「全力でかかって来い!!!」
紀伊大島、通夜島近海で一人の雄叫びが響き渡る。聳え立つ強き者達を前に、孤独な艦は立ち向かった。小さな暖かみを帯びた風が身体に当たり、波は嵐の前の静けさの様に閑寂としている。
これこそ最後の戦舞台に相応しい。
正義と正義、覚悟と覚悟がぶつかり合うこの瞬間こそ人は初めて輝く。
自身を兵器では無く人として見るのなら、その輝きは凄まじいものだろう。
鈴谷達の眼が、心が、全てが羨ましい。
背中に積もりし無数の業を枷にして、自ら最期を飾るは醜き己の戦姿。
前には自由と尊厳を取り戻した若き艦共、鎮守府の未来を輝かんものとする姿はまさに希望の光。
いざ参ろうか、溢れ出る力をその手と足に宿して。
「行くぞッッ!!!」
利根は急発進急加速。
北上と大井の元へ、一直線に突進。
しかし高速走行中に川内が砲撃で邪魔をする。
怯んだ利根は海面を転倒しながらも体勢を整えてまた発進。
球磨と多摩、神通の連続砲撃を躱していく。
そして正面の最上と衝突した。
「何で三隈や筑摩を見捨てたんだ!! 利根ッ!!」
「大事な仲間を見捨てるなどする訳が無かろう!!!」
「だったら何で!! うわッ!!」
気付いてくれ、この戦闘を。
手を組み合い、啀み合う二人の元へ川内が乱入。
突進してきた川内と利根は海面を転倒し続ける。
しかし利根は川内を蹴り上げ、その場を脱出。
間合いを確保して、鈴谷達の位置を確かめた。
「筑摩達は自ら進んでこの世を去る事を選んだのじゃ!! この鎮守府の為! 翔鶴達、そして貴様らの為に!! 犠牲にならざるを得なかったッ!!!」
「それのどこが犠牲なんだクマ!! ちゃんとした理由を言えよクマ!!」
「言える訳が……無いだろう!!」
気付いてほしい、この意味を。
そう願いながら利根は鈴谷と熊野の攻撃を回避し続ける。
すると突然利根の艤装が突然爆発、利根は海面に倒れ込んだ。
「この砲撃は……!! まさかッ……!!」
重い身体を起き上がらせて、砲撃の元を見る。そこには援軍に来た長門と陸奥が向かってきていた。
艤装の半分は跡形もなく消し飛ばされた。
残るは数少ない砲塔のみ。
「那智は降参したぞ、利根。貴様も早く降参するんだ」
「もうやめた方が良いと思わない?」
「戯け……やめる訳が無かろうて……!!」
気付け、早く。
利根はまた立ち上がる。
既に戦える姿では無いのにも関わらず、利根は戦うのをやめない。
満身創痍な利根の姿に鈴谷達は思わず恐れ入りそうだった。
利根がそこまでして戦う理由は何なのか、何が彼女を突き動かすのだろうか。
何を思い、何を感じ、そして何を求めているのだろうか。
言いたくても言えない事なのだろうか。
そのボロボロの背中に誰かがいるのだろうか。
弱みを握らされているのだろうか。
教えてくれ、君は一体……何を伝えたいんだ。
利根の周辺を鈴谷達と長門や陸奥が囲う。
逃げ場は無し、四面楚歌の状態。
そんな中でも仁王立ちしながら腕を組む利根は僅かながらに笑っていた。
「……吾輩は利根であるッ!! 利根型航空巡洋艦の一番艦にして、■■■鎮守府最強の重巡洋艦
腕を広げて利根は過去を謳う。
「醜悪たる眼差しにて正義を貫かんとする
最上に指をさしては、堂々とした表情で叫び続けた。
「死ぬ事を恐れて敗北を許した誇りを持たぬ
利根の背後にて水柱が立ち上る。
クラウチングスタートな様な姿勢になり、戦闘準備に入った。
「動け戦え見て示せ!!! 貴様らの強さを!! 鎮守府の未来を守れるモノなのか!! 確かめようぞ!!!」
利根はまた急発進急加速。
長門と陸奥の砲撃の嵐を回避する。
利根は鈴谷と熊野に向かって蹴りを仕掛けた。
しかし熊野がその蹴りを受け流し、鈴谷が利根の腹へ殴打。
利根は強く殴り飛ばされる。
体勢を整え、再び立ち上がる利根。
前には長門が近接戦闘を仕掛けに来ていた。
長門の殴打を二回ほど躱し、回し蹴りで応戦。
長門は怯むもすぐに立ち直り、脇腹を殴られた。
転倒しながら倒れ込む利根へ長門は追い打ちに砲撃。
利根はすぐさま起き上がり、砲撃を回避した。
高速走行で一旦距離を保つも、弾着観測射撃でまともに砲撃を食らってしまう。
そこに次から次へと砲撃が度重なり、魚雷も複数命中。
水平線を遮る様に水柱が連続して立ち上る。
「うらぁぁァァァァァァ!!!!」
無数の攻撃を食らいながらも利根は直進。
雄叫びを上げながら向かう先には最上がいた。
同じく最上も急加速し、利根と元へ向かっている。
互いに右拳を引き、左手を前に出した。
「気付けェェェェァァァ!!!!」
最上と利根が正面衝突。
衝撃で海面が揺れ、海水が舞い上がった。
最上の右拳が利根の顔面に直撃。
利根の右拳は僅かながらに最上の顔から若干横に逸れていた。
利根は後方へ殴り飛ばされ、宙に浮かぶ。
──あぁ……どうやら……大丈夫のようじゃな。
──安心したぞ……。
初めて敗れた利根は海面にて浮かぶ。しかし耐久値が限界を超えていたのか、徐々に沈みかけていた。
そんな時すぐに長門が抱え、利根の身体を持ち上げる。
「大丈夫だ利根……お前達の意思はもう……提督に届いている……」
それを聞いて安心したのか利根は事切れる。頭をガクッとさせ、意識を失った。
「長門……! どういう事なの……?」
「あぁ恐らくだが……翔鶴達は……──
──誰かに操られている」
──■■■鎮守府、司令本部内広場
かつての司令本部内広場は既に無くなっていた。壁や天井は崩れて瓦礫となり、散乱した木材の破片が地面に突き刺さっている。爆煙や黒煙が立ち上り、火は次第に燃え移っていた。
その広場の中で瓦礫を踏み台にして朝潮達や鳳翔、日向は茫然としている。目に映る光景には想像を遥かに超えた戦闘が繰り広げられていた。
「ッ!!!」
鹿島の殴打を受け止め、龍驤は後方へ引きずっていく。膝を着いては発艦準備の姿勢になった。目の前には銀色の光を煌めき放つ『
「五分経過……よくここまで耐えましたね。正直な感想として今は少し驚いてます」
「生憎ウチはしぶといんでな……特に戦うっちゅう事に関しては、世界一を自負しとるで?」
「それはそれは素晴らしい。艦娘というのは戦闘に執着すればするほど輝くものです。他の皆さんにも見習ってほしいですね」
鹿島は龍驤のしぶとさに拍手で褒め称えた。一切笑顔を崩さずに近付いてくるその姿は不気味だ。拍手した後に腕を広げては艤装の砲塔を龍驤に向けている。
「さて……龍驤さん、貴方はまだ戦えますか?」
「勿論や……っ?」
龍驤が応答し、立ち上がった途端だった。突然背後に振り向き、建物の間に見える水平線を眺めている。何かを察したのか龍驤は悔しがるように歯を食いしばり、一回落ち着いては鹿島の方向へ振り向く。
「利根もやられたか……っちゅう事は今戦ってるのがウチと翔鶴だけかいな……寂しようなったな」
「あらあらそうですか~、もう勝てる見込みはありませんね~」
「馬鹿言え、勝つ気なんてあらへん……そもそもこんな内乱で六十人を相手に戦える程の実力は備わっておらんわ。まぁアンタは戦えそうな実力してるけどな」
鹿島と一戦交えた龍驤は見抜いている。
この艦娘は常軌を逸した強さを持ち合わせている異常者だ。
圧倒的な戦闘能力は勿論の事、戦術や体術、反射神経などが艦娘を超えている。弱点があるようで無いように見せている素振り、命中精度や上からの攻撃などの乏しいものを上手くカバーして立ち回っている。
さしずめ一人艦隊と言うべきか、様々な個性や能力を持つ艦娘の集合体のような存在だ。あの提督や翔鶴が念入りに警戒するのも無理はない。
「目が鋭くて結構。ここにいるには惜しい戦力ですね……どうです? この鎮守府を抜け出して、私達の艦隊に所属するのは?」
「アンタらの艦隊……? どういう事や」
「護神厄討艦隊ですよ。私や摩耶さんのような強者しかいない艦隊です、貴方はその兆しがあるのでお誘いしました♪」
龍驤にとっては噂程度にしか聞いていない事だ。大本営が極秘裏に凄まじい戦闘能力を持つ艦娘を集めて艦隊を編成している。初めは馬鹿馬鹿しく思っていた龍驤だが、鹿島の言葉を聞いて目を見開いた。
「……んなもん断るに決まってんやろ? そんな危ない連中と組んでられへんわ」
「あら、それは残念。まぁ本人の意思は尊重するような艦隊なので仕方ありませんか」
「アンタはそんな悠長に誘って大丈夫なんか? 例えば──」
龍驤は人差し指を下に向ける。
すると鹿島の位置で突然大爆発が発生した。
鹿島は後方へ一歩下がり、突然の爆発を回避する。
空には龍驤の艦上爆撃機、零式艦戦六二型(爆戦)が舞っていた。
「奇襲とか食らったら危ないやろ?」
「えぇ全く同感です……ねッ!!!」
鹿島は急発進して突進。
龍驤の艦上爆撃機の攻撃を回避せずに爆煙を掻い潜る。
大きく振りかぶった後に鹿島は殴打を仕掛けた。
龍驤は鹿島の殴打を受け流し、そのまま背負い投げる。
しかし鹿島は両足で強く踏ん張った。
叩きつけられるのを無理矢理回避する。
龍驤の掴まれた腕を掴み返し、逆背負い投げで仕返した。
強く屋上の床に叩きつけられ、龍驤は一階の空き部屋まで貫通して落下する。
土煙や埃が舞い上がる中、倒れる龍驤の頭上では跳躍した鹿島が。
鹿島の砲口が銀色に光り輝くのを確認する龍驤。
目を見開かせた後にすぐさまに起き上がる。
鹿島の砲撃を間一髪で回避。
ドアを突き破って司令本部一階の廊下へ転がった。
空き部屋が突然爆発し、爆煙に包まれる龍驤。
目に映るは舞い降りる銀色の光を纏いし狂戦士。
爆煙を手で掻き分け、龍驤の姿を確認する。
龍驤はまた鹿島の頭上に爆撃。更なる爆発が鹿島を襲った。
だが──、
「ここでは容易に使えませんね~」
「さ~てそれはどうやろなぁ~……!!」
鹿島は突進して龍驤とまた激突。
龍驤は周囲の壁を応用しながら攻撃を受け流していく。
鹿島の絶え間無き猛攻を己の眼と小さな躰で回避し続けた。
鹿島は身体を捻って腕や足を振り回す。
対人戦闘技術をなりふり構わずに繰り出した。
龍驤も反撃の余地を伺って応戦する。しかしダメージは最小限に抑えられてしまった。
回避パターンを読んだ鹿島は移動地点を予測、裏拳で龍驤を殴り飛ばす。
司令本部内広場まで飛ばされ、龍驤は転倒する。
直撃が効いたのか龍驤は痛み悶えるも、鹿島の砲撃を察知して跳躍で回避。
巻物状の艤装を再展開し、艦上爆撃機を発艦させる。
だが──、
「させませんッ!!!」
「ンなッ!?」
突如横から朝潮が現れ、龍驤を蹴り飛ばす。
瓦礫の中へ飛ばされては砲撃で追い打ちをかけられた。
埋もれる瓦礫を押し退けて、爆煙を腕で掻き分ける。
何故か酷く傷ついた躰でありながら龍驤は馬鹿笑いしながら立ち上がった。
「こんなになったのは久しぶりだぁぁ……!!」
額から大量の血を流し、龍驤は目を光り輝かせる。手で血塗れた前髪を掻き分け、血反吐を吐いては脹脛に刺さった瓦礫を抜き取った。
「私をここまで滾らせてくれるのは……!!」
そこに関西風の口調は無く、標準語で話し掛ける龍驤がいた。不気味に笑いながら、ゆっくりと歩いていく。いつの間にか艦載機も発艦しており、朝潮達の頭上を駆け飛んでいた。
「あ~これだから戦いはやめられない!! いつかは出せると思っていた私の本当の本気を出せるなんて!!!」
龍驤の身体を光や風が纏い始め、次第に空気が揺れ出した。龍驤の狂った笑い声と共に空を舞う艦載機が歓喜の声を上げる。龍驤は違和感な口調で本気を出せると言っていた。
つまり今まで朝潮達が戦ってきた龍驤の本気はまだ本気では無かった事になる。それを聞いて朝潮達はゾッと青ざめ、鹿島は狂気に満ちた笑顔で見つめていた。
その時、突然朝潮の位置で大爆発が起きる。
朝潮は大ダメージを受けて意識を失ってしまった。
「朝潮姉!!!」
「ボーッとしてんじゃないよ!! 早速始めよう……!! 容赦なく攻めるから、精々死なないでね……ん?」
龍驤が艤装を構えて艦載機を発艦しようとしたその時、鎮守府の中央にて紅黒い稲妻が降ってきた。紅黒い閃光が鎮守府を照らし、雷鳴が周囲に轟く。突然の稲妻と雷鳴に龍驤や朝潮達は稲妻の方向に顔を向けた。何かを察知した龍驤は再びにやけ出す。
「やったな翔鶴……!!」