BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - 作:津梨つな
夏も夏。すっかり暑くなり焦げ付くような日差しの下。
今日も二人のお嬢様は元気いっぱいだ。
ノースリーブの装いから爽やかさが弾けているように感じられるのは、やはり新緑のような若さあってのものだろう。
学校側の都合により少し早めに下校となったこころをまいんと一緒に迎えに行って、そのまま庭で遊ぶ流れになったようなのだが…。
「元気だなぁ…。」
気怠そうに呟くのは俺ではない。庭――といっても一面広がる草原のようなものだが――の入り口、ゲートのようなオブジェの脇に備え付けられたベンチで、並んで座る少女が零したものだ。
こころと同じ学校の制服を身に纏い、聞いてみれば学級も同じだとか言う彼女。先日の誕生会の日に当主様より渡された釣り書きに綴じられていたのも彼女の写真だ。
名を
色々うだうだと書き連ねたが、要するに俺を弦巻の関係者にするために宛がわれた許嫁のようなものらしい。俺がここにいる経歴だとか、これからの立ち位置を鑑みた時に恐らく丁度いい対応なのだろう。
「君は、遊ばないの?」
しかしこの少女、凡そこころと同い年とは思えないほど大人びている。達観しているというべきか、とにかく若々しさが薄いのだ。
以前そう言ったときには、「こころと日々過ごしているからでしょう。感覚がおかしくなっているんですよ。」と一蹴されてしまったが。
「んー…。あたしは別に、こころ程体力有り余ってるタイプじゃないですからね。」
「そっか。」
「○○さんこそ、遊んで来たら?」
「はっは、おじさんが混ざって遊ぶっていうのも…ねえ。」
「おじさんて歳じゃないでしょまだ。22…3だっけ?」
「うん、23。」
「じゃ全然いけるね。」
「10も離れてないんだから。」と付け足した彼女。何が全然いけるというのか。
そんな中身のない話をしながら眺めていると若干不機嫌そうなこころが近づいてきた。視線を感じたのか、それとも。
「みさき!」
「ん。もう遊び終わったの?」
「みさきはどうして、一緒に遊んでくれないのっ?」
「……えー、だって暑いし。だるいし。」
気持ちはわかる。が、そもそも彼女はどうして今日ここまでついてきたのだろう。
確か迎えに行ったときに、「ちょうど遊びに行こうと思ってて~」と言っていたような気もするが。
「暑いのは当たり前じゃない。だって夏だもの!だからこそ、今しかない暑さを楽しむべきなんだわっ!」
「うぉぉ……出たなこころ論。」
「??」
「じゃ、じゃあさこころ。これは飽く迄案なんだけど……ほら、暑すぎるとどうしてもバテちゃって長く遊べないでしょ?だからその、お屋敷の中で遊ぶ…ってのはどうかな?」
余程暑さに弱いか、インドア派なのか。確かにこれほどの日差しの下であればあそこまで元気に燥ぎ回るのも重労働だろうて。
美咲の言葉に暫し首を傾げていたこころだったが、彼女の中のどこかで合点がいったのか元気良く頷いて見せた。
「わかったわっ!みさきと一緒ならどこでも楽しいもの!!」
「そりゃよかった。んじゃ、案内してもらおっかな。」
「ええ!ついてきてっ!」
本当に、まぶしいくらいに。
**
「ええ……と。」
なるほどこれは予想していなかった。
そもそも俺に課せられた使命というのは、こころ達お嬢様陣に外の知識を与えること。出会いの切っ掛けにもなった自動販売機のような、ああいったものが必要なわけだ。
今日も遊びということで保護者気分でついて回っていたのだが、部屋というにはあまりにも広いこのこころの自室で事は起きた。
屋内での遊びを提案したのは美咲、それを受け入れたのがこころ。あとは、何をして遊ぶのかは俺に任せるという。無茶な。
「大丈夫?○○さん。」
「いや、正直あんまり大丈夫じゃ――」
「みさき。○○はね、何でも知ってて、何でもできちゃうの。あたしやまいんが知らない遊びだって、いーっぱいしってるのよ。」
「……懐かれるってのも、なかなか大変だね?○○さん。」
このキラキラした瞳。期待に応えてくれるのだろうという輝き切った目が、無意識のうちに俺を責め立てるのだ。
いやしかし、新たにここで挙げられる庶民の遊びだと?トランプやUN〇やら、カードゲーム・ボードゲームの類は粗方やってしまったような気がする。用意が簡単なことと、こころたちがあまりにも無知過ぎたのが幸いして、安易な一手として利用してしまった感もあるが…。
万策尽きたお手上げ状態の俺は、仕方なくSNSの力を借りることとした。
支給されたスマートフォンは、如何わしいサイトにこそ繋がらないものの、今老若男女問わず利用されているであろう
「うわ、他力本願じゃん。」
「……俺、遊びってあんまりわからんのだよ。」
美咲が茶々を入れてくるが、わからないものは仕方がない。それに、一般的な人々が何をして暇をつぶしているのか…それが分かるとなれば、結果的に御の字ではないか。
検索ワードを入力して、すいすいっとタイムラインを眺める。ふむ…やはり電子化が進む昨今。若者が家に籠ってやるといえばゲームが多そうだな…。
ん??
「………!!」
「………!!!」
てっきり、隣に寄り添っているのは美咲だと思っていたが。熱い視線を画面へ送り続けているのは他でもない、二人のお嬢様だった。
爛爛と輝く目は持ち前の好奇心を発揮している合図で、同じ血が流れている以上妹のまいんもそれは同じことだった。
「えっと……二人とも?」
「○○!!これは、何!?」
「なに!?」
「…………。」
「遊びを探す手段の方に興味が行っちゃったパターンですねぇ。」
やれやれと肩を竦めて見せる美咲。これだけは避けたいと思っていたのに。
これまで、特に指示があったわけではないが、二人には極力電子的な遊びは教えてなかった。勿論知識として知っておくことは大事だが、突き詰めて言ってしまえば、気が向けばいつでもできてしまうからだ。
急いで教えるものでもないし…と、特に触れずに来たわけだが。
「これは…そうだな…。美咲、説明を手伝ってくれないかね?」
「はぁ。随分大変な作業を投げてくれちゃってまあ…。いいけどさ、別に。」
そして始まるSNS講座。まずはアカウントを作るところから行うらしい。美咲先生に従って、フリーメールアドレスやらその他諸々を取得していく。
流石現役の高校生、電波に強い。
当初の予定にはなかったが、折角の機会ということで俺もサブアカウントを作成することにした。
「――そうそう。その次は歯車の…うん、それでいいよー。」
「みしゃき!みしゃき!あたちも、あたちも作る!!」
「まいんは…ええと…○○さん?」
「ん、ああ…まいんはまだスマホがないからな…。」
「あたち、だめ?」
「んー……よし、まいん、こっちにおいで。俺と一緒に二人のアカウント作ろう?」
流石に小学生のまいんにはスマホを持たせておらず、何でも真似したがりの年頃ならではの欲求に直面もしたが、何とか乗り切る。
まぁ、俺が監視していられるアカウントであれば然程問題も出ないだろうて。
しかしこうして見ていると、美咲は本当に面倒見の良い…まるで二人のお姉さんであるかのようだ。教え方も上手だし物腰も柔らかい。
こころと知り合った経緯が家系によるものなのかは定かではないが、姉妹のようなとてもいい友人関係に見えたのだ。
「…にーさま、とりさんとおさかなさんどっちの方がかわいい??」
「ふむ。」
「あたちね、おさかなさんもおそらを飛べたら、もーっとかわいいなって思うの。」
「…ふむ。」
「あー……まいん??それなら、トビウオってのが居てね…?」
その後も、アイコンを決めたり、
「にーさまにーさま、まいんのお名前は、まいんでいいの??」
「そうさなあ…。そりゃ、まいんがお父様達から貰った真名なのだから、当然そう入力して…」
「え、あ、嘘でしょ?本名アカウントなんて、ご法度だってば。」
「……そうなのか?」
「……〇〇さんも、アカウント持ってるん…だよね?」
「普通に本名だったが?前は仕事でも窓口に使っていたし…」
「あー…特殊パターンか。…とにかく、こういうのは偽名…っていうか、ハンドルネームみたいのを使うわけ。」
「……ほう。」
アカウント名を考えるのに四苦八苦したり。
結局俺も一緒になって美咲の手を煩わせる結果とはなったが、日が暮れる頃には何とか全ての工程を終えることが出来た。
こころの方は随分早いうちに使い方を覚え、もはやある程度のコミュニケーションを取るに至ったらしいが…。
「……こんなにも難しいものだったとはな。」
「寧ろ、今まで無事に使えてたのが奇跡だと思うよ…。」
「そうか?」
「ん、正直まいんより心配だもん。」
眠そうに目をこすりつつ、ウンザリしたような口調で割と辛辣なコメントを返してくれる。
素人のうろ覚えというのもかなり危険らしい。まいんより心配などと言われてしまっては……いやはや面目ない限りである。
件のお嬢様二人は楽しそうにスマホの画面を見せあってはしゃいでいる。その様子を少し離れた位置から見守るような構図になっているわけだが――
「……もしも俺に子供が居たら。」
「……ん?」
「……あいや、指導役として弦巻に拾われはしたが、最近は寧ろ娘のように感じられてね。叶うことも無さそうな夢ではあるが、こんな風にただ眺めているだけで充実感を感じられる、そんな心持ちになるのだろうかと――」
「〇〇さん、クドい。」
「……そうか。」
そろそろこの、無駄に無駄な語彙で畳み掛けるように長文を話す癖も何とかしなくては。普段くどくどと説教のような話し方をする美咲にまで指摘されるようでは、本当に鬱陶しいものなのだろう。
日頃あの二人のお嬢様も煩わしく感じているのだろうか。
「…要はそれって、あたしとの子供がほしいって事?」
「…………どうしてそうなる。」
照れるでもなく閃くでもなく、あくまで平坦な道のように言う。
が、それはそれでとんでもなく見当違いなのである、が。
「違うの?」
「そんな……犯罪めいたこと、思うわけがない。」
「え…犯罪、なの?」
「そりゃあ……こころに娘のような感覚を覚えているのだよ?それが、同い年の君に、そんな…ありえない。」
「……。」
いくら彼女が面倒見の良い母親のような女性だとして。いくら彼女が、こころのような眩しさは無くとも極少数に部類されるような整った外見を擁しているとしても。
いくら……。
「でもさ、こころパパは、あたしを〇〇さんの許嫁に宛てがった訳でしょ。」
「…………。」
「あたしは別に、そういう家に生まれたわけだし、〇〇さんとだったらそんなに悪くないかなーとは、思うけども。」
「君は、こころの友達だろう。大切な、大切な…ね。」
「……。」
当主様にどんな思惑があるかは知らない。だが、俺とていつまでも指南役として胡座をかいている訳にも行かないだろう。
この家に入る、それは方便だ。きっと、哀れみか、或いは…。
こころが知らない外の世界にも限りがある。そしてそれは、やがて彼女自身の目で、手で、耳で、体験を伴って知識としていかなければいけない。そうあるべきなのだ。
その次は、まいんも…。
「…ちょ、何で泣いてんの。」
「いや……すまん、いつかあの二人も独り立ちするんだと思うと…つい。」
「……〇〇さんのが、よっぽどお父さんだよね。」
「……何?」
「や。……真面目だなぁ、〇〇さんは。でもあたし、その――」
何か、言いたげではあったが。
丁度時を同じくして、スマホを弄るのにも飽きてしまった二つの元気が襲来したことによって遮られてしまう。
「にーさま!!あきたぁ!!」
「こらまいん、今二人は大事なお話をしているのよ。邪魔をしちゃいけないわ。」
「えー……そ、そうなの?にーさまぁ…。」
姉の言葉に一瞬で衰えを見せるまいんの勢いに、美咲と二人顔を見合わせ笑う。
何を烏滸がましい気持ちを抱いていたのだ俺は。俺は父親じゃない。ならばせめて、今は与えられた責務にのみ集中していよう。
「いや、お話はもう終わったよ。……おいで、まいん。」
俺は〇〇。今はここ弦巻家で、二人のお嬢様に庶民の一般常識を教えている。
それ以上でも、それ以下でもない。
久しぶりのTyomatter。
<今回の設定更新>
〇〇:早くもネタ切れ感。そもそも金持ちだって外のことくらい知ってるんや。
何なら他の同年代よりかは時代についていけていない感すらある。
こころ:天下無双のお嬢様。
何に於いても言えることではあるが、取っ掛かりさえ教えてもらえば後は
天性のセンスと行動力でどうにでもなるらしい。
まいん:かわいい。
やや子供すぎるかも。
美咲:こころパパが主人公の誕生日に用意した所謂許嫁。
年の差がとか言っちゃいけない。金持ちはあたおかなのだ。
家系は別として普段の生活は飽くまで庶民なのでよっぽど教育係に向いてい
る。
母性が凄い。