BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
2020/01/01 暗雲の間に幾筋もの光明を見た時
新年。正月。元旦。
どれも祝いの言葉であるはずなのに、どうして俺は一人なんだろう。
昨日までは確かに夢を追い求めていた筈なんだ。…それが、昨日を以て契約が打ち切られ、今は…。
ぐるぐると腹が鳴り、昨日ヤケ酒をして以来何も口にしていない事を思い出す。例年通りであればコンビニのお節料理なんかを突きつつ年始のつまらないテレビをザッピング。酒に酔ったら気が済むまで寝て…と優雅な日々になるはずだったのに、先の収入が確約されない以上、何もかも消費を抑えて行かなきゃいけないのだ。
家電の類は全て元から電源を断ったし食費に関してもひと月ワンコインで乗り切れるようシミュレート済み。…酒やタバコなんて以ての外だ。
再び回る様に鳴る腹に苛立ちを覚え、着古した上着を手に外へ出た。何か仕事を探さなければ。…何か、生活の為に金を……。
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がやがやと喧しい声に惹かれる様に、気付いてみれば俺の足は近所の神社へと向いていた。境内は初詣で賑わっていて、そこにある顔はどれも幸せそうだ。楽しそうで、希望があって。
…酷く場違いな気がして、すぐ隣にある公園へと進路を変えた。これといった遊具は無く、ドームに無数の穴が開いた赤い遊具と二組のブランコ…端にベンチとゴミ箱があるだけのクソつまらないスペースだが、そのお陰か今では人影一つない。
幸いにもベンチは空いているし、ここでしばらく時間を潰していこう。
遠巻きにガキの燥ぐ声や若い連中の調子に乗った声が聞こえるが、流石にこれだけ距離が離れていると苛つきもしない。せめて自動販売機の一つでもあれば奮発して缶コーヒーでも…と考えたところで、もはや缶コーヒーすら奮発の領域に入ったかと自虐気味に笑った。
「あら??あなたはどうしてこんなところに一人でいるのかしら??」
世界規模の孤独感すら醸し出す殺風景な寒空の下、鈴を転がした様な甘い声が聞こえたのは神の悪戯かはたまた。
思わず顔を覆っていた手をゆっくり外すと、今の俺とは何もかもが対照的な少女と目が合った。きょとんとしたその黄金色の瞳は社会の理不尽さ等微塵も知らぬように純粋で、風に靡く金糸の様な髪には首元を隠す真っ赤なマフラーがマッチしている。
もこもことした高級そうなコートに身を包んだ彼女は、一見したところ中学生…行っても高校生といったところか。
「……それは、俺に言っているのかね?」
「??…ええそうよ!この公園にはあなたしかいないもの。」
「そうか。………そうだな、「孤独であるが故に孤独を嗜んでいるのだ。」…とでも言っておこうか。」
昨日まで生業としていたコピーライターの癖が顔を出してしまったようだ。これはまたどうも悪い癖で、ついつい芝居がかった様な口調で決め顔をしてしまう。そんな大層な文章でも無いんだが、一応一定数の評価をくれる人達がいるだけにタチが悪い。
俺の発した言葉をもごもごと反芻している口許に手を運び、何やら考え込んでしまっている。見た目よりずっと幼い可能性すらあるこの子には難しかっただろうか。何せ、その手に嵌めているのは朱いミトン型の手袋…白いボンボンの様な飾りがついたそれに、連想するのはどれも子供の姿なのだから。
「…ごめんよ嬢ちゃん。俺の…悪い癖なんだよ。」
「……悪い癖なの??」
「あぁ。職業病で…っと、もう職業じゃねえんだったな。」
「よくわからないけれど、とっても素敵な言葉だと思ったわ!」
「そうかい。お世辞でも嬉しいやんな…。ありがとう、嬢ちゃん。」
彼女なりに一生懸命咀嚼した結果の感想なんだろう。そう易々と飲み込める言葉じゃないし、問題じゃない。そうだな、ぱっと見た感じ苦労を知らなそうな上に、まるでどこか良い処のお嬢様の様な佇まい。
きっと俺の自転車操業のような生活を想像することだって難しい筈さ。
「ねえ。」
「ん。」
「あたし、こころよ。」
唐突に鋭い突きのように投げられた言葉は、名乗っているのだと理解するまでに数呼吸の間を作った。…こころ、そう、名乗ったように聞こえたが…一体どんな脈絡からこうなったのだろうか。
「……ええと」
「嬢ちゃんじゃなくて、こころなの。ひらがなみっつで、こ・こ・ろ!」
「こ…ころ。」
「はいっ、よく言えました!」
「…………やったぁ?」
嬢ちゃん呼びが気に入らなかったのか、それとも自分の名前が気に入っているのか。確かに呼びやすく覚えやすいその名前に、こちらも名乗り返さないのは失礼に値しよう。まだ子供とは言え、目の前にいるのは紛れもない淑女なのだから。
「………俺は、○○。平仮名だと…ええと…」
「○○……○○ねっ!」
そういえば久しく名前など呼ばれていなかった。早くに両親を亡くし親戚も兄弟も居ない俺は、会社で苗字こそ呼ばれていたが名前の方はとても……先程から純粋さの塊で殴りつけてくるようなこの子だが、もしかしたら神が遣わせた毒抜きの化身なのかもしれない。
そのまま彼女――こころは続ける。
「○○っ!あたしあなたのこと気に入ったわ!!」
「はっは、何だね急に…。今は色々煩い世の中だからね…知らないオッサンにそんなこと言うもんじゃないよ。」
「おっさん??なの???」
そらそうだ。君の様な輝いている時代はもう終わったんだ…と口を衝いて出そうになったが寸でのところで飲み込んだ。仮にも目出度い元日に、そんな老害めいた言葉は吐きたくなかった。
こんな時、気の利いた言葉は…と頭を回してみるも、出てくる言葉はどれも嘘っぱちのコピーめいたもので。それが自分という人間をありありと表しているようで、悲しい程に笑えて来た。
「「伸び代の先では何に手が届いたろう、伸び代は残っている事にこそ意味がある」ってね。祭りの後に残るのは、惨めな足掻きと物悲しく舞い散る
「ふふっ!あなたの見ている世界をあたしも見てみたくなったのよ!」
「はて?そんなに面白い事を言ったつもりは…」
「あなたはきっと大丈夫。…だからそんなに寂しそうに笑わないでっ。」
一体何を以て大丈夫というのか。明日の生活も見えないというのに。
「大丈夫なら有難いけどね。…悪いが明日の行方も分からないような人生だからねぇ。」
「あたしが大丈夫って言ったら大丈夫なのっ!だって、あなたはあなたの世界を持ってる。その世界と言葉が、あたしを惹き寄せたんだものっ!」
「お?嬢ちゃんも中々なワードを…」
「もーっ!また嬢ちゃんって言った!!」
「あぁ悪いね。…こころ、ね。"ひらがなみっつ"なら俺でも憶えられらぁね。」
「ええ!…あたしの名前、忘れないでねっ!…あたしも、○○って名前とその素敵な
正直、こう何度も名前を呼ばれるだけで気持ちが軽くなるなんて思いもしなかった。言葉を武器に仕事をしていたというのに、何よりも心に響くのは温もりのある声で名前を呼ばれることだと…そんな当たり前の事すら見えないままに偽りの言葉で世間と自分を塗り固めていたらしい。
嗚呼神様とやらよ。アンタが遣わせた毒抜きの嬢ちゃんは中々に良いモンを見せてくれたぜ。後は転がり落ちる人生だろうがよ、その前に悪くない気持ちになれたぜ。
「…おうよ。それじゃあ、俺はそろそろ行くかんな。」
「どこへ行くの??」
「仕事、無くなっちまったからさ。…生きる為には働き口から探さにゃならんのだ。」
「………そう。でもきっと大丈夫よ!
「へへっ、好き放題言いやがって…。楽しかったよ、嬢ちゃ…こころ。」
「ええ!また会いましょっ!!」
また、か…。恐らく俺はもうここには来ないだろうし明日からはまた生きる為に必死になる。でもあの子のお陰で少しはやる気が出た。名前を呼ばれて、大丈夫って。
もう少し早く出逢っていたら、何か変わっていたかもしれないが…偶然見つけた萎びた公園であの子が手を振っている。それだけでも画になりそうな光景だったが、振り返ることなく前を目指した。
この時は、こころの言った言葉についてそんな深くも考えていなかったし理解もしていなかった。
ただ後に知ったのは、彼女が"嘘を吐かない"人間だということだった。
新シリーズ、弦巻こころ編です。
以前の作品とは繋がりがありません。
<今回の設定>
○○:契約期間が切れた後生きる気力も希望も失ってしまった青年。
職場での扱いのせいで自身をおっさんと扱うが、実年齢は22。
現実とは非情で、この出来事の翌週には賃貸の部屋を追い出されることと
なる。
こころ:我らがお嬢様。
独特な感性と抜群の行動力。無尽蔵の活力と体力を活かし、
世界をおり面白く変革することが人生の目標。
芸術への興味も深く、主人公の皮肉めいたコピーに得も言われぬ魅力
を感じる。
割と単独行動が多い。