うざい提督とブラック鎮守府   作:あばずれ

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120. 追い詰められた白い兎は激昂する

「ったく、野蛮な奴らだな」

 

 人間をサンドバッグにするとは余程提督の事が嫌いらしい。嫌い以上の何かに発展しているように思えるが。

 

 妨害機は既に翔鶴達が持っているとして、次に解決策だ。

 

 執務室の机の棚には分配した効果消去薬が入っている。これさえ飲ませれば万事解決、一発逆転だ。好嫌薬の効果を解除出来るどころかこの鎮守府の艦娘達の記憶改竄を消す事だって出来る、まさに提督の切り札。

 だがこれは記憶改竄が薬によって出来ていたらの話だ。もしまた違う方法で記憶を改竄していたなら、話はまた別になる。どちらにせよ一発逆転出来る事に変わりはない。問題は──、

 

「どうやって仕込むか、だな」

 

 この鎮守府の艦娘達から嫌がらせを受け続けていく中で、どうやって摂取させていくか。これが第一の問題になってくる。食事の中で食べ物と混ぜて食べてもらえば容易いが、その侵入を翔鶴達は許さないだろう。仮に混入させたとしても、自身が食堂にいる事がバレたら捨てられてお終いだ。

 

「チッ……集中出来ない」

 

 ここ最近はまともに寝ていない提督。目にクマができるのが普通になり、集中力が徐々に消え掛けていた。謎の激痛は治まったが、また力を使えば襲ってくる。栄養失調は何とか治しているが、またなってもおかしくない状態だ。頭痛も止まらない、身体が悲鳴を上げている。早くこの狂った現実を終わらせなければ艦娘達に殺される前に体調不良で死にかねない。

 

「食堂の中は……」

 

 外から食堂の中を窓越しで覗く。中は誰もいない、奥の厨房には誰かいる。恐らく鳳翔だろう、夕ご飯の下準備をしているに違いない。

 

「いや待てよ……間宮は!?」

 

 そういえば間宮がいない。あの朝食堂に入った時は鳳翔しかおらず、間宮らしき姿は見えなかった。確か休暇を得ていたはずだ、部屋は空母寮にある。もし提督の計算が正しければ間宮は──、

 

「何急いでるノ?」

「っ!?」

 

 急いで空母寮へ向かっていた提督。連絡通路を使って走っていた途中、空母寮の目の前で金剛が立ちはだかった。神妙そうな表情でこちらを睨んでいる。

 

「よぉ金剛……そこ退いてくれねぇか……?」

「それは出来ない相談ネ……ねぇ提督」

「何だ……?」

「私、あんまり暴力とかしたくないからサ……さっさとここから消えてくれないカナ?」

 

 意外にも金剛は提督に逃走を勧めてきた。消えてくれないかと何度も言われるが、鎮守府周辺には艦娘達が見張っていて逃げれないようになっている。逃げたくても逃げれないように翔鶴が嵌めているのだ。

 

「それが出来たらこんな苦労しねぇんだよ……! お前らのガキ臭い嫌がらせでこちとら日中睡眠不足だ……」

「それはお気の毒。でもごめんネ、私はしたくないけど……周りがしちゃうかも」

 

 突然背後から気配を感じた。

 すかさず提督は跳躍し、得体の知れない気配の攻撃を回避していく。

 攻撃してきたのは比叡と霧島だ。

 

「比叡と霧島!?」

「あら避けられましたか」

「残念でしたね」

 

 提督は廊下に着地し、転がって体勢を整える。前には金剛と比叡と霧島、二人は既に艤装を展開している。

 

「悪いですがここで痛めつけさせてもらいます」

「少し痛いですがご容赦下さい、提督」

「ふん……ただでさえ姉達の変わりように怯えていたような奴が急にしゃしゃり出て調子に乗り過ぎなんじゃねーのか?」

 

 提督が言っているのは霧島の事だ。鎮守府襲撃から金剛と比叡の変わりように現実を受け付けられず、霧島は部屋に閉じこもっていた。だが好嫌薬を使った事により、いつもの姉達が戻ってきたと勘違いしたのか平然と外に出てきている。

 

「これも翔鶴さんの為……姉さん達が戻ってくれれば問題ありません」

「嘘つけ、何が翔鶴の為だ。お前は翔鶴の威厳を盾にして自分の為である事を隠してるだけだ、お前自身の弱さを見せない為にな」

「……だから何だというんですか。これが私が選んだ事です。榛名お姉様は仕方ありませんが、金剛お姉様も共にいるのなら本望」

 

 霧島の覚悟は既に出来ていたようだ。本当の事を伝えても揺るぎない信念を持っている。何気に厄介な存在だ、嗾けるのは無理だろう。

 

 しかし一つだけ気になる事がある。何故差別している側と差別された側の仲が良くなっているのか。普通であれば啀み合うはずが知らず知らずの内に強力している。提督を消すという一つの目的が一致した事で互いに協力する仲にいるのだろうか。

 

「金剛お姉様も戻ってきてくれたので、後は提督だけですね」

 

 もしかして差別された側ごと一気に洗脳したのでは。そうすれば差別している側と協力しているのにも辻褄が合う。好嫌薬だけ使用すれば互いの勢力にいざこざが起きるのは必然だ、例え提督を消すという目的は同じでも差別意識が続いてる事に変わりはない。言わば差別している側が第一勢力、差別された側が第二勢力、提督が第三勢力になっているような状態だ。

 

 もし第一勢力の艦娘と第二勢力の艦娘が第三勢力である提督を消そうとした場合、一番下になりやすいのは提督と第二勢力の艦娘になる。そして第一勢力が対立するのは提督だけでなはく、第二勢力の艦娘になるからだ。ただでさえ第二勢力及び差別された側は提督の影響により、差別している側に対して強く反発する艦娘が多い。実際に対立すれば第一勢力である翔鶴達は二つの勢力を相手にしなければならない事になる。

 

 そこで翔鶴は考えたのだろう、差別された側も取り込めば敵が一つに減り、余計な事をせずに済む、と。あの一夜で好嫌薬だけでなく、改造した戦闘意欲増進剤も入れたに違いない。そうでなければ霧島が金剛と比叡と共にいるのはあまりにもおかしすぎる。

 

「提督の事信じてたのが馬鹿らしく思えてるノ。本当に情けないナって、こんな男の事を信じてた自分が恥ずかしいナって」

「……暴力はしたくないはずじゃなかったのか?」

「したくないとは言ったけど……しないとは一言も言ってないヨ?」

 

 金剛は艤装を展開し、ゆっくりと提督に歩み寄る。提督は一歩ずつ後方へ後退り、金剛から距離を置こうとしていた。

 

「仕方ないか……ふッ!!」

 

 提督は勢いよく連絡通路の窓をぶち破る。身体を回転させ、受身をとって着地。そして全速力で走行し、金剛達から逃れる。

 

「追い掛けますか、金剛お姉様」

「いや……いいネ。どうせその内捕まるヨ」

 

 金剛達から逃げる事が出来た提督は執務室に帰還していた。遂に執務室は荒らされ、仕事の書類は床に散乱。本棚は雑に倒され、応接間のソファは中の羽毛が外へ出ている。そして以前ノシロが突き破った壁はブルーシートで覆われていたはずが、外の世界が丸見えになっていた。壁はペンキで「死ね」「消えろ」というよくあるいじめられっ子の机に書かれた悪口が書かれていた。

 

「やる事が餓鬼過ぎるだろ……」

 

 最早ここまでされると呆れてしまうレベルだ。嫌がらせが小学生じみた事だらけで提督に対する影響が全く無い。大人な虐め方とかあれば提督を手こずらせるだろうが、艦娘でそんな事が出来るのは翔鶴達ぐらいだろう。

 

「はぁ~……疲れた……」

 

 ここまでされた嫌がらせや暴力は五十回以上、全て避けてきたが疲労が限界を超えていた。身体に様々な症状を負いながら、艦娘達の相手をするのは厳しい所がある。壊れた椅子に座ってバランスを保つのが精一杯だ。

 

 

『……姉さんは貴方に会いたくないそうです。さっさと帰ってください』

 

『居るだけで気分を害するので』

 

『消えてください』

 

『あ、もしかして前の事信じてたの? あんなの嘘に決まってるじゃん』

 

『やめてよ? 本気で気にしてるとかキモいから』

 

『こんな男の事を信じてた自分が恥ずかしいナって』

 

 

 何故だろうか、今になって艦娘達の言葉が心に刺さる。あんな艦娘達の言葉など全く気にしていなかったのに、何か落ち込んでしまうような、虚しい気持ちが身体の中を埋め尽くしていた。

 

 恐らくどこかで自分は安心していたのだろう。徐々に活気を取り戻していく艦娘達が必死に翔鶴達と戦い、嫌であろう自分と一生懸命話しかけてくる。そういった束の間の平和に自分は安心していた、そしてそれを自分はずっと否定してきた。

 

 今になってようやく気付く。

 無意識に自分は仲間という物を作っていた。提督だけが知らない、知りたくなかった事実。本音を語らない、ただ自分だけが自己中心的にやってきた建前だけの仲間が少しだけ──、名残惜しい。

 

「……俺も馬鹿だな……」

 

 提督は軍帽を顔に被せ、自身の表情を隠した。こんな時の自身の顔は最悪な表情をしているに違いない。絶対に見せたくない、見たくもない表情だ。こんな人間じみた感情で出来る表情など人生の恥でしかない。

 

「クソがっ……」

 

 

 

 俺はあの薄汚れたクズの塊の様な人間共は違う。

 

 

 

 あんな人間にはなりたくない。

 

 

 

 だから俺は人間じゃない。

 

 

 

 俺は人間が嫌いだ。

 

 

 

 この世で一番嫌いだ。

 

 

 

 だから俺は──、

 

 

 

「失礼するよ」

「っ……」

 

 執務室のドアをノックして現れたのは白露も時雨と夕立。荒らされた執務室を見るなり引いた表情をしている。

 

「……今度はノックしてきたんだな」

「あぁ。随分と提督に言われたからね」

「何の用だ?」

「警戒し過ぎっぽい。ただ夕立達は忠告しに来ただけだよ」

 

 何の忠告だろうか、また新たな嫌がらせの方法か。どちらにせよまた回避するまでだ。特に駆逐艦共の嫌がらせなど稚拙な物ばかり、避けるのは容易い事。

 

「やっぱここにいるよね~」

「金剛お姉様の言う通りでしたね!」

「あの時の事許さねぇからな」

「クソっ……」

 

 執務室のドアや開けた壁の穴から続々と艦娘達が現れた。今までの嫌がらせをしてきた鈴谷達や金剛達、天龍や木曾、飛龍と蒼龍に加賀、古鷹と加古。執務室に集合し、提督を取り囲んだ。

 そして後ろにいるのは──、

 

「お疲れ様です、提督」

 

 元凶である翔鶴と龍驤、那智、利根がいた。提督に笑顔で挨拶し、執務室の中へ入る。流石にこの数では何をされようが回避する事は不可能。あの力でも使わなければ絶対に死ぬ。

 

「揃いも揃って……何の用だ、翔鶴……」

「いや~これだけ艦娘がいてあの嫌がらせの嵐を尽く回避する提督さんが凄いので褒めに来たんですよ、全くしぶとさに関しては世界一ですね」

「ふん……その通り俺は世界一しぶとい人間なんでね……お前らのクソガキじみた嫌がらせなんて簡単に回避出来んだよ。もう少し頭を使ったらどうだ?」

 

 提督はこの緊張した場面でも煽るのを止めない。艦娘達の悔しがった表情を見るのが楽しいからだ。艦娘達が提督を必死に嫌がらせしてるのも、これが原因だからである。

 

「いえもうそんな事をする必要はありませんよ……だって……──」

 

 翔鶴の後ろにいた葛城が縛られた誰かを歩かせていた。その縛られた誰かを見て提督は目を見開かせる。あまりの感情の昂りで歯を食いしばった。

 

「お前ェェェェ……!!!!!」

 

 

 

 縛られた誰かとは提督が一番大事にしている且つ唯一認めている相手、相棒の摩耶だった。

 

 

 

「──人質が出来るんですもの」

 

 摩耶は顔を俯かせ、艦娘専用の拘束器具で縛られている。この様子だと摩耶も好嫌薬の餌食になったのだろう。必死に提督の事を考えない為に部屋にこもり続けていた。提督が無事であるように、自分が手を出さないように必死に嫌という感情を抑え込んでいたのを翔鶴が部屋から引きずり下ろしたのだ。

 

「提督さん、もう分かっていると思いますが……これから私達がする事を回避する度に、摩耶さんが痛い目に会います……こうやって」

 

 翔鶴は那智にアイコンタクトを送り、例を見せる。那智はナイフを取り出し、摩耶の腕に躊躇いもなく突き刺した。それを見た提督は激昴し、大声をあげる。

 

「ッ!! やめろ!!!」

「大丈夫ですよ、これぐらいの傷で死にはしません。ですがずっと避け続けたら、言わなくても分かりますよね?」

「チッ……!!」

「提督が摩耶さんをとても大事にしているのは分かってます。ケッコンするまでの仲です、愛は素晴らしい物でしょう……試してるんですよ? 貴方達の本当の愛を」

 

 翔鶴は摩耶に突き刺したナイフを抜き、そしてもう一度刺していく。何度も、何度も、何度も翔鶴は躊躇いなく刺していった。摩耶は声を漏らしながらも必死に我慢している。顔は隠しても涙が出ているのが見て分かった。

 

「この……」

「貴方がいつまで耐えれるか楽しみですね」

「この……!!!」

「だから精々頑張ってください♪」

「このクズがァァァァァ!!!!」

 

 提督が叫んで駆け走った途端、金剛の蹴りが提督の腹に炸裂。壁に打ち付けられ、足で床に叩きつけられる。提督は腹を抱えて、翔鶴達を睨んだ。

 

「では……また──」

 




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