医務室に運ばれた提督は直ちに医療ベッドに寝込み、■■医師に診察された。突然の吐血、浮き出る紅い血管、まるで別の生き物の様に動く筋肉。まるで人間の物とは思えない状態だ。病気や毒の症状ではない、ウィルスや細菌の拒絶反応でもない。唯一分かるのは吐血だけ。
「いきなり吐血……内臓系に異常があるのかしら、ここだと難しい事は出来ないわ。一度病院に行くのは?」
「行かなくて……いい……!」
「行かなくていいって貴方、何で今の状態で意地張るのよ! 折角人が心配してるのに……意地でも行ってもらうわよ」
「■■先生、ちょっと待ってもらえるか」
鎮守府の医務室にある薬液や医療器具では物足りない。もっと高等な医療機関に適切な治療を受けた方が得策だろう。そう思った■■医師は電話機を取ろうとした。しかし摩耶が■■医師の肩を掴み、その手を止めようとする。
「摩耶まで……貴方の大事な人が死ぬかもしれないのよ……!? 何でダメなの?」
「ダメなんだ……提督は、今そういう状態じゃない……」
摩耶は提督の状態を知っているようだ。深刻な表情で■■医師に訴える。一度深呼吸をした■■医師は落ち着いて摩耶に聞き出す。
「何か知ってるのかしら、摩耶。教えなさい、医師として見過ごせないわ。貴方にはいてもらわなければならないのよ」
貴方と提督を呼ぶ■■医師は提督の目的を大体理解している。蒼明石が一度医務室に運ばれ、提督と話した時の事。提督は■■達の事を救う様な考え方を口にした。もし提督にその考えがあるのなら生きてもらわなければならない。
「提督……」
「はぁ……はぁ……仕方ない。摩耶……教えてやれ……」
「……分かった」
提督が摩耶の腕を掴み、必死に訴える。それを見て摩耶も覚悟が決まった。ずっと隠し続けた二人だけの秘密を今、■■医師にだけ伝える。
提督が今まで執務室にこもる理由、提督の超人的な力の意味。
それを今、告げる時が来た。
「■■先生、これから言うあたし達の事を信じて欲しい。もしこの鎮守府の未来を救えるのが提督だけだと思ってるなら……絶対に信じて欲しい」
「何よ、かしこまって……確かにそう思ってるから今こうやって心配してるのに……大丈夫よ、信じてみるわ」
「ありがとう……提督は──」
──四日後。
「し、白さん! 大丈夫でしたか!? お身体は……」
「あぁ勿論だとも。あれぐらいの体調不良で死ぬ俺ではない。てかお前らも大概だぞ」
「す、すいません……」
提督はバーベキュー後、体調を考慮して四日程医務室にて休む事となっていた。提督がいない間は灰色と時雨が代役として鎮守府を運営していたらしい。プリンツと不知火の補助の元で行動していたが忙しさが尋常ではなかったらしく、二人とも目にクマが出来ている。
「もう少し効率という物を考えろ。プリンツから聞いたが一つの事に集中し過ぎだ、適度にやれ」
「分かり……ました……今日も提督は夏休み、ですか?」
「いや俺が休み過ぎて馬鹿共がロクに仕事を潰せずに書類がわんさか溜まってるだろうから、今日は執務室で普通に仕事するぞ。お前らは一回休め」
今日の秘書艦は不知火。灰色と時雨が残した後仕事を終わらせる為に不知火がわざわざ来てくれた。灰色と時雨は紐のように応接間のソファに座って休憩する。執務室ではいつものように日常が続いた。
「し、白さん!」
「何だー?」
「も、もし何かあれば私に任せてください! 何でもします! 体調の方に優先を!!」
灰色は急に立ち上がり、提督に話しかける。バーベキュー後の体調を見て、灰色は心配したのだろう。こんな仕事など慣れたものだと灰色は豪語する。
「馬鹿言え、もう体調は優れてんだよ。お前に任せる仕事はその机にある書類くらいだ。それにお前は経験不足、ただでさえ四日間分の仕事に疲れているような奴に任せるのはまだ早い」
「ですが私は……!」
「あのなー……確かにあんなの見たら心配する気持ちは分かるぞ? だが今こうやって体調は回復してるんだ、あぁ良かったと思えばいいじゃないかぁ」
提督と不知火は普通そうに書類を書き終えている。辛うじて目に見える速度で次々に書類を潰していた。体調は回復していると言っているが、よく見れば提督も目にクマが出来ている。体調が完全に回復したとは思えなかった。
「何か……隠してませんか?」
「何を?」
「さっきからおかしいです、白さん。必死にあの時の事を隠してるような……」
提督は灰色の声を聞いて手を止める。
立ち上がる灰色に視線を移した。
「白さん、私は本当に貴方の事を心配しているんです! この鎮守府の問題を解決出来るのは白さんだけ……貴方がこの先倒れてはこの鎮守府に未来はありません!!」
皆提督が倒れただけで心配をしているようだ。確かに吐血までして苦しんでいる姿を見れば心配してもおかしくないだろう。鎮守府襲撃の際に毒を打ち込まれ、一度死にかけた経験もある。
「……はぁ……分かった、そこまで言うんなら一つだけある物をくれてやる」
ペンを机に置き、提督は執務机の引き出しからある物を取り出した。提督が手に持っているのは白い長封筒とメモ書き。白い長封筒の中には何か紙が入っていた。
「これは……」
「誰にも見せるな。誰にも悟られるな。もし俺の身に何があったとしても、これだけは肌身離さず守り抜け……いいな?」
灰色の前まで歩み寄り、目の前で手渡す提督。
灰色の手を取り、掴む様に両手で包んだ。
「後から読んでも構わない。お前が誰をも救えるヒーローになりたいのなら、書いてある事を声にして読め」
「……分かりました!!」
提督が初めて灰色に自身の所持品を預けた。神妙そうな表情で預けた物は、まるで何かを託しているようだった。大事そうに提督が持っていた物、灰色は肌身離さず持ち続けると心の中で誓う。
「失礼するぞ、提督」
そんな中、誰かが執務室に入ってきた。
入ってきたのは──、
「おーこれはこれは長門、一体何の用で?」
「提督に少し聞きたくてな、あの鹿島は確か『
「あぁそうだなー……何で知ってんだ?」
「鹿島と話した際に聞いた。そして提督の摩耶にも『
それは鹿島との戦闘中の事である。鹿島は一度摩耶と激しい戦闘をしてきている。通称『鐐』と呼ばれている鹿島、そしてその鹿島が摩耶に対して言っていたのが『緋』という異名。
長門はその言葉を聞き過ごさなかった。
「お、気になったか?」
「当然だ」
「それはご苦労なことで、そうだなー……何て言えばいいか……」
提督は顎に触れ、考えるような仕草をした。余程難しい事なのか、慎重に言葉を選んでいるように見える。
「あれは異名と呼ばれているが実際には違くてな、ある艦隊のコードネームなんだ」
「ある艦隊のコードネーム? 艦娘にそんな艦隊など……あの時のか」
以前深海棲艦のスパイである彼女が戦艦水鬼らによって回収されていく際の事。古鷹と加古の足止め中に突然と飛び出してきた金剛、龍田、叢雲によって彼女が捕縛された。あの三人がまさにその鹿島や摩耶と同じ艦隊だと言う。
「そう。そこに叢雲、龍田、金剛が居ただろう? あれが艦娘の特殊艦隊、規格外の力を持つ艦娘のみによって編成され、ありとあらゆる任務を遂行する古兵共の集い……通称、護神厄討艦隊」
護る神が厄を討つと書いて護神厄討艦隊。何とも物騒なネーミングセンスだ。各地の鎮守府から選抜され、その常軌を逸した戦闘スタイル、艦娘よりも桁外れに備わった超人的な力、勲章を授かる程の戦果を持つ実力者が集う艦隊。極秘裏に組織された艦隊で、各鎮守府にその艦娘が所属しており、日本海軍最終決戦兵器として降臨し、随一の戦闘能力を有していた。
しかし本来の目的とは違った任務を受ける事があり、何かある度に大本営に一度呼び出されるが、その際は出席の有無を確認してくれる為に任務に参加するのは自由と融通が効いている事が多い。
「護神厄討艦隊……」
「あの艦隊に所属する艦娘はどいつもこいつも常識を外れた力を持っている。現在は十二名所属していて、各地の鎮守府に配属されているんだ」
どの艦娘も鹿島の様に桁外れな馬鹿力を持っており、『
「鹿島や摩耶もその艦隊の所属だと」
「そういう事だ」
「どういう奴がいるんだ?」
「俺が知る限りじゃあ……まず『
あと三名は公表すらされておらず、艦隊の指揮官である■■大将と海軍元帥のみしか知らない。いずれもコードネームの特徴として漢字一文字である事と色や自然に関する漢字である事が分かる。どれも難しい漢字を採用しており、まず簡単に読める事は出来ない。
「因みに深海棲艦にもこういう奴等がいるぞ。確か名前は七壞星、だったかな。たった一人で国を滅ぼす事が出来る狂った奴等がネームドの危険個体として登録され、全世界海軍共通でその名が知られている。まぁ一番有名なのは【
七壞星とはある星の集団に因んで決められた深海棲艦の危険個体集団。各海域で他の深海棲艦とは比べ物にならない程の強さを持つ深海棲艦がリストアップされ、ネームドの危険個体として厳戒態勢を引いている。深海棲艦側もそれは熟知しており、ネームを名乗っては戦闘に入る深海棲艦もいる。
各国の海軍元帥又はその国の代表者によって開かれた国際会議によって決められており、日本海軍では護神厄討艦隊を作るキッカケになった。どの深海棲艦も国そのものを壊滅しかねない程の殲滅力と戦闘能力を有しており、七壞星一体で護神厄討艦隊の艦娘を最低一人は投入しなければ勝てる見込みは殆ど無い。
「なるほど把握しておこう。それで、護神厄討艦隊の旗艦は誰とか決まってるのか?」
「興味無さそうだなー、言うけどかなりの危険個体なんだぞ? いやまぁそれは別として一応は叢雲が請け負っている。でもアイツも鹿島とは別ベクトルの意味で全てがヤバいから、って意味で選ばれたけどな」
『
「成程……そこにはどうやって入るのだ?」
「何だ? 目指してるのか? 今のお前じゃ絶対に無理だぞ」
「無理だとしてもこれからだ。早く教えてくれ」
どうやら長門はその艦隊に所属希望らしい。目を見るからに強くなりたいという野望が見て取れる。前任の経験を得て、余計に引き下がれないのだろう。この鎮守府の艦娘達を護る為に強くならなければならないという使命が長門の中で燃えている。
「正直、俺にも詳しい方法は分からない。だが戦果が全国民から賞賛の声が上がるような物であれば誘いを受ける事もあるだろうな。とにかくだ、強ければ強い程いいって話だよ」
「……成程、了解した」
長門は最低限の会話で済ませ、執務室を去っていった。恐らく鹿島に訓練を申し込むのだろう。その方が目標により近づく。とはいえそれは茨の道だ、鹿島は容赦なく艦娘を叩きのめして育てる狂乱者。そう上手くはいかないはずだ。
「多分後で鹿島にボコられるだろうなぁ」
「でしょうね、あの鹿島さんなら尚更です。司令、書類書き終わりました」
「グットタイミングだ不知火、まぁ訂正箇所は無いな。さて……一度阿賀野達の様子を見る、ついてこい」
「分かりました」
提督と不知火は執務室を抜け、阿賀野達の部屋を目指す。今日も空は快晴、身を灼く程の太陽の光が海や鎮守府を照らしている。どの寮も部屋は勿論、廊下にもエアコン完備。どこへ行っても涼しく気持ち良い風が通り抜けてくる。
「さて着いたな」
阿賀野達の部屋に辿り着いた二人。不知火がドアをノックし、阿賀野達の名前を順番に呼ぶ。しかし呼んでも全く応答しない。
「応答しない……?」
「寝てるのか? いや……」
寝てるにしては気配が全く感じられない。ドアの隙間からやけにモワッとした暑さを感じた。提督がドアノブに触り、捻って押そうとする。
「ドアが……開いている……まさか!!」
提督が開いていたドアを蹴り飛ばし、阿賀野達の部屋へ入る。じわじわくる暑さと廊下からくる冷気が交互に入り込み、提督と不知火の傍を通り抜けていく。
「阿賀野さん達がいない!?」
「荒らさてれるな……」
阿賀野達の部屋は荒らされていた。土足で入り込まれたのか足跡が目立っている。そして本は床に散らばり、椅子が倒れたまま微動だにしない。
「司令、完全に阿賀野達は攫われたものと断定します」
「大体の犯人は分かっている。■■達だろうな」
「これでは■■達が何を仕出かしてくるのか……分からなくなりましたね……」
「ちょっとまずい状況だな。俺がマジで休んでいる時にちょこまかと動いていたらしい」
阿賀野達を攫った犯人はすぐに分かった。恐らく■■達が企てた物だろう。鹿島との戦闘前、阿賀野は提督の目の前で土下座し、■■達が何をするのかを伝えようとしていた。前はノシロに邪魔され、今度こそ聞けると思っていたが既に対処していたようだ。あの時倒れて四日間も寝込まなければよかったと提督は後悔した。しかし後悔していては前には進まない。即座に提督は頭をフル活用し、次の策と計画の練り直しを考える。
「戦争も近い……摩耶に伝えろ、準備しろってな」
「了解です。司令はこれからどうしますか?」
「執務室にて仕事をするよ。不知火も摩耶に伝えた後に来なさい」
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