさ、父さんはあんなんだし、仕方ないっていうか、別にその、あたしは、えっと」
「……要するにいいってことだよ。」
「要約雑すぎな、有咲ちゃん。」
そもそもここまで寛いでいる時点で確認するまでもないんだけど。
思い起こせば、こうして有咲ちゃんの存在が発覚するまでの蘭はどうにも距離感が難しい子だった。
そういう年頃なのかと適当にあしらってはいたが、親父と揉めた一件が相当な溝を残していたらしい。親父と会話はおろか、目も合わせなくなっていった蘭……勿論直接関与していない俺に対してもどう接していいかわからなくなくなっていたような気がする。
その蘭がこうしてまた俺の部屋に来るようになったり、昔のように何気ない時間を過ごすことができるようになったりと、変わり始めたのも…一重に有咲ちゃんのおかげなのだろう。
「まあでも…色々ありがとな。有咲ちゃん。」
「……へ?何、急に。」
「いや。」
「兄貴!!有咲に色目使わないで!!」
「使ってねえよ…。」
とは言えこれは堕ちすぎだ。
「……とにかく、君らが居心地いいってんなら邪魔はしないけどさ。」
「ん、ありがと。お兄ちゃん。」
「俺はまだ作業が少し残ってるから、
猫のように体を擦り寄せる蘭と笑顔で受け入れる有咲ちゃんを一瞬見やり、最低限勤めている仕事の残り作業を熟すべく机へ向かう。
二人のために部屋を出ていくことも考えたが、親父がこの部屋に来ないのは俺が居るからだ。俺が他へ言ってしまえばまた愛の巣を移すことになってしまうだろうし。
**
「ねね、お兄ちゃん。」
黙々と作業し一時間ほど。
やや声を押し殺すようにして有咲ちゃんが俺を呼んだ。
「…?」
振り返ってみれば膝に蘭の頭を乗せ困り顔の有咲ちゃん。……なんだ?
「蘭、寝ちゃった。」
「…………ああ。」
有咲ちゃんの手には丸められたティッシュと真っ白な綿毛の着いた棒。なるほど耳かきか。
こいつらほんと、やることやってんなぁ…。
真に上手な耳かきは痛みや不快感を全く感じさせず、極上の快感と安心感を齎すのだとか。俺もさきちゃんの魔の手にかかり、一度体験しているので間違いない。
なるほど、有咲ちゃんはそこまでのポテンシャルを…。
「可愛いよなぁ。」
「……それ、お兄ちゃんが言う?」
「ん。……こいつの、眉に力入ってない顔っていうのかな。久しぶりに見た気がするよ。」
「……。」
「……。」
「私は、よく見てるけどね?」
「……急にマウントか?」
「ふふん。私のほうが愛されていますので。」
「そうか。」
頭の上で好き放題言われているとは露にも思わず、安らかな寝息を立てる妹。
こんな穏やかな時が、永遠に続けばどんなに幸せか。
家族とは言え所詮は血の繋がった他人だ。兄として妹の人生にあれこれ言うことはできないが、せめて本人が満足に、幸せだと言える道を歩んでほしいものだ。
「…え、お兄ちゃん何で泣いてんの。」
「すまん、ちょっと色々…考えちゃって…。」
しまった。つい蘭のウェディングドレス姿を想像してしまった。
いつからか涙腺のダムも随分脆くなったらしい。
「……大丈夫?甘える?」
すかさず姿を表す、邪悪な笑み。
「だめぇ…。」
「「??」」
「有咲はぁ……あたしの、なんだか…ら……。」
眠りについていても止まらない愛に、俺と有咲ちゃん、二人して笑い合うのだった。
いいなあ有咲ちゃん…。
<今回の設定更新>
〇〇:思うことは色々ある。
今はただ、妹とその恋人の行く末が幸福に包まれることを願っている。
蘭:愛が深すぎる。
有咲:有能。母性の塊。