雲一つない蒼空から地面さえ焦がす様な暑い太陽の陽射しが降り注ぐ。ゆっくりと吹く潮風が汗で濡れた正装を涼しく感じさせ、近くの陸地で蝉の鳴き声が微かに聞こえた。
蒼く澄み渡る海原にて金色の十字光が目が眩む程の輝きを放つ。
その光を目指すかのように何人もの艦娘が海原を駆け抜けた。
波で出来た段差を跳躍して乗り越え、金色の十字光から放出される分散する光芒の猛攻を辛うじて避けていく。
「……」
金色の十字光を放つのは護神厄討艦隊旗艦『
あまりの暑さに顔を仰ぎ、片腕で太陽の光を防いで空を見ていた。
何も言わずに黙り込んだまま果てしなく続く蒼空を眺めている。
周辺の環境音を遮断し、何かを考え込む様な表情でただひたすらに眺めていた。
「ッそこです!!」
「当たれ!!」
「……!」
隙だと見た朝潮と大潮が『
叢雲に高速航行で接近しながら二人は近距離砲撃。
砲撃に気付いた叢雲は金色の槍を上へ投げる。
そして身体を回転させた。
交差する寸前で二つの砲弾を受け流し、砲弾の方向を転換。
砲弾は逆に大潮と朝潮へ飛んでいく。
二人は間一髪で回避し、頬を掠めながらも突進。
拳を前へ突き出し、『
『
直後、叢雲の背後と正面へ満潮と霞が回って砲撃。
叢雲は跳躍で砲弾を回避し、投げていた金色の槍を手に持つ。
金槍を勢いよく振り下ろし、真下にいる大潮と朝潮を衝撃で吹き飛ばした。
そのまま『
振り下ろした衝撃で立ち上る水柱が視界を遮る。
その水柱を貫いて砲弾が叢雲に襲い掛かった。
水柱との距離は約二メートル。
砲弾の速度から考えて直撃は間逃れないだろう。
しかし『
黄金に輝く眼で砲弾を把握。
目に見えぬ速度で金槍を振り回し、不可避の砲弾を弾き飛ばした。
次第に水柱が消えて無くなり、水平線が見えていく。
そして何かを感じ取った『
いつの間にか放たれていた魚雷が水中を泳いでいた。
跳躍した叢雲は周辺にて駆ける朝潮達の位置を把握。
身体を駒のように回転させ、砲撃と同時に八本の魚雷を発射させる。
光芒となった砲弾は朝潮達の足元に着弾。
水柱が立ち上り、視界が不安定になった。
腕を使って身を屈ませる朝潮達だが、直後に水面下が爆発する。
『
叢雲は何事もなく海面へ着水し、金鎗を足に立てて仁王立ちする。
「早くしないと即座に無力化するわよ」
「ぐっ……強いッ……!!」
これが艦娘の頂点に君臨する者の実力か、もしくはその片鱗か。
訓練を申し込んだ朝潮達は傷一つ付ける事が全く出来なかった。
考えうる作戦で連携を取りつつ攻撃しようとも呆気なく返り討ちにされてしまう。
例え視界を不安定にしても、例え挟み撃ちにしても、例え囲もうとしても最善とも言える戦い方で対処していた。どんな戦況下だろうと突き破っていくその柔軟さと判断力はまさに頂点に立つだけの事はある。
「連携は申し分ないけど、火力が足りてないわね。後は予測かしら、敵がこれからどう動くのかを予測出来ていない」
「予測……?」
「私は貴女達の攻撃のパターンを予測して動いていたのよ。この攻撃の次はどう動くのか、どう展開していくのか、予測するだけでも戦況は違ってくるわ」
今まで『
叢雲は朝潮達の戦闘行動を見て次の行動を予測、予測したパターンの中から数ある対処法で攻撃を躱している。必ずしも超越した力を常時駆使して無双するのではなく、相手と戦う上でどうやって倒すかを模索し戦闘に挑む。
それこそ艦娘の頂点に立つモノの極意なのだろう。
「雷撃をまともに食らったとはいえ、まだ立ち上がれるでしょう? 今度は予測しながら戦ってみなさい。私がこれからどうやって動くのかを……ね」
「予測……ね……! なら……ッ!?」
荒潮がダメージを負いながらも立ち上がり、『
予測する事を中心に荒潮が身体を動かそうとした途端、突然射て差す光芒が荒潮の頬を掠めた。
荒潮の後方で大きな水柱が立ち上り、持ち上げられた海水が雨となって降り注ぐ。改めて叢雲の方へ視線を向けると、金鎗を荒潮に向けて砲撃していたのが見えた。
「とはいったけどそう簡単に予測はさせないわよ。相手に行動を読まれておいて即座に動かないバカはいない、誰でも対処するし私も対処する。訓練だと思って甘く見てたら大間違い。容赦はしないからね」
『
依然として身体を纏う金色の十字光は輝きを維持し続け、あまりの眩しさに叢雲の身体が逆光で見えなくなるほど輝いている。
それは叢雲が持つ限界値を超えたエネルギー効率が更に溢れ出しているのを体現しているかのようだった。
「ほら、来なさいな」
『
神に挑むが如く朝潮達はそれぞれ自身を鼓舞し、もう一度戦闘に挑む覚悟を決めた。
朝潮達は一旦全員を集合させ、作戦会議。
朝潮を中心に荒潮達は次の一手へ行動を移す。
叢雲はそれらをさせまいと光纏う砲撃を浴びせた。
朝潮達は光線の暴風雨を回避。
小さく軽い身体を利用して間一髪で避けていく。
なお避けながらも高速航行を決して止めず、叢雲に接近する事だけに全力を出している。
霰と霞が遠方から砲撃。
砲弾は『
水柱が立ち、叢雲の視線を再度隠していく。
まるで先程叢雲がやった戦い方と手順が少し似ている。
叢雲は駆け引きを仕掛けてきたかと次の行動を予測した。
今朝潮達が仕掛けているのは先程叢雲が朝潮達を一斉に攻撃した際に使われた戦法。
その戦法を朝潮達は早速真似て叢雲に仕掛けてきた。
予測出来るパターンは二つ。
一つ目はもしそのまま待ち構えていれば朝潮達の攻撃手段は魚雷か砲撃。跳躍すれば攻撃は回避可能になる。
二つ目は待ち構えずに前後左右に動いた、又は跳躍した際の朝潮達の近接格闘技術を応用した奇襲。水柱が消えてなくなれば朝潮達の居場所は特定出来る。
ならば『
「跳んだよ!! うわっ!!」
前方へ低空跳躍しながら周辺へ無差別に砲撃。
身体を回転させ、小さな円を幾つも描いて滑る様に海面へ着水する。
砲撃の跡を確認すると荒潮と大潮、朝潮が砲撃によって怯んでいた。
だが待て、確か突撃した時には四人だっ──、
「……なるほど」
屈んだ体勢で不安定な『
背後を取っていたのは満潮、突撃時に満潮だけは叢雲から距離を図っていた。
叢雲はすぐさま振り向き、残りの一人である満潮を再確認。
金鎗を横に薙ぎ払い、満潮を迎撃する。
しかし満潮は間一髪で金鎗を躱す。
足を縮こませて一気に零距離砲撃を食らわせようと接近した。
叢雲は冷静に満潮の砲撃を回避。
そして右腕を掴み、軽く後方へ投げ飛ばした。
「悪くないじゃない……」
作戦が破れても朝潮達はめげずに『
その時叢雲はある事を思い出して考えていた。
時は島風が目覚めた時の事である。
叢雲は講堂の屋上にて柵に身体を寄せ、永遠に続く水平線を眺めていた。
久しぶりに島風と出会い、感動の再会に嬉し涙を流していた叢雲。
しかし島風から戦いたくないと言われ、一方的に喜んで話も聞かないまま島風を追い込んでしまった事に落ち込んでしまっていた。
元はと言えば小笠原鎮守府襲撃時に自身の個人的な関係で島風を見捨てる様な事をしておいて、死亡していたと思われていた島風に対し喜びの声を上げるなど島風本人からすれば馴れ馴れしい程この上ない事だ。
恐らく島風は自身の事を心の底では憎んでいるのかもしれない。
『どうされましたか……?』
『っ……? あぁ貴方は候補生の……別に、ちょっと黄昏てただけよ』
『そ、そうですか……』
背後から聞こえた声の方向へ振り向くと、そこには司令官候補生の灰色がクリップボードを持ちながら立っていた。
この様子から見て島風と叢雲の事情を聞いてどうやら声を掛けずにはいられなかったようだ。
この鎮守府の艦娘達からはかなり好印象を持たれており、司令官としての才能も芽生えつつある人物だが、まだ経験値とその実力は足りていない。
最近の新米司令官には艦娘を人間だと思う者が多いと言われており、候補生である灰色もその一人なのだろう。
故に事情があって落ち込んだ艦娘を放っておけないような性格で好印象を持たれているのかもしれない。
『……叢雲さん……私は──』『ほんと最低よね~』
沈黙を破って灰色が叢雲に話し掛けるが、叢雲はその声を更に大きな声で遮る。
顔や表情を見せないまま一人語りするように喋り続けた。
『よくよく考えれば自己中心的に動いてたわね。大事な仲間が生きていたって知って、そこで周りの事も考えずに突っ走っちゃった。私の所為であんな事になったのに、どの面下げて会いに来たんだって普通は思うのよね』
叢雲と島風の事情を知っているだろう灰色へ伝える様に語る。
灰色は真面目な表情で叢雲の話を一心に聞いていた。
その話は自身が誤った行動を反省し、他人の感情を考えて行動しなければならないという戒めの話。島風が生きていた事につい喜びの感情が昂ってしまい、周りを気にせずに迷惑な事をしてしまった自身を反省していた。
『だけど私はそれを配慮せずにがむしゃらに喜んじゃった……まだまだ私も未熟ね、全くもって……何一つ、
足りてないという言葉に後悔の感情が溢れ出しているのが分かった。叢雲や島風の詳しい事情はあまり知らないが、何かとてつもなく忘れられないような後悔をしたのだろう。
『……そうですか……少し語弊があるかもしれませんが、私は素晴らしいなって思います』
『素晴らしいって? どういう事?』
『すいません上手く言い表せなくて……何て言えばいいのか分かりませんが、叢雲さんは自分の事は勿論、他人の事もちゃんと考え行動している。失敗した事も必ず反省して次の行動に活かしている。私はそれらを簡単に出来るのが素晴らしいなって思ったんです』
灰色は喋りながら歩み寄り、今叢雲が起こした行動や言動を見て率直に内容を伝えた。やがて叢雲の隣まで近寄り、顔も見せないまま同じく永遠に続く水平線を眺める。
夏の日照りは一定の暑さを保ちながら、延々と地面を焦がし海を煌めかせる。
モワッとした身体にまとわりつく暑い風が二人の隙間を通り抜き、肌から滲み出た汗が思わず爪で掻いてしまうほどの痒みを感じさせてきた。
『アンタ達人間はそうするモノじゃないの? バカにしてるのかしら』
『いえいえ決してバカにはしていません! ただそう出来る人間が私の周りには少ないなって……そう思ったので……』
叢雲は灰色の方へ顔を振り向かせ、少しからかい気味な声で問い詰める。
灰色は両手を広げて否定する様な仕草を出し、慌てながら訂正する声を上げた。
そして物寂しそうな表情で俯き、視線を水平線から広場の地面へ移していく。
『皆ピリピリしてるんです。長く続く戦争の中で痺れを切らして事ある毎に慌てて、周りが見えなくなり自分の事しか考えられなくなっている。仕方の無い事なのかもしれません、ですが私はそれでも見失ってはいけない時があると思っています』
『確かにね、そういう奴らは山ほどいるのは私も知っているわ。だけどそこまで人間も落ちぶれてないでしょう? 精々貴方みたいな人がいる限りはね』
灰色と同じく、叢雲も自身の事しか考えられなくなる人間を飽きる程見てきたと言う。
深海棲艦の出現から今日までの戦争で生き続けた叢雲は、人間とはどういう生き物なのかを大方知り尽くしている。
観点は見てきた人物によって様々で人間はそれぞれ様々な性格をしていて、そこには善悪や優劣が存在し、一人の観点からは甲乙つけるものではないという個人的な価値観を持っていた。
故に人間に対する感情は常に一緒で、初めて会った人物だろうと馴れ初めあった人物だろうと、こういう人なんだとしか思わないらしい。
『そうですかね……私も実際出来ているかどうか分かりません……これは父親から教えてもらったのですが、自身という人間の本質の一部は他人から見る事で分かってしまう事もある。今こうして叢雲さんに自身や他人の事を考え、自身を反省して次に活かすという叢雲さんの本質の一部が見えて分かったんです。叢雲さんは人として素晴らしいなって、そう思ったので率直に言ってみました』
『素晴らしい、ね……お褒めの言葉として貰っておくわ』
『いや本当に決してバカにしてる訳ではないので……そう思っていただけると幸いです』
灰色の素直な気持ちの答えに叢雲は半分疑いながらも褒めの言葉として受け止めた。
叢雲の反応に灰色は頬を指で掻きながら苦笑した表情で安堵する。それ以上話す言葉が無かったのか灰色は掛ける言葉を悩んでいるように見えた。
それを見て叢雲は自身の本質の一部は他人から見る事で分かってしまうという言葉を目の当たりにする。島風の件で落ち込んでいる叢雲の元へ、励ましの言葉や慰めの言葉を掛けようとしている灰色だが、叢雲本人を傷付けない為なのか選ぶ言葉に悩んでいるようだ。
そういった意味では灰色も叢雲の事を考えて行動している。
気付かない内に灰色も周りの事を考えている事に叢雲は笑みを浮かべた。
『……何と言うか……とにかく! 共に頑張りましょう!! 私は叢雲さんの事を応援していますし、何かあれば役に立つ事もしてみますので! 司令官候補生として立派に役目を果たしていきます!』
灰色は精一杯の言葉で叢雲を勇気づけようとした。
それを聞いて叢雲はようやく口に出来た言葉がそれかと微かに笑う。
『共に……頑張る……ね』
『えっ?』
『いやただの独り言……いいわ、そこまで言うんならボロ雑巾になるまで使ってやるわ。精々アンタも頑張りなさい!』
『えぇ勿論です!』
暑い夏の日、二人は初めて互いの手を握った。
「調子はどうですか、鹿島さん」
「概ね順調ですよ。これが記録も報告書の一覧です」
演習の管理を任された灰色がクリップボードを片手に戦闘中の艦娘を眺める鹿島へ話し掛けてきた。
緩む事の無い暑さに灰色は手の平で風を仰ぎ、汗に塗れた額を拭う。鹿島は演習の記録と報告書を灰色に提出し、また新たに始まった演習を記録していった。
「ありがとうございます……凄い暴れようですね。木曾さんが出血多量の大破状態、『
「大丈夫ですよ~艦娘ですし、いざとなれば高速修復材で終わります」
「その高速修復材が今少ない状態である事だけ把握していただければと思います……」
鹿島が書き留めた記録や報告書の内容はどれも詳しく書かれており、弱点や強み、性質の成長具合やエネルギーの効率純度、演習の戦闘経過報告など各艦娘によって一人ずつ明確に区別されていた。次の演習はどのようにするべきか反省点や行動のメリットやデメリットなども簡潔に述べられ、演習を管理する灰色はその報告書を貰い受けながら次の演習計画書をまとめていく。
「次は『
「まぁでもそろそろ朝潮型の皆さんは終わるでしょうね。六人中、三人は大破状態ですし」
「うぅ……私は何も出来ないけど、頑張れ皆!!」
『
そんな事も気にせず戦う艦娘達は戦闘に夢中で、以前の演習よりも艦娘達の士気は上がっており、皆強くなりたいという気持ちがひしひしと伝わってくるのが分かった。
「鹿島さんは誰かと演習はしないんですか?」
「う~んしてもいいんですけど、何故かあちらから来てくれないんですよね~」
「そ、そうなんですか」
ノシロを戦闘不能にした事や阿賀野達との戦闘を考えれば恐れられるのは当然なのではと灰色は心の中で思いつつも肯定の声をあげる。
正直な話、灰色は鹿島の事を少し恐れている。
驚異的な戦闘能力は勿論ではあるが、何よりも怖いのが普通の言葉が通用しない頭のねじが外れたような性格。そして何かを企んでいるような異様な不気味さ。
阿賀野達との会話を聞いた時には灰色も矢矧と同じく背筋が凍るほどの狂気と恐怖を感じていた。言っている事は正しい事も含めて考えさせられる部分はあるが、それを言う前に行動していた狂気的な性格を見て恐れてしまっていた。
「そういえば島風さんは今どうしてますか?」
「島風、ですか? 島風なら今も病室で休養中ですよ」
「そうですか」
あまり面識のない鹿島から話し掛けられた灰色。
突然島風の事を聞かれて一瞬戸惑うも、今も医療施設の病室にて身体を休めていると簡潔に伝えた。
その話を聞いた鹿島は淡々に返事してまた書類へ戦闘の内容を記録していく。珍しく鹿島に声を掛けられた灰色は恐る恐るこちらから話し掛けてみた。
「……珍しいんですかね、鹿島さんが誰かに気を掛けるのは」
「まぁ少し気になった事があるので」
「気になった事?」
どうやら鹿島はあの島風について少し気になる事があると言う。
一体どういう思惑で気になっているのか、灰色は唾を飲んで耳を傾けた。
「……阿賀野さん達との戦闘中で私に挑んできた艦娘達がいたと思いますが、その中で唯一私に反応していたのは島風さんだけでした。聞いてみれば小笠原鎮守府の艦娘らしく、よくよく考えてみればあの島風さん、一味違いますね」
「一味違うっていうのは……?」
「小笠原鎮守府の艦娘達は軒並み戦闘能力が高い艦娘が多く、現在の護神厄討艦隊でも叢雲さんが小笠原鎮守府に所属していました。私の仮説ではありますが……恐らくあの島風さんは私達と同等の戦闘能力、またはそれ以上あるかもしれませんね」
「っ……!」
鹿島の言葉を聞いて思わず灰色は驚きの声を上げた。
あの島風が鹿島や叢雲のような超人的な戦闘能力を持っている可能性があると鹿島は見極める。
いや持っているのではなく、正確には秘めている又は潜んでいるが正しいらしい。島風の中に強大な力が眠っているようで島風自身も己の眠っている力に気付いておらず、いつ何らかの出来事で発現してもおかしくないそうだ。
「流石、『
「ラ……えっ? 何ですかそれ」
「別になんでもありません」