──五分前
「何て馬鹿力だよ……!!」
「四人を相手にここまで善戦するとはな……!」
翔鶴との激戦により、寮の屋上は戦場と化していた。爆弾による幾つもの穴が空き、火を纏う瓦礫は散乱。寮の窓ガラスは戦闘の衝撃で殆どが割れてしまい、建物はいつ崩れてもおかしくない状況だった。
「っ……!!!」
寮の屋上にて古鷹や加古、天龍や木曾が囲うのは孤独の鉄鶴。この鎮守府において元凶に等しい翔鶴が艤装を展開して古鷹達を睨み返す。逆転されてから十六分が経過、葛城と那智が撃破されて翔鶴側は一気に不利になってしまった。
「しぶといですよ……!! 大人しく倒れなさい!!!」
「そりゃこっちの台詞だ……! お前こそ早く倒れやがれ!!」
善戦とは言われたが翔鶴は今、極度の限界状態だ。体力や気力は消え掛け、残りの艦載機もあと僅か。辛うじて今は体術で凌ぎつつ、確実に直撃出来るタイミングを伺いながら攻撃を仕掛けている。翔鶴一人でこの長期戦はどう考えても無理があるだろう。だが当の本人は全く諦めるつもりはない。
「絶対に……!」
「倒してやる……!!」
「覚悟しろ……!」
「翔鶴ッッ!!!」
弓を上へ投げ飛ばした翔鶴。
取り囲む四人が一斉に畳み掛ける。
古鷹と加古の殴打、天龍と木曾の突きが交差した。
翔鶴は身体を捻らせ殴打を回避、手首の装甲で弾いて受け流す。
捻った身体の反動で両腕を広げ、天龍と加古を殴り飛ばした。
古鷹の蹴撃を受け止め、そのまま空いた左拳で殴り飛ばす。
木曾の振り下ろしたサーベルを回避。
再び向かってきた加古の殴打を左手で受け止めて掴む。
攻撃を仕掛けた木曾の服を掴み、天龍の元へ投げ飛ばした。
しかし天龍は投げ飛ばされた木曾を回避する。
身体を横回転させ大太刀を振り下ろした。
「ッッ!!」
天龍の大太刀を紙一重で避ける翔鶴。
隙を見た加古は翔鶴の左腕を掴んだ。
全体重を使って古鷹が攻撃しやすい様に翔鶴を無理矢理動かす。
体勢が崩れた翔鶴の元へ古鷹の殴打が脇腹に直撃。
一瞬怯むも翔鶴はすぐさまに加古と古鷹を蹴り飛ばした。
背後に回った木曾がサーベルを振り回し、翔鶴に猛攻を仕掛ける。
翔鶴はすかさず手首の装甲で受け止める。
しかしすれ違いざまに天龍が大太刀の峰で脹ら脛を殴った。
足を掬われた翔鶴は怯みながらも受身を取る。
そして木曾をドロップキックで蹴り飛ばした。
体勢が不安定な翔鶴の頭上を加古が襲い掛かる。
足で踏みつけようとするも翔鶴はそれを躱した。
翔鶴は寝転がりながら加古の足を掬う。
そのまま逆立ちになり、身体を回転させる。
足の装甲で天龍と木曾の剣撃を弾き続けた。
そして翔鶴が跳躍した途端、天龍と木曾の地点で大爆発が起きる。
天龍と木曾は爆発の衝撃で吹き飛ばされ、翔鶴は屋上へ綺麗に着地する。
翔鶴が次の攻撃を仕掛けたその時だった──、
「ッ!? まさか!!?」
翔鶴がある方向に顔を向け、驚いた表情をする。何かを感じたのだろうか、戦闘の真っ最中に翔鶴は声を上げてその方向を見続けた。突然の翔鶴の行動に古鷹達は一瞬理解するのが遅れた。ハッと我に返った木曾が皆に呼び掛ける。
「おい!! 今がチャンスだ、畳み掛けるぞ!!」
他の三人も顔を横に無造作に振っては我に返り、木曾の呼び掛けに応じる。四人が一斉に急発進し、翔鶴の元へ突撃を仕掛けた。だが──、
「そんな……まさか……! 違う……こんなのは……!!」
葛城がやられてしまった、那智がやられてしまった、そして利根までもやられてしまった。残る戦力は龍驤と自分だけ、最早負け戦だと決まったものだろう。しかも龍驤と自分は防戦一方、勝てる道筋は未だに無い。
違う。
こんなのは空想だ。
違う! 違う!! 違う!!!
違う!!!!
「ッ……! 来なさい!!」
工廠で石畳の床を、そして天井を黒い何かが突き破った。黒い何かは大跳躍して空中に浮かんだ後、一直線にある場所へ向かう。
その先にいるのは──、
「っ……まさかッッ!!!」
──寮の屋上にいる翔鶴だ。
翔鶴に突撃する四人が謎の衝撃で全員吹き飛ばされた。
吹き飛ばされる最中に古鷹は目を限界にまで見開かせ目撃する。
悪魔が降臨。
紅黒い稲光を発して現れたのは、とある深海棲艦。
怪物の様な口の艤装に両脇に備え付けられた黒い飛行甲板。
幾つもの砲塔を展開させ、この地一帯の空気を揺らす。
「何だよ……あれ……!」
「なるほど……奴は深海棲艦だった訳だ……!」
古鷹の前にいるは深海棲艦の中でも危険な鬼クラス、白くて丸い艦載機『深海地獄艦爆』を発艦させ、即座に敵を殲滅せんとする空母水鬼がいた。
いや、空母水鬼と変身した翔鶴だろうか。見た目の姿は変われど性格は変わっていない。
「空母水鬼だと!!?」
「まさか翔鶴は深海棲艦なんですか!?」
「あぁ、そうらしいな……!!」
下で見上げる武蔵や大和が驚いた表情で空母水鬼と化した翔鶴を見る。どうやらノシロが言っていた情報は本当の様だ。摩耶が代わりに答え、提督は表情を変えずに翔鶴を睨む。
「負ケナイ……絶対ニ、負ケナイ!!」
ショウカクは曇天の空へ掌を広げる。一つの深海地獄艦爆を囲う様に次々に同じ艦載機が現れ出た。紅黒い煙や稲妻が響き渡り、鼠色の曇天の空が鎮守府一帯を紅黒く染める。その光景はまるで終焉を彷彿とさせるような、互いの存在を賭けた最終決戦の舞台のようだ。
「墜チロォォォォ!!!!」
紅い弾丸の如く急発進する翔鶴の艦載機が古鷹達を襲う。また古鷹達だけでなく提督の元まで襲い掛かってきた。降り掛かる爆弾の暴風雨に古鷹達と提督達は身構える。
「空母機動部隊!! 秋月型!! 照準を翔鶴及び空母水鬼に変更、対空戦闘開始! 今すぐ古鷹達を援護しろ!!」
「「了解!!」」
「了解です!!」
「ヒサシブリナノネー!!」
「アバレテヤルノネー!!」
「ヒャッハー、ナノネー!!」
提督が大声を出して各艦隊に指示を伝える。加賀達や秋月達は一斉に攻撃隊を移動させ、大群の深海地獄艦爆へ航空戦を仕掛ける。しかしショウカクは大量の深海猫艦戦をも繰り出してきた。
鎮守府の上空にて空母機動部隊の攻撃隊とショウカクの攻撃隊が衝突する。白く光る曳光弾が列に並ぶ様に交差し、互いに敵機を撃ち落としていく。深海地獄艦爆を撃墜した飛龍の零式艦戦二一型(熟練)が爆風を潜り抜けて旋回、更に深海猫艦戦を追い掛ける。加賀の紫電改二の頭上から三機の深海猫艦戦が急襲、弾丸の嵐を受けて撃墜された。
水上から秋月達が十センチ高角砲で航空戦の援護、的確に航空戦から距離を取った敵機のみを攻撃していく。
「摩耶!! 今すぐ翔鶴の元へ向かえ!!」
「分かった!!」
場面は変わる。
崩れた司令本部では光纏う龍驤が新たな力を押し出そうとしていた。眼は黄金に輝き、常に狂う様に笑っている。左掌に『勅』と書かれた金色の炎を灯し、巻物型の飛行甲板を無理矢理擦る様に火花を散らしながら零式艦戦六十二型(爆戦)と彗星一二型を発艦させた。
「アハハハハハハ!!!!」
それと同時にショウカクの深海地獄艦爆も襲来。鳳翔が零式艦戦五十二型を発艦させ、龍驤の爆撃機と同じく攻撃していく。まるで蝙蝠の様な爆撃機の並びに陸にいる霞達は焦りを見せた。視線を黒影が駆ける紅黒い曇天の空から瓦礫の頂上で太陽の様に輝く龍驤へ双眸の視界に移す。
「今すぐ止めないと!!」
「でも朝潮姉が!!」
「霞さん」
戦闘態勢にすぐ入った霞は龍驤の元へ向かおうとした。
が、鹿島に肩を掴まれ、名前を呼ばれる。振り向けば多少頬を赤らめた鹿島が嬉しそうに龍驤を見ていた。
「こういう時こそ落ち着くように。大丈夫です、貴方達ならば必ず勝てます……私の指示通りに動いてみてください」
「鹿島さんの、なの?」
「はい。大丈夫です、指導通りにやれば問題ありません」
「……分かったわ……!」
霞は深く深呼吸し、自身を落ち着かせる。鹿島の言葉を聞いていた大潮達も覚悟を決め、狂い笑う龍驤を睨んだ。
そして――、
「大潮さん、霰さん。龍驤さんの目の前に移動、右殴打を頭を下げて回避」
鹿島の指示は一秒後の動きだ、二人が指示を聞いた途端に頭を下げれば無事に龍驤の殴打を回避出来る。一回でも聞き逃せば龍驤の攻撃が即座に当たる。大潮達は精神を研ぎ澄まして、指示通りに動いていく。
「霰さんは左腕を掴まえ抑えて。大潮さんは足を引っ掛けて下さい、満潮さんは龍驤さんの目の前まで移動を」
「ッ、うおッ!?」
龍驤からすればまるで操られているような感覚だ。
鹿島の指示は自分でも聞こえているはずなのにその通りに動いてしまっている自分がいる。
「満潮さんは顔面に殴打。手応え無ければ一歩退避、投げ飛ばされた霰さんをキャッチ」
満潮の殴打を顔面から受け止める龍驤。
しかし龍驤はビクともせずに頭だけで満潮の拳を跳ね返した。
「ふはははッ、いいねッ!!!」
腕を抑えている霰を無理矢理腕ごと振り回して拘束を解除させる。
そのままよろけた霰を投げ飛ばした。
龍驤は大跳躍、駆け昇る龍の如く空へ舞う。
纏う光がより一層輝き始めた。
身体はうつ伏せに捻らせ、左掌と右足を紅黒い空へ、右掌と左足を大地に。
右掌に黄金に輝く『勅』の焔を燃やし滾らせ、自らの背後に飛行甲板を展開。
「霞さんは私の元へ、日向さん!」
「何だ!」
「荒潮さんを投げ飛ばせますか?」
「勿論だ! 荒潮!!」
霞が鹿島の元へ向かい、呼ばれた荒潮が日向の元へ。日向へ指示した途端に鹿島は霞の服を掴み、投げる体勢にはいる。思わず霞は「え」と声を漏らすも、咄嗟に覚悟を決めた。
「加減は無しだぞ!!」
「オーケーよ!!」
「よく言った! おッらァァァ!!!!」
鹿島と日向は一斉に霞と荒潮を投げ飛ばす。ミサイルの様に空へ舞う龍驤に突撃を仕掛けた。龍驤は二人を迎え撃つ様に零式艦戦六十二型(爆戦)を荒潮と霞へ向かわせる。
「朝潮さん、ってどこへ?」
「アレを見ろ!!」
「っ……!?」
一方で寮の屋上では既にショウカクと古鷹達が激突していた。
ショウカクは空母水鬼の艤装にある砲塔で牽制砲撃。
距離を詰めてくる古鷹達へ砲撃の嵐を浴びせた。
しかし古鷹達も応戦、砲弾を躱しつつショウカクの元へ駆け走る。
そしてまたショウカクも自ら突進。
砲撃をやめさせ、古鷹達に突撃を仕掛けた。
咄嗟の突撃に古鷹達はたじろぐ。
ショウカクのドロップキックが天龍に直撃。
無意識に防御した天龍は衝撃で後方へ蹴り飛ばされた。
「天龍!!!」
ショウカクは身体をうつ伏せに、床に手をつけて逆立ちになる。
堅い装甲が備えられた両足を振り回し、古鷹達を寄せ付けない。
だが古鷹は床を滑走し、無防備なショウカクの腕めがけて蹴撃を仕掛けた。
が──、
「ッ!! んなッ!!?」
ショウカクは跳躍、体勢を整える。
滑走する古鷹の背後に回り、そのまま追い掛けるように古鷹を蹴り飛ばした。
広場を挟んだ隣の寮の建物へ隕石のように衝突。直後、深海地獄艦爆による無慈悲な爆撃が古鷹にトドメをさしてきた。
「負ケナイ……絶対ニ私ハ、負ケナイ……!」
「くっ……なんて禍々しい力だ……!!」
ショウカクの姿はまるで全てを憎む憎悪の化身、絶望を齎す悪魔の様だ。眼は紅く輝き、身体全体を紅黒いオーラのようなもので纏っている。口から出る白い吐息で排熱し、白い肌を持つ掌は稲妻が迸っていた。
「お前は……翔鶴、なのか……?」
「元ハ艦娘デシタヨ……艦娘ダッタ……!!」
「だったって、じゃあ何で深海棲艦になってんだよ……!!」
「貴方達ニハ知ル必要ノ無イ事デス!! 大人シク倒レナサイ!!!」
ショウカクが紅黒い曇天の空に掌を広げる。『深海地獄艦爆』をいくつも繰り出しては発艦準備させた。突如曇天の空が歪み、陸にいるショウカクを中心に雲が円を描き始め、収束するように動いている。徐々に風が吹き荒れ、波がざわついた。
「ショウカク姉……何で……!」
瑞鶴は変わり果てた姉の姿を見て歯を食いしばる。
翔鶴姉の心の傷はここまでしなければいけない程に深くなっているのか。
皆を守りたいはずの翔鶴姉が、今は皆に対立して戦っている。
違う、翔鶴姉が望んでいるのはこんなのじゃない。
「……」
屋上にて戦うショウカクを見上げる瑞鶴。顔を俯いては右手を握った。
もし私が動いていればこんな事にはならなかった。
ショウカク姉や皆が戦う事なんてなかった。
あの時私が何か言葉を掛けていれば、翔鶴姉は少しでも救われたのだろうか。
いや、駄目だろうな。
憎き前任によって変わってしまった翔鶴姉を私は止める事が出来なかった。自分の身に脅威が迫るのが怖くて、嫌な思いをしたくなくて逃げていたんだ。
提督さんの言っていた事が本当だなんて信じたくはなかったけど、今思えばあの時の私はとても惨めだな……。
だから……――、
だからこそ……――、
だからこそ私は――、もう退かないって決めたんだ。
初めて提督さんと手を組んだ時から決めたんだ。
もうこんな地獄を作らない、もうこんな悪夢は見させない。
例え身内と戦う羽目になったとしても、二度と退かないって。
それが今なんだろうと思う。
唯一の姉妹である翔鶴姉と敵対し、皆が悪夢の時代を終わらせようと必死に戦っている。自分の身を削ってまで未来を勝ち取ろうと必死に足掻いているんだ。
そこで私が動かないでどうする。
いつまでも過去の私に縋って後悔するのはやめろ。
今度こそ私が変わってしまった翔鶴姉を救うんだ。
もしこの先の未来が、私にとって死すら羨むような地獄だったとしても。
私は――、
「待ってくれ瑞鶴」
「っ……?」
「あたしに戦わせてくれないか? アイツは一発殴らなきゃ気が済まなくてな……姉妹喧嘩なら後でやってくれ」
その右眼は炎の如く、紅く輝いた。
「ハァァァァァァァ!!!!!」
ショウカクは『深海地獄艦爆』を複数発艦。
紅いオーラを纏った爆撃機が残された木曾や加古目掛けて爆撃を仕掛ける。
爆撃されまいと二人は一斉に急発進。
しかしそれを予知したショウカクは突進。
二人の顔面を勢いよく掴んだ。
そして二人を掴んだショウカクは別の寮へ飛び移っていく。
向かってきた天龍をもう一度蹴り飛ばした。
工廠の屋上まで跳躍。また更に跳躍し、二人を海面へ投げ飛ばした。
天龍、木曾、加古の三人は体勢を整えて綺麗に着水。
ショウカクは艤装を巧みに使いこなし、立ち乗りのように艤装の上に立った。
天龍達の頭上には大量の深海地獄艦爆が飛び交っている。
「一旦別れるぞ! 不規則に移動して撹乱させるんだ!!」
「オーケー!」
「任せろ!」
海上を不規則に展開し、照準をずらすように動く三人。ショウカクは手当たり次第に三人へ爆撃を開始した。
水柱がまるで壁のようにいくつも立ち上る。それでも三人はその水の壁を突き抜け、ショウカクの元へ一直線に向かっていった。
しかし──、
「ッ!?」
突如ショウカクの爆撃隊が次々に爆発し始めた。まるで花火のように爆ぜ散り、残骸や火の粉が海面に降り掛かる。ショウカクからすれば撃ち落とした相手はすぐに理解出来るものだった。
「貴方ハ……!!」
その相手とは――、木曾達の前に立つは右眼に紅い炎を灯し、艤装が一部変形した『
「摩耶……!」
「ショウカク……覚悟しろ」