「じゃあな、また会おう! 資材と医療品の件は明日よろしく頼む」
「うん分かってるよ……」
ヘリコプターに乗り、あの鎮守府に帰還する提督と朝潮。夕方十七時、空が茜色に染まっている。その空を背景に一つの黒い点が微かに消えていった。
「白くん、無理をしてはダメだよ……」
――鎮守府広場
ヘリコプターから降り、摩耶に迎えられる提督と朝潮。もう夜が空を支配しつつある。提督は執務室に向かい、報告書を目にした。
「摩耶、どうだった?」
「飛行場姫か? 変な感じだったな」
「すまん説明が足りなかった。ポンコツ兵器共の調子はどうだった?」
「……個人の練度は高ぇが……戦闘はボロボロだな。皆一つの事しかやらない」
「ふーん」
案の定、前任から染み付いてしまった戦闘をそのまま引き継いでしまっている。前任から指示された事しか皆やっていなかった。砲撃の命中率が低い、艦載機を無駄に使う、周りを見ない。報告書にはそう書かれている。
「んで飛行場姫は鹵獲したんだな?」
「あぁ今はとりあえず営倉で寝てもらっている」
「うわマジか、摩耶さん最低だ――いや何でもないです」
殴られる動作に気づいた提督は言い直す。あの時零距離で撃たれるもわざと外した摩耶。飛行場姫は失神し、その場で倒れてしまった。
そのまま身体を運ばれ、今は営倉で過ごしている。他の艦娘達に監視をさせているようだ。
「さて……今のを聞いてて何かご質問でもあればどうぞ艦娘諸君」
執務室の奥で第一艦隊に指名された艦娘達。皆何か言いたげな表情を醸し出している。
「良かったなー抵抗しない飛行場姫相手に無傷で。これに敵艦隊でも来れば摩耶以外大破だったろうになぁ?」
正直な話、資源が枯渇状態なので提督自身もめちゃくちゃ消費せずに済んだと一安心している。摩耶がいるので姫一体に負ける事は無いが、他は別だ。確かに練度は高く、自分の役割、装備の性能などは把握している面、それぞれの素晴らしい所ではある。
しかし前任の無能な指図や意味の分からない指揮のおかげで陣形が組めていないのは初耳だ。砲雷撃戦、航空戦において陣形を知らないなど言語道断。前任の無能さに頭が追いやられる。
「何や、私らに文句あるんかいな」
「それはお前らもだろ? お互い様だな龍驤」
「提督、何故鹵獲を範疇に入れたのか教えてもらいたい」
「あぁ単純に何故飛行場姫が単騎でこんな所来たのかなって興味があっただけ。後から色々吐いてもらう予定だよ」
理由はただ興味があっただけ。いい加減な理由に拳を握る者もいた。ただ木曾は知らん顔して上の空である。
「では何故提督あの場に居なかった?」
「あぁ呉鎮守府に行ってた。大事な話があったからな、午後から外出してた。っていうか聞かなかったのか?」
「聞いていないが?」
長門の即答を聞き、即座に摩耶を見る提督。ヤバいと思ったのか摩耶は別の方を見て口笛を吹いている。
全く呑気な奴め、後で散々からかってやろう。
「あーならすまないな。どうやらどこかの馬鹿による伝達不足だったらしい」
馬鹿という言葉を強調させ、誰かを指摘する提督。勿論誰とは言っていない。それに対して摩耶はとてつもなく動揺している。分かりやす過ぎる。
「加賀は何か不服そうな顔だな」
「当然でしょ。敵を鹵獲するなんて結局はろくな事しかしないんだから」
「おやおや会って間もない人に偏った偏見とは些かお前も考える頭がオーバーヒートしてるようだぁ一度滝に打たれて頭を直接冷やすといい」
「偏見を持たない方がおかしいわ。あなたとそこの摩耶だってあの敵と姿は変わらない」
「だから仲間なので助けたに違いない、とか間抜けな憶測もいかんよ加賀君。人を目で見て判断する前にまずその廃れた脳みそを先に診てもらいたまえ」
晩御飯の鐘が鳴り響く。多くの人がその鐘の音に惹き付けられ、窓を覗いていた。
「提督、俺は飯が食いたい。先に失礼する」
「おぉいいぞー」
木曾が飯を食いたいと願い、場の空気は少し変化。木曾に釣られて利根や龍驤、長門と加賀も執務室を出ていった。ドアが閉じるまで加賀はずっと睨んでいる。
やがてドアが閉まり、執務室が一気に静寂に包まれた。
「ブッハッハッハッハ!!! アイツ、あの時の加賀とまんま変わんねぇ!!」
大声で吹き出す提督。あの時の加賀とは呉鎮守府で朝潮と話していた加賀の事でだろう。最初別の加賀に会った当時もまさにこんな風だった。
「あーマジで変わらなくて笑いを堪えるのに必死だったわ!!」
「……提督」
「んー何だ摩耶ー!!」
「……すまない」
「気にすんな笑え!! ハッハッハッハ!!!」
気にしなくてもどこかでは気にしてしまう。それを摩耶は心の奥にしまっておいた。だけどいつも思う、もう偏見は慣れているはずなのに。
「失礼します」
今度は翔鶴が入って来た。提督と同じ白髪長髪で五航戦と呼ばれた正規空母だ。お淑やかな性格で瑞鶴の姉として立派な艦娘を務めている。
「どうした白髪バージン」
「最初から凄い悪口ですね……やりたい事が決まったので申し上げに来ました」
「ほぅ、じゃあ早速聞かせてもらおうか」
「はい、私はこの鎮守府の艦娘達を助けたいんです!!」
あまりの予想出来ない質問に目を丸くする提督。綺麗すぎる願いに鳥肌が立ってしまった。
「理由は?」
「皆精神的に追い込まれて弱くなってしまったんです。私はそれが見ていられなくなって……」
「なるほどねぇ俺が来るまでにやるべき事だったと思うけど抽象的過ぎる、詳しく言え」
「皆を励まして、慰めて、助けてください。悪口ばかりで皆苦しんでいます、だから励ましの一言でも……一回でもお願いします」
深々と頭を下げる翔鶴。全て本心で答えた。自分一人ではとても支えきれない、提督という存在がいればまた立ち直せると翔鶴は考えていた。
当然受け入れられるとは思っていない。それでも聞き入れてほしかった。
「……分かった、最大限努力しよう」
「あ、ありがとうございます! 私も頑張ります!」
「あー頑張りたまえ」
――朝
「うわっ何!?」
突然の衝撃音に目を覚ました時雨。夕立は相変わらず寝惚けている。部屋を出てその衝撃音の正体を確かめた。
そこにあったのは――、
「はいオーライオーライ! あぁ弾薬はあっち、ボーキサイトはあそこだな」
広場で大多数の人達が何かトラックで運んでいるのが分かった。トラックの中には大量の資材。ざっと見積もって一万近くは存在する。いつの間にか獣道と化していた鎮守府に通ずる道は整備され、大型トラックが通れるまで拡張されていた。
「食料は食堂に置いてってくれ。痛っ!! っておい誰だ今俺の崇高なる頭を殴った奴は!! 許す!! いややっぱ許さん!!」
提督を中心に多くの資材が運ばれていく。眠たそうな摩耶、朝潮も参加している。
時雨は思い切って正装に着替え、広場に向かった。
「て、提督。な、何をしているんだい?」
「まず人に声を掛ける前に挨拶な。おはようさん、時雨」
「お、おはよう提督。で……」
「見りゃ分かんだろ、資材運んでんだ」
提督曰く、摩耶は報告ミスで強制的に手伝わされているらしい。朝潮はいつの間にか手伝っていた様だ。
しかしこの鎮守府に人がこんなにがやがやしているのは初めて見た。
「これで色々仕事が捗るぞぉー!」
――食堂内
「……これ全部ですか?」
食堂の半分を埋め尽くしたのは提督が注文した食料が入ったダンボール箱。あまりの量の多さに鳳翔と間宮は若干引いている。
「あぁそうだ! ざっと見て一年分はあるだろ!! アッハッハッハッハッ!!! 有能な俺に感謝する事だな!!」
「は、はぁ……ありがとう……ございます……」
――工廠内
「はえっ!? 何ですかこれ!?」
工廠内には妖精達が最新鋭の工具で装備を開発しているのが見えた。更には筋トレを始める妖精も居始め、とても賑やかである。
「見ての通り工廠を強化した! これで開発ドンと来いだぞ明石!!! 有能な俺に感謝しろ!!」
「ソウダーカンシャシローナノネー!」
「カンシャシロナノネー!」
「サスガテイトクナノネー!」
「は、はぁ……ありがとうございます……」
――医療室内
「あれ……こんなに大量の医療品……。電、これ誰がやったか分かるかい?」
医療室奥の倉庫に溢れる程の医療品が置いてあった。消毒液や治療薬、抗がん剤などが含まれている。
「あぁ俺がやっ――」「黙れ」
騒いではいけない医療室内で堂々と騒ぐ提督。それを摩耶は殴って黙らせた。暁と雷は一命を取り留めているが今だ意識は回復してはいない。慎重に事を進めなければいけないのだ。
「医療品は欲ひひと思って頼んどひた……! 有能な俺に感謝ひろ……!」
「あ、ありがとう……」
「ありがとう……なのです……」
「フハハハハハハハハハハハハ!!!! 鎮守府を開拓するのは面白いなァ!! フハハハハハハハハ!!!」
全速力で駆け回る提督。狂気の笑い声で鎮守府内を走っていく。
各寮の補修工事、入渠施設や司令本部の改築など一気に事を進めていった。摩耶が持つリストには色々と書かれている。
「行動力の化け物だな……」
「やぁ摩耶、苦労しているね」
声を掛けたのは響だ。提督の突然過ぎる奇行を耳にし、気になって外に出ていた。提督は今島風と追いかけっこをしている。
ただ一方的に島風を追い詰めているだけだが。
「あぁ響か。医療室を抜け出して大丈夫なのか?」
「今は大丈夫だよ……摩耶?」
「ん? どうした?」
「あの時酷い事を言ってしまってすまなかった。言い訳になってしまうが……私はどうかしていたようだ」
響は摩耶に娼婦やら深海棲艦やらと言葉で傷つけた事を謝った。自分がどうかしていた事、心に余裕が無かった事、嫌な過去含め自分に非があると思っている響。あれから気にしていたのだろう。
摩耶は響の頭に手を置き、優しく撫でた。
「……大丈夫だ、気にしてない」
「本当にすまない……」
「気にしなくていいって」
響の謝罪に対して笑顔で気にしてないと返す摩耶。こういう事は既に慣れている、はず。摩耶自身は気にしていないが提督はそうでもない。あの時提督は少しだけ響にキレていた。といっても叫び声に全て吹き飛んだが。
「中将殿ォー!!」
「アイルビーバック……」
海に沈められる提督は右手の親指をあげる。駆けつけた憲兵達が引っ張り上げていた。
仕方なく摩耶はふざけている提督の頭を鷲掴み、そのまま広場に放り投げた。
「なぁに遊んでんだ提督」
「いやーあの映画の真似したかったからつい、な」
「そんな遊んでる暇なんてねぇだろ、これだけ鎮守府を改築しまくって予算は大丈夫なのか?」
「あぁ予算はそもそも俺の金で払ってるので問題は無ああああい! 」
「中将殿、予算は見積もってこれぐらいかと!」
「……あたしが見よう……は?」
「ゲッ」
ついさっき予算はすべて自身のお金ですましていると言った提督。しかし持ってきたリストには摩耶の持つリスト以外に提督が完全に私用目的で導入した部屋の改築やゲーム機、パソコンなどが含まれていた。更には一部の予算に摩耶の給料から引かれているのが分かる。
「おい……」
「いやーやっぱ俺にも休息が――」「何が問題無いだこの野郎ーッ!!」
理由も聞かずに黙って殴る摩耶。断末魔すらあげず提督は壁に激突し、現代アートのようになってしまった。
「……すいませーん。この壁の補修もお願いしまーす」
「はーい」
摩耶は提督の頭を掴み、地面を引きずって仕事に向かって行った。提督は既に気絶しており、白目を剥いている。
だが提督はすぐに目を覚まし、何か思い出した。
「あ、ソフトはス○ブラにしよう」