BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
無気力である。
なんとも無気力なのである。
「うなぁ……。」
「ああぁぁぁぁ………。」
自室、ベッドにて。
怠けきった気分のまま一日の授業を潜り抜け、何とか下校というミッションをクリアした後真っ直ぐ帰宅。途中で何やら小言を言っていた麻弥の誘いには乗らず、自室に辿り着いた。
最早ごく自然な流れで青葉も付いて来ているがこの際どうでもいい。
「うーなぁ…」
「……青葉ぁ…。」
「うなぁん?」
「何か元気が出ることやってくれぇ。」
「うなぁ……いっぱつげいとか?」
「それを見て元気になれると思うならどうぞ。」
「うな…なれにゃい。」
「じゃあだめだぁ…。」
日が落ちるのもどんどんと遅くなっているこの頃、まだ夕方のように感じられる景色が窓から見えるが、もう二十時を回っている。
こんな時間まで自室で異性の後輩と二人きりというのもまずいだろう。いくら相手が青葉だからと言ってもこう、倫理的に。
「…げー…もうそんな時間かよ…」
「うなぁ!ごはん!」
部屋をノックするお袋の声に飛び起きる青葉。直前まで仰向けの俺の腹の上でゴロゴロしてたため、勢いよく起き上がる為のパワーは俺をベッドに押し付けることで生まれる。
変な声が出そうになったが、何とか痛みには耐えきった。
「あぁ…帰すの忘れてたわ。」
「うなー!いいの!?」
「うなぁ!せんぱいのままさん、いい人。」
「よかったな。」
「…せんぱいは、あんまりいい人じゃない。」
「あ?」
真に受けるお袋。
「うな!」
「……お前、飯絡みの時だけ元気な。」
「うなぁぁん。」
そう言えば、朝からグダグダやってたのは俺だけで、青葉は元気に登校していた。授業中は知らないが、昼飯を食い終わるまでは元気一杯だったように思える。
その後の昼休みではいつも通り昼寝に入ってしまったために気力については確認できなかったが…こいつ、俺の真似してるだけか?
怪訝な目で見つめているのがバレたのか、立ち上がった青葉に手を引いて起こされる。飯を前にすると急に元気になる後輩だが、力まで強くなるのはどういう仕組みだろうか。
「うな、せんぱい、早くいこ。」
「まぁ待て、お前はそもそも何しに来たんだ?」
「うな?」
そうそれだ。俺があまりにうだうだ言っていたせいで見落としかけていたが、そもそもこいつは何故ここに居る。
妙な居心地の良さから、ベッドに倒れ込むなりくっ付いて来ても特に気にしていなかったんだが…。
「うーん。」
「…。」
「お腹空いたねぇ、せんぱぁい。」
「…はいはい。飯食ったらまた聞くからな。」
「うなぁ。」
腹を満たしてからでもいいか、別に。
**
「うなぁ、いっぱいたべた。」
「すげえな。米もいけんのか。」
「う?」
「パンだけじゃねえのかって意味。」
「うなー、人類皆平等…」
「それなんか違う…」
満腹になった俺と取り敢えず空腹は治まった青葉。一食で四合も米を食う女を俺は初めて隣で見た。てっきりパンばかりバクついているイメージを持っていたが、日本人の心も忘れていないらしい。名前は片仮名なのにな。
食事中やたらとウチの両親に可愛がられていた青葉だったが、あそこまで食べっぷりがいいと見ていて気持ちいいのだろうか。この後は危ないから送って行ってやれと釘を刺されてしまった。
大変面倒ではあるが、数少ない顔見知りの後輩だし…遅い時間に気付けなかった俺にも責任はあった。止むを得ず、「一休みした後」という条件付きで送って行く事にした。
「うな!」
「おふっ!?…こらこら、食い終わったばかりの腹に乗るんじゃない…」
「でちゃう?」
「でちゃうよ。困るだろ?」
「うぇー、きちゃなーい。」
「なら食休めは大切にしないとな。体がビックリしちまう。」
「うーなー…。」
体に障るやんちゃは御免だ。俺の説得が効いたのか、大の字に寝そべる俺の隣に大人しく寝転がる青葉。
勝手に俺の腕を枕にしよった猫みたいな後輩は、何が面白いのかじっとこちらに視線を送って来る。まん丸な瞳、意外に長い睫。…本当に猫みたいなやつだ。
「…つんつん、つんつーん。」
「こら、耳に指を突っ込もうとするな。」
「にへへ。うなぁぁ。」
「楽しむんじゃない…。」
とは言え大人しく寝させては貰えないようで。
「食べてすぐ寝たら猫になるんだよー。」
「……牛じゃなかったか?」
「ありゃりゃ??でもひーちゃんが。」
「…前に言ってた巨乳の子か。」
「うなぁ。」
「ひーちゃんはお馬鹿さんなのかな。」
「ひーちゃんも牛みたいだから、いっぱい食べてすぐねちゃうのかなぁ。」
「かもなぁ。」
むふふふっ、と堪えるように笑い手をぱたぱたと激しく動かす。笑い終えたら終えたで、より体を摺り寄せて来ての上目遣い。あぁ、意図は分からんが可愛い子ぶってる顔だ。
「うな、じゃあせんぱいも牛になりたいの?」
「なりたいわけじゃねえ。」
「うなー…おっぱい欲しいのかと思った。」
「いらん。」
「猫じゃなかったのかー、ざんねーん。」
「ははは、でもこれで正しい知識が身に付いたなぁ。」
牛になるというのも正しくは無いんだが。少なくとも歩くミルクタンクこと"ひーちゃん"の間違いに踊らされずに済んだと考えればまだ良しか。
…しかし、牛とまで揶揄されるとは、ひーちゃんとは一体どれ程のものをお持ちなんだろう。学校も同じわけだし、今度確認しに行ってみようか。
「せっかく、猫になれるとおもったのに。」
「……え?」
心底残念そうに、銀髪の後輩は呟く。
「…なりたいのか?」
「猫、すきだから。」
「へぇ。」
初耳だ。
「…青葉はもう猫みたいなもんだろ。」
「うな?」
くしゃくしゃと空いている方の手で目の前の銀髪を掻き回す。くすぐったいのか心地良いのか、目を細めて鳴く後輩を眺めつつ確信する。
こいつは猫だ。
「うなぁぁぁ……。」
「…ほれ。」
「うなー。せんぱいは猫好きだもんね。」
「あぁ。…麻弥から聞いたのか?」
「うん。」
「そか。猫は飽きないからな。」
我が家では昔、猫を飼っていた。小さな三毛猫で、機嫌がいい時にはこうして一緒に寝転がったりもした。
ある日突然姿が見えなくなった「マキ」と名付けて可愛がっていた猫はどうなったのか…当時小学生だった俺には「家から逃げちゃって」というお袋の説明だったが、今なら意味が分かる。
いつか失い悲しむことになるなら、相手が何であろうと情を移さなければいい。思い返せばそれがきっかけだったようにも感じる。
俺が他人と距離を置くようになった、最初の。
「………。」
「せんぱい。」
「ん。」
「…モカちゃんが猫になったら、今よりももっと可愛がってくれる?」
そんな思い出の欠片でも読み取ったかのように、上目遣いをキープする後輩は続けた。
「…馬鹿言うな。今でも十分可愛がってるだろ?」
「ほんと?」
「うな……。モカちゃん、もっともっと、せんぱいとくっつきたい。」
「……これでも、足りないのか。」
「せんぱいは……女の子、嫌い?猫なら好き?」
「………もうそろそろ、帰ろ。送ってくよ。」
「…うな?もうそんな時間??」
視線を合わせ続けることに耐えられなくなったため思わず顔を背ける。その先で見た時計を咄嗟な建前としてこの話題からの離脱を図った。
特に遅いと感じる時間じゃなかったが、このままでは平常心を保てそうになかったのだ。
「…お前はその…女の子なんだから、あんまり遅くに歩くのは良くない。だからほら、帰る支度しな。」
「えー、まだ居たーい。」
「だめだ。…ほら、明日だってまた学校で会えるだろ?」
昼間だってどうせくっ付いて来るんだから、何も変わらないだろうに。
身体を起こし、ベッドから逃げるようにして窓辺に立つ。そこから見える景色はまだまだ冷たく、柔らかな春は遠く感じる。街灯の寂しげな灯りも相まって、何とも寒々しい光景だ。
「せっかくせんぱい独り占めだったのに。」
「……流石に夜は冷えそうだな。ちゃんとマフラーと手袋と、忘れずに――」
トッ…と、背中に軽い衝撃。叩かれた…にしては弱すぎるし、シャツ一枚越しモフモフと毛の感触を感じる。
…頭か、と認識する間もなく両腕を腹の方へと回される。バックハグだ。
「…青葉?」
「…………せんぱい、
「…………いや。」
ドッドッドッドッドッドッドッド…
沈黙の中、鼓動だけが厭に響いて聴こえる。自分の体内から聞こえて居るのか、はたまた背中にピッタリとくっつけられた青葉の小さな胸から伝わってくるのか。
迷惑?その質問に一体どんな、いや、この体勢は一体…?
「青葉、取り敢えず一回離れよう。な?」
「……や。」
「ほら、帰る支度もしなきゃだし、その…」
「……いっぱい頑張ってるのに、せんぱい全然だから。わたしが猫になったらって思ったけど…それもやっぱり全然で。」
「………青葉。」
全然、か。俺だって別に、そこまで鈍感な訳じゃない。
日頃の激し目なスキンシップはともかく、ここ最近の青葉の行動を思い返してみれば流石にそこにある好意くらいには気づく。だがそれに応えるかどうかはまた別の話だ。
俺は兎に角、失うのが怖い。突然いなくなったあの三毛猫のように、それは相手が何であろうと変わることは無く、あの時さして追及もせずに一人諦めた俺にはその資格すら無いのだから。
「…せんぱい、わたしの名前、しってる?」
「はぁ?…青葉は青葉だろ。」
「………むぅ。麻弥せんぱいは麻弥って呼ぶのに、わたしはどうして青葉なの。」
「…あー……。」
言われてみればそうか。最初に呼び始めた時のまま、というか、丁度しっくりくる呼び方というか。
特に気にしたことは無かったが、俺の知り合いの中で青葉だけ苗字呼びというのもおかしいかも知れない。
「不満なのか。」
「うん。」
「そっかぁ、そりゃ悪かったな。」
「うん。」
「………つまり名前で呼べと?」
「うん。」
「うぁー……。」
「やなの?」
呼び方を変えるというのは、ただそれだけのことなのに関係まで変わってしまいそうで。少しの恐怖とかなりの気恥ずかしさがある。
特に相手が青葉だと違和感まで付いてくるが…まぁより猫っぽさが増すだけと考えればいいか。
「…嫌ってわけじゃないけどな。恥ずかしいだろ?」
「……じゃあ、わたしもせんぱいのこと○○って呼ぶ?」
「じゃあの意味が分からんが。」
「……○○?」
「ッ……。」
相変わらずバックハグの体勢の為表情は分からないが、絶対揶揄ってる顔だこれ。それかさっきのような上目遣いで精一杯可愛い子ぶってる顔。
どのみち、名前を呼び捨てにしてくる人間など両親くらいしかいない訳で、背中から飛んでくる甘ったるい声は俺の耳を通して体中を蕩けさせてしまいそうな程だった。
「……わ、わかったから勘弁してくれ…モカ…。」
「うゅっ……!」
「モカ…?」
「うにっ……!!」
要望に応えてやれば、背中に帰ってくるのは奇声と振動。震える程嫌なら求めるんじゃないよ…。
「落ち着け、どうした。」
「……にゃあ、もういっかい。」
「落ち着け、どうした?」
「そ、そこじゃなくて……なまえ。」
「……モカ?」
「に……にぁぁぁ………。」
ぎゅう、と回された腕に力が篭もる。と言っても締め付けられるほどの力はなく、しがみ付く程度のものなのだが。
照れている…という解釈で合っているのか。
「………うにゃぁぁあ………はずかしい。」
「じゃあたまに呼ぶだけにしようか。」
「…うにゅ、まよう。」
「毎度そうやって悶えてたら会話も出来ないだろ?」
「うん…。じゃあ、たまーに、大事な時だけ。」
「そうしよう。俺も身が持たねえ。」
恥ずかしいのはお互い様なのだから。
「それじゃ、そろそろ解放してくれ。いよいよ遅くなっちまうぞ。」
「あ、それは困っちゃうー。」
「ん。…ほら、家まで送ったるから。」
「…ねえせんぱい。
「……可能な限りで。」
最後、というワードが引っ掛かったが、ここまで来たら大抵の事は乗り越えられそうだ。
漸く解いてくれた腕をぼんやり眺めながら振り返り、願いとやらを待つ。予想通り上目遣いで見上げてくる青葉は数秒もじもじしたかと思うと、
「……頭、撫でてほしい。」
と小さく呟いた。
珍しいこともあるもんだ。いつもなら「うなー!撫でろー!」くらいの勢いはあるというのに。
「…ああ、お安い御用だ。」
「ん。…マキちゃんにしてたように、優しーくしてね。」
「そうか…。」
幼い頃のあの暖かさを思い出しながら、本日何度目になるか分からない後輩のおねだりに応える。銀のシルクを解く様に、絡むことも引っ掛かることもない綺麗な髪の間を俺の指が泳ぐ。
あの子もそうだった。毛色こそ違うが、撫でて欲しい時は目の前で小さく鳴くのだ。行儀よくちょこんと座って、頭を差し出しながら。そして俺も応えてやるべく、彼女が満足して頭を引くまでその毛並みを堪能する。精一杯の、愛情をこめて。
「………うなぁぁぁ……。」
「…顔、緩みまくってんな。」
「うなー……うな??」
「どした。」
急に頭を上げてキョロキョロと不思議そうに周りを見渡す青葉。やがて自分の頭に載っている俺の手に気が付くと、ぐいぐいと頭を押し付け始めた。
「うなっ!……うなぁっ!」
「どうしたどうした…」
「頭、撫でてくれたのせんぱい?」
「お前が撫でろって言ったんだろ……。」
「むむ??モカちゃんが??」
「あぁ、マキみたいに優しくーって言ってたろうが。」
猫なのに鳥頭とはこれ如何に。
「まき??……せんぱい、また女の子たらしたの?」
「おいやめろ人聞きの悪い…」
「うなっ!?もう真っ暗!!せんぱいせんぱい!モカちゃん帰らなきゃっ!」
「本当自由だなお前は…」
まさに猫の様な気紛れさ。
急いで支度を始めた青葉を眺めながら、これから味わうであろう夜の寒さに身を震わせるのだった。
「せんぱーい、おいていくよー。」
「どういう立場なんだお前は…。」
うなぁ
<今回の設定更新>
○○:決して鈍感な訳では無いとは彼自身の認識である。
後輩相手にドキドキしてしまったことを数日引き摺ったらしい。
モカ:うなーとうにゃぁは別らしい。
モカちゃんは可愛がられたい。
マキ:主人公宅で昔飼っていた三毛猫。
加齢から衰弱しきった彼女は、気付けば姿を消していたそうな。
主人公にとってはトラウマの原因だが、彼女は最期まで幸せだった
という。