うざい提督とブラック鎮守府   作:あばずれ

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FF7Rが楽し過ぎて30分遅れて投稿しました。
申し訳ないです。


141. オプスキュリテは軈て晴れる

 紅黒い曇天の空が次第に元の鼠色へと戻っていき、更には太陽の光が差し込んできた。黒く澱んでいた海を所々照らし、そして荒くれ鎮守府の広場にもその光に照らされる。

 

 荒くれ鎮守府は翔鶴達との戦闘により廃墟の様な状態。建物の瓦礫は散乱し、第二倉庫は大爆発の影響で隣の倉庫に燃え広がっている。司令本部は龍驤との戦闘で半壊、翔鶴との戦闘の舞台だった屋上の軽巡寮は真っ二つに寸断されていた。軽巡寮の広場を挟んだ先にある重巡寮は一部破損、工廠も一部突き抜けた形跡がある。

 

 戦闘が終わった直後、憲兵や整備士達が燃え移る火を消そうと消火器や消防隊に連絡してくれていた。大体の火事が済んでいく中、第二倉庫跡の中心には瑞鶴によって殴られた翔鶴が倒れている。

 

「ごめん……」

 

 地面にうつ伏せで倒れたまま涙を流す姉の姿を見て瑞鶴は顔を俯き、土が剥き出しの地面を強く握って歯を食いしばる。提督の効果消去薬によって全ての記憶が思い出した瑞鶴は今だからこそ分かる事があった。

 

 翔鶴が今まで経験してきた悍ましい不幸の数々や仲間を守ろうと必死に足掻いてきた事。どれだけ自身が凄惨な事を受けても翔鶴は仲間を守るという信念を貫き通していた。

 

 どれだけ心を打ち砕かれようとも、

 どれだけ精神をすり減らされようとも、

 どれだけ自分の身が穢れようとも。

 

 翔鶴は既に犠牲になっているのにそのまた犠牲になった上で仲間を守る事だけに執着していた。

 

 だが何故仲間を守りたかった姉の翔鶴の性格が一変し、今になって仲間と敵対してしまったのか。妹の瑞鶴には分からなかった。

 

「私は、馬鹿だな……」

 

 深海棲艦になってしまう程にまで翔鶴は追い詰められていたのだろう。瑞鶴はあの時気付かずに前任に操られていた自分自身を憎んだ。もっと早く気付いていれば、もっと早く支えていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。

 

 果てしなく続く過酷な地獄の血海で孤独に揺蕩う姉に手を差し伸べる事が出来ていたら、ただその姿を何の感情も無く呆然と眺めていた自分が勇気を振り絞って姉の後を追っていれば、少なくとも何かしら変化はあったのかもしれない。

 

 背中に伸し掛る後悔の念に瑞鶴は押し潰された。

 

「退け瑞鶴、提督が来るぞ」

 

 倒れる翔鶴の傍で割座していた瑞鶴の元へ、摩耶が声を掛ける。背後を振り向くとそこには風に揺らされた長い白髪を靡かせ、眼を紅く滾らせる提督が立っていた。翔鶴が仕掛けた罠により、大怪我をしていたが自然治癒力で治したのだろうか。摩耶は返答も聞かずに瑞鶴を抱き上げ、提督の背後まで移動させられた。提督は寡黙なまま、倒れる翔鶴の元まで一人で歩み寄る。

 

 すると──、

 

「っ……」

 

 翔鶴が意識を取り戻して起き上がる。そこに空母水鬼の様なショウカクの姿は無く、元の翔鶴の姿に戻っていた。正装は素肌や胸が見える程までボロボロに、艤装は一部が破損状態で小さな黒煙が空に昇っている。翔鶴は割座になったまま顔を俯かせ口を開かない。

 

 その姿を見て提督は腕を伸ばし、背後にて身構える摩耶達を抑える。そして翔鶴と同じ目線になるようその場に胡座をかいて座り込んだ。

 

「散々やってくれたなぁ、翔鶴」

「……」

 

 翔鶴は提督の声に気にもくれず、ただ只管に顔を俯かせ黙り続ける。

 

「お前のおかげで俺は死にかけた訳だが、そこの所お前はどう思ってる?」

「……」

 

 翔鶴の仕掛けた罠により、提督は幾度となく生死を彷徨った。日常的に行われる度の過ぎた嫌がらせ、プライドを傷つかせる為の社会的抹殺、左腕を只管に切断し続けた拷問。

 

 翔鶴は全ての行動は仲間を守る為だと訴えていた。自分が支配という力で皆を操れば余計な傷を負わなくて済むという無茶苦茶な思考で、唯一邪魔者だった提督を追い詰めた。傍から見れば翔鶴のは矛盾した救いようのない考えで悪行そのものでしかない。逆に翔鶴の中ではその支配という力は悪行だと自覚していたのか、そこが分からなかった。

 

「支配して守る……目的は間違っちゃあいないが、方法が間違ってるな」

「……」

「そんな方法で本当にお前は……仲間を守れたのか?」

 

 提督はこの潮岬町鎮守府に着任するまで、艦娘達の情報は粗方知り尽くしている。艦娘達が悪逆非道の前任によって性格が変貌し、賑やかな鎮守府などには無くなっていた。しかもこの鎮守府は提督にとって恩人とも言える蒼色が遺したモノであり、昔しつこく話してきた蒼色が託した理由と意味を改めて知った。

 

「まぁお前が守れたって言うんだったら守れたんだろうな。お前なりに頑張って来たんだってのはよく分かった」

「……」

「……何か言ったらどうだ? 別に今お前をどうこうするとかそういう話をしてる訳じゃない。お前が何故、深海棲艦になってまで仲間を守らなきゃいけなかったのか。それを俺は知りたい」

 

 提督は神妙な表情で翔鶴を見続ける。黙り続ける翔鶴に痺れを切らした提督は本音を伝え、翔鶴に口を開くように促した。

 

 翔鶴に対しては数え切れないほど言いたい事がある。

 しかしそれを言う前に提督は確認したい事が出来ていた。

 

「あの人の……約束を……守りたかった……」

「■蒼■中尉のか?」

「どうしても……あの人の約束を、守りたかった……」

 

 ようやく口を開いた翔鶴は蒼色をあの人と称して提督に話し始めた。顔を俯かせながら時々涙を零し、声を震わせながら喋っていく。

 

 翔鶴の想いはただ一つ。

 

 皆を守って蒼色の約束を守りたかった。

 

「ただ守りたかった……守りたかっただけなんです……」

「でもお前は平然と仲間を見捨てる様な事をしてたよな。それでもお前はその約束とやらを守り通したかったのか?」

 

 また翔鶴は口を塞いで黙り込む。

 どうやら良心の欠片というモノは残っていたらしい。仲間を守るという約束に固執している翔鶴が仲間を見捨てる事などあってはならないはずだ。

 

 だからこそ提督は考えて気付いた。

 翔鶴達が守っているのは()()ではなく、蒼色の()()を守っている事に。

 

「翔鶴……お前は仲間を守りたかったんじゃないんだな」

「違います……私は……」

「違くない。お前は蒼■中尉の約束を守る事だけに執着して、本来の目的を見失ってるんだ……破ってしまった蒼■中尉の約束を今度こそは必ずと立ち上がり、仲間を守ってきたと思い続けていた」

 

 明らかに翔鶴の人格に歪みが生じてるのは確かだ。

 良心の欠片と支配という傲慢さが極端に現れ、真反対の矛盾した人格になっている。

 仲間を守るという約束から仲間を守るという約束を守る為、という風にすり替わってしまった。この様子だとすり替わっていた事に翔鶴は気付いていなかったのだろう。蒼色を大切に想うばかりにその約束を守る為と暴走してしまったのかもしれない。

 

「だがそれらは全て幻想に過ぎない自身の理想だぁ、現実はそう甘くない。三十人近くいた艦娘は全て肉片か海の底、一人は深海棲艦として甦る始末……大切なモノを奪われていくうちにお前はこう思ったはずだ……約束の為の犠牲ならば仕方の無い事、生き残った仲間だけでも守り抜く、と……徐々にお前は自分自身を守る様に正当化したんだ」

「違う……私は……!!」

 

 提督の惑言に翔鶴は否定しようと目線を合わせて口を開く。

 だが否定の言葉が出る前に自分自身が何なのかを先に考えてしまった。頭を抱えて首を傾げては狂う様に自問自答し続ける。最早何がしたかったのか思考が処理し切れずに頭が狂い掛けてるようだ。

 

「私は……私は……?」

「恐らく俺の考察が正しければだが……お前の中に空母水鬼がいるよな?」

「ッ!!?」

 

 空母水鬼と言葉にした途端、翔鶴は怯えるように身体を跳ねらせる。自身の正体を見透かされた翔鶴は頭を抱えたまま左右へ振り、怯えた子供の様に身体を震わせ目を瞑った。涙が滝のように流れ出ては地面を濡らす。

 

「実は俺の摩耶も似た感じでな、詳細は言えないが摩耶も深海棲艦と共存してる……まぁ一方的な摩耶の支配なんだがな。お前もそういう感じだろ」

「な、何を言って……私は翔鶴、ですよ……? 空母水鬼なんて……うっ!!!」

 

 提督は翔鶴が深海棲艦になった時からどういう状態かを知っていた。翔鶴と同じく、摩耶も一応深海棲艦に変身する事が出来る特殊な能力を持っている。

 

 原因は摩耶の身体の中に深海棲艦の液体が入っている所為だ。()()()により深海棲艦の液体を流し込まれた摩耶はその深海棲艦を一方的に支配し、不平等条約を結んで深海棲艦の力を扱える様にしている。それぞれ摩耶の人格と深海棲艦の人格が存在しているが、摩耶が支配しているので今は本来の摩耶の人格になっている。

 

 また変身については一部に過ぎず、艤装が変形するぐらいのモノで全身が深海棲艦になる事は滅多に無く、最終手段として隠しているらしい。

 

「惚けても無駄だぞ。まぁこの様子だと人格が混ざっている可能性があるな。恐らく元の翔鶴の人格は既に死んでいるのかもしれない」

「死……!? じゃ、じゃあ翔鶴姉はもう……!!」

「あぁ既に空母水鬼に殺されたか、それともお互いの人格が融合して別の新しい人格の一部になってるか、だな。お前らを苦しめてきたやり方の大体は、翔鶴の中にいる空母水鬼が考えたんだろう」

 

 翔鶴も恐らく空母水鬼の液体を挿入されて摩耶と似た形になっている。

 

 しかし摩耶とは全く違うモノで、人格はお互い混ざり合った不安定で歪んだモノ。翔鶴の姿と空母水鬼の姿、どちらとも変身する事が可能で戦闘能力も変化するモノになっている。更には翔鶴の姿でありながら深海棲艦の力も上乗せされている為に非常に厄介な力だ。

 

 だが問題は人格による主導権になる。

 お互いの人格が混ざり合い、融合して形成された人格が今の翔鶴の人格として成り立っている事だろう。

 

 ならば今の翔鶴の主導権は本来の翔鶴なのか、それとも空母水鬼なのか。

 恐らく提督が考えるには、元あった翔鶴の本来の人格は消えてしまい、現在の主導権は混ざり合った人格によって二人同時になっている。

 

「私は違う……私は間違ってない……私は違う、私は間違ってない私は違う私は間違ってない私は間違ってない私は間違ってない私は間違ってない私は間違ってない私は間違ってない私は間違ってない私は間違ってない私は間違ってない私は間違ってない」

 

 翔鶴は自身の行いを肯定化し、只管に連呼し続けている。今まで保っていた自我が崩壊したのか現実逃避を始めた。耳を塞いで嘆いている様子を見る限りでは幻聴が聞こえているのだろう。いや幻聴ではなく翔鶴の身体の中にいる空母水鬼の囁きだろうか。

 

「間違って──黙レ!! 貴様ガ仕出カサナケレバコンナ事ニハッ……グァ!!! 身体ヲ……ッ──私は間違ってな──ヨコセ!!」

 

 翔鶴の口調と空母水鬼らしき口調が交互に出始める。空母水鬼は翔鶴が負けて戦う力を喪失した事で、命懸けになりながら身体を奪おうと躍起になっていた。

 

 しかし翔鶴は心の中から現れる空母水鬼を必死に抑え、何とか閉じ込めようと抗い続ける。何度も頭を叩きつけては血を流し、主導権を保持しようとしていた。

 

「はぁ……はぁ……私は……間違って、ない……! 間違ってない、のに……あぁぁ……!!!」

 

 空母水鬼を抑え込む事が出来たのか息が荒れている。整えられた白髪もバラバラになり、痛みに悶えるような表情で翔鶴はまた頭を抱えた。

 

 瑞鶴以外の潮岬町鎮守府の艦娘達は翔鶴がどんな目にあってきたのかよく分からなくても、想像で考えるには難しくない事だった。

 

 記憶改竄や洗脳から解き放たれた今なら理解出来る。

 忌まわしき■■少尉によって人格が歪む程までの屈辱を受け続け、敵に成り果てた翔鶴の果てしなき惨憺たる過去を。

 

 翔鶴が許せない事をしたのは事実でもある。敵対して戦った古鷹達は一度制裁を受けてもらわなければ気が済まなくなっていた。当然他の艦娘達もいなくなってほしいと思う気持ちも必然だろう、だが提督の言葉を聞いて少しだけその気持ちが揺らいでしまった。

 

 許せない事をしたのは翔鶴だけではなく、翔鶴の中にいる空母水鬼だという事に。

 

「……摩耶的にどう思う」

「無理だろうな。まだそれぞれの人格があるなら横須賀の改修装置で何とか出来るだろうけど……人格が融合してるんじゃ、その融合した人格の一部にいる翔鶴の人格が勝たない限りは……改修しても無理だと思う」

「そうか……摩耶、砲撃」

「了解」

 

 提督の指示に合わせて摩耶が空へ砲撃する。砲音が水平線の奥まで鳴り響き、曇天の空から蒼い空が顔を出した。太陽の光が提督を照らし、対となるように翔鶴は影で覆われる。

 

「勝手に壊れては困るぞ翔鶴。まだ知りたい事が山ほどあるんだ」

「ヒッ……!!」

 

 砲音によって一時的に覚ました翔鶴は提督に睨みように怖気付く。最早提督達に抵抗する力も無いようだ。戦争に負けただけでなく全てを見透かされた翔鶴にとっては自身を守る事で精一杯になっていた。提督はその様子を見てもなりふり構わずに翔鶴に問い続ける。

 

「翔鶴、お前は自身の中に空母水鬼がいた事をあの四人には教えていたのか?」

「い、いえ……龍驤さん達には……教えていません……」

 

 翔鶴曰く、自身の中にいる空母水鬼の事は誰にも教えていないと言う。液体を入れられた実験の事は鎮守府にいる艦娘達は全員知っておらず、■■少尉が実験に関する内容を口封じも合わせて隠蔽し続けていたようだ。

 

「そうか。まぁそれは後で参考にするとして……戦ってる途中、那智や利根から勇気ある告白を報告で知ったんだがな? どうやらお前らはどうしても言えない事情があるみたいだな。何故言えないんだ?」

 

 提督がもう一つ知りたかった事。

 それは戦闘中に確認された翔鶴達を操り脅している黒幕の存在。

 

 長門曰く、那智や利根は何かを隠しているようで気付いてもらいたいような口振りをしていた、と報告を受けている。

 

 そこで提督は阿賀野達と五十鈴、第六駆逐隊、空母機動部隊を使って裏の存在がいるかどうか、この鎮守府内十キロメートル圏内を捜索する任務をしてもらった。もしこの場で言えない事情があるのなら、この鎮守府を最初から見張っている存在がいるはずだ。翔鶴達が秘密を漏らす様な真似をすれば即座に何かが発動するなどと言った脅しをされている可能性がある。

 

「……」

「言えないのか?」

「言え……グッ……!! 言え、ません……」

「何で?」

「言えば、皆さんが……殺されてしまうから……」

 

 鈴谷達は翔鶴の言葉を聞いて利根が似たような事を言っていたのを思い出す。

 

 利根は『そうでもしなければお前達は殺されてしまう』と言っていた。

 

 翔鶴や龍驤、利根達がわざわざ敵となって戦わなければならない程の脅迫を受けているのは明確。どうしても譲れない何かがあったからこそ翔鶴達は敵対した。

 

「誰にだ?」

「……」

「提督! 只今帰還しました!」

 

 捜索任務から帰還した阿賀野達が提督に声を掛ける。

 雑草や茂みの中へ入ったのか少し土で汚れ気味だ。

 

「成果は?」

「……申し訳ありません。黒幕らしき存在は確認されませんでした……」

「そうか。分かっ」「──ですが」

 

 提督の言葉を遮り、阿賀野は声を震わせて恐る恐る口を開く。冷や汗を掻きながら阿賀野は真剣な表情で提督を見つめた。思わず遮られた提督は阿賀野の方へ目線だけを移し、阿賀野を睨みつける。

 

「心当たりのある人物が……います」

「……ほう……誰だ?」

 

 提督の眼が鮮明に紅く染まったのを見た阿賀野は少々怯えながらも身体の向きを変える。そして腕を広げて人差し指であるモノを指差した。流れに沿って提督や摩耶達はその指差した方向へ身体を動かす。

 

 そこにいたのは──、

 

「島風さん、です……」

 

 摩耶達の最後列に島風がポツンと一人で立ち尽くしていた。

 

「えっ……何で……?」

「……お前ら、捕らえろ」

 

 突然の名指しに島風は顔を青ざめてたじろぐ。身に覚えのない反応をしてはゆっくりと後退りし始めた。それを見た提督は思い出したかのように目を見開き、摩耶達に島風を捕まえるよう命令する。怯える島風は即座に摩耶達に捕らえられ、提督の目の前に強制的にひれ伏された。

 

「よくよく考えれば確かにお前が一番怪しいなぁ~、そういえばそうだった。あのクズが夜逃げした後の一週間後に塩岬町鎮守府に漂流して何気なく生活してるんだもんなぁ……あまりにも辻褄が合い過ぎる」

 

 よくよく考えてみれば島風の存在はあまりにも不明瞭だ。

 ■■少尉が夜逃げした一週間後に島風は何故か潮岬町鎮守府近海に漂流し、記憶を失ったままいつの間にか住み着いている。夜逃げしたタイミングで一人の艦娘が鎮守府近海に漂流するなど偶然過ぎるだろう。提督などの責任者がいない状態であればどこの所属かは判別不可能、更に記憶を失っているとなれば漂流した鎮守府に留める他は無い。

 

「提督……私は、本当に……! 知らないよ!!?」

「んじゃそれが本当かどうか、そこの白いお姉さんに聞いてみようじゃないかぁ、なぁ?」

 

 目の前に仰向けにひれ伏せられた島風を見て翔鶴はあからさまに動揺する。目を泳がせ息が荒くなり、徐々に呼吸が乱れてきた。島風を見つめる度に身体中の穴という穴から汗が湧き出てくる。

 

「私は知らないんだって! 違うよ! 私は──し──えあ……──うかく……」

 

 島風はひたすら無実である事を主張し続ける。

 しかし突然電波の悪いラジオの様に声が途切れ、様子が激変。頭を左右上下に振り回し、人ならざる動きをしている。

 

「言え、ば……分かっ、てるよっ……なぁ……」

「これは……!!」

「成程……」

 

 そこに島風の口調は存在せず、男のような口振りで話し掛ける何かがいた。眼を紅く輝かせ、翔鶴に明らかな殺意を向けて睨んでいる。

 この口調はあの男とみて間違いないだろう。提督は手のひらに顎を置き、何か考える仕草をし始める。そして何かを思い出したのか提督はある命令を摩耶達に出した。

 

「……摩耶、プリンツ、不知火、島風の身体を徹底的に探れ」

「了解」

「おい! やめろ!! そんな事をすれば貴様諸共──」

 

 島風の後頭部辺りで火花が散る音が微かに聞こえた。すると島風は白目を向いて意識を失い、糸を無くしたあやつり人形の様に地面に顔を伏せる。摩耶が淡い金髪の後頭部からある物を取り出す。

 

 それは──、

 

「……提督、あったぞ。深海棲艦の侵食通信機だ」

「やはりな、だと思った」

 

 摩耶の摘んだ指には黒く滑りのある触手のようなモノと小さな基盤があった。深海棲艦の侵食通信機、摩耶曰く一度でも取り付けられれば深海棲艦の操り人形となり、スパイとして送り込む事が出来る代物らしい。遠隔操作で自由に取り付けられた艦娘の身体や意識を乗っ取り、思うままに操作する事が出来る。

 

 過去に三回程この侵略通信機を使われた事例が存在し、海軍も把握していた。

 轟沈したはずの艦娘が何事も無かったかのように生還し、何の支障も無く生活を送っていた事がある。

 しかしある日突然に、その艦娘が非公開だった作戦内容のデータをハッキングして入手しようと執務室に侵入し、警戒中の憲兵達に見つかって確保。まるで操り人形の様に抵抗もせず言葉を発さない事から、怪しんだ憲兵はすぐさま身体を調べた。

 すると後頭部から黒い触手の様な通信機が取り付けられ、取り外した途端にその艦娘は意識を失う。事後、意識を失った艦娘は帰還してから確保された間の記憶の一切を覚えておらず、自身が沈んだ事しか頭に無かった。

 

 この事例から島風が身に覚えのないような素振りをしていたのも納得出来る。恐らく記憶を失った理由も侵食通信機の影響だろう。

 

「さて……今お前を脅すような輩はいなくなったぞ」

 

 摩耶が島風に取り付けられた侵食通信機を握り潰したのを見た翔鶴は何故か涙が止まらなかった。

 それは一瞬の解放のようなモノなのか、今まで溜め込み閉じていた全てが放出されそうだった。泣くと同時に嗚咽を漏らし、翔鶴は腕で自身の顔を隠す。

 

「この通信機が途絶えた以上は空母水鬼の脅しも意味ないぞ、さぁ存分に言いたまえ……どんな脅迫をされてたんだ?」

「……深海棲艦襲撃時に、この鎮守府を深海棲艦の第一拠点にする為、その間まで私が支配し続けろと命じられました……もし崩れる様な事があれば七壞星の三人を襲撃させ、ここにいる皆さんを痛め尽くした後、深海棲艦化させると……脅されました……」

 

 怯えながら声を震わせながら心の中に出てくる空母水鬼を抑え、翔鶴は恐る恐る脅迫された内容を話す。

 

 化け物揃いの七壞星を三人程この鎮守府に出撃させれば抗う術は殆ど無いだろう。即座に蹂躙されて痛め付けられるのが目に見えて分かる。

 

 恐らく翔鶴もそれは分かり切っていた、だからこそ言いなりになる他は無かった。仲間を必ず守るという約束を守るという執念深く積み上がった感情と、支配して守るという■■少尉や空母水鬼によって狂ってしまった思考を持つ翔鶴にとっては、その二つを同時に熟す事が出来る唯一の守衛且つ手段であり、格好の方法だった。

 

 当の本人がその脅迫を受けて、優遇制度を続けた時の思考や感情がどんなモノかは提督から見ても分からない。

 

 翔鶴は二人の悪魔によって人格が狂い変わってしまった。

 元の心優しいお人好しな人格は消え去り、支配という力に目覚めた悪魔の如き冷酷な人格に。

 

 もしその時の翔鶴に元の性格が存在していたとしたら、拭えない罪の意識に囚われていた事だろう。

 勿論翔鶴自身は止めようと心の奥底では思っていたのかもしれない。支配して守るという狂い混ざった固定概念にはただ支配するだけでなく仲間を守るという翔鶴の願いと想いの残滓が残っていた。

 

「……分かった。じゃ改めて聞くぞ? お前らを脅してるのは■■少尉か?」

「……違います、もう一人……」

「っ……そいつは誰だ?」

 

 翔鶴が震えた声で否定の声を出す。

 その声を聞いて提督は一瞬動揺していた。提督の中では嫌な予感がしてならない胸騒ぎがしている。

 

 提督は■■大将が訪問し、計画について話し合った時の事を思い出した。

 

 

 

『──もう分かるだろう……この計画を進めているのは我々人類とその代表である……ある男しかいない……』

 

 

 

『まさか……』

 

 

 

『──日本海軍元帥だった……今は■■元帥を裏で操っているだろう……』

 

 

 

「……『黒■■』元帥……」

「何だと!!?」

 

 男の名前を聞いて摩耶は大声で動揺し始める。長門や金剛達は驚きの声を隠せずに摩耶と同じく動揺していた。

 

 誰もが聞いた事はあるだろう有名な名前。

 当時は元帥海軍大将として英雄と呼ばれた男だった。

 

「やはりか……」

 

 提督も動揺していたが、それ以上に事の重大さに思わずニヤついていた。

 やっと闇の深淵に辿り着けた様な気分だ。計画の実行者は■■少尉であり、それを手助けしていたのは元帥だった黒■■という男。この二人が計画遂行の為に翔鶴を脅し続けていた。

 

「翔鶴」

「っ……?」

 

 提督は重い身体を無理矢理立ち上がらせ、しゃがむ翔鶴を見つめる。暖かい風が流れ、靡く白い長髪が光に反射して綺麗に輝いた。翔鶴は名前を呼ばれ、顔を上げて提督の顔を見る。提督が一瞬、穏やかな表情をしているのを見た。

 

「本当は罵声の一つや二つ、乱れなく浴びせたい所だが……生憎、今はそれほど余裕じゃない……だから色々な思考や感情を抜きでお前に一つだけ言っておこう……」

 

 すると提督は翔鶴の元へ寄り、右手で翔鶴の頭を自身の胸によせ、ゆっくりと口を開く。

 

「……よく言ってくれた、感謝する」

 

 その言葉を聞いて翔鶴は静かに声を漏らして泣き崩れる。溜め込んでいた感情のダムが崩壊し、まるで子供のように我武者羅に泣き喚いた。

 

 ■■少尉に縛られた暗黒の呪縛に苛まれ、全てを抑え込んでいた翔鶴。

 

 何も翔鶴が全て悪い訳では無い。

 この鎮守府を変えてしまった元凶はまだ奥深くに潜んでいる。翔鶴もまたその元凶に貶められた一人の被害者に過ぎない。龍驤や利根、那智や葛城も■■少尉という元凶に貶められた立派な被害者だ。

 

 苦しかっただろう、辛かっただろう。何度も涙を流しただろう。悩んだ事だろう。

 幾度となく凄惨な目にあった翔鶴の抗い続けた努力は計り知れない。

 

 

 

「話は終わりカナー?」

「っ?」

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。

 提督は金剛の方を振り向くが、その金剛は別の方向を見ている。提督も視線を移してその方向を見た。

 そこには目が黄金に輝かせ堂々と腕を組む叢雲、不気味な笑顔で見つめる吹雪がいる。背後には鹿島と日向がいた。

 

「貴方が白、デスネ?」

「あぁ……そうだが」

「私達は護神厄討艦隊、『(ビョウコウ)』、『(ラセツ)』、そしてこちらが旗艦の『(オウゲン)』と申しマス。以後お見知りおきを」

 

(ビョウコウ)』金剛は礼儀正しく提督に頭を下げて正式な挨拶をする。提督は護神厄討艦隊と聞いて険しい表情になった。挨拶を終えた後に『(ビョウコウ)』金剛は後ろへ下がり、『(オウゲン)』叢雲が前に出て提督に近付く。

 

「任務により、貴方を隔離します。その為、一時的に鎮守府の責任者は私『(オウゲン)』に預からせてもらうわ。横須賀鎮守府までは『(ビョウコウ)』達が同行するけど、貴方に拒否権は無いので文句なら司令官に言って頂戴」

「……なるほど、分かった……ついて行こう」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 私達はまだ──」「黙りなさい!!!」

 

 叢雲が大声を上げて長門達を一蹴する。身体から黄金の光を纏い、敵視した眼で長門達を睨みつけた。その眼は全身から逃げろと危険信号を発する程の純粋な死の予感を伝えさせてくるほどだ。

 

「今更何をするつもりかしら? 後で裁いてもらうけど一時的にこの鎮守府の地下営倉に住んでもらうわ。憲兵隊!!!!」

 

 『(オウゲン)』叢雲は静かに怒り、長門達を言葉で押し倒す。そして怒り殴る様に大声で憲兵隊を呼び出した。

 

「は、はい!」

「今すぐここにいる馬鹿共を一人残らず全員捕らえ、地下営倉に閉じ込めておきなさい。もし逃げるような馬鹿がいたら殺しても構わないわ」

「わ、分かりました……」

 

 叢雲は冷静に憲兵隊に指示を与える憲兵隊隊長は少し戸惑いながらも部隊に命令を与え、次々に艦娘達を専用の拘束器具で捕らえていく。艦娘達はされるがまま両手両足を拘束され、地下営倉へ連れていかれた。

 

 翔鶴達との戦闘で夢中になっていたが、全ての艦娘達は提督に過度な暴力を振るっている。勿論プリンツや不知火、川内や加賀達は自身が犯した過ちを忘れている訳では無い。一度だけでも謝りたい、そう思って提督の名を呼び続けた。

 

「『(ヒグレ)』と『(シロガネ)』はこちらに来なさい、後で事情聴取するわ」

「分かった……」

「分かりました」

 

 しかし提督は『(ビョウコウ)』に連れていかれ、摩耶と鹿島の姿で見えなくなった。提督は終始無言でプリンツ達の呼び掛けに全く応じない。

 

「一時旗艦を『(ヒグレ)』、アンタに任せたわ。後の事は『(ビョウコウ)』がやってくれるから」

「でも『(オウゲン)』、お前は……?」

「私はここに残るわ。上官に反逆したろくでなし達の管理と艦娘が誰一人もいない鎮守府に攻めてくる雑魚どもを蹴散らす為の防衛にね」

 

 潮岬町鎮守府の一時的な責任者として『(オウゲン)』叢雲が残る事になった。誰もいない無防備な鎮守府など、深海棲艦に容易く落とされるのは必然だ。これからは鎮守府の管理と鎮守府近海の防衛を担うらしい。更に聞いた話では七壊星を連れてくるような事を聞いている。様々な事情がある以上は残っておいた方が先決だろう。

 

「狡いです『(オウゲン)』さん。私も残りたいです」

「そうよネー、ミーもここに残りたいナー」

「アンタ達はこれから別の出撃任務でしょうが!! 忙しいとかほざいてたのは誰!!!?」

 

 叢雲がブーブーとブーイングする『(ビョウコウ)』と『(ラセツ)』を怒鳴りつけた。槍の穂を頭で何回も叩き、どうしようもない二人に説教し始める。流石は護神厄討艦隊の旗艦というべきか、凄まじい威圧を感じた。

 

「ほら行きなさい、早く!!」

 

 

 




オプスキュリテはフランス語で「闇」を意味する。
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