できる限り最大限の警戒をお願いします。
「……っ……」
「よし写真も取ったし、後は殺るだけだな」
■■少尉は整備士の格好に戻り、スマホの写真を再度確かめる。それは翔鶴が惨めに凌辱された写真だ、今後翔鶴を脅す為に撮ったのだろう。翔鶴は白い液体に塗れ、正装もボロボロのまま半裸で畳に横たわっていた。目に光は無く涙は流れ出ており、■■少尉の声に全く反応しない。
「おい翔鶴。反抗しようと思うなよ? 何か怪しい行動でもすればお前の大事な提督や仲間にこの写真をバラすからな? バレたら君はもう人生おしまいだな!」
「……う……ぁ……」
一時的に人間性を喪失した翔鶴は最早喋る事すらままならない。抗いも出来ない絶望を前に、生きる気力は既に無かった。■■少尉は倒れ込む翔鶴の白髪を握り、座る■■少尉の目線まで顔を上へ持ち上げる。
「死んじゃアイツが悲しむぞぉ? あ、後でここは何事も無かったかのように片付けて、皆の目の前では普通に振る舞えよ? やらなかったらもう言わなくても分かるよな~?」
「……は、い……」
■■少尉は翔鶴の髪を揺らし、辛うじて翔鶴は精一杯の言葉で答える。その後■■少尉は何事も無かったかのように部屋を抜け出し、その場を去っていった。
部屋の中で一人になった翔鶴は身体を震わせながらもゆっくり起き上がり、切り刻まれた正装を脱ぎ捨てる。部屋にあるシャワー室にて汚れた身体を洗い流し、再び別の正装に着替えた。白い液体と透明な液体で汚れた畳を綺麗に拭き取り、臭いはバレないように窓を開けて換気。そして部屋の隅で翔鶴はずっと蹲った。
「こんなのって……」
翔鶴は必死に声を殺し、誰にも聞こえないように泣く。これから自分はあの男の言いなりにならなければならない。あんな酷く辱められた写真など仲間はおろか、蒼色に見られたら本当に自分の人生はおしまいだ。今も局部が針で突かれる程に痛い、胸も無理矢理掴まれた所為で気持ち悪く感じる。翔鶴はこれからの未来に絶望し、声を殺して泣き叫んだ。
「おーい翔鶴!」
あの男に襲われて五時間後。食堂にて夕食を食べ終えた翔鶴は部屋に戻ろうとしていた。勿論誰にもあの事は話さず、楽しそうに那智や龍驤と話はしている。
「久しぶりの休暇、どうだった? ちゃんと身体は休められた?」
「いえ……まだ疲れが残ってたみたいです。今日は早く寝ますね」
「そうかー……それなら仕方ないな。ゆっくり休めよ! じゃ、おやすみ翔鶴」
「おやすみなさい」
蒼色と最低限の会話を済ませ、翔鶴は部屋に閉じこもる。ドアを閉めた後に翔鶴はその場に座り込んだ。顔を腕で隠し、流れる涙が溢れ出る。
「ごめんなさい……提督……本当に……ごめんなさい……本当に……本当に……」
蒼色と話すだけで精一杯だった翔鶴。蒼色の顔を見るだけで心が苦しくなり、今すぐにでも泣き喚たい気持ちでいっぱいだった。蒼色は自分が■■少尉に犯され、脅され続けている事を知らないだろう。
もし言えば自分の惨めな姿が全員に知られ、築いてきた信頼や友情、愛情が全て水の泡となる。それだけはどうしても避けたかった翔鶴はあの男の言いなりとなり、蒼色と会わぬように部屋にこもり続ける選択を選んだ。
「翔鶴姉、充分に休めたでしょ?」
「えぇ……そうね。身体が軽くなったわ」
「でしょー? やっぱ時には休む事も大事なんだからね! でも明日からまた秘書艦だけど……大丈夫?」
「大丈夫よ。問題無いわ瑞鶴」
「そう……? ならいいんだけど……」
翔鶴は一週間の休暇を経て秘書艦に復活。いつもの仕事に復帰出来るかと思えたが、そう簡単に上手くはいかなかった。普段は間違えないミスをしてしまったり、書く書類を間違えてしまうなどありがちなミスをやってしまうばかりだ。蒼色は一週間休んだから忘れたのかなとフォローしてもらったが、それでも書類は残ってしまい、演習の時間を無しにして午後の時間を使う事になった。
「大丈夫か? 翔鶴、本当に疲れ取れてる?」
「はい大丈夫なんですけど……やっぱ忘れてるみたいです」
「ちゃんとしてよー? 頭脳明晰な翔鶴さーん?」
「すいません……」
昼になり食堂にて昼食の時間になった。空は曇天となり、今すぐにでも雨が降りそうな感覚だ。翔鶴と蒼色が昼食を取っている最中に■■少尉が話しかけてきた。
「■■君、調子はどうだい?」
「大丈夫です。あとお二方、お茶を持ってきましたよ」
■■少尉が二人分のお茶を持ってきてくれた。飲み干した分のお茶を持ってきてくれた気配りは他の人からすれば流石と思うだろう。しかし翔鶴からすれば怪しいもの以外の何物でもなかった。
「花粉症にお茶は効くとされています。飲んでいただければ私も幸いです……では私はこれで」
「ありがとねー」
あの男によって自分は脅されている。
つまりこの渡されたお茶も飲まなければならない。見た目は普通のお茶だが、中に何が入っているのか分からない。
だが何かしらモノを入れた事に変わりはないだろう。蒼色は怪しんでいるのか飲む気はさらさら無いようだ。翔鶴は何か入っているという認識をしたままお茶を飲み干した。
「っ……」
身体に何も変化は無い。味は普通のお茶、特に違和感は無かった。だが後でまた来る効果かもしれない。常に警戒する必要がありそうだ。
「よーしちゃちゃっと終わらせるぞー!」
昼食を食べ終えて一時間後の事。残った休憩時間を使って工廠に向かい、整備士達の現場を視察した。翔鶴の艤装をメンテナンスしていた整備士は何処にもおらず、訳を聞けば風邪で休んでいるらしい。
「……どうした? 翔鶴」
執務室に着いた翔鶴と蒼色は終わりきらなかった書類を片付ける為に仕事に取り掛かろうとしていた。しかし蒼色の後を追っていた翔鶴が突然立ち止まり、黙り込んだまま立ち尽くしている。どうにも様子がおかしい翔鶴に蒼色は歩み寄って声を掛けた。
「おーい翔鶴ー? どうし──」
突然首を絞められ、倒れ込む蒼色。
蒼色の首を絞めようとするのは翔鶴だった。
馬乗りになりながら、殺気を漏らして今にでも蒼色を殺そうと躍起になっている。
「ど……して……! しょ……か……!」
しかし翔鶴の絞める力は殺すには弱い力で、蒼色は翔鶴の手首を掴んで首絞めから解放させた。蒼色は勢いよく起き上がり、翔鶴の額に頭突き。怯んだ翔鶴の馬乗りから逃げ出した。
「どうしたんだ翔鶴! お前はそんな事をやる奴じゃないだろ!!」
「うっ……!」
蒼色は立ち上がって翔鶴を警戒する。訳の分からない行動に戸惑うばかりだった。愛している翔鶴が突然自分を襲い、そして首を絞めては殺そうとしている。
「翔鶴! 何があった!! 誰かに脅されてるのか!? なぁ!!」
「殺す……殺す……違っ、いやっやめて!!」
「っ!?」
翔鶴は頭を抱えて、身体を震わせながらなりふり構わず暴れ出した。まるで誰かに操られているような、蒼色を殺す事を拒否しているかのようだ。様子を見れば自分の本心では無いのは容易に分かる。
「私は……いやっ違、嫌ぁ……!!」
翔鶴の頭の中では蒼色に対する尋常ではない殺気に精神が侵されていた。殺せ殺せと幻聴が耳を塞いでも聞こえてくる。身体が自分の意思とは反して蒼色を殺そうと躍起だ。
だが本心では蒼色を殺したくなどない、本当は愛しているはずが殺気に邪魔されてしまう。最早自分の身体と精神を抑えるだけで精一杯だった。
「やっぱまだボロが出るなぁコレは」
「っ!! やはりお前か……■■少尉!!」
執務室のドアを閉めて入ってきたのは■■少尉。普段の寡黙な性格は殆ど無く、敬語を使わないさまを見ればこれが本性なのだろう。蒼色も上層部に例の計画を訴えてから■■少尉が随伴艦も呼ばずに大本営に呼ばれた時から不穏な空気は感じていた。
「お前の神経質ぶりに散々振り回されたよ……よくもまぁ、自分が殺される危険性なんて考えたもんだ。俺が仕組んだ毒殺を全て回避しやがるんだからな」
最近の二週間近く、蒼色は暗殺される可能性を考え周囲を警戒していた。例の計画が今も起きているのならどうしてもバラされたくない上層部は蒼色を殺しに来るだろう。それこそ■■少尉が一番怪しかった存在だった。
「当たり前だろ……あの計画を知っておいて上層部が俺を見放す訳ないだろうからな。さしずめ口封じの為の暗殺、だろ?」
「ご名答。流石は人間派の軍人だぁ、頭の優秀さはピカイチだな。だがそれも今日で終わりなんだよ」
翔鶴が呻き声を上げ、頭を抑えてはもがき苦しむ。
それもそうだろう、翔鶴は今■■少尉に操られている。その呪縛から翔鶴は抗い、出来る限りの声を出して殺そうとする身体を抑えていた。
「翔鶴に何をした……!!」
「何って、ちょっとしたお薬を飲んでもらっただけだよ。私の命令に従順になる……お薬を、ね……」
「うっ……あぁ……!!」
二人の会話から翔鶴はあの時のお茶を思い出す。やはり何かしら薬を入れられたモノのようだ。まさか■■少尉の命令に従順になる且つ蒼色を殺すような薬だとは思わなかった。
あれだけ警戒しておきながら自分が情けない。頭や胸が物凄く痛い上、徐々に自身の身体が自分のモノにならなくなっていく感覚がする。頭を何度も叩きつけなければ正気を保っていられない。
「薬の所持及び使用は軍法により重罪に課せられる物だぞ! お前だって分かってるはずだ!!」
「上層部の差し金からだぞ? そんな事などいつでも帳消しに出来る」
「ッッ!!! こんな事が罷り通っていいはずがない!! 艦娘といい、深海棲艦といい、どこまで腐り切ってるんだお前らはッ!!!」
「あーうるせえなぁ。翔鶴、絞めるのは面倒だ。これで殺せ」
■■少尉はナイフを翔鶴に渡し、速やかに殺せと命じた。翔鶴は拒否の声を出して抗うも自然と身体はナイフを持ってしまう。
そして握ったナイフを蒼色に照準を定め、身体を震わせながら身構える。翔鶴の意識とは別になり、翔鶴の身体だけが蒼色を殺そうと飛び掛かった。
「ッ……!! お前──うわッ!!」
「嫌ぁぁぁぁ!!!!」
「翔鶴ッ……!!!」
嫌だ、殺したくない、大切な人を殺せるはずがない。
誰か助けて。
助けてください。
助けて、誰か。
誰でもいいから、助けてください。
お願いします。
神様お願いします。
私の大切な人を、殺さないでください。
これから人の役に立てるよう頑張ります。
これから戦ってこの国を守ります。
これから人らしく生きていきます。
だからお願いします神様。
どうか──、どうか──、
どうか――、
金属の刃が左胸下辺りを深く突き刺さっていく。
ゆっくりと刺さっていく刃の隙間から赤い液体が流れ出た。
白い軍服が赤く染まり、身体は徐々に力を失っていく。
「あ……あぁ……ぁぁぁ……」
口から大量の血を吐き出し、咳き込む蒼色。翔鶴が持つナイフは蒼色の左胸下辺りを深く刺さっていた。翔鶴は受け入れられない光景に言葉を失い、手や身体を震わせる。
「……翔鶴」
「っ……! 提督……こ、れ……は……!」
「分かってる……お前は悪く、ない……自分を……責めちゃ、ダメだ……」
倒れる蒼色は腕を伸ばし、翔鶴の頬を伝う涙を優しく拭う。まとまった白髪の一部が重力で離れているのを翔鶴の耳にまとめさせた。
「あぁ翔鶴……やっぱお前は……綺麗だな……惚れて、よかった……」
「止血を……! 止血しますから……!」
「あ、薬の効果がまだ中途半端だな。まぁいいか」
翔鶴は通常通りに戻り、腹から出る赤い液体を必死に止めようとした。とはいえ翔鶴に医療の専門知識はあまり分からない。ナイフは抜いたら更に赤い液体が出るのは容易に分かる。だが止め方が分からない。翔鶴は涙を流しながら必死に考えた。
「翔鶴……俺から、最期の……お願い……」
「ダメです……そんな事を言わないで──」「翔鶴」
翔鶴の声を遮り、蒼色は顔を近付かせる。蒼色は息が荒く、意識を失う寸前なのだろう。そっと口を翔鶴に耳に寄せ、精一杯の声で話し掛ける。
「この鎮守府にいる……皆を……守ってくれるか……?」
それが蒼色にとっての唯一の願い。これから■■少尉によって起きる悪夢の時代を考えたのだろう。恐らく■■少尉はこの鎮守府の艦娘達に対して兵器という扱いで地獄を見るはずだ。だからこそ蒼色が一番信頼し愛している翔鶴が皆を守ってくれると信じていた。
一番強い翔鶴なら絶対に出来るはずだと。
「守ります!! 守りますから!! 何があろうと皆さんを絶対に守ります!! だから……」
死なないで。
「そうか……良かった……」
良くなんかない。
「終わり……か……」
私はまだ貴方に一つも良い事をしてやれていない。
「ありがとう……翔鶴……」
まだ色んな事も出来ていない。
「君に、出会えて……」
嫌だ。
「幸せ……」
やめて……。
「で……し……――」
嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!
蒼色は失血死により、潮岬町鎮守府の執務室にて死亡が確認。執務室に整備士が入っていたという目撃情報により、憲兵達によって一斉に取り調べが行われた。
当然取り調べしている憲兵も上層部の差し金の為に犯人は見つかるはずもなく、また事件を隠蔽したかった上層部は表向きに「潮岬町鎮守府憲兵殺害事件」という全く別の事件として扱う事となった。
潮岬町鎮守府の艦娘達は提督の謎の殺害に怒り悲しみ、多くの者が戦意を喪失してしまった。取り調べも受けたが誰も提督を殺したのは誰か分かっていない。翔鶴は当然疑われる余地は無く、誰が殺したのか日々言い争ってる毎日だった。
「もう……死にたい……」
翔鶴は空いた部屋に閉じこもり、ただ只管泣いていた。蒼色がいない毎日を受け入れられず、現実逃避し続けている。誰も慰めの言葉を言う事など出来ず、翔鶴をそっとしておくのが艦娘達の中での暗黙の了解だった。
「私が代理の司令官となった■■少尉だ。色々あると思うが……これからよろしく」
潮岬町鎮守府の提督の代理は■■少尉が選ばれる事になった。この状況下で司令官になるのも一苦労だろうと他の艦娘達は同情の声を上げる。食堂に殆どの艦娘達が集合し、翔鶴も強制的に部屋から引きずり降ろされた。
「しかしながら私は……ある写真を入手してしまった……これを見てもらいたい」
「……っ!!!?」
プロジェクターから一枚の写真が映し出される。それは翔鶴が蒼色を殺した決定的証拠の写真だった。■■少尉からは誰にもバレたくなければ黙っていろと脅されたから、ずっと部屋に閉じこもっていたというのに。翔鶴は顔を青ざめさせ、凍えるように身体を震わせる。
「嘘だろ……」
「まさか……翔鶴が……!?」
「翔鶴さん……?」
食堂内が驚愕の声で埋まっていく。全員が翔鶴の方へ顔を向けさせ、信じられないような表情を見せた。
「どうして……? 貴方が黙っていろというから私は部屋に閉じこもっていたのに……! 何故……!!!」
「おーおー怖いなぁ、流石は殺人犯だ。こんな事しちゃうんだもんなぁ」
もう一つ出てきたのは翔鶴が■■少尉に犯されている写真。のようだが■■少尉の事はモザイクで隠されている。バレたくもない二つの写真を呆気なく艦娘達の前に晒されてしまった翔鶴。他の艦娘達から軽蔑と憎悪の視線が翔鶴を襲う。
「ッ……!? 違う!! あの写真はこの男が襲ってきたんです!! それに提督の殺害は元はと言えば貴方が全て……!!」
「でも決定的証拠があるからなぁ」
写真に決定的瞬間がある為か、何を言っても艦娘達は信じる様子は無い。艤装を展開し、明らか殺意を向けてくる艦娘達に翔鶴は出来る限りの命乞いを始めた。怯えた表情で涙を流しながら訴える。
「違うんです……皆さん……信じて下さい……! 私はただ、利用されただけで……!」
「いやー写真がある以上はお前がやったんだよな」
「あの男に……私は……!」
翔鶴は殺されるのを避ける為に逃げ走ろうとした。
が、鬼の形相で睨みつける艦娘達に拘束され、その場で捕まってしまう。■■少尉は殺すなと命じ、幸い命は救われた。
いや寧ろここで死んでおけばよかったのかもしれない。
翔鶴は大切な蒼色を殺して失い、
守るはずの仲間からの信頼を失い、
自身の存在など、何もかも──、
全てを──、失った。
「翔鶴姉……」
このタイミングではありますが、今日から四月末日まで投稿制限させていただきます。
通常は二話投稿なのを一話だけ投稿する形しました。土曜日投稿は変わりません。
理由は活動報告にて詳細が書かれていますので、どうかご理解のほどよろしくお願いいたします。