「白殿!」
「ん? あぁお前か」
仮の司令本部へ戻る途中、ある人物に声を掛けられた提督。
声の方向へ振り向くと憲兵隊隊長が急いだ様子でこちらに向かってきていた。かなり急いだのか汗だくで息が荒れている。
「お戻りになられたのですね。お身体の方は大丈夫でしょうか……?」
「この様子でどう大丈夫に見えるんだお前は。とまぁそんな事はどうでもいいんだが……何かあったのか?」
「いえ■■大佐が勝手に一人で帰って行くので無理矢理護衛をつけたのですが、一体何事かと思い鎮守府内を駆け回って今に至る次第であります」
「お前も振り回されたんだな、分かるわその気持ち」
隊長の困惑した表情を見れば■■大佐に振り回されたのは容易に想像出来る。
窓から見える警備中の憲兵の顔を見れば如何に疲弊しているのかよく分かった。
「しかし本当なのですか? 白提督殿が異動なされるのは……」
「翔鶴の件で嵌められたからな、降等処分も食らってるぞ。まぁそれは翔鶴に嵌められていた事を知らなかったからこんな事になったってのもある。今はそれも考慮して内緒に決めるそうだ」
翔鶴によって罠に嵌り、古鷹を殴った写真が広まった事で提督は処罰を受けている。潮岬町鎮守府の配属取消又は横須賀鎮守府責任者■■大将の補佐官異動と二階級の降等処分。本当であれば異動日は過ぎている為、既に異動済みで潮岬町鎮守府に赴く事は無かった。
しかし■■大将があくまでも訪問と視察という形で手配してもらい、この潮岬町鎮守府へ来ている。
「そうですか……って事は、また此方にお戻りになられるのですか……? いや、それでは白提督殿に……」
「いや分かんないな。確かに俺はアイツらが嫌いだし、顔も会わせたくないってのはお前らでもよく分かってるはずだ。下手すればトラウマ呼び寄せるとか思ってるだろ?」
「それは勿論……! あれだけの事をされて……いや、私が決めつける事ではありませんね……すいません」
第三者である憲兵隊隊長から見れば白黒つかない複雑な気持ちだった。
勿論艦娘達が提督にやった事は許されない。
しかし艦娘達が薬によって操られ、やらざるを得ない強制的な状況下だった事に関しては一部考慮する場面もある。更には主犯格である翔鶴達も訳を聞けば悲惨な過去から始まったとなれば、罪は咎めるにしても全ての元凶が■■少尉だ分かった途端、決して責め切る事は出来なかった。
「……取り敢えず今は後片付けだ。後先考えるより目の前の事にだけ集中しろ、一々考えては頭が追いやられるからな。今の警備体制はどうなってる?」
「はい今は通常通りの警戒を行っております。ですが戦後以降は艦娘を地下営倉に収容した為、厳重な警戒の下で部下に管理させています」
鬼の■■大佐による指導の下、憲兵隊の警備体制はいつもより厳重さを増している。規律ある行動を心掛けるよう徹底的に扱かれ、少しでも気になる点が見えた時は厳しい罰則を与えられた。流石の憲兵達も突然の非日常についてこれるのが精一杯で、疲労困憊でありながら身体が鍛えられているらしい。今まで提督が決めていた警備体制の意識が緩かった事も一因である。
「んじゃその通常通りのまま行ってくれ。白髭は何処にいる?」
「あの方でしたら工廠にいるかと」
「分かった。引き続き警備を頼む」
「畏まりました」
憲兵隊隊長から白髭の場所を教えてもらい、提督と摩耶達は早速工廠へ向かう。いつものように激しく大きい音は聞こえないが恐らく休憩中なのだろう。開いている扉の横に寄り掛かり、整備士達に声を掛ける。
「やぁやぁ元気そうでなによりですねぇ、白髭」
「その声は……白提督殿か」
「えぇ私です。どうやらあの狂戦士共のメンテナンスで精一杯のようですねぇ」
工廠内ではメンテナンスを終えた整備士達が羽を休めていた。■■大佐に扱かれて疲れているのかと思いきや、■■大佐どころかあの手練の艦娘の艤装メンテナンスで体力を根こそぎ奪われていた。帰還しては出撃し、帰還しては出撃の繰り返しで休む暇は約一分程度。殆どの整備士達は本心では一度くらいサボってもいいのではないかと思う所もあったが、そのサボりの所為でもし戦闘に支障が出てしまったら整備士として情けないと誇りが許せず、身体が果てるまで働いているらしい。
「ご名答じゃ。流石に勤勉過ぎて手が焼くわい……まぁその分燃える所はあるがな」
「技術者のプライドという訳ですか……ん? 何だあそこは」
工廠の物置き場にはブルーシートに覆われ、赤い三角コーンと巻き付けられたトラテープが周辺を囲っていた。翔鶴達との戦争後も■■大佐の命令により、そのままの状態で残されている。瓦礫や石塊が取り除かれないままで剥き出しだった穴はブルーシートで隠されていた。
「ん? あ、あぁこの穴か? 確か翔鶴と戦ってた時に出来た穴らしくてな。今は三角コーンにテープ張って注意するようにしてるぞ」
「穴の中は覗いて見ましたか?」
「……口には言いたくねぇ、色々と悍ましいモンがあったとよ。後で執務室に書類があるから確かめてみるといい」
白髭曰く、■■大佐が直々に穴の中へ入って調べたと言う。穴の中は一つの部屋の中で、取り付けられたドアの先にそれぞれ別の部屋があったようだ。
しかし鼻が歪む程の刺激臭や腐敗臭と思わず目を疑ってしまうような想像を絶する光景が広がっているらしく、■■大佐と共に調べた憲兵が狂ってしまった為に調査は後回しになっていた。
その後■■大佐は防護服を着ながら一人で穴の中へ入り、やがて全ての部屋の調査が終了。
調べられた書類の内容には『蠅や蛆虫が無限に湧き続ける、腐敗した誰の遺体かも分からない肉塊が並んでいた』と書かれていた。
「なるほど……では後ほど確認させていただきます。私はこれで」
「あ、そうそう。白提督殿は戻れるのか? ここに」
「……さぁそれは分かりませんね」
白髭の表情からして提督が異動する事は知っていたようだ。提督にこの鎮守府へまた戻ってくるのか問い掛けてきた。
提督は少し沈黙した後、移動しながら言葉を投げ捨てる様に言い放ち、その場を去っていく。それを工廠の奥で見ていた整備士達は寡黙なまま呆気に取られていた。
「さて……あまり気分は乗らないが、そろそろ面会のお時間だ。摩耶と鹿島は憲兵隊隊長に伝達、地下営倉に引き篭るポンコツ兵器共を全員食堂に呼び寄せろ。伝えた後は食堂に集合するように」
「分かった」
「分かりました」
講堂の廊下内にて提督は摩耶と鹿島に命令を与える。
本来この鎮守府に赴いた理由は二つ。
一つ目は■■大佐に感謝の意を述べる為の面会、そしてもう一つは潮岬町鎮守府の艦娘達による提督に対する贖罪の意志を直接聞く事。
提督は艦娘達を一旦食堂に集合させ、全員と面会する計画を考えた。
「叢雲は先に地下営倉に向かい、食堂に向かうポンコツ兵器共の監視を頼む。拘束器具は必要無し、自由な状態で食堂まで先導しろ」
「はぁ……司令官じゃないから本当は聞く気なんてないけど、分かったわ」
摩耶達がそれぞれ命令により別れ、一人になった提督は一足先に食堂へ向かった。翔鶴達との戦争中では一切被害の無かった食堂は現在閉鎖中で、提督は無理矢理扉を蹴り飛ばして中へ入る。数日間も放置状態のおかげでテーブルや手摺の上は埃が溜まっており、奥の厨房も事前に作られていた料理が異臭を放っていた。
「……もう一度清掃だな」
二階へ向かった提督はゆっくりと階段を登り、いつも座っていた場所へ歩いた。テーブルに溜まった埃を指でなぞる様に取り、しみじみと艦娘達に虐められた時の事を思い出す提督。飲み水をかけられたり、砂や泥を混入させられたりと散々な嫌がらせを受けてきたが、提督はそんなみっともない哀れな自分を想像して鼻で笑った。
「アレさえ無ければな~……」
「提督~、いるか~?」
「あ~いるぞ~」
摩耶の声を聞いて提督は二階から手を上げて自身の位置を教える。
食堂の中へ入った摩耶と鹿島は懐かしむ様にその中を眺めた。
「ここにいたのか」
「いつもの特等席だぞ」
「いつもそこだもんな提督……あ、そろそろ来るぞ」
外から大勢の足踏み音と大きな扉が開いて軋む音聞いて、摩耶と鹿島は二階から入ってくる艦娘達を見下ろす。『
「いきなり集合して、一体何を……」
「またあの人が何か言うのかな……」
「怖いな……」
突然の食堂集合に艦娘達は不安がっている。いつもは営倉内で話を聞いていた為に、拘束器具の無い状態で全員が食堂に集合するとなれば多少の不安は募るモノだろう。龍驤や利根、那智や葛城も拘束が解除された状態で食堂へ来ている。
しかし主犯格である翔鶴は中にいる空母水鬼が時々暴れ出す為、連れていく事は出来なかったようだ。それぞれ艦娘を担当している憲兵による報告を受け、準備万端になった事を確認した『
そして──、
「やぁやぁやぁやぁやぁ、ご機嫌麗しゅうポンコツ兵器諸君」
「っ? その声は……!」
「まさか……」
「提督!!」
誰もが聞いた事のある声の方向へ顔を向ける。純白な軍服と軍帽、淡く透き通るような白い長髪、汚れのない澄み切った白い肌、宝石の様に煌めく蒼い眼。二階のラウンジにて提督が手摺に座って見下ろしていた。
「よぉ久しぶりだなぁお前ら。ちゃんと檻の中では眠れたか?」
突然の提督登場に艦娘達はざわめき、驚きの表情を隠せずに唖然としていた。いつもの声、いつものほくそ笑むような表情で提督は話しかけてきたのだ。戸惑う艦娘達を余所に提督は話を続けていく。
「お前らの話はよく聞いている。何でも俺に謝りたいそうじゃないかぁ、もっと謝るべき相手がいるのにも関わらず大した根性だ。思わず敬服しそうだよ」
「提督……悪いけど本題に。あと危ないから降りて」
「……まぁ俺が来た理由はお前らの処罰だ。知っての通りだがお前らは俺に幾度となく暴行を働き、殺人未遂にまで追い込んだ。これは立派な謀反であり、脅迫罪や傷害罪など多くの罪が課せられている」
提督が毒舌を吐こうと口数を並べるも摩耶に肩を掴まれ止められる。摩耶の表情を伺った提督は口を止めて蒼い眼から紅い眼へ輝かせ、乗っていた手摺から離れて立った。摩耶と鹿島に支えられながら提督は叢雲に渡されたクリップボードと挟められた書類を手に持つ。
「そこで俺はお前らに罪を償う意志があるのかどうか、■■大佐に協力してもらい、それぞれの話を聞いた後に然るべき処罰を下す事に決めた。だから今日、それを告げる為にお前らにはここへ集まってもらったわけだ」
渡されたクリップボードにある書類には提督が纏めた処罰の内容が書かれていた。艦娘達の贖罪の意思と共に提督が直筆で書かれた処罰を記している。提督は躊躇いもなく艦娘達の前で告げた。
「早速だが伝えるぞ……駆逐艦二十三名、軽巡洋艦及び重雷装巡洋艦合わせて十二名、重巡洋艦及び航空巡洋艦合わせて十一名、戦艦十名、航空母艦又は軽空母及び正規空母一人除き十一名。これら全員の罪を情状酌量の余地があるものとみなし、四年の懲役と七年の執行猶予を言い渡す。また殺害計画を建てた主犯格であり、今までに渡る全ての行動に伴い、全責任を負うものとして翔鶴型航空母艦一番艦翔鶴を旧式解体処分とする。またこれは本人の意思を尊重したものによる……」
提督は真剣な表情で自ら決めた処罰を艦娘達に言い渡した。
「以上が俺が下す処罰だ、勿論摩耶と鹿島、プリンツにも適用される。もしお前らが七年間、何も罪を起こさず善行を積めばこの罰も減刑されるだろう」
「ちょっと待ってよ……提督さん……!」
「っ……?」
艦娘の誰一人声も上げない静寂に包まれた空気の中、瑞鶴が震えた声で提督に物申す。全視線が瑞鶴に集まり、加賀や蒼龍達が止めようと瑞鶴の肩を掴む。瑞鶴の納得いかない表情に提督は冷ややかな視線で睨み返した。
瑞鶴が声を上げた理由も理解出来る。
自身の処罰がある事に変わりはないが姉の翔鶴だけが旧式解体処分にされるのはおかしいと思ったのだろう。翔鶴も■■少尉に貶められた被害者であり、旧式解体とは言わなくても他の処罰があるだろうと瑞鶴は目で提督に訴えているのがよく分かる。
「翔鶴姉は……!」
「瑞鶴、確かに翔鶴も弱みに突き込まれて■■少尉と空母水鬼に操られた被害者だ。翔鶴に元の心があれば考慮していたが、今の翔鶴の身体には空母水鬼の人格、そしてその空母水鬼と翔鶴の魂が混ざった人格が残っている。その混ざった人格の中で翔鶴が空母水鬼を完璧に抑え込めていれば話は変わる可能性はなくもない」
「だったらもっと深く調べれば……!」
「勿論日にちを調整して調査も行う、決めたからと言って即刻やるわけじゃない、最後まで話を聞け瑞鶴……話を戻すが決めた理由はそれだけじゃないんだ。翔鶴はその人格でこの潮岬町鎮守府を支配し、お前らに恐怖と絶望を味あわせた……それはお前らでもその身を持って鮮明に憶えているはずだ。この俺だって死にかけた」
ギプスで固定された左腕をクリップボードで視線を集めさせる。顔を俯き瞬きした瞬間に紅い眼が蒼く染まり、提督は翔鶴達に嵌められた時の屈辱的な悔しさを誰にも分からないようにゆっくりと歯を噛み締める。
数十秒間か沈黙が続く中、提督は話を続けた。
「だからと言って、感情任せに今すぐ殺してやるなどと小学校低学年レベルの感情処理で憎悪を孕ませ死に追いやるほど俺はそこまでガキじゃない。中立の立場で公正に見極め、定められた規則の基で判決を下す……先程も伝えたが翔鶴については近々調査も横須賀鎮守府で行う。その判決がお前らにとって大きかろうが小さかろうが、不公平だろうが理不尽だろうが関係無い。簡単に文句を言える立場だと思ったらそれは大間違いだ、分かったか」
持っていたクリップボードを『
「……本来お前らには基本的人権が無い。平等権、自由権、社会権、請求権、参政権など多くの人権の尊重を守る権利が無いんだ。だから■■少尉がやってきたようにお前らをモノ同然とひたすら人扱いせずにどんな目に遭ったとして、それをお前らがどれだけ叫ぼうが、いくら泣き喚こうが、必死に訴えようが第三者が何も思わなければ問題ない……それが世の中だった」
だった。
その話を過去のように提督は艦娘達へ聞かせる。
提督の顔はとても真面目で、それこそ捻くれた性格とは程遠く、それらを一切感じさせない顔だった。
提督は手摺に寄り掛かるのをやめ、右手で手摺を掴みながら右へゆっくりと動かした。
手摺に溜まった埃が右手の掌外沿へ寄せ集められていく。
「だが近年では艦娘に人権を与えようと思う人間派が世間でも声を出せるようになってきた。蒼■中尉だけでなく、多くの一般人が、多くの政治家が、多くの軍人が、お前らを兵器派から護ろうと一日一日地道な努力を積み重ね、艦娘に人権が与えられるよう戦ってきたんだ」
提督は階段の一歩手前までゆっくりと歩く。
手摺に掴んだ右手を右へ右へと滑らせながら移動し、掌外沿に埃が鼠色を帯びて手の甲まで寄せられ、塵同然だった小さな埃が山を為して積もってきた。
「国を護ってくれる艦娘という少女の姿を模した艦らしき兵器達の存在を……いや、艦の姿を模した少女達の存在を、今度は我々が護ろうと皆が立ち上がった。艦娘でも自由に人として生きられるように立ち上がったんだ。その想いが今ようやく届きつつある……艦娘にも基本的人権の尊重を、兵器派を退けて今も頑張ってる」
時雨と夕立の件でも少なからず二人を擁護する者はいた。艦娘という存在を根本から変えてしまったとしても、二人を信じる者は必ずいる。
そして提督と古鷹の件でも古鷹を信じて擁護する者はいた。見知らぬ誰かが艦娘を人間だと信じて、必死に軍へ訴え続けている。
その想いは新米の軍人や灰色へ、または声を上げる政治家へ、更にはその政治家を応援する人々へ。数多の想いが継がれていき、海軍へ反撃の狼煙が上がっている。
「しかしながらその想いは、悔しくも完璧に届いていない。多くの人達が立ち上がったとしても、お前ら艦娘が意思を持って立ち向かわなければこの想いは決して届かないんだ……! 感情が豊かなお前らが直接人間として証明しなければ……継がかれた想いが無駄になってしまう」
右手で寄せた埃の山を勢いよく吹き飛ばし、埃は塵になって消えてしまった。積まれた埃を想いと掛け、艦娘自身が立ち上がらなければ今のように継がれた想いも塵となって消えてしまう。それは話を聞いた艦娘達でも決して止めなければならない事だと分かった。
「これは艦娘の基本的人権の試行段階による実験と試練だ。もし罪を犯したお前らが与えられた執行猶予中の期間、何事も無く善行を積んで生きる事が出来たのなら、お前らは本当に人として証明される事になる。これは全国の鎮守府でもケースは違うが、似たような事を実施している。人々の想いと蒼■中尉の想いがようやく達成されるんだ……尽く虐げられ、弱さを思い知り、その弱さに寄り添い、人の強さを信じ、人の心を理解し得ているお前らなら簡単に出来るだろう……間近で見た俺が言うんだ、無駄にするなよ」
再度手摺に寄り掛かり、右手で顔を支える提督。
普段から捻くれた事しか言わない提督の励ましのような言葉が重く感じた。
「……俺は少なからずお前らを信頼していたらしい。嘘なんかじゃない、俺が気付いていない……いや、気付いていないフリをしていただけで本当は心の中で無意識に……信頼、していた」
「え……」
「上辺だけの信頼だ、本当に心の底からお前らを信じていたのかどうかは分からない、そしてその上辺だけの信頼がお前らにとってどういうモノなのかも分からない。お前らも俺と同じく、口には出さずとも内心は俺を嫌っていたからな」
「……違う」
若く幼い声が聞こえた。
声の方向には響が帽子を上げて提督を見つめている。
「違うよ司令官。私は本当に司令官を信じてるんだ。上辺だけの信頼なんかじゃない、本当に私は……いや私達は信頼しているんだ……今も」
「私だって……提督に救われたから……! 嫌ってなんかいない……本当に提督を信じてる……私は……!」
響に続いて蒼龍も繋ぎ繋ぎで伝えたい言葉を提督へ必死に声を大にして口を開く。今提督に分かってもらいたい事を思いつく限りの言葉で伝えた。
「まぁいずれにせよ俺はここを去る。俺が古鷹を殴った写真が広まった事、翔鶴の事も含めてお前らが仕出かした事で俺は全ての責任を取る形で横須賀鎮守府に異動する事になってるからな。プリンツ、お前も後々大本営に異動する事になっている。それらはお前らでも充分なほど身に染みて理解してるはずだ」
薬の効果とはいえ、艦娘達は提督を脅かした事を鮮明に覚えている。自分達の所為で信頼している提督という存在を自ら手放してしまった事に罪悪感は更に深くなっていく。拳を熱くなるほど握り、過去の愚かな自分をひたすら憎んだ。
直接の原因になってしまった古鷹は握った手から血が滲み出るほどの憤怒に駆られていた。何故あんな事をしてしまったのか、何故酷い事を言ってしまったのか、自身の頭の中で問い続けた。あの時提督に殴られた頬の痛みがより痛烈に感じる。殴った理由が自分を大切にして欲しいという提督の切実な願いだという事を理解して、古鷹は己の中で一番恥ずべき行為だと自覚していた。
提督が必死に訴えていた言葉の意味が目覚めた後の最悪な今になって心に深く突き刺さる。まるでの氷のように凍えた鋭利な刃が傷だらけの心にとどめを刺すかのようだ。
「罪悪感を持っているのなら自業自得、傍から見れば簡単に分かる事だ。嫌っていたなら晴れて清々するだろう、上辺だけの信頼も最早無い……ご苦労だっ、何だ鹿島」
「■■大将から
提督が最後のお別れの為にさよならを告げようとした途端、背後から鹿島に肩を叩かれる。面倒そうに提督は背後に振り向くと鹿島はいつになく真剣な表情で右手にはスマホがあった。■■大将から緊急の連絡があると鹿島は耳で囁き、提督へスマホを差し出す。
「……もしもし、代わりました白ですが」
『私だ、君は白か』
「はいそうですが、どうされましたか? ■■大将閣下」
『急で悪いが君の異動は一旦取り消しだ。緊急事態が発生した』
「っ……何があったのですか?」
『あぁ。本来であれば君が異動した後着任する予定の司令官だった■■大尉が
■■大将の話を聞いて提督は嫌な胸騒ぎに襲われる。どうやら着任予定の軍人が送迎車で送られている途中、突然送迎車が急加速して方向転換を失った後にトンネルの壁に激突。送迎車に乗っていた運転手とその軍人は事故による即死だったらしい。
鎮守府の軍人不在を埋め合わす為に■■大将や元帥が新たに軍人を手配するまでの期間は、提督が一時的に潮岬町鎮守府の提督としてまた運営する事になった。着任予定の軍人が亡くなった事により、潮岬町鎮守府には司令官候補生の灰色しか残らない事になる。まだ灰色は実戦不足故に一人で任せるには荷が重過ぎるだろう。
しかし提督はそんな事よりも、その
「……まさか……」
『気付いたか……そうだ、不慮の事故と表向きには公表させているが本当は違う。明らかな殺人事件だ、警察の調査で判明した』
明らかにこの事故は潮岬町鎮守府に関しているのは確実だ。
着任予定の軍人が仕組まれた事故で亡くなり、その事故を受けて
『更には小笠原諸島海域や硫黄島海域で深海棲艦に新たな動きが確認されている……詳細は後で話そう……──』
『──奴等が……動き出したぞ』
提督の眼から一瞬、紅い稲妻が迸った。
これにてPart.7 孤影悄然のアレクサンドライトは終了。
Part.7をまとめると「鋼鉄ノ鳥」「君の神様になりたい」「たった一つの想い」ですね。
いざ、次の