「で、どうだった?」
「……いや良いには良いんだが……」
まとめた報告書を顔に被せ、頭を悩ませる提督。机に足を乗せ、天井に被せた顔を向けている。提督が独自で決めた艦隊で行われた演習が終了し、演習に参加した艦娘が徐々に執務室に集まっていた。
「やばい悩み過ぎて寝ちゃいそう」
「寝るな。あたしが分析した報告書なんだ、ちゃんと読んでくれ」
確かに摩耶が分析したこの報告書は猿でも分かりやすくまとめられている。
各艦娘のステータスや基本行動、戦い方の手癖に意識の移り変わりなど事細かに記されている。やがて全員が集まり、提督は改めて話し始めた。
「なぁ……お前らはソロプレイが好きなのか? モ◯ハンだったらリオ◯ウスのワールドツアーにキレてもおかしくないぞ? 特に夕立、木曾、榛名、天龍」
名前を呼ばれた艦娘はいずれも単騎突撃による戦闘が目立っていた。本当の戦場では敵目前で突撃するなど自殺行為に値する。戦力を無駄にしたくない提督はこの単騎突撃を出来るだけやめさせたい。
「つ、つい……」
「つい、で済めば警察もいらないし、憲兵もいらない。モン◯ンだったら一人でダラ・◯マデュラに挑む様なもんだぞ。単騎突撃は一部例外を除いて危険、基本中の基本だ駄犬」
「は、はいぃ……」
夕立は改二へ改装すると駆逐艦とは思えない恐るべき戦闘能力を発揮する。軽巡、重巡に引けを取らないその強さは大本営でも重宝される程。
一度会った事があるが、戦闘狂の目をしていたのを覚えている。恐らくこの夕立もその素質が眠っているのだろう。
「さて……一々指摘してたらキリがない。手短かに言うぞー」
「はいまず長門、霧島。主砲の命中率が悪い、防衛を意識しすぎだ、旗艦でありながら統率出来なかったのははっきり言ってダメ。コミュ障は治しておきましょう」
「了解した」
「了解しました」
「で、隼鷹。集中力が無さすぎだ、躍起になりすぎて艦載機全部飛ばすのも論外。一度北極圏で頭ごと身体を冷やしてこい」
「……分かった」
「夕立と天龍。相手との距離が一キロメートル以上の場合による接近戦はあまり推奨出来ない、あと魚雷発射のタイミングを逃しすぎだ」
「へいへい、分かった」
「分かったっぽいぃ……」
「榛名、木曾。判断が鈍い所がある、息を合わせていない場面が見受けられた。別に周りに合わせろとは言わないが攻撃種類の選択を作り過ぎだ、せめて二つに絞れ」
「わ、分かりました……」
「……分かった」
「えーっと、加賀、瑞鶴、龍驤。言う事無いんでナシ」
「「「ハァ!?」」」
「以上で」
「ちょっと待ちなさい!!」
報告書を机の引き出しにしまい、全艦娘の指摘を終えた提督。
しかし、瑞鶴が異議ありと訴えた。
「なーにー瑞鶴」
「何もナシって……何か言う事でもあるんじゃないの!?」
「ちょっとずいか――」「えー?」
「何か言ってもらいたいのー?」
提督は椅子に座ろうとするも、瑞鶴の言葉を拾って歩み寄った。堂々と艦娘達の目の前まで近づいていく。
「散々俺を毛嫌いしてる癖に何かアドバイスが欲しいのかなー?」
「ち、違っ……」
「アドバイスが欲しければさっさと先程の自分を見つめ直して、何がいけなかったのか国語のテストに出てくる問題の感想を五十文字以内にまとめるようにA4用紙にありったけ五千文字以内に書き埋めてこい、そしたら二十五%の確率で何かしら言ってやろう」
「ひっ……」
瑞鶴を指さし、言葉の弾幕で詰め寄る。壁まで詰め寄られ、圧倒される瑞鶴。
しかしその前に加賀がまるで瑞鶴を魔の手から守るように手を伸ばした。その目は完全に敵と見定める。
「これ以上近づいたら何するか分からいわ」
「何するか分からないなら動かないのが身の為だと思うなぁー、先ず自分の未来の行動を予測出来ない時点で言われないのは妥当だと思うけど」
「近づくなって言ってるのよ!!」
「だったらそう言え! 言葉端折りすぎて意味伝わらねーよ氷河期!! 今すぐその口をゴミ処理場に持ち出してリサイクルされてくるといい、少しはマシな口になるはずだ!」
「何なのよその言動……私達に対して悪意しかないのかしら……!!」
手をグッと握り、怒りを露わにする加賀。提督のこれまでの言動に不服の様だ。無理もない、一方的に罵倒されればキレるのもおかしくはないだろう。
「悪意? 違うなぁ少なくとも俺を陥れようと悪質のある計画を考えているお前達よりはまーだいい方だろ」
「なんでそれを……!」
提督が目線を移す。その目線の先には青葉がカメラを持って怯えていた。勿論提督の方で把握済みである。
「いやー本当に悪質だねー。俺が大本営から金を横領したとほら話を吹き流し、世間に広めようとしたんだろうが残念ながらこの鎮守府に送り込ませた俺の艦娘がいるし、この青葉は俺の言葉の意味をちゃーんと理解して俺と手を組んでる。しかもこの鎮守府は森に囲まれても他に連絡手段はあるだろうが大本営はそんな話など受け入れられなかったみたいだな」
「何故そこまで……」
指さす先は摩耶。
実は艦娘達の策略に気付いた川内が提督に報告、摩耶に防止策の為に機密情報と称してこの鎮守府からの連絡は一切受け入れてはいけないと元帥直々に伝えていたのだ。提督が会談に行く前に摩耶に渡した書類はその為のものだった。
「あともう少し耐えれば自由だと思ってたかぁ? それはおめでたい脳みそだ、さぞかしその時間まで脳内お花畑だった事だろう。だーがお前らの話は全て筒抜けなんだよ。もうちょっと周辺を電探か偵察機で警戒するといい」
「プライバシーの欠片もないわな」
「お前らにプライバシーがあると思ったら大間違いだ! 常に警戒しとく事だな、戦場だったらごく当たり前だ覚えておけ!」
「私達にプライバシーはあるはずです!!」
「自分が兵器だと思ってる奴らがよーく言えたもんだな!! 分かってるぞ、お前らが前任に何回もしつこく洗脳されたってなぁ、俺の前では隠してたみたいだが筒抜けになってる以上、バレても何らおかしくはないんだ! 兵器に人権があるわけなかろう、だからお前らにはプライバシーが無いと言ったんだ!!!!」
――空母寮瑞鶴部屋内
「何なのよあの男!!」
鉛筆を机に叩きつけ、怒り出す瑞鶴。実際A4用紙に反省文を書いていたようだ。隣にいた翔鶴が憤りを見せる瑞鶴を慰めようと駆け寄る。
「落ち着いて瑞鶴」
「落ち着いていられるかこんなの!!!」
「取り乱しては駄目、平常心を保って!」
翔鶴に抑えられ、徐々に落ち着きを取り戻す瑞鶴。座布団に座り込み、鉛筆を手に取った。確かにあれだけ罵詈雑言を言われたら怒らない方がおかしいだろう。
「何よ兵器って……! 私は……私は……」
「確かに私達兵器だけど……他の人に正面から言われたら苦しいわね……」
少なくとも提督の事は全て本当だ。
提督を陥れようとした計画も自らが人間ではなく兵器である事も。全て隠してもなおバレていた。何故バレたのかは分からない、だが中将故に巨大な権力を持ち合わせてる事を再確認出来た。
「絶対許さない!! いつかぶん殴ってやる!!」
「ぶん殴るのは構わないが本当にやるとはバカ真面目もいいところだなー、瑞鶴」
忌まわしい声が部屋のドアから聞こえた。ドアの方向には境目に寄り掛かる提督と摩耶がいた。恐らく先程の会話を聞いていたに違いない。提督は勝手に部屋の中へ侵入、瑞鶴が書いた反省文を勝手に読み上げた。
「な、何読んでるのよ!」
「へぇー制空権を取れなかった、調子が悪かった、根性を見せなければならなかった、って全部精神論の話じゃねぇか!! 実力を書け、実力を!!」
「うぅ……だって……」
「だってもへったくれも無いんだよ! 加賀を意識しすぎて戦闘に集中できなかったとか判断が遅れたとか状況把握が出来ていなかったとか色々考える事があるだろぉぉぉが!!」
「提督……」
「翔鶴! お前もだ!! 大事な妹ならちゃんと慰めろ!! 瑞鶴、ちょっと来い!!」
「えっ! ちょ、待って!! うわっ!」
提督に手を引っ張られ、強制的に連れていかれる瑞鶴。翔鶴は提督の言葉がショックだったのか放心状態で動かなかった。
それを見た摩耶はゆっくりと部屋のドアを閉めた。
――工廠内
無理矢理手を引っ張られて連れていかれたのは工廠。艤装が展開出来る演習場に瑞鶴を入らせた。
「何なのよ一体!」
「いいから艤装を出せ、早く!」
言われるがまま瑞鶴は艤装を繰り出し、その姿を提督に見せた。瑞鶴は一回改装を終えている。艤装は標準装備といったところだ。
「摩耶」
「分かった」
摩耶は瑞鶴の艤装に触れる。ガチッと鋼鉄音が響く、すると砲弾の破片が艤装の間に挟まっていた。
「お前の実力が発揮されなかったのは恐らくこれが原因だろう。よくもまぁ、あの演習でよく出せたもんだな」
「で、でも私は入渠してちゃんと艤装は修復されたはず……」
「時たまあるんだこういう事が。これが原因で艤装が誤作動を起こし、いつもの調子が出ないって事がある。気をつけておく事だな。明石、瑞鶴の艤装を見てやってくれ」
「はい! 分かりました!」
駆けつけた明石が瑞鶴の艤装を外し、奥の部屋に持っていく。暇な妖精達も明石の後をついていった。
「んで瑞鶴、お前から聞きたい事がある」
「……何を……やりたいかって事?」
「それはあるなら後で聞く。瑞鶴、お前ら艦娘の中で差別意識はあるか?」
提督が睨んだのは艦娘の交友関係。普通どこの鎮守府でも艦娘同士では仲良くしている事が見受けられる。だが提督から見たこの鎮守府ではその仲の良さがまるで無い。
「……な、ないわ――」「よっしゃ摩耶、確認出来たぞ。調べてくれ」
「了解した」
「ちょ、ちょっと待って! 無いって言ったじゃない!!」
「無いなら無いでちゃんと俺の目を見て話せ! 隠すの下手過ぎて一瞬でわかったぞ」
案の定、この鎮守府の艦娘達の間で亀裂が入っていたようだ。
原因は前任による戦果をあげた艦娘の優遇制度。優秀な戦果を収めたと判断された艦娘は優遇され、人並みの扱いを受けてきた。
一方で戦果は少ないが使えると判断された艦娘は人並みの生活など許されず、兵器としてその身にあまる待遇を受けていた。この制度が何年間も続いた事により、前任の洗脳もあってか艦娘達の中で意識が分割、優遇される者は使えないと判断された艦娘達を差別していた。
「瑞鶴もその内の一人、と」
「私は元々こんな優遇なんて嫌だったのよ……それなのにアイツは」
「だったらどうして止めるよう説得しなかったんだ? お前らの力だったら前任を捩じ伏せる事ぐらい出来たはずだろうそれなのにロクに行動もせずに一方的に差別し続けて嫌だった? よーくそんな事が言えたもんだなぁ大した根性だ」
「だ、だって……」
「だってじゃないんだぁ優遇が嫌だった? 違うね、お前は反対したら自分もあちら側に移されるのが怖くて何もしなかっただけだよ」
「違う……私は違う……」
耳を塞ぎ、今までの自分を否定する瑞鶴。今まで差別してきた自分が如何に愚かか、背筋が凍る程恐ろしく感じた。それは恐らく前任の洗脳が解かれた反動かもしれない。
提督の言う通り、あの側に戻されるのが怖くて仕方なく差別したと自分を必死に正当化していた。
ようやくこの鎮守府の全ての闇が姿を現した。艦娘の自主性と行動力の無さ、劣悪な衛生環境、枯渇した資材、罰による恐怖のトラウマ、そして艦娘内による異常なまでの差別意識。状況は想定したよりも深刻らしい。
提督は先の見えない不安に溜息を吐いた。
「ようやくその強情な間抜け面も崩れたようだなぁ、さぞかし酷い差別をしてきたんだろう何て酷い奴なんだ」
「違うのよ……」
「良いじゃないかぁ別に俺は瑞鶴の事を責めてるわけじゃない。お前らが思ってる様にロクに戦果もあげないポンコツ兵器共と違って優秀なんだ誇りに思え、私はお前らより強いんだお前らとは格も違うんだお前らと一緒にするなこの鉄屑がァァァァ!!」
「やめて……私は……アイツの所為で……」
泣き崩れる瑞鶴。全ては前任が悪い、ここの艦娘達が逃げて辿り着く文句は全てこの言葉だろう。
「……瑞鶴。お前は前任が今でも憎くて仕方ないんだろう? だったらやる事は一つだ」
「やる事って……何を」
「分からないのか!? お前は前任はとてつもなく憎い、殺したいほど憎い。だが前任が逃げた以上何もすることが出来ない、だがもしその前任をぶっ飛ばせるチャンスがあるなら俺はとことん使うけどなぁー」
「アイツが何処にいるか……知ってるの?」
「大体は」
「何をしているのかも?」
「知っている」
「……教えて、アイツを一回ぶん殴らないと……気が済まないわ……」
提督は摩耶が持っていた紫色のファイルを手に取り、あるページを見せた。それは天龍達同様、前任の提督が深海棲艦の提督として寝返っている内容だ。それを見て瑞鶴は怒りを露にする。
「許せない……あれだけ私達を侮辱しといて、今度は敵の親玉って……許せる訳が無いじゃない!」
「そうだ前任は深海棲艦の親玉だ、未だに場所は特定出来ていないが存在は知っている。そしてお前には戦う力がある。だったらどうしたい?」
「当然……戦ってアイツを、ぶん殴るわ……!!」
「……正解だ。いいよ、叶えてやる。お前のやりたい事、全力で手を貸そう」
座り込む瑞鶴に手を伸ばす。文字通り手を貸した提督は笑っている。瑞鶴はその手を掴み、もう一度立ち上がった。零れる涙を拭い、提督の顔を見る。
「瑞鶴、お前のその願いはいずれ身内とでも戦う事になるだろう。それでも――」「構わないわ」
「私はもう退かないって今決めたから。それに身内と戦う事になっても提督さんは私の味方でしょ?」
「……図々しい女だ、精々足掻くといい」
「よろしくね提督さん」
「あぁよろしく、そしてようこそ――
――我々の世界へ」