提督による形勢逆転の作戦が実行された。
まず提督は左腕の切断拷問が続いている為、鹿島と古鷹に調教されている体で地下営倉にこもる。
鹿島と古鷹は薬の投入役。夕食前に食堂で準備する鳳翔の気を古鷹が惹き付け、その間に効果消去薬を仕込む作戦に入った。
「ほ、鳳翔さ~ん……」
「はい、どうされました古鷹さん」
「実はですね……私の部屋が少し散らかっていて、部屋が綺麗な鳳翔さんに手伝ってほしいんですけど……」
「あら、そうなんですか。分かりました、まだ時間はありますし大丈夫ですよ」
古鷹が鳳翔を連れて、食堂の厨房を離れた矢先に鹿島が自然に潜入。グツグツと音を立てた味噌汁の長鍋の中へ、粘り気のある効果消去薬を投入する。ある程度誤魔化せるようにお玉でかき混ぜ、味を感じさせない為に味噌を少し多めに入れる。
「正直味噌汁は塩っぱい方が好きなんですよね~……ん~私好みの味です」
効果消去薬の効果発動時間は摂取方法など関係無く、摂取してから必ず一時間後に発動する。提督曰く、出来れば効果発動時間を設定したかったが、それをやる前に翔鶴達に罠を嵌められ出来なかったとの事らしい。昼食の時間は十二時半からで、そこから艦娘達が食べるとすれば凡そは十三時半から十四時半の間。その間に艦娘達が知らずに摂取すれば好嫌薬や改造された戦闘意欲増進剤などの全ての薬の効果はゼロと化す。
「だ、大丈夫ですかね……」
「全員が集まってます。何も問題はありません……私達が犯した罪以外はですが」
「うっ……」
鳥海が摩耶の分まで昼食を持ってきているのは確認出来た。艦娘の全員が食事を取った事を確認した古鷹はその後の反応を追い、鹿島は提督の元へまた向かった。
そして──、
「あっ……」
最初に摂取した白露を機に全てが崩れ去る。効果消去薬の効果が発動、翔鶴達が仕掛けた好嫌薬や改造された戦闘意欲増進剤などの効果が全て消去されたのだ。
「提督……!!」
「どこに行ったのよ……お願い……! 出てきて……!!」
「あ……あぁ……あぁぁぁ……!!」
「何で私は……あんな事をッ!!」
「ごめんなさい……提督……」
突如鎮守府の中は阿鼻叫喚に包まれる。罪の意識を感じた事で泣き叫ぶ者やどこかへ消えていった提督を必死に探す者、頭を抱えてはただ只管に謝り続ける者などまさに地獄絵図だ。
「一体何が起こったのよ……!! 何でいきなりこんな事が……!!」
翔鶴や龍驤達が突然の騒動に慌てふためく。翔鶴を気にもとめずに涙を流しながら加賀や鈴谷は血眼になって探していた。まるで薬の効果が切れたかのような艦娘達の行動に翔鶴達は何が起こっているのか理解が追いつかない。翔鶴は慌てて一人で司令本部へ向かった。しかしその時──、
『よぉ翔鶴』
「ッ!!?」
『……また会ったな」
鎮守府内のスピーカーから本物の声へ伝わって聞こえた。ようやく司令本部と駆逐艦寮を繋ぐ連絡通路にて対峙する。翔鶴の目の前にはニコニコと微笑む鹿島と元気な姿をある程度取り戻した──、憎き提督がいた。
「悪いが翔鶴、お前の作戦はここで終わりだ」
「貴方が死ねば終わりですね」
「俺は死なねぇよ。お前らが全てやってきた事が終わるんだ」
この艦娘達に嫌われ続け、嫌がらせと拷問を受け続ける日々はもう無くなる。翔鶴が仕掛けた罠や作戦が全て水の泡になったのだ。
「どうやって? まさか鹿島さんが味方になってくれたからと言ってこの状況が打破出来るとでも? 例え鹿島さんと言えど七十人を相手に出来る訳が無い……貴方の社会的地位を降ろした、貴方の企んでいた事は潰した、貴方の下らないプライドをズタズタにしてやった……どうやって戦うんですか? 摩耶さんがどうなってもいいんですか? 貴方の目の前で殺したっていいんですよ?」
七十人でも余裕なんだけどな、と心の中で思いながらも鹿島は翔鶴と対立する。どうやら翔鶴は計画が崩れ去った現実に逃避し、理解してないようだ。薬の効果が消え去った事や艦娘達が目を覚ましている事、それを知らずに翔鶴は提督に脅していく。
「……やっぱお前は、人の心を捨て切れていない」
「……」
「俺が摩耶の為なら何も出来ないっていう良心を信じてる時点でお前は三流だ」
「……れ」
翔鶴が顔を俯き、何かを呟き出す。
提督は翔鶴を追い込む様に言い詰めてきた。
「わざわざやりたくもない癖に悪になりきるのはやめろ、お前はそういう性格じゃない」
「……れ……!」
「言えよ、誰に脅されてるんだ。お前を縛っている全てを俺が──」「黙れ!!!!」
提督の話を翔鶴は大声を出して一蹴する。突然の叫声に翔鶴以外の艦娘と提督は身体を跳ねらせ、驚きの表情を隠せずにいた。口調も命令形に、以前のかしこまった口調は消えている。
「黙りなさい!!! 貴方までそんな戯言を言い出して!! 良心を信じてる!? 良心の欠片も無い貴方の何処を信じればいいんですか!!? 一々私達の事情に首突っ込んで、一体何がしたいんですか!!!?」
「そりゃあ、お前らの元上司の為に!! やってんだろうが!!!!」
提督は手を広げて堂々と打ち明ける。その瞬間に、突然那智と利根が前に出て提督に殴り掛かった。那智と利根の殴打を鹿島が庇い、壁を突き抜け外へ出る。連絡通路の壁に大穴が開き、そこから外にいる提督と鹿島を見下ろした。二人はすぐさま立ち上がり、以前摩耶に蹴り飛ばされ倒れ込んだ場所にて翔鶴達を見上げる。
「■蒼■中尉……忘れたとは言わせねぇぞ翔鶴。かつてお前が愛し、そして殺した男の名前だ……」
「っ……!!? だから何だと言うんですか、あの人は死んだ!! 私の手によって!! あの男の所為で! 私は犯されて!! 全て台無しになって! 脅されて!!! 殺せと頼まれて殺した!!! 仕方が無かった!! どうしようも出来なかった!!」
翔鶴の嘆きと共に寮から次々と艦娘達が艤装を展開した状態で現れた。
提督と鹿島に接近し、徐々に距離を詰めていく。
「力が必要だった……皆を守れる様な力が……! 私が支配すれば皆を扱える、だから私は支配という力で皆を守った!! 徹底的に痛めつける事で兵器として感情を無くさせ、辛くならないように頑張った!!」
喉が張り裂けそうな声で翔鶴は自身が経験した過去と経緯を嘆く。思い出したくない忌まわしき過去が頭の中で映像のように流れた。翔鶴は頭を抱えて、提督に訴える。
「これのどこが間違ってるのですか!! 私は間違っていない! 絶対に間違っていない!!! 絶対に!! 間違ってなんかいない!!!!」
自分は絶対に間違っていない。一体そんな自信はどこから湧き上がるのか。何を経験して出来たモノなのだろうか。明らかに矛盾している事を正しい事だと思い込んでいる。
「もう終いです!! 鹿島諸共この世から消えなさい!!!」
提督と鹿島を取り囲むようにして艦娘達が再度艤装を構える。鹿島も艤装を展開し、提督を守る様にして身構えた。しかしそこで提督はある異変に気付く。
「っ……? そうか……」
「やりなさい貴方達!!!」
「翔鶴!!」
「っ!?」
突然大声で名前を呼ばれ、たじろぐ翔鶴。
提督は翔鶴を見て、突然話し始めた。
「全てにおいてお前に完敗だったよ……流石俺が強者と認めたぐらいだ。仕組まれた罠、作戦、どれにおいてもお前は優秀だった。優秀過ぎた、優秀過ぎたんだよ……」
「命乞いですか!? 見苦しいにも程がありますよ!!!」
「いや違うな……お前が優秀だから、俺らは勝てたんだ……」
突如放たれた砲弾が翔鶴の頬を掠める。連絡通路の中で着弾し、爆発して崩れ落ちた。爆発を背景に翔鶴は砲撃した艦娘を睨む。
翔鶴に砲撃してきたのは──、
「不知火とプリンツが!?」
──涙を流した不知火とプリンツだ。
「だから何だと言うんですか……!! 例え三人だろうとこの状況は打破出来ない! 質量に押されて……っ!!?」
翔鶴が見下ろす光景には艤装をこちらへ全て向ける艦娘達の姿が。提督へ向けたのではなく全て翔鶴達に向けている。有り得ない光景に翔鶴は限界にまで目を見開いた。
「誰が私達だけと言いましたか?」
「すいませんが、ここにいる全員はもう目覚めてますよ」
何故だ、何故だ、何故反旗を翻しているんだ。
提督には何の手段も無かったはずだ。それこそ私がその手段を目の前で破壊したはずなのに。
一体どうやってあの薬の効果を打ち消した?
何故だ、何故だ、何故だ!!!
「何故だって顔してるなぁ~、翔鶴……」
戸惑いを隠せない翔鶴に提督が声を掛ける。
そこで初めて翔鶴は悔しい表情で提督を再度睨みつけた。
「ざまぁみやがれ」
「……一体何を仕掛けたんですかッッ……!!」
とてつもない程怒りを表す翔鶴。前髪が逆立ち、淡い黄色の眼が輝いた。タイミングを見計らって灰色達が地下営倉から脱出、外に出て状況を確認し始めた。
「俺は呉鎮守府の地下倉庫からある物を取り出した……それは、効果消去薬。薬のありとあらゆる効果を全て打ち消す禁断の薬だ。俺はそれをコイツらに飲ませたんだ」
「あの大瓶に入っていた物ですか……! ですがあれは確かに貴方の目の前で台無しにしたはずです!!」
「あぁ確かにお前は俺の目の前であの大瓶を破壊し、使い物にならなくした……だがあの大瓶に入っていた物は偽物だったんだよ」
偽物と聞いて翔鶴は過去の記憶を思い出す。確かあの大瓶を渡してきたのは鹿島だ、提督が隠していたから大事な物に違いないと言われて貰い受けている。そして翔鶴は気付いた。
「偽物……? まさか!!」
「そうそのまさかです。あの大瓶は私が食堂の厨房に置いてある大瓶からすり替えた物……あの時翔鶴さんに渡したのは効果消去薬なんかではありません、ただの水飴です」
「元々食堂の厨房に置いてあった大瓶も俺が置いてあったものだ。作戦に使う事は無いだろうと思っていたが、良い形ですり替える事が出来たんだよ……だから誰もその大瓶に怪しむ事が無かった」
食堂の厨房に置いてあった水飴の大瓶と効果消去薬が入っていた大瓶の形は同じ形をしていた。というもの提督が初めて食堂の厨房で効果消去薬と水飴の類似性の実験をしていた時には大瓶はいくつか存在している。五十鈴と片付けた時に提督は五十鈴に命令して水飴だけの大瓶を食堂の厨房に一個常備させていた。その常備させていた大瓶がまさか必要になっており、鹿島はその大瓶と取り替えていたのだ。
結果、翔鶴はその大瓶を怪しむ事なく提督の目の前にて破壊。しかし効果消去薬が入っている大瓶は鹿島の部屋に保持されていた。唯一翔鶴達に恐れられた鹿島でなければこんな事にはならなかっただろう。
「そうとも知らずにお前はのたうち回る俺を見てほくそ笑む……この馬鹿め、と!!」
「ッッッ……!!!」
「笑っちまうよなぁ、見事自分が考えた作戦や罠が順調良く進み、更には俺が企てていた作戦も踏み潰した……そして目の前にいるのはボロボロになったゴミ同然、どうしようもないクズなんだから!!! ここまで行けばどう考えても疑わない、疑わない訳がねぇよなァァ……!!!」
この鎮守府で誰一人として味方はおらず、ましてや唯一の対策案も消す事が出来たとなれば勝利を確信するのも無理はないだろう。明らかに翔鶴の方が圧倒的に優位だった、この時までは。
「お前らに立ち向かう為ならありとあらゆる手段を投じる!! その為ならどんな手段だと構わない!! だからこそ俺は
血を吐きながら提督は昂って大声で叫ぶ。
周辺の憲兵や整備士達、艦娘達も雄叫びを上げていった。
「さぁ翔鶴……形勢逆転だぁ、覚悟しろ」
「グッ!!! 集まりなさい!!!」
翔鶴は寮の屋根まで跳躍し、提督と艦娘達を見下ろす。翔鶴の両隣にいるのは那智、利根、龍驤、葛城。摩耶を脅してきた時に集まっていたメンバーだ。恐らくこの五人が考えた作戦なのだろう。各自艤装を展開し、戦闘態勢に入っている。
「それがお前の仲間か……いいぜ、やろうじゃないか……戦争を!!」
「絶対に私達は間違っていない!!! 間違っているのは貴方達です!! 何がなんだろうと……──」
「お前らの思うその正義と俺等の正義のぶつかり合いだ……──」
「「──絶対に勝つッ!!!」」
ここから内容の八割が戦闘シーンになります。
形勢逆転された翔鶴の元へ集うは葛城、利根、龍驤、那智の五人。
提督に味方するは約六十五人の艦娘達と灰色達。
ぶつかる想い、交差する感情、苛烈する戦闘、動き出す最強達、限られた終焉の時間。
荒くれ鎮守府の運命は如何に――、