「そうだなー……」
瑞鶴の熱意を聞いて提督は椅子の腕掛けに肘を着き、右手で頭を支えて考えるような仕草をした。返事をした後に口を閉じたまま、ひたすら瑞鶴を睨み続ける。
緊張が走る仮執務室内で他の艦娘達は思わず唾を飲んだ。
この提督がどういう人格の持ち主かは誰もが身に染みて理解している。
ましてやこの鎮守府の艦娘達は誰も提督に逆らう事は出来ない。今こうやって瑞鶴が提督に懇願している事自体、艦娘達にとっては恐れ多い出来事だ。
例え本心と熱意、そして願いと想いを伝えたとしても結果は目に見えている。
「……確かにお前とは■■少尉に復讐するという野望を叶えさせるために手を貸していた。その為にはお前らは強くならなければならない、■■少尉が護衛も無しにのそのそと歩く奴ではないだろうからな。あのイカれた奴らを連れてもおかしくない……だから毎日訓練を受けさせたんだ」
提督は椅子から立ち上がり、閉じた口をゆっくりと開いて語り始めた。語りながら執務机に寄り掛かり、右腕で支えながら頭を下げる瑞鶴をまた睨む。提督の話に艦娘達は聞き入ってしまい、自然と身体は動けなくなっていた。
「皆を良い方向へ巻き込む……抽象的ではあるが実にお前らしい考えだ。下手に巻き込むかもしれないと言われ、お前は悪い方向じゃなく良い方向へ巻き込ませると考えた訳だ……つまりはお前はもう既に覚悟している訳だな?」
「勿論です!!」
「■■少尉と空母水鬼に対する復讐と同時に翔鶴を救いたいという願いが出来た、その為に強くなるなら手段は選ばない。どんな辛い事でも、どんなきつい事でも、泣き喚いてしまうほど気が遠くなるような道だとしても……お前は、覚悟してやるんだな?」
「待ってくれ提督」
提督が瑞鶴に問いただす途中、誰かが呼ぶ声が聞こえた。
声の方向へ視線を写すとそこにいたのは大勢の艦娘達。
仮執務室のドアを開き、身体を隠すようにして提督と瑞鶴を目視し続けている。声を掛けた木曾が仮執務室の中へ入り、瑞鶴の隣まで歩み寄った。
「俺達もその道……歩ませてくれないか?」
木曾は瑞鶴の方へ顔を向け、自身もその道を歩みたいと願った。驚きのあまりに瑞鶴は頭を上げ、思わず声を漏らしてしまう。瑞鶴の表情を見た木曾は左胸に握った拳を寄せた。
「瑞鶴の言葉に心震わせられた……確かに今の俺達じゃ逃げ続けてばかりで前には進めない。無理だと言われてもその無理を超えて強くなる……今一度希望が見えたよ」
少々顔を俯き、握った拳を見つめる木曾。
次に提督へ視線を移し、木曾は足並みを揃えて言い出した。
「俺にも果たさなければならない事がある。想う事は人それぞれだが……俺も、提督や蒼■提督が誇れる様な艦娘になってみせます……どうかもう一度、チャンスをくれませんか」
瑞鶴と同じく木曾も深々と頭を下げる。
それに合わせて背後にいる艦娘達も同じく頭を下げた。
木曾は天龍と共に■■少尉に復讐したいと提督に願い、初めて提督の目的に当てはまった艦娘。鎮守府襲撃時は蒼明石の策略を阻止し、翔鶴達との戦争では翔鶴と直接対決している。実力は申し分ないがその力に見合った結果を、果たすべき復讐という目的を果たせてはいない。
逆に力の使い方を誤り、目的を見失ってしまった。
木曾自身もとてつもないほど後悔している。
手を組んだのにも関わらず、裏切ってしまった自分が許せなかった。
何も提督の事を完全に信じていたわけではない。目的を果たすだけの手段に過ぎず、特別な感情も持ってはいなかった。
だがそうした日々の中で一つだけ芽生えてしまったモノがある。
提督と同じく木曾も、信頼というモノが徐々に芽生えていた。手を組んで以降、提督の信念や想いを知った事で不思議と充実感を覚えていた。日に日に訓練を受けて少しずつ強くなっていく感覚を感じると、復讐という目標に近付けているような気がしていた。
だから提督には感謝しかない。
人格や方法はともあれ、自身を立ち上がらせてくれた事に関しては頭を下げずにはいられなかった。
少なくとも木曾はその感謝を返したい。復讐という目標に近付きながらも提督が誇れる様な艦娘になりたいと切実に願った。また提督の力に頼ってしまうような形になるが、それに見合った結果を残したいと木曾は思った。
「……こうも一度にせがまれると面倒だ、戦況が不安定なこの時期に未だ強くなりたいなどと欲を残しているとは余程やんちゃを仕出かしたいらしい」
願いを聞いた提督は執務机から離れ、話しながら椅子へ戻って座る。椅子の背もたれに寄り掛かり、机の上に置かれた資料を手に取った。誰もが唾を飲んで提督の行動に注目する中、古鷹は思い切って口を開く。
「……提督、私もお願いしま──」「翔鶴の横須賀鎮守府引き渡しまで……後四日。横須賀鎮守府の研究施設での翔鶴の調査は六週間、大本営の引き渡しまで約一ヶ月半。これはこれは随分と期間があるなぁ~、何でこんなに長いんだろうかぁ、不思議でしょうがないなぁ摩耶」
古鷹の言葉を遮って提督は突然翔鶴の調査について話し始めた。まるで説明口調で艦娘達に話し掛けるような言い方に聞こえる。次々と資料をペラペラとページを変えながら、新たな資料に提督は眉を動かした。
「おっと■■少尉の現在位置も大体の場所の特定もそろそろ掴めそうだ。今も不明なハズなのによく見つけたものだぁ、我ながら賞賛に値するねぇ。これなら見つかるのも時間の問題だな。お? 『
資料を一通り読み上げた提督は視線を艦娘達に移す。
瑞鶴や木曾は困惑した表情で提督を見つめていた。
「……何ボサっとしてんだ。わざわざここまで来て頭を下げながら声量の調節もままならないのに己の立ち位置も考えず懇願している暇があるなら、さっさとその酸化しきった鉄錆だらけの太りに太った無様で見るに堪えない身体でも動かしたまえ、時間は有限だ」
手に取った資料を投げ飛ばし、提督は両足を机の上に乗せる。
立ち尽くす艦娘達に指示を与え、つまらなそうに欠伸をかいた。
その指示を聞いた艦娘達はあからさまに嬉々とした表情で元気よく「はい」と答え、仮執務室を出ていく。大所帯だった仮執務室が閑散とし、提督と摩耶だけが部屋に残る。
「珍しいな、提督が受けるなんて。具体的に決まってるのか、提督」
「
「断ると思うけどなぁ~あたしは」
「果たしてそれはどうだろうな」
今回は提督や摩耶、鹿島だけでなく護神厄討艦隊の艦娘達も参加させるらしい。
目標は■■少尉と護衛している可能性のある七壞星、そしてその七壞星の一人である『
だいぶ目標は大きくなり、それに達する力も要求される。
その為には艦娘達が強くならなければならない。
そこで提督は護神厄討艦隊の艦娘を訓練艦にする事で戦力強化を計った。
しかし摩耶からすれば戦闘を常に欲している戦闘狂達が提督の要請に耳を傾けるとは到底思えなかった。
「算段がついてるのか?」
「摩耶、あの戦闘狂共は何故あんなに強いと思う?」
「そりゃあ……あたしの【予感】みたいな超能力と規格外の戦闘能力を持ってるから……」
「それ故に実戦経験も豊富、
護神厄討艦隊の艦娘ならば訓練の監督も余裕だろうと考えた提督。並外れた戦闘能力や戦術知識を持っているのなら教えるのには持ってこいだ。
しかしあの戦闘狂達が素直に言う事を聞いて監督を務めるとは思えない。
そう思った提督は椅子から立ち上がり、ある場所へ向かった。
「私達があの馬鹿達の訓練の監督になれって言う事?」
「あぁそうだ。お前達は艦娘の中では優れた知識と飛躍した戦闘能力を有している。あのポンコツ共を教育させるには持ってこいって話だ」
「なるほどね、だからさっきから寮内がバタバタとしてるわけ」
広場の岸辺にて『
護神厄討艦隊旗艦であり唯一まともな艦娘として艦隊を率いる『
「んで、それは『
「まさか。伝えてないに決まってるだろう、あのイカれた連中にマトモな話が通じるわけない」
「同感。って事になると私の命令だったら素直に聞く可能性があるから、私に伝えてきたのね」
提督は視線を動かさないまま悠長に話しながらも、『
叢雲は提督の提案を適切に理解し、わざわざ自身に伝えてきた理由も言葉にして話した。
話は円滑に進みながらも、全て読み終えたのかまた叢雲へ書類を返していく。
「そういう事だ。護神厄討艦隊というダサくて厨二臭い頭のおかしい捻くれた馬鹿力共を纏めるお前なら簡単だろう」
「その言い方だと私もあの頭のおかしい連中と一緒、みたいな言い方ね」
「現にそうじゃないかぁ。唯一あの艦隊の中でマトモとは言え、あの馬鹿力共を一人の艦娘が纏めあげてる時点で頭がおかしいとしか思いようがない」
護神厄討艦隊の中でもトップクラスの強さを誇る『
それは他の艦娘達も言わずともその実力を認めているようで、叢雲が旗艦を担っても文句は一つも無いそうだ。
唯一艦隊の中で話の通じる人格者としても旗艦に選ばれた理由にはあるが、選ばれたとしてあの軒並み捻くれた艦娘達を従えさせる叢雲も、別の意味では狂っていると思われてもおかしくない。
「唯一私がマトモで最強だから、皆も従ってくれてるだけよ。私は扱い方も知ってるし、皆もその強さは知ってる」
「それはよかったぁ、だったら訓練の監督にも向いているだろう。あのポンコツ共を完膚なきまでにボコボコにして鍛え上げてくれた方が効率は良い」
「だったら報酬の一つや二つでも用意してもらいたいものね。それ次第じゃ、色々とやる気も変わってくるわ」
『
提督は横目でその姿を目視し、目を瞑っては面倒そうにため息を吐く。
「ならお前達に金や装備でも一人ずつ違うモノでもくれてやろう」
「別にそれでもいいけど……私はお金より【
『
提督は叢雲から差し出された右手の平を勢いよく叩き、交渉が成立した意思を見せる。
「じゃ、早速しようかしらね」
『
岸辺に取り残された提督は未だ水平線を眺め続ける。反応を確認したい摩耶は恐る恐る提督の顔を見た。
「……いいのか?」
「後でネット上に嘘の情報流し込んでやる」
「それはやめろ」
──講堂、仮執務室
「白さん。おはようございます」
「灰、雰囲気で理解しているだろうがお前にあのポンコツ共の訓練の管理を任せる。訓練が終了次第、報告書をまとめて俺に提出しろ。詳しくは『
「かしこりました!」
仮執務室では既に灰色が仕事に取り掛かっていた。元気よく挨拶をした灰色に早速提督は新たに仕事を与え、一番奥の執務机へ小走りで向かう。灰色は与えられた仕事の詳細を知る為、書類を持って『
椅子に座り次第提督は電話機である人物の方へ電話をかける。
『こちら横須賀鎮守府責任者■■だ。何の用かね』
「わざわざ出ていただきありがとうございます■■大将閣下、実は七壞星の件について確認したい事がございまして」
電話をかけた相手は横須賀鎮守府の■■大将。先程■■元帥と■■大将、提督の三人によるテレビ通話で話したばかりだったが、もう一度提督と話す事になるとは思わなかっただろう。何か忙しいのか少々対応が早口だった。
「『
『その二人の記録か……情報の共有は構わないが、私はこれから席を離れる。後でメールにてデータを送っておこう』
「ありがとうございます」
瑞鶴に頼まれた『
本来七壞星の出現記録や行動記録、目撃情報などは各鎮守府が提出した報告書によってまとめられ、週に一回ほどその週間の記録が更新又は保存される。七壞星の情報管理については護神厄討艦隊司令官である■■大将が担っており、情報が更新される度に各鎮守府へ共有させていた。
鎮守府の責任者であればデータベース上でいつでも閲覧する事は出来るが、今回いち早く情報を入手したかった提督は今週分の更新する情報を早く閲覧出来ないかと■■大将に打診し、メールにて送ってくれるらしい。
『……薄々気づいてはいたが……やはり潮岬町鎮守府とは少しばかり因縁がありそうだな』
「深海棲艦と艦娘の実験関係となると
翔鶴と空母水鬼の件がある以上は七壞星との関わりは避けられない。■■大将や提督が警戒している『
瑞鶴には悪いかもしれないが、それ程あの深海棲艦はタチが悪い。
今まで以上に厳しい戦闘が待っているだろう。
『あまりあの叢雲の事情に関わって欲しくはないが、何か約束事でもしたのか?』
「えぇ、少しばかり訓練艦として働いてもらおうかと」
『成程、報酬目当てに情報を寄越せと言われたか……まぁ仕方あるまい』
【
本人の意思故にその事情を話す事は出来ないが、深い関わりを持っているのは確かだろう。司令官である■■大将も個人的には叢雲と関わる事をあまりよく思っていない。
その事情を知っている故か、叢雲という存在を失いたくないと■■大将は願っている。
『では、頑張りたまえ。あの件については任せたぞ』
「ありがとうございます、必ず場所を特定してみせます……では私も失礼します」
■■大将との電話を終了させ、肩の力が抜けたのか椅子の背もたれに背中を預ける。軍帽を人差し指でくるくると回し、両足を机の上に乗せてため息を吐いた。
「さて、奴らはどう動くかな……」
──次の戦争の刻まで、そう遠くない。
要約すると二つ名みたいな奴らは全員やべーやつです。
特に貪狼。