影に潜む悪魔に染まってしまった穢れたモノの微笑みは、常に誰かを見張っている。
憎むべきはヒトか、モノか。
それを今、決めよう。
113. 夏の暑い日に水着姿を
夏。
それは暑い季節。
夏。
それはプールの季節。
夏。
それは夏休みの季節。
鎮守府内の食堂奥に出来上がったプールに提督はいた。大きいパラソルで太陽の光を防ぎ、ビーチチェアに寛ぐ。隣に小さなテーブル、その上には大きなワイングラス。ブルーハワイ色のジュースが入ったワイングラスを持ち、ストローで優雅に飲む。
サングラスで目の保護を重ね、アロハシャツを華麗に着こなし、半ズボンの様な水着で素晴らしいひとときを過ごしていた。
適度に風に揺られ、プールの水による冷気でまさに快適。
これこそ大人の夏休みと言えるだろう。
「提督、起きてくださ──」「ぶっ飛ばすぞ」
「え?」
「俺の夏休みを邪魔する無礼者はぶっ飛ばすぞと言ったんだ!!」
「えっ今日は水曜日ですよ? 夏休みって……」
今日の秘書艦である古鷹が請け負った仕事を即却下する提督。あまりの即断に古鷹は言葉を失った。
鹿島との戦闘から一日が経過、提督はプールの横にて休憩していた。
「俺が休みたい日だと思った日から夏休みだ、夏休みにわざわざどうでもいいクソでしかない仕事なんか取ってくるんじゃないこの間抜けー」
「その場合は朝八時までに伝えてください!」
「おーいもうちょっと強く扇いでくれー、瑞鶴ー」
「へいへい」
提督の傍で団扇を叩くのは瑞鶴だ。適度な涼しい風を見事な器用さで出している。この暑さ故に瑞鶴も軽めの正装で外に出ているようだ。給料アップの条件とはいえ、少し厳しい所がある。
「大本営から仕事の依頼が来てます!」
「勝手にゴミを拾ってくるな、そこら辺のドブ地方鎮守府にでも棄てておけ」
「大本営から強制的な仕事です!」
「悪いが俺は中将だ、そんな大尉辺りが考えた仕事なんぞ無かった事にしてやる」
ありとあらゆる仕事を全て拒絶する提督。余程仕事がやりたくないのか、屁理屈を並べて頑なに断っている。
「これは私達に関する事なんです!!」
「ならいっその事やる価値などない。俺はそもそもお前らと馴れ初め合うつもりは全く無いんだ、さっさとそこら辺の魚にでも食わせておけ」
「なんと言われようとも受けてもらいますからね!!」
「へぇ~前まで妹に殺されかけて怯えていた馬鹿みたいなお前が俺に勝てるとでも?」
前にあった加古との姉妹喧嘩で古鷹は見違えるように変わっていた。妹に暴言を吐かれ、死ぬ事に怯えていた弱気な古鷹はもういない。今は改装が施され、改二として生まれ変わっている。また陽気で強気な性格になり、いつにも増して提督と言い争いをする様になった。
「私はそれほど馬鹿ではありませんし、今は提督よりもめちゃくちゃ強いです!!」
「へぇじゃあさっき摩耶にボコボコにされてたのは何で?」
模擬訓練で摩耶と一対一で戦っていたのを見られていたようだ。勝敗は当然摩耶の勝ち、古鷹は惜しいところで負けてしまっている。
「アレは……たまたまです……」
「あーそうかー! たまたまかぁー!! それは悪い事を言った!! 自ら砲撃のタイミングを逃しておいて追撃を食らったのがたまたまだと言うんだから、たまたまなんだろう!! たまたまなんだよねー!!?」
どうしても仕事をさせたい古鷹を提督は煽り倒してひれ伏していく。大声で誰もが聞こえるように言っているのだから余計にタチが悪い。あまりのウザさに聞いてしまった瑞鶴はため息を吐いた。
「はぁ……分かりました。一応置いておきますね」
「最初からそう言え」
「本当に性格が悪いなぁ……提督さん……」
「黙れヒステリーチキン、給料アップは無しだぞ」
「嘘です、全力でやらせていただきます」
金にがめつい瑞鶴も似たようなモノだなと思った古鷹は頬を引き攣った。
「ねぇこのプール、提督一人だけ?」
「別に入りたきゃ入ればいい。水着があればの話だがな」
「そういえばここの鎮守府の皆さんは水着は……持ってないですよね」
プールの中で不知火が水着姿で泳いでいる。疲れたのかプールサイドに座り、ポールに置いてあったタオルで顔を拭く。桃色の髪の毛が水に濡れて光り輝いた。
「不知火が勝手に泳いでる……」
「艦が泳ぐとはこれ如何に」
「確かに」
古鷹の言葉の通り、艦が泳いでるのは些か不思議な事に思える。潜水艦ならまだしも、不知火は駆逐艦だ。艦娘が泳ぐ事は割と珍しいのかもしれない。
「いや確かにって、我々艦娘だって泳げますよ。元は人間なんですし」
「でも泳いでるのがお前だけじゃなぁ~……目の保養には足りんな」
「私の身体では不満だと仰るのですか?」
不知火は駆逐艦、大体は小中学生の身体といった所だ。艦娘はどのタイプも大体がスレンダー且つ美少女。男の誰もが目を輝かせる事だろう。不知火もまるで小中学生の体型とは思えない程、綺麗な身体をしている。
「……まぁ……不満かな」
「あ、ちょっと不知火の身体見て考えたよね」
「まさか提督さんはロリコン説ある?」
「ロリコンの意味を分かってから言えヒステリーチキン」
ヒステリーチキンって何よ、と小さく愚痴をこぼすも瑞鶴は与えられた役割をこなしていく。もし皆が水着姿になったら、他の憲兵や整備士は悩殺確定だろう。提督も例外ではないはずだ。
「んじゃもしもの話で、誰の水着姿が見たい?」
「ん~そうだなぁ~、摩耶とプリンツは逃せないな。後ここのアホ面なら……金剛、雲龍、加賀辺りが見てみたい」
「随分とグラマラスな所選ぶなぁ~提督さんは」
「当然だ、綺麗な女の身体を見て興奮しない男など存在しない。目の保養にはバッチリの奴らだ」
キッパリと提督は明言する。確かに前任がやっていた事を思い出せば、提督の言葉もあながち間違ってはいない。ならば──、
「鹿島さんはどうです──」「却下。あんな腹黒女なんぞ眼中に無い」
鹿島には目にもくれないそうだ。提督は鹿島の事を嫌っているので予想出来た答えと言える。しかし即答するほど嫌悪とは、瑞鶴もその気持ちは分からなくもない気がした。
「おいおい俺達が汗水流して鍛えてんのに提督は呑気に夏休みとは随分と御大層なこった」
「別に俺は訓練に強制参加しろとは一言も言っていない。休みたければ存分に休みたまえ、その分他の馬鹿共が強くなるかもしれないがなー」
「一々言う事がズルすぎるぞコイツ!」
訓練から戻ってきた天龍が汗を滝のように流している。提督に声を掛けるなり、カマをかけられて怒りの表情で訴えてきた。訓練に誘い込むのが上手というか、狡猾な所が見受けられる。
「夏休みとか言ってるけど毎日仕事はある訳でしょ? 書類とかはどうしたの?」
「全て灰色と時雨に任せた」
「……はァ!?」
古鷹は何秒か遅れて驚きの声をあげる。夏休みだと言うのだから仕事は終わらせているのだろうと思った古鷹。だがその予測は外れ、全ての仕事を灰色と時雨に任せているという。
「驚く事は無いだろう、この先司令官として生きていくのであれば多少の経験は必要だぁ。というよりもちゃんとやれば少ない時間で終わる事だぞ、書類の整理なんて」
「ここに着任した灰さんが可哀想」
「他の鎮守府の馬鹿共は忙しいとかほざいているが本来は午前中に終わる仕事ばかりだ。それを知らずに現実逃避し、つかの間の快楽を過ごし、結局書類に追われ続けるのだよ」
提督の仕事の活躍ぶりは尋常ではない。一日分の仕事を約二時間ほどで終わらせる程で、書かれた書類のほとんどが綺麗にまとめられているという非の打ち所が無い優秀さっぷりだ。またそれ故に秘書艦の忙しさは想像を遥かに超える程凄まじく、経験したほとんどの艦娘が着任にしてから何週間か秘書艦だった摩耶やプリンツを崇めている。古鷹は今日が初めての秘書艦で、その忙しさがまだ理解出来ていない。
「でも軍人に休日って無くない? このご時世なら尚更でしょ?」
「馬鹿言え、休日が無ければ人間なんぞ即座に壊れる。適度に休憩が必要なのだよ、ブラック企業じゃないんだここは」
プールサイドで休憩していた不知火がまぁここは今もブラック鎮守府ですが、と心の中で思ったのは秘密である。
「ひえっ……冷たッ……」
「涼しそうだなー……」
飛龍と蒼龍が興味本位でプールの水を触っている。あまりの冷たさに羨んでいるようだ。それを見ていた提督は考える。
「もう二人追加だ、飛龍と蒼龍のも見てみたい」
「どんだけ下心あるのよ!!!」
飛龍と蒼龍の水着姿を想像して、見てみたい艦娘リストに加わったらしい。
「提督ー、私達もプール入りたいんだけど……」
「ご自由にどうぞ」
「その……水着が無くて……」
この鎮守府の艦娘達の大体は正装しか服を所持していない。というよりもファッションに全く皆無で、球磨や多摩のように部屋着を持つ事にあまり関心を持たないのだ。前任時代の禁欲生活で欲がはち切れるかと思っていたが、未だに引きずっている。とはいえ飛龍や蒼龍の様に服に興味がある事は素晴らしい事だ。手本となった不知火がいい例だろう。
「あー……んじゃ摩耶かプリンツ辺りに買わせてもらえ。後で金と購入申請書を出すように、二人からは俺が伝えておく」
「本当に!? やったぁ!!」
「甘いのか……厳しいのか……」
「キヒヒヒヒヒ、欲とは素晴らしいモノだね」
変な笑い声を上げて、ジュースを飲む提督。人生を最高に謳歌しているのか、提督は楽しそうに過ごしている。そんな時提督はある事を思い出して古鷹を呼び出した。
「あ、そうだ古鷹。秋月四姉妹をここに呼んでくれるか」
「え? 秋月さん達をですか? 分かりました」
秋月達を呼びに古鷹は駆逐艦寮へ向かう。飛龍と蒼龍、瑞鶴と天龍は不思議そうに提督を見つめている。また何か仕出かすのではないかと内面緊張気味だ。古鷹が行った後に提督はスマホである人物を電話にかける。
「おーい摩耶ー」
『んー何だー? これから休憩なんだけど』
「前に言ってた秋月達の件、俺ん所でやるから準備頼むわー。秋月四姉妹は古鷹に呼ばせた……あ、プリンツは憲兵や整備士にも伝えるように言ってくれー」
『あぁアレな……分かった、全力で準備するぜー!』
スマホから摩耶の声が聞こえるほどテンションが高くなっている。やたら嬉しそうで自ら率先しているほどだ。初めてテンションの高い摩耶の声を聞いて瑞鶴は飛龍達に話し掛ける。
「妙に摩耶がテンション高くなかった?」
「まぁあんな事聞いたら誰でもテンション上がるぞ? なぁ不知火?」
「はい。当然の事です」
「何で目光らせて涎垂らしてるの……不知火ちゃん……」
これまたやけにテンションのおかしい不知火を見て飛龍と蒼龍が心配がる。涎を垂らすとはつまり食べ物関係の事だろうか、これから何が始まるのか予想がつかない。
「これだから疎い人達は……」
「疎い人達ってどうした不知火、おかしくなったか?」
「はぁ……仕方ありません。これから私達がやる事……それは……──」
「それは……?」
「──夏定番イベント!! バーベキューです!!!」
「何かさっきからテンションおかしくない!!?」
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