BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

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2020/02/14 季節の祭事に父親の苦悩を見た時

 

 

 

熱く、苦しく、狭く。

深い眠りの中、何かに飲み込まれるような感触に身を捩る。

俺はここから何処へ行くのだろう。行く宛のない旅、人生とは、生きる意味とは…分からない事ばかりだ。

 

ここは何処なんだろう。恐らく暗い闇に視界を埋め尽くされているのはそう、俺が目を閉じているからである。だがこの熱は何だ?妙に柔らかいものの間に挟まっている感触、それに――自分ではない何かの匂い。

それらが俺を蝕み、ここではない何処かへ引き摺り込む様に身を縛るのだ。自身に残された選択肢は身を委ねるか力の限りに暴れまわるか、はたまた――

 

 

 

「……あっ、目が覚めたのねっ!」

 

「…おはよう、こころ。…それにまいんも。」

 

 

 

この子達は何度言ったら自分の布団で寝てくれるのだろうか。毎朝寝苦しくて堪ったもんじゃない。

漸く慣れ始めた、お嬢様と使用人の居る自室の天井に今日の始まりを予感した。

 

 

 

**

 

 

 

「○○さま、今日のご予定を申し上げます。」

 

「あぁ…といってもいつも通りなんですよね?」

 

「ええ、いつも通りでございます。」

 

「なら…いいかな。」

 

 

 

使用人を付ける――()が契約時に言った言葉だったが、まさかこれ程の人数を付けられるとは予測できないだろう。部屋の雑務をこなす担当、着替えや入浴など体に直接触れて関わる担当、メディカルチェックやメンタルチェックを行う担当、食事や外出について手を回す担当、そして、それらを統括する言わば使用人の長のような存在。

俺は観察対象の動物か何かなのかと勘違いしてしまいそうになる程、四六時中誰かが付いているらしい。と言っても、プライバシー面の考慮かはたまた生活環境の向上の為か、常時監視するスタッフを俺が視認できることは少ない。必要だと思った時には居るし、意識していない時にはまるで存在が無いようなのだ。

…もしかしたら超常や霊障の類なのかもしれないということも危惧すべきなのか…。

 

 

 

「時に○○様。」

 

「ん。」

 

「以前仰っていた"仕事"の事ですが…」

 

「あー……やっぱ難しい…ですかね?」

 

「ええ。ご当主様にもお伺いを立てたのですが…○○様が働きに出てしまってはお嬢様たちが可哀想では無いかと。」

 

「あのオッサン…自分の事棚に上げよってからに…」

 

「…??」

 

「あぁいえ、こっちの話です。」

 

 

 

現在の俺の立場としては、ここ弦巻家の二人のお嬢様――こころ、まいんの姉妹に外界の知識を教え込みつつ日常の面倒も見る…まぁ身の回りの世話なんかをやる訳じゃあないが、要は適度な距離感で遊び相手になってやる…といったところか。

だが拾ってくれた恩を感じている身としては、働きもせずに毎日ダラダラ過ごすのも居心地が悪い訳で…それでこの使用人の長…いやもうメイド長って呼んじゃおう、メイド服っぽいの着てるし。

そのメイド長に「何かバイトでもいいから働き口は無いか」と訊いたわけだ。本当はこの家の事でも手伝わせてもらおうと思ったんだが、その辺は使用人レベルのポテンシャルを発揮できるわけも無く自重した次第。

…まあ、結果的には予想通りではあるのだが。

 

 

 

「申し訳ございません、お力になれず。」

 

「いえ、俺も流石に無理な相談だったかなとは自覚してますんで。」

 

「………はあ。では本日の予定ですが――」

 

「いつも通りなんでしょう?」

 

「……そうでしたね。何でも無いです。」

 

 

 

メイド長はうっかり者らしい。

 

 

 

**

 

 

 

「○○、今時間大丈夫かしら??」

 

「んー。」

 

 

 

昼過ぎ、特にやることも無いので庭で噴水の手入れを手伝いながら使用人さんと駄弁っているとお嬢姉妹が走ってきた。…今更ながら、この子達は学校に行かなくていいんだろうか。

 

 

 

「ほら、まいん。見せたいものがあるんでしょう?」

 

「うん。」

 

「まいん?……どうしたー?」

 

 

 

こころのうしろから恥ずかしそうに顔を覗かせているちいちゃなお嬢様。容姿はこころを少し活発にした上で幼くしたような、似ているがそっくりじゃないといった印象の綺麗な子だ。

そのまいんが恥ずかしそうにもじもじしていたもんだから、しゃがみ込んで視線を合わせて行動を見守る。やがて後ろで組んでいた手を突き出してきたかと思えば、手渡されたのは小さな包みだった。

 

 

 

「……??」

 

「○○にーさまに、つくったの。」

 

「つくった…?」

 

 

 

よくよく見てみると両掌で丁度収まる程のラメ入りの透明なラッピングが施されたのは小さな紙の箱。歌が無いので中身は見えるのだが……ははあ成程、お弁当のおかずを仕切る様な紙のカップに数種類のカラフルな丸いものが入っている。横から黒服の人におしぼりを手渡されたことから察するに、食べ物なんだろうが…。

 

 

 

「今、食べてもいいのかい?」

 

 

 

改めてまいんに訊くと、こくりと小さく頷いた。こころもにこにこと見守っていることだし、有難く食させてもらうとしよう。

丁寧に結ばれた金色のモールを解き、カサカサと音を立てるラッピングの中へ指を差し入れる。うん、鳥の巣のような紙細工もお洒落で中々に凝った出来だな。

…………お、どうやらビター系のチョコレートらしかった。冷蔵庫から出したばかりなのか、ひんやり・カリカリとした歯触りが何とも心地よい。

 

 

 

「ほほーっ!、こりゃ美味しいなぁ。」

 

「ほ、ほんとっ??」

 

「勿論だとも。…まいんはお菓子作りの才能あるかもなぁ。」

 

「ほんとにほんとにほんとっ??」

 

「あぁ本当だよ。」

 

「………えへへ…へへへっ!!」

 

 

 

緊張が解けたのか恥ずかしそうな表情も消え笑いながらこころに抱きつく。見ていて実に癒される光景なのだが、まいんは確か今七歳。チョコレートどころか台所にも立ったことが無いんじゃ……?

俺の視線から察したのか、まいんの頭を撫でつつこころが補足してくれた。

 

 

 

「まいんったら○○の為に頑張りたいってお願いするもんだから…あたしと杉山(すぎやま)でお手伝いしたの!」

 

「杉山さん…?」

 

「はいー?坊ちゃん、呼びましたかな?」

 

「うぉっ……いやっ、呼んでなっ…別に用があったわけでは…」

 

 

 

にゅっと出てきた初老の男性。執事のようなポジションだろうが、そういえばよくこころが呼び出しているところを見かける。やはりその年齢や人生経験から、持ってるスキルも多いのだろう。今は特に用事もなく俺達の断りを聞いて「何かありましたら何なりと」と言い残して仕事へと戻って行ってしまったが…。「爺や」って感じの人だなぁ。

本当にここの使用人の人たちは気配もなく現れるんだよなぁ。心臓に悪いことのこの上なしだ。

 

 

 

「こころはお菓子作りとか得意なんだっけ?」

 

「んーんっ、始めてやったわ!」

 

 

 

ってことは実質杉山さんの指導の賜物か…しかし、もともと高級そうな菓子以外見分けがついていなかったまいんが手作りのチョコレートをプレゼントしてくるとは…子供の吸収は早いと良く言ったもんだがこれ程とは。

 

 

 

「…そうかね。…それにしても、どうして急に俺にお菓子を?」

 

「??だって、○○が教えてくれたんでしょう?」

 

「………チョコレートの作り方は杉山さんから教わったんじゃないの?」

 

「えと、今日は、チョコレートを好きな人にあげる日なのよね?」

 

「…………。」

 

 

 

はて。そんなこと教えたろうか。

記憶を手繰ってみるもそんな事話した覚えは…

 

 

 

「はいっ!」

 

 

 

ズビシィ!と美しいフォームで真っ直ぐ挙手して見せるまいん。元気があって大変よろしい。

 

 

 

「はいまいんちゃん。」

 

「んとね、にーさまがね、前のお仕事のお話しててね、"かっちきょぴい"を考えたって言っててね、チョコレートのね、二月は十四日なの!」

 

「…………。」

 

「うふふっ、まいん、よく覚えてるわねっ!」

 

「えっ分かんの?」

 

「えぇ!花マルの回答だわっ!」

 

 

 

ううむ。姉妹という事もあってか、今の怪文章でさえ意思の疎通が図れるらしい。俺にはさっぱりだったが、「いい?まいん。"かっちきょぴい"じゃなくて、"キャッチコピー"っていうのよ。」「きゃちきょぴ…ちゃっち…きゃっちきこっぴ…」と繰り広げられるトークを眺めていて何となくではあるが思い出せた気がする。

以前まいんに前職のことを訊かれて教えてあげた時の事、わかりやすいようにと「お菓子のキャッチコピーを担当した話」をしたんだっけ。時期も時期だったのであの時は確かバレンタインフェアの広告の話をしたんだ。

そうか…気付けばもうそんな時期なのか。

 

 

 

「はっははは、上手に言えないかな?」

 

「むー!にーさま、むー!」

 

「成程、飽く迄も感情は表情で表現するんだね君は。」

 

 

 

上手く発音できない事に膨れて見せるまいん。言葉の意味も分からないだろうし、言えずとも可愛らしいものなのだが。反面無駄に誇らしそうなこころは一体…?妹相手にマウントを取ろうとでも言うのかね?

 

 

 

「あたしは言えるわっ!キャッチコピー!…えへん。」

 

「中三にもなったら言えないと困るわなぁ…。」

 

「にーさま、にーさま、もう一回!」

 

「ん。…キャ・ッ・チ・コ・ピ・ー。」

 

「き・や・つ……き・ぁち・か…むむむむ……!!!」

 

 

 

まぁまぁ、言葉の意味はいずれ教えて行こう。ぽんぽんとその小さな頭を撫で、貰ったチョコレートをもう一つ口へ放り込む。ついでに、こころとまいんの口にも一つずつ。

ぱぁっと笑顔が宿る二人と笑い合えるこの状況は二ヶ月前の自分からは想像もできない程幸せなものと言える。確かに仕事やら何やら思い通りに動けないこともあるけど、今はこの子達に精一杯寄り添って行く事こそが俺にできる事なのだ。

難しい言葉など考えず、真っ新に素直な感情で純粋な少女たちと…

 

 

 

「にしても、バレンタインにこんな綺麗な子からチョコレート貰えるとはなぁ。」

 

「…う?」

 

「本当ねっ!○○は幸せ者だと思うわっ!」

 

「そうだよなぁ…。…ちなみに、こころはお父さんにでもあげたのかい?」

 

「お父様に?…何故かしら??」

 

「えっ」

 

 

 

あげて…ないの?あれだけ親馬鹿な父親だというのに、年に一度の一大イベントにチョコの一つも貰えないとは…。まさか返しが「何故」と来るとは思わなかった。

 

 

 

「ほ、ほら…バレンタインデーってさ、大切な人とか大好きな人にお菓子を送るだろう?」

 

「……そうなの??」

 

「…………そう思ってのコレじゃないのかい?」

 

「だから、あたち、○○にーさまに、ちょこ作ったの!」

 

「そ、そうだよねぇ!まいんには本当にありがとうだなぁ!」

 

「へへへへっ!」

 

「……で、こころは?」

 

「…????」

 

 

 

このキョトン顔…なるほどなるほど。こころは全く以て分かっていないらしい。興味がないのか理解しようとしていないのか。

…仕方ない、仮にも雇い主はあの父親なのだ。恩返し…とまでは行かないだろうが、こころを()()()に仕向けるよう動いてみよう。

 

 

 

「成程成程……黒沢(くろさわ)さーん。」

 

「はぁい。」

 

「…本当に呼んだらすぐ現れるんだな此処の人たちは…。」

 

「??」

 

 

 

黒沢さんとは、俺に付いてくれている使用人さんの中でもフランクで話し易い女性だ。早めの昼食を済ませたところからさっきまで、丁度噴水の手入れを見に行くところまでは一緒に居たのだが気が付いたら姿を消していて…で今に至るって訳だ。

何処に行っていたのかとか声が聞こえる距離には絶対居なかっただろうとか、言いたいことは色々あるが今はこころのバレンタイン問題に付き合ってもらわねば。

 

 

 

「今ってキッチン使えたりする?」

 

「ちょっと待ってねん。」

 

 

 

すっかりタメ口で話す仲となった黒沢さん。何処かにインカムで連絡を飛ばしているようだが、ものの数秒で

 

 

 

「いいらしいよん。」

 

 

 

笑顔のサムズアップ。雰囲気はフワフワしている癖に結局のところ有能な為、流石は弦巻家のスタッフと言う訳だ。

 

 

 

「こころ。」

 

「なあに?」

 

「…こころも作ってみないかい?チョコレート。」

 

「何故かしら?」

 

「いや、ほら…お父さんにさ」

 

「お父様は別に好きじゃないもの。…あっ、○○の為になら作るわよ!」

 

 

 

それは一番いけないパターンだぞこころ。その結果お父様に俺がどんな酷い仕打ちを受けるか…考えるだけで身震いが止まらなくなってしまうぞ…

 

 

 

「あら、震える程嬉しいのねっ!…ふふふっ、いいわ!まいんも一緒に作るわよっ!」

 

「う?なにするの??」

 

「チョコレートよ!今度はあたしから○○にプレゼントするのっ!」

 

 

 

おいおいおいおいおいおい…………。何故か別ベクトルでやる気を出してしまったこころの「思い立ったが吉日パワー」に周りの黒服が慌ただしく動く気配を感じる。安全面の配慮か、当主様への情報隠蔽か…軌道修正を諦めた俺の隣で、ケラケラと黒沢さんは笑った。

 

 

 

「いや笑い事じゃないからね?」

 

「いーのいーの、お嬢様から何も貰えないのはいつもの事だからね~。」

 

「…そこで俺だけ貰っちゃうのはマズいでしょ…」

 

「あはははっ、死んじゃうかもねぇっ!」

 

 

 

…どっちがだろう。ただその能天気な笑い声と裏腹に、二人の姉妹の背中は小さく…いや近くに居ても小さいのだが、屋敷の中へと入らんとするところだった。

仕方がない、今日は俺だけがいい思いをしちゃいますかね。

 

 

 




バレンタインのおはなし。




<今回の設定更新>

○○:子供には好かれる方らしい。
   年齢的にお兄さんとおじさんの狭間で揺れているらしく、まいんに
   「にーさま」と呼ばれるたびに胃が痛むらしい。

こころ:他シリーズより控えめっぽい、まだ中学生のこころ。
    …といっても後数十日で花咲川女学園に進学するのだが。
    ちょうど父親が鬱陶しい時期。

まいん:純粋に可愛い。少し横文字が苦手な様で、やや舌足らずな喋り方。
    主人公をにーさまと呼び慕っている。かわいい。

黒沢:とも……
   笑顔が素敵な良い人。主人公と色々共通点があるらしく、屋敷内での
   数少ない友人ポジションになりそう。

杉山:渋く光るナイスミドル。多分出番はそう多くないが至極真っ当な人間
   であり、物語上非常に使いやすい。
   紅茶には煩く、語りだすと日が暮れることもしばしば。
   亀下(かめした)君という若い執事見習いの教育係を担当している
   らしい。

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