今年も暴れるので、よろしくお願いします。
「阿賀野!!!」
「は、はい!!」
誰かに呼ばれ、返事する阿賀野。目を覚ませばそこには見知らぬ人物が。阿賀野は惚けた表情で周りを見渡す。いつもの執務室だ、何も変わりない。
「あ、貴方は……」
わざわざ名前は聞かなくても分かっていた。
だが有り得ない光景に阿賀野は疑問に思わざるを得なかった。その人物はとても懐かしく、阿賀野が大好きな人だ。
「おいおいとぼけないでくれよ~、忘れたのかい?」
「い、いえ……その……」
「冗談冗談、僕は■蒼■だよ。ほらほらとぼけないで仕事手伝って」
■蒼■提督だ。あの白提督ではない。蒼色は何事もなかったかのように仕事を進めた。阿賀野も場に流れて秘書艦の仕事を続ける。
何故か懐かしい雰囲気だ。本や資料の散らかりよう、執務室独特の匂い、古臭い執務机。太陽の暖かい光が窓から差し込み、舞い上がる埃の粒が微かに見えている。まるでタイムスリップでもしたような状況に阿賀野は困惑するばかりだった。
「あ、あの……」
「何?」
「ここは……■■■鎮守府ですか?」
心臓の鼓動を響かせながら阿賀野は蒼色に問い掛ける。蒼色は不思議そうな表情で阿賀野の顔を見た。
「そうだけど……まさか本当に忘れちゃったの!!?」
「い、いえ! そういう訳では……ないです」
「んーそうかなー? 念の為に教えておくけど、今日は君の初秘書艦の日、だからね? んじゃ今日から一日頑張ろうか!」
──初秘書艦の日……?
──まさか、これは……、
──私の記憶……?
「そろそろお昼だし、ご飯にしようか。阿賀野」
「は、はい……」
昼の鐘が鳴り、昼ご飯の時間が来ていた。蒼色と阿賀野は仕事を一旦中止し、二人で食堂へ向かう。
食堂の中に入るとそこは異様な光景が広がっていた。殆どの艦娘や軍関係者が黒く染まっていたのだ。誰なのかは姿を見れば大体は察知出来る。口も喋っているからなのか表情も分からなくはない。ただ話し声などは全く聞こえず、環境音でさえも耳に入る事は無かった。
「これは一体……うわっ」
「ほら阿賀野、妹達と食べようか」
いつの間にか定食のトレーを持っていた阿賀野。急に感じた重さに一瞬定食の味噌汁を零しそうになる。蒼色と向かった先には能代、矢矧、酒匂が既に席に座っていた。顔や姿がはっきりと鮮明に映り、楽しそうに話しながら食べている。
「……」
味は無い。
どの食べ物も味覚は一切感じなかった。喉を越す度に来る不快感が吐き気を催してくる。
しかし阿賀野はそれを堪え、一生懸命に定食を食べ続けた。
「どうしたの? 阿賀野姉」
「大丈夫?」
「ん、本当だ。阿賀野、大丈夫かい?」
「え?」
話している途中の能代達が気まずそうな表情の阿賀野に声を掛けてきた。思わず阿賀野は素の驚きで返事する。
「い、いや大丈夫よ。問題無いわ」
「そう? でも心配だわ、提督!」
「本当に大丈夫かい阿賀野? 無理せずに何でも言っていいんだよ?」
「そうよ阿賀野姉、無理しないで」
「阿賀野お姉ちゃん……大丈夫?」
何故か不思議な気持ちだ。誰かに心配された事なんて久しぶりだった。あの時まで自分はそんな余裕なんて全く無かった。悪夢の様な時代が続き過ぎて何て返せばいいのか分からない。
そう考えている内に──、
「あれ……?」
頬から何か液体の様な物が伝っているのが分かった。手に触れればとても冷たい。その時自分は涙を流している事に気付いた。
「えー!? ちょっと何で、提督!!」
「え!? 俺のせい!? あーっとどうしよう……!」
「提督……」
「それは無いよ……」
「俺のせいなの!!?」
蒼色は慌てて阿賀野に駆け寄る。涙を流していた阿賀野はいくら拭いても流れ出る涙を止めれなかった。
──あれ、おかしいな。
──どうしても涙が止まらない。
──嬉しくて、嬉しくて、涙が止まらない
「提督、責任取ってちゃんと話してね」
「顔を合わせて話すのよー」
「頑張ってねー提督!」
「うっせーな! 分かってるよ!!」
蒼色に姫様抱っこで抱えられ、分からない場所に連れていかれる阿賀野。依然として阿賀野は止まらない涙を拭っていた。溢れ出る感情が喋る事を邪魔しに来ている。
「大丈夫かい? 阿賀野」
「は、はい……大丈夫です……降ろしてくれませんか?」
「う、うん……」
ゆっくり降ろしてもらい、涙はようやく止まった。蒼色は阿賀野を心配して気に掛けている。終始無言のまま、二人は廊下を歩き続けた。
窓から差し込む太陽の光が蒼色を照らす。建物の影に染まる阿賀野は恐る恐る蒼色に声を掛けた。
「提督……相談しても、いいですか?」
「何だい?」
蒼色は優しい声で返答をする。その優しさからか阿賀野は震えた声で本心を口にした。
「実は……私は自信が持てないんです……」
「自信が、持てない……?」
「はい、自信が無いんです……私自身が強くなったとしても、上手く皆と助け合えるかどうか……皆の手を引っ張ってしまったり、失敗するかもしれないと思うと……自信が無くて」
今起きているこの光景がどうなっているかは分からない。自分自身の記憶の再生か、それとも一回限りの小さな夢か、それとも走馬灯の一つか。考えても分からない。
ただ今ここで蒼色に会えたのは奇跡だ。過去や現在、未来がどうであれ、今の自分がいるのなら。
私は道理を超えて話したい。
「そうか……」
蒼色は上を見て考え込む。不思議と疑われはしなかった。何十秒か考えた後、蒼色は答える。
「それは僕にも分からないな」
「えっ……」
「ごめんね。自信っていうのは結局その人本人にしか分からない事だからさ、僕が一方的に決めつけるのは良くないかなって思ったんだ」
頭を掻いて笑い誤魔化す蒼色。
唯一の頼れる人でもこの相談は難しいのだろうか。
「自信が無い、か……懐かしいね、僕にも考える時があったな」
「提督にも、ですか?」
「うん、あったよ。周りがとても優秀な人達ばかりで、僕は凡人でしかなくて、周りは上手くいっているのに、僕だけ失敗ばかり。自信が全く無くなったんだ」
蒼色も経験した事があるらしい。自信を失い、周りを恐れる日々があったとか。阿賀野からすれば蒼色にそんな経験があったなど微塵も感じなかった。
「所謂自尊心が低い、って事だね。泣く時もあったし、自暴自棄になりそうな時もあった。本当は今だってそんなに相談に答えられる自信は無いよ? あ、失望させちゃったかな?」
「い、いえ! そんな事は!」
「あははごめんね、ありがとう。まぁこんな感じだよ。何も最初から自信に満ち溢れた人なんてごく少数なんだ。誰しも怖いんだよ、自分を信じるのは」
──誰もが怖い……自信がある人は少ない……。
「あの人の期待に応えなきゃ、あの人の為に役に立たなきゃ、あの人に好印象を持ってもらわなきゃって誰かの為に頑張るから自信が徐々に身につくんだと思う。でも結局人に依存してるから正しくはないんだけどね」
──人に依存してる、か……私は依存してばっかだったな……。いつも誰かの気分を伺ってばかりだった。良い印象を保ち続ける為に酷い事もした。
「逆に失敗すれば当然自信は無くなる。怒られたり、縁を切られたり、そういう確執がトラウマになってまた失敗する事を恐れるからね。でも僕は思うんだ、自分の人生に単純な事で怒ったり、縁を切るような人は必要なのかなって」
──……っ!
「んー何て言えばいいかなぁ……つまりはーとりあえず自分を卑下しちゃダメだよって事」
「卑下、ですか?」
「そう。自信が無いってのは自分を貶しているのかなって思う。自分で自分を傷つけて厳しくさせて縛り付けるんだよね、だから余計に自信が無くなっちゃう」
蒼色は少し屈んで阿賀野と視線を合わせる。
肩を掴んで堂々と話した。
「自分の味方は自分だよ。自分を信じてこそ切り開ける何かがある。最初は孤独かもしれないけど……いつしか味方になってくれる人は必ずいるし、これから現れる。あ、勿論僕は阿賀野の味方だよ? でも……──」
「──自分が自分である事を見失っちゃ駄目だからね」
自分が自分である事を見失うな。
いつの間にか忘れていた。
過ごした時が残酷過ぎて記憶に残っていなかった。
かつての自分を見失っていた。
周りの突然な豹変ぶりに恐れをなし、周りを、自分を、ずっと誤魔化し続けていた。
誤魔化し続けた所為で自分を見失った。自分がどんな性格か、どんな顔で笑い、泣き、喜びの表情をしていたか、どんな事をやっていたのか。
全て失っていた。
失った代わりに偽りの自分が出来上がっていた。
自身の暴虐を正当化し、誰もを誤魔化し続けた、非力で脆弱な自分。
だがもうそんな自分とはもうおしまいだ。
──……ここは……。
目を覚ませばそこは白い空間。先程の執務室や食堂、廊下が張りぼてと化し、何も無い空間が広がっていた。目の前には自分と同じ姿をした阿賀野が顔を隠したまま問い掛けてくる。
『私はクズだ』
──……違う。
『私は何も出来ない鉄屑だ』
──……違う。
『だから恨みに誰かの手で馬鹿にされても仕方ない』
──仕方なくなんかない。
『それが自分がやってきた事だから』
──だとしても……違う。
『私はとても愚かだ』
──愚かなんかじゃない。
『惨めな艦娘だ』
──惨めなんかじゃない。
『何で分からないの?』
──貴方とは違うからよ。
『何が違うの? だって貴方は仲間を騙し続けて、嫌々でも仲間を虐げて、私は悪くないって何度も正当化したじゃん。私と同じクズだよ? それでも違うって言える?』
──……言えるわ。
『何で?』
──もう……自分を偽るのはやめたから。
『何で、何でよ! 馬鹿正直に言ったって誰も許してくれないわよ! きっと同じ事するに決まってる! 恨まれてもおかしくない事したんだから絶対にそうよ!! 何で分からないの!!』
──……。
『開き直るつもり!? ふざけないで!! そんな事許されないわ! これから自分がどうなっていくのか知らないからそんな事が言えるのよ!!』
──……そうか……。
『これからの人生、めちゃくちゃにされたっていいって言うの!!? この先まともに生活出来る保証なんてないのに、姉妹諸共惨めな思いをするのが目に見えてるわ!』
──貴方は……。
『話を聞いてよ!! 貴方は──』
もう一人の自分を前に歩み寄る阿賀野。喝声を遮り、暴れるもう一人の自分を深く抱き締めた。
「ありがとう……今まで私を、守ってくれて……」
『ッ……!!』
もう一人の自分が初めて動揺の声を漏らす。今までの言葉を聞いて阿賀野は気付いた。もう一人の自分はこの時まで阿賀野を守ってくれていた。本来の阿賀野を守る為に閉じ込めていたのだ。
「だけどもう大丈夫。私は頑張るよ、方法は分かってるの」
『……それが……例え途方もない、険しく果てしない道でも……?』
「うん……大丈夫。乗り越えてみせるわ」
『途中で……諦めるかもしれないのに?』
「諦めないわ。また取り戻したい気持ちがある限り、想いは止まらないもの」
本来の自分を取り戻した阿賀野は自信満々に言い返す。もう一人の自分は徐々に消えかかっていた。阿賀野が答える度にもう一人の自分にヒビが入っていく。
『妹達を守れる自信はある?』
「当然よ。今度こそは必ず、ね」
『……そんな自信、どこから出るのかしら……』
「ふふっ……これが元の私よ。もう弱音は吐かないわ。私は私のままで、この戦に塗れた世界を生きていく。覚悟は出来たわ」
もう一人の自分は姿が黒くなり、壁のようにヒビが貫通する。そして──、
『……そう。とても自信満々だったのね……──』
『──……羨ましいわ』
泡のように上へと幽かに消えていった。
「さて……戻らないと……!」
白い空間が黒い空間へと変わっていく。
阿賀野をはひたすらに走った。
数々の記憶を思い出しながら阿賀野は前を向いて駆け走る。遠く彼方にある一筋の光を頼りに、決して後ろは振り向かない。
これから先どんな事が起こるだろうか。
一々予想して不安がっても何も始まらない。
もう一人の自分を殺してまで獲た本来の自分を曝け出すんだ。
酒匂を、矢矧を、ノシロを救う為に。
姉妹の為に。
姉妹という存在が如何に強いものなのか思い知らせるんだ。
そして仲間に謝る為にも。
今までの過ちを許してもらえるように努力するんだ。
だから今は私達を馬鹿にした鹿島を倒す。
狂っていようが、最強だろうが、知った事じゃない。
私は──、
──前を向き続けるんだ。
一番好きな結末は何ですか?
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ハッピーエンド
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バットエンド
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ビターエンド
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メリーバットエンド