BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/05/11 揺れる女心、とは?

 

 

長かった停学期間を経て、我は今日からまたこの魔窟へと通う事になった。

本来ならそのまま辞めてしまっても構わないとも考えるところだが、今の我には懸念せざるを得ない要素が増えすぎてしまった。…あれ以来花音とも連絡を取っていないし、クラスの様子も気にならないと言えば嘘になる。

一応何度か白鷺とは連絡を交わしている為、また花音が孤立気味になっている事やクラスの空気が非常に重い物になっている事は知っている。…と現状整理に脳の要領を割いていれば時間などあっという間な訳で。

両足を交互に前に出すという単純作業は、目的地の門前に到着するという現実を以て完了となった。心なしか見上げる校舎が以前より凶悪なように見えるが…せめて今日くらいは、「遅れていた授業分を頭に叩き込む」という名目の上平穏に過ごして見せようじゃないか。

 

 

 

「あっ!」

 

 

 

意を決して偉大なる一歩を…とその時、背後から少し息の上がった様な声がかかる。聞き覚えがあるかと問われたら自信を持って肯定することは出来そうにないが、始業時間ギリギリに登校する様にしている我の後ろから現れる人物が如何なる理由で急ぎ駆けてくるのかは想像に難くない。

 

 

 

「あの時の!」

 

「……どの時だ。」

 

 

 

振り返れば綺麗な黒髪を靡かせる翠眼の女生徒が、無礼にも人差し指の先端を我に向け立ち止まっていた。人を指差すんじゃないと習わなかったのかねあんたは…と言いかけもしたが、そういえばあの氷川紗夜もよくこうして指を突き付けてくると思い言葉を飲み込むことに。替わりに出てきた記憶は忌々しい奴等を粛正したあの日、学食で遭遇したおしるこの女だというものだった。

 

 

 

「…たーえ?」

 

「うん!」

 

「遅刻か?」

 

「うん!」

 

「遅刻は良くないな…まだ走れば間に合う時間だぞ。」

 

「おにーさんは止まってる。」

 

「ああ。我はいいんだ。」

 

「………わがまま?」

 

「ふはっ」

 

 

 

朝っぱらから笑わせてくれる。我儘とは…純粋に、学校に通う意味が見当たらなく仕方なく登校していることを伝えたら彼女はどんな表情を見せてくれるだろうか。驚くのか興味を無くすのか…だが追撃の様に彼女が言い放つのはこれまた予想を遥かに逸れていく内容だった。

 

 

 

「私はいいんだ。」

 

「なんだ…生意気に真似なぞしよって。」

 

「授業に出るわけじゃないから。」

 

「??それ程頭がよさそうには見えないが…。」

 

「うさぎ。」

 

「うさぎ?」

 

「うさぎ。」

 

「…食うのか?」

 

「うさぎ美味しいって、言うよね。」

 

「言う…か?」

 

「かーのーやーまーって。」

 

「………追いし、だ馬鹿者。」

 

「野蛮だよね。」

 

「……。」

 

 

 

そういえば懐かしい。彼女と話していると、まるで自分が次元の歪みにでも取り込まれてしまったかのような、何かにぐんぐんと追い抜かれていく感覚を味わう事が出来る。

決して気持ちの良いものではないが、彼女に興味を持つには充分たる要素であろう。真っ直ぐに自分の教室へと向かう予定だったが、暫し彼女を観察することにした。

 

 

 

「…で、うさぎが何だって?」

 

「あっち。」

 

「そうか。」

 

 

 

視線を真左に向けたかと思えばずんずん歩を進めていくたえ。会話が成り立っている気がしないが、多少補ってやれば問題なくコミュニケーションも取れるだろう。

 

 

 

**

 

 

 

終始訳の分からない歌を歌い続けるたえの跡に続き着いた場所は、今は空き教室となっている離れ校舎の一室だった。埃っぽく物置のような状態で放置された他教室とは違い、明らかに手入れの行き届いた教室。

…可笑しいものと言えば、目の前の光景くらいか。

 

 

 

「みんなー、おはよぉー。」

 

 

 

その数ざっと二十羽ほどだろうか。床を埋め尽くさんと蠢く白黒茶色の入り混じったカーペット…否、兎の群れである。

たえと名乗る汁粉の彼女は学校の死角で兎を飼い慣らす猛者だった。

 

 

 

「…いやいやいや、流石にマズいだろ、これは。」

 

「うさぎ美味しいって言うよね。」

 

「その件はさっき終わった。…教師連中に許可はとってあるのか?」

 

「きょか?」

 

 

 

コテン、と首を倒す。あぁ、この何も考えていないような瞳は許可という言葉すら知らないようだな。

断言しよう、こいつはヤバい。

 

 

 

「バレたら大問題だろう。」

 

「おにーさん、友達をケガさせたってきいた。」

 

「……あぁ、知ってたのか。」

 

 

 

同じ学び舎で過ごす生徒であればそのネットワークから知り得ても何の不思議もない。通常とは違う時空に生きる彼女なら或いは…とも思ったが、その淡い期待も儚く散ったと言う訳だ。

今更存在を疎まれることに対して恐怖する心など持ち合わせちゃいないが、多少なりとも興味を持った相手に気味悪がられるのは流石に胸が萎む思いだ。これ以上余計な詮索をされる前に立ち去ろう、そう考えたところで。

 

 

 

「だから、私も同じ。」

 

「……ぬ?」

 

「せんせーが知ったらすっごい怒られると思う。内緒なの。」

 

「だろうな。」

 

「私も悪い子。…だから、おにーさんと同じ。」

 

「…………。」

 

「…何回もご飯食べに行ったのに、全然会えなかったから訊いたんだ。そしたら、暫く学校には来ないよーって言われた。」

 

「……。」

 

「………寂しいと死んじゃうんだって、うさぎって。」

 

 

 

見上げてくる瞳は変わらず何も考えていないように見えた。だが、周囲の印象から察するに恐らく彼女も我や花音と似た扱いを受けているのだろう。相手に対して抱く想いもまた同じ。

誰彼だとしても、運良く見つけられた同じ周波数を逃すのは悲しい物なのだ。

 

 

 

「……なら、次ここに来る時はこっそり来ないとな。」

 

「ん。みんな待ってるよ。」

 

「……たえも、か?」

 

「にはは、どーかな。」

 

「…食うんじゃねえぞ。」

 

「うさぎは食べ物じゃないよ?」

 

 

 

彼女にとってここは、確かな居場所であり目的なのだ。彼女が独りで居るのは、これまで誰にも理解されず、誰にも彼女自身を見られなかったためであろう。我自身群れるのは好きじゃないが、この絨毯の様にびっしり敷き詰められた連中の群れは何だか心地いい気がした。

彼女もまた、然り。

 

 

 

「…さて。」

 

「もう行く?ごはん?」

 

「あー…。昼飯にはまだ早いが…今日はやることも幾つかあるんでな。」

 

「……そっか。」

 

「授業、たまにはちゃんと受けろよ?」

 

「おにーさんもね。」

 

 

 

途轍もなく巨きなブーメランを投げつけられた気分だ。が、頃合いを見計らったようにスマホが鳴ってしまった。

マナーモードへ設定を忘れていた事実と同時に、登録してから一度も使う事の無かった連絡先からの着信に多少の驚きが顔に出てしまったようで。

 

 

 

「…どしたの?」

 

「ああいや…ちょっと呼び出しでな。」

 

「そっか。」

 

「…すまん、また来るよ。」

 

「ん。ばいばーい。」

 

 

 

手を振るたえを背に離れ校舎を後にする。これだけ長い間放置しても鳴動しっ放しのスマホにただならぬ執念を感じつつ、諦め半分で応答することにした。

 

 

 

「……何の用d――」

 

『一体何処で道草食ってるんですか?』

 

 

 

冷徹で恐ろしいと評判の風紀委員様からの呼び出しである。

 

 

 

「我にも色々あるんだよ。」

 

『登校したらまず生徒指導室へ来るようにと連絡されていたでしょう?』

 

「…あー、そうだったか。」

 

『そうだったか、ではありません。先生方も心配していますし…本当に何を考えているのですか?』

 

 

 

静かに諭すような声色でありながら中々の速度を出しているように感じる。くどくどと垂れ流される夜間急行列車の様なお説教を耳に感じながらも早足で生徒指導室を目指す。確か二階の東側…突き当りの教室だったと記憶している。

 

 

 

『聞いていますか?』

 

「ああ、うん、そうだな、我が悪い、それじゃあそろそろ着くから切るぞ。」

 

『ちょ、ちょっと!仮にも心配してあげているというのに、何ですかその態度は。』

 

「………はぁ。」

 

『今度は溜息ですか。また私が面倒な人間だとでも言いたげな様子ですね。』

 

「…また後でな。」

 

『ま、待ちなさ』

 

 

 

生憎と目的地の手前で生徒指導部の厳つい男性教師に遭遇してしまったがために通話を終了せざるを得なくなった。話していた相手がかの風紀委員様だと説明すれば問題は無いだろうが…惜しい女だ、氷川紗夜。

そのまま教師に促され教室の中へ。待っていたのは簡単なオリエンテーションと現状説明、あの一件の再確認と反省文の提出だった。

しかしながら我は頭が回る。頭文字を繋げて読めば「お・れ・は・は・ん・せ・い・し・て・い・な・い・ぞ・ば・か・め」と読める名作文を創り上げ提出することで事なきを得、厳重注意の元に解放されたのは放課後の事だった。

 

 

 

**

 

 

 

「げぇ、白鷺か。」

 

 

 

反省中…否、執筆中とでも言おうか。生徒指導室内での活動時間中、幾度となくスマホが震えるのを感じてはいたが…解放されて確認してみれば履歴があの金髪女の苗字で埋まっているではないか。

思わず声が出るのも頷けるというもの。しかし、視覚に訴えかける文章で内容を残せばよいだろうに何を執拗にあの女は音声通話で…と心内で愚痴を零していると今度は正面から声がかかる。気付けば自分の教室前に到着していたようだ。

 

 

 

「来たわね。」

 

「………なあ、何だってこの着信の――」

 

「あなたね、今日が何の日か考えたことあって?」

 

 

 

はて。

確かに事前に復学する日取りやその旨を伝えはしていたが、それがそこまで重要な事だったろうか。まさか我が復学する日を記念日として祀り上げるわけでも無かろうに、何をご立腹なのだろうかこの美少女は。

 

 

 

「…あなた、花音には伝えていないんだってね。」

 

「今日から復学するってか?」

 

「ええ。」

 

「伝えていないが。」

 

「はぁぁ……。」

 

「??」

 

 

 

そこまで深い溜息を吐かれるほど彼女に失態を見せた覚えは無いが…きっとまた我の常識外の何かを言うつもりなんだろう。

 

 

 

「ここまで来ると最早拍手物ね。」

 

「さんきゅ?」

 

「チッ。…花音が、どれだけあなたを待っていたか分かる?」

 

「…用事があるなら連絡するだろう。連絡先は知っているんだから。」

 

 

 

何の為の通信手段だ、と思うが。

 

 

 

「……女心って、辞書で引いたことある?」

 

「はっはっは!こりゃ面白い事を言う。そんなシーンないだろうに。」

 

「黙らっしゃい。……本当はこんな事私から言うべきじゃないのだけど。」

 

 

 

冗句ではないらしい。我の笑い声も虚しく廊下に響いてやがて小さく消えてしまった。白鷺の真剣な表情に徒ならぬ気配を感じたということもあるが、花音の人柄を考えるに我も考えが足りなかったという事だろう。

 

 

 

「……あなたの変人っぷりは他人を傷つける。」

 

「…何を、知った様な、口を。」

 

「変われとは言わない。解れとも言わない。けれども弄ばないで。…花音は私の大切な友達なの。」

 

 

 

何も言い返せないのは無知だからか。

否。答えは分かっているのだろう。解り切っているからこそ、彼女から目が離せないのだ。文句の一つも、言えないのだ。

それだけ言うと白鷺は我の横を擦り抜けるようにして帰路へ着こうとする…が、数歩の後に振り返る事無く

 

 

 

「今日、あの子の誕生日なのよ。」

 

 

 

とだけ言った。

停学中に聞いていた話ではあったが、念を押すような物言いにまた一つ世間とのズレを感じた。

 

 

 

「白鷺…いや、()()。」

 

「………。」

 

 

 

だから我も振り返る事無く。背後にその存在を感じたまま続けることにする。

 

 

 

「我はお前の忠告通りには動けないかもしれない。だからまた何かやらかしそうになったら叱ってくれ。」

 

「…。早く行ってやんなさい。」

 

 

 

呆れたような口調に先程感じた棘は無かった。ように感じる。

我自身が痛いほど痛感している様に彼女もまた分かっているのだ。得てして()()人間というのは、それを必然たるものにさせる要因を皆抱えているという事を。

奴の言葉に押されたわけじゃないが、あの口振りからすると彼女は待っているのだろう。意を決して、教室の扉を開け放った。

 

 

 

「ッ…!」

 

 

 

目が眩むほどの夕日が差し込む教室。世界から切り取られたように誰もいなくなったその場所で、彼女だけが立っていた。

逆光のせいで表情は読み取れないが、その細い方は小刻みに震えているようだ。

 

 

 

「………花音。」

 

 

 

久しぶりに口にした名前。思いの外スムーズに音を為したそれは彼女に届いたろうか。駆け出すというよりかは躓くような勢いで彼女は我の胸へ倒れ込んできた。

軽い衝撃と、無意識に抱きとめるように背中へ回した両手。顔を上げた花音は橙を映した滴に濡れて幾分か悲色に見えた。

 

 

 

「……○○くんのばかぁ!私…なんかの、ために……どうして……!」

 

「………。」

 

 

 

怒っているのか悲しんでいるのか、責めているのか悔いているのか。それを読み取れない我はやはり欠陥品なのだろう。白鷺の呆れかえる顔にも納得だ。

だが、少なくとも彼女だけは我を待ってくれていたのだという実感に、不本意ながら視界が歪んだ。

…涙は連鎖する。止め処なく零れる滴は、胸元でしゃくり上げる花音のそれと混ざり制服に染み込んでいく。この感情が何なのか、彼女に対しての興味は何なのか…未だ分からず混乱する頭の中で、世界で只一つの居場所を見つけたような気がした。

 

 

 

「……ごめん、けど……ありがとう……花音…。」

 

 

 

**

 

 

 

「…すっかり暗くなっちゃったねぇ。」

 

「警備員も吃驚してたな。」

 

 

 

夜風とも取れる柔らかな向かい風の中、肩を並べて歩く。

話し込んでいたせいですっかり遅くなってしまったようだ。

 

 

 

「で、転校した二人だけど…。」

 

「あ……うん。羽丘って学校にいったんだって。」

 

「ハネオカ……聞いたことないな。」

 

「結構近くだった気がする。……○○くん、一体何したの…?」

 

「んー………まぁ、花音は知らなくていい事さ。」

 

 

 

一連の騒動の引き金にもなったあの連中は、我が停学になってすぐに都内の別の高校に転入となったらしい。よくもまあ停学で済んだものだと思っていたが、あちらさんもそれなりに思うところがあったのだろう。警察沙汰にまでしなかったのは件の女生徒サイドからのたっての希望だというのだから驚いた。

これで花音に対する誹謗中傷の抑止に繋がれば儲けもんだが。

 

 

 

「ふぇぇ……あ、あんまり無茶しちゃだめだよぅ…。」

 

「………もうしないさ。」

 

「…本当…?」

 

「あぁ。白鷺にも怒られちまうし…それに…」

 

「??」

 

 

 

花音を悲しませたくない、というのは無性に気障ったらし過ぎると思い口にするのを止めた。泣き顔の大変似合う少女だが、我の行動如何で泣かせるのは非常に胃に悪い。

夢見も悪くなるし最悪だ。何とか別の話題を…と考えたところで、昼間の汁粉女の顔が過った。花音にも、少しは気晴らしになる様な出来事を贈ってやりたい。

 

 

 

「……花音、兎は好きか。」

 

「うさぎ??」

 

「……まさか、知らないのか?」

 

「し、しってるよっ!……でも、どうしてうさぎ??」

 

「ううむ……どうしてだろうなぁ。」

 

「え、えっ、えぇ??い、意地悪してる??」

 

「ううむ………あっ、星が出てるなあ。」

 

「ふ、ふぇぇぇ…!!」

 

 

 

前言撤回。やはり適度に弄りたくなる程度には面白い困り顔だ。

これからまた始まる平穏な学生生活の中で、愉快な彼女をもっと掘り下げるのも一興かもしれない。

 

 

 




ふぇぇ!…Fe(鉄)とは原子番号26の元素である。




<今回の設定更新>

○○:相変わらず偏屈な変人。
   少し学校に希望が持ててきた模様。

花音:かわいい。すぐないちゃう。
   ユニークキャラの友人が多い気はするが、モブの中では飽く迄もボッチ扱い。

たえ:独特ぅ~♪

千聖:少々キツイ印象。
   いい奴ではある。

紗夜:電話口での登場。教師陣からの信頼は厚い。
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