BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -   作:津梨つな

93 / 278
2020/06/04 重ねた歳と徳に報いが降り来る時

 

 

 

「お誕生日おめでとう!○○!!」

 

「……。」

 

 

 

また一つ老化の値が増える日。ここまで歳を食うと素直に喜んでも居られない訳だが…しがない雇われ人の一人にもこうして会を催してくれた訳だ。その厚意に感謝の意を込めて、精一杯楽しませてもらうとしよう。

 

 

 

「…にーさまっ!あれみて!」

 

「…あれは…ケーキ、なのかな?」

 

「うんっ!あたちとスギヤマで用意したのよっ!」

 

 

 

小さい方のお嬢様が指さす方を見やれば塔のように積み上げられた純白のケーキが。どう考えても用途がウェディングのそれだが、太陽の様な笑みを向けてくる彼女に野暮な真似も出来ず。

髪を梳くように撫でれば声を上げて擽ったがった。

 

 

 

「ありがとうなぁ、まいん。」

 

「うふふふっ!ゆあうぇるかーむ!!」

 

「………いやはや、参ったなこりゃ。」

 

 

 

**

 

 

 

件の騒動から早二カ月余り。こころが自らの足で登下校することになり、付き添いとして俺が外に出る頻度も増えた。

最初こそ心配で心配でそわそわが隠せなかった当主様もある程度は落ち着いてくれたようで。…それが、俺に対して多少なりとも信頼を抱いてくれていることの表れなのかはまだ分からないが。

 

 

 

「○○様、これを。」

 

「あぁ、すみません…これは?」

 

「本日同席が叶わなかった、ご当主様からのお気持ちでございます。」

 

「……。」

 

 

 

ぼんやりと考え事をしながら食事を進める俺に、恐らくまだ名を聞いていない黒服さんから鈍色のジュラルミンケースを手渡される。これほどまで開けるのが怖い箱がこの世にあるだろうか。

………最悪食事の味が分からなくなる危険性も考慮し、一先ずはそれを黒沢さんへと預けた。相変わらず景気の良い返事を残し、そそくさと姿を消す付き人の彼女だがこれで一安心だ。

 

 

 

「…○○?」

 

「ん。」

 

「楽しんで…貰えているかしら?」

 

「ああ。人生で最高の誕生日だよ。…ありがとう、こころ。」

 

 

 

恐らくこの催しの主人である彼女に感謝を告げる。…だが、近づいてきた時のやや不安そうな表情とは打って変わって、眉をハの字にした困り顔へ。

何か余計な事でも言ってしまったろうか。

 

 

 

「…どした?」

 

「困ったわ。…今日が最高なら、これからは物足りない誕生日が続くという事だもの。」

 

 

 

ああ。

要するに、俺の誕生日の点数がここで頭打ちになる…つまりは、今後これ以上のものは生まれず、年々マンネリ方面へと下降して行く事を懸念しているのだろう。

その困り顔が至って真剣な上に、抱いている想いの可愛らしさから、思わず口からは吐息が笑い声として抜けてしまった。

 

 

 

「…笑い事じゃないわ。あなたの年に一度のお祝い事だもの。」

 

「…違うんだ。違うんだよこころ。…いいかい?」

 

 

 

高校生になっても、まだ汚れないで居てくれる彼女に一安心。

肩に手を置いて、ゆっくりと言い聞かせるように説く。

 

 

 

「俺は今までずっと一人だった。それこそ…うむ、『まるで初対面のおしくらまんじゅうのように』…これだけ人間が密集し犇めき合っている都で、物理的な距離と心の距離の差に寂寥感を抱いていたんだよ。」

 

「せき…りょう…。」

 

「ん、つまりは…寂しかった。色々頑張ってはいたけれど、結局は孤独で、意味が感じられなくてね。」

 

「ええ…。」

 

「でも今はどうかね。こころ、君が居て、まいんも居て、黒沢さんや杉山さんもいる。ここにきて今までの生活とは全く違う人生が始まって…。君達が居てくれるだけで、毎日が"人生最高の日"なんだよ。」

 

「……そう、なんだ。」

 

「…だからね。次の誕生日も、そのまた次の誕生日も…最高じゃない日なんて無いんだよ。」

 

 

 

再度、しっかりと視線を合わせて礼の言葉を伝えるとこころの顔に笑顔が戻った。全てを伝えきれたかどうかは定かではないが、彼女なりの懸念も払しょくされたようで何よりである。

にっこり笑ったこころは俺の手を取り、立ち上がるように促した。

 

 

 

「ん…。」

 

「いくわよ!○○!」

 

「…何処、へ?」

 

「メインイベントよ!」

 

「…君は急だなぁ。」

 

 

 

山の天気の様なこころに手を引かれるまま、メインイベントを熟す為に足を進めたら…辿り着いたのは例のデカいアレ。ウェディング的なケーキの前である。

…待て。近付いてよく観察したことで新たに驚異的な点を見つけてしまった。

 

 

 

「……おいおいおい、このウェディングケーキ(仮)!」

 

「如何なされましたかな、○○様。」

 

「おわぁ!?杉山さん!?…と、亀下(かめした)さん?」

 

「お、もう名前覚えてくれたんすか。光栄っす。」

 

 

 

驚く俺の視界に真横から介入するかのように顔を出すナイスミドルと浅黒い筋肉質の男。共に執務服を纏っていることからも分かるが、この屋敷お付きの執事である。

細縁眼鏡の似合う杉山さんと歩く体育会系とも呼べそうなフィジカルタイプのフランクボーイな亀下さん。全く違うタイプのようで、不思議と噛み合っている二人だ。

 

 

 

「ええと、まいんから聞いたんですが、このケーキは…」

 

「はい?…ああ、こちらはお嬢様より仰せつかった特注のバースデーケーキになります。」

 

「それはまあ、分からなくも無いんですが…これ、全段スポンジ…ですか?」

 

「ええ、ええ。○○様が驚いてしまう程大きく積み重なったケーキが欲しい、とのご要望でしたからねえ。」

 

 

 

目を細めて思い出すように語る杉山さんは、その齢も相まって孫娘を溺愛するお爺ちゃんのようにも見える。普段は終始真面目でシステム通りに物事を解決していく彼も、まいんには甘いのだ。

…が、一方でこころにはあまり慕われていないようにも見える。理由は不明だが。

 

 

 

「だとしても、ですよ。」

 

「…というと?」

 

「通常…このタイプだとウェイディングケーキなんかになるんでしょうが…アレはスポンジでは作らないんじゃ?」

 

「あー、それはっすね。」

 

 

 

顎に手を当て考え込む杉山さんの後ろから、亀下さんが顔を出す。

 

 

 

「ほら、入刀…するじゃないっすか。」

 

「ああ。披露宴の醍醐味ってやつですね。」

 

「そっす。…それに耐える為には必要なんすよ、倒れたり潰れたりしない為の素材…まぁ、発泡やらプラスチックになるんすけど。」

 

「へぇ。…厭に詳しいですね?亀下さん。」

 

 

 

初めて取り入れる知識だった。式場のPRやらウェディングドレスの広告文句何かを担当した事すらあるというのに、そういった事に関してはまだまだであるようだ。身近な知人を含め結婚の経験がない、と言えばそれまでだが。

それよりも、その知識が目の前の体育会系男から語られたのが自分なりには衝撃大だ。

 

 

 

「こう見えて、元パティシエですからねぇ。亀下君は。」

 

「え"!?」

 

「はははっ、もう昔の話っすよ。…まぁ、そんなこんなで、これは全部○○様の胃に入れてもらいますからね!」

 

 

 

俺の事をビックリ人間か何かだとでも思っているのだろうか。

ケーキと使用人についての豆知識が一つ増えたところで、先程まで俺の手を引いていたお嬢様の姿が無いことに気付く。男達の話が長引きすぎたか、或いは――

 

 

 

「見て見て○○!借りてきたの!!」

 

 

 

――こころは、広間の入り口で俺の視線を呼ぶ。手に大きな…何だあれは?鉈の様な、刀の様な…。

 

 

 

「ほっほっほ、相変わらずやんちゃなお方ですねぇ。」

 

「いや杉山さん、笑っている場合じゃないでしょう。」

 

「こころ嬢、あんなもの持ち出して何しようとしてるんすかね?」

 

 

 

亀下さんの疑問に同調する間もなく、俺は身構えることになる。

こころが、その大振りな刃物を構えて一直線に突っ込んでくるからだ。…あれ、俺、誕生日が命日になるパターン?

 

 

 

「ちょ…こころ嬢!!そんな危ないモン振り回しちゃ…っ!」

 

「○○ー!!!」

 

 

 

容姿端麗・無邪気の極みなお嬢様が半身程もある大きな凶器を持ち笑顔で駆け寄って来る。状況が状況なら、そこそこに民を震え上がらせるサスペンスが書けたかもしれないと思いつつ、その時を待つ。

…断罪の、時を。

 

 

 

「ッ!!」

 

「○○!……あら、どうしてそんなに怯えているのかしら。」

 

「……。」

 

「けぇきにゅうとう、しましょ!!」

 

「…………何だって?」

 

「う?……けえきにゅうとう…あのおっきなケーキを切り分ける作業を、そう言うのよね?」

 

「ほっほっほ、○○様とお嬢様の初めての共同作業、ということになりますねぇ。」

 

「杉山さん、ややこしくせんでください…。」

 

 

 

**

 

 

 

「やれやれ…満腹だし賑やかだしで、最高の誕生日だったよ。」

 

「そっかー。よかったですねー。」

 

 

 

夜になり、楽しかった誕生会もまいんの眠気襲来と共に終わりを迎えた。自由な二人のお嬢様に、そこそこ荒れてしまった広間の片づけを手伝おうとしたが、使用人の方々に頑なに断られこうして帰ってきたと言う訳だ。

今はこうして、寝室の準備をしている黒沢さんに感想を述べている訳だが…。黒沢さん、何か機嫌悪い?

 

 

 

「…怒ってる?」

 

「何でです?」

 

「そんな感じがしたというか…ほら、今だって目も合わせてくれないし。」

 

 

 

作業をしている為…といえばそうなのだが、それにしても素っ気なさすぎる。

 

 

 

「さあ。…ああそうだ、昼間預かってたケース、向こうの机のところに置いてありますよ。」

 

「ケース…?」

 

 

 

言われて暫し考える。…ああ成程、当主様からの気持ちだとか言うあの禍々しいオーラすら感じるジュラルミンケースだ。

言われるがままに机の方へ移動してみるや確かにそこにそれはあった。

…開けるべき、か、否か。…いやまあ、頂き物であるし、それが当主様からとなれば開ける他の選択肢など無いのだが。

 

 

 

「…怖いなあ。」

 

「………別に、無理して開けなくてもいいんじゃ?」

 

「いやそう言う訳にも…黒沢さんはこの中身、何だか知っているのかね?」

 

「んー…知ってるっちゃ知ってるし、誕生日なんだからある程度予想もつくのでは?」

 

 

 

全く参考にならない回答をどうもありがとう。

結局のところ意を決して開けてみない限りはどうにもならないらしい。ゴクリと生唾を飲み込む音が一際大きく響いた気がするが、気を取り直してロックを解除する。中には――

 

 

 

「…封筒…とこれは何だ…?」

 

 

 

余り中身が入っていないように感じる茶封筒が一つと、小包が一つ。それに正方形の硬い背表紙が見える…アルバムか何かだろうか。

一先ず茶封筒の方を手に取り中身を検めると、三つ折りにした紙が二枚入っているようだった。

 

 

 

「……うぉぉ、当主様直々に手紙とは…。」

 

「なんて書いてあるんですぅ?」

 

 

”まず、君がこの星に生を受けた一日に祝福を。

 

 さて、最近の君の働きだが本当によくやってくれていると思う。

 こころもまいんもよく懐いているようだし、通学についても問題は起きていない。

 一つ、通学中の同伴についてだが、他の黒服同様制服を身につけてはもらえないだろうか。

 一応弦巻の名を背負った子であるし、単純に男と歩いているだけでは体裁も悪かろうて。

 (合わせて送った包みは制服だ。)

 

 二つ、君の誕生日プレゼントを贈る様にとこころからせがまれたぞ。

 よく働いている君への感謝も込めて、魔法のカードをプレゼントしよう。

 まだ完全に認めた訳では無いので限度額は低めに設定してあるが、アルバイト等力になって

 やれなかった負い目もある。

 無駄遣いは許さないが、必要な物があれば使用人を通すかそのカードで解決してほしい。

 

 最後に――”

 

 

そこまで読んだあたりで二枚の手紙の隙間からカードが零れ落ちた。拾い上げてみれば見たことも無い経済ネットワークの名前が彫られたクレジットカードであった。

…Michelleって、何だよ…。VIS〇とかJ〇Bあたりなら知っているが、無銘の企業だろうか。

何にせよ畏れ多さは尋常でないが、有難く頂戴しておくとしよう。

 

 

 

「ほぇー、○○様も黒服デビューですかぁ。」

 

「…みたいだ。確かに送迎として歩くだけといっても弦巻の人間として見られるし…納得できる。」

 

「よかったですねぇ!後で着て見せてくださいよぅ。」

 

「気が向いたらね。…と、続きは…」

 

 

 

中断されていた文章へと意識を戻す。確か、"最後に"の部分だったな。

 

 

”最後に、これは私からの提案だが。

 君もそろそろ若者とは呼べない年齢に入っていく訳だ。

 仕事の事は心配せずとも良いとして、何れは身を固めていくことになるだろう。

 

 無論、こころやまいんはやれないが、君の事は何と言うか、嫌いじゃない。

 

 前置きが長くなってしまって済まない。本題に入ろう。

 弦巻の一族になる気は無いだろうか。

 

 飽く迄これは私の提案でしかない。決定権は勿論君にあるが、君も乗り気だと嬉しい。

 釣り書きも同梱してあるので、気が向いたら一度目を通してほしい。

 

 いや、どうも余計な世話になって居なければ良いが。

 これからもよろしく頼む。”

 

 

……………。

 

 

 

「………。」

 

「………。」

 

 

 

は?

いや、もう恐ろしすぎてその釣り書きを読むことはできないだろう。弦巻の一族に…ということは、遠回しに家系の者との結婚を迫られている訳だ。

金持ち連中の間では今現在も残っている風習だとは聞いたが…こうして我が身に降りかかってみると言葉なぞ出なくなるものである。

後ろから一緒になって読んでいた黒沢さんも思わず絶句。振り向いて顔を見やれば口を大きく開けた阿呆面で固まっていた。

 

 

 

「…はは、俺、結婚しなきゃいけないらしい。」

 

「見ましょう、○○様。」

 

「え"。…こ、これ?」

 

「ええ、写真もプロフィールも、見ちゃえば一発だし。」

 

「本気かね?」

 

「本気です。」

 

 

 

ケースの中からひったくる様にして黒沢さんが開くのは勿論、ハードカバーの冊子状になった釣り書き。直後再度阿呆面で固まる彼女。

俺の側からは何が書かれているのか一切見えない、が、そのような反応をされたら誰だって知りたくなるものだ。

立ち上がり中身を確認し――同じように、固まらざるを得なかった。

 

 

 

「……これ、こころと同い年じゃ…。」

 

 

 

俺の結婚相手として提案されたのは、今年高校生になったばかりの一人の少女だった。

無論法的にも看過できない間柄…許嫁、とでもいうのだろうか。

 

 

 

「…ご当主様、一体何を考えてらっしゃるんでしょう…」

 

「全くだよ…。」

 

 

 

誕生日に遭遇するサプライズは、何も全てが一過性のものではなく。

時にはこうした重大な決定ですら、気軽にプレゼント出来てしまう化け物じみた権力者も居るという事だ。

 

 

 




主人公のバースデイ回は無かったような気がして。




<今回の設定更新>

○○:とんでもないことになってきた。
   相変わらず二人のお嬢様とほのぼの出来るかと思いきや…?

こころ:誕生会を企画した張本人。
    影は薄いが頑張り屋さん。

まいん:自由担当。
    その発想力の豊かさと制止の利かない猛進力で周囲を飽きさせない。

黒沢:一番距離の近い使用人。
   フランク通り越して最早失礼だが、主人公にとっては居心地が良いそう。

杉山:紅茶に拘りがあり、高々と掲げたティーポットから優雅に茶を淹れる姿
   なんかはもう抜群に画になる。

亀下:体育会系。接しやすいがあまり執事に見えない。
   元パティシエ…の他にも経歴がありそうだが?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。