やがて泣き止む暁と雷。落ち着いた二人はまた向かい側のソファに座る。提督は濡れた軍服を脱ぎ捨て、Tシャツ姿で執務机の椅子に座った。机に足を乗せ、堂々と構える。
「さて、第六駆逐隊。俺から聞きたい事がある」
「聞きたい事?」
「そうだ。電と響は知っているが俺はお前らのやりたい事、叶えたい事を聞いている。俺が出来る範囲でその願いに応える所存だ。だから今聞こう、第六駆逐隊がやりたい事はなんだ?」
机に乗せた足を下ろし、指を組む提督。狙いは勿論、戦うか戦わないか。
この状況で聞く事は第六駆逐隊にとって精神的に追い込むような事だが、そんな事を思ってるほど提督は甘くない。ましてや時間が押している以上、気持ちを汲み取る暇すらないのだ。
「やりたい……事……」
「なのです……」
「私は……」
「……戦う」
と言ったのは暁だ。
あまりにも意外過ぎて提督が僅かながら目を開かせた。
通常この状況ならば平和に暮らしたいや何もしたくないなどとうつつを抜かすはずだ。しかし一番の被害者である響は代表して答えた。それは自分は兵器だと思い込んでいる故なのか、それとも提督の恩を返す為か。
「私達は戦うわ。もう二度と鉄屑なんて呼ばれないようにね!」
「暁、それはお前個人の願いだろう。他の三人は?」
「わ、私も暁と同じよ!」
「電も同じ、なのです!」
「私も、大丈夫」
「本当かぁ? ただでさえ俺に怯えてたんだろ? それで深海棲艦なんてぶっ飛ばせるのかぁ?」
「私達は艦娘よ! 戦う事が私達のやりたい事なの!」
「暁の意見は尤もだ、だがお前に聞いているんじゃない。雷、電、響に聞いているんだ。どうなんだ?」
暁はやる気満々のようだが提督が聞きたいのは他の三人である。怯えじまいで言いたい事をハッキリさせない艦娘達は初めに誰かが言った意見に同調されやすい。一番上の姉である暁の意見に同調したのがいい例だ。
「この際お前らだけにハッキリ言わせてもらうがこの鎮守府の艦娘達はどうも自主性と行動力が皆無だ。恐ろしく皆無だ。何もしようとしない、己の危機感を悟らない、指示を待つだけの指示待ち人形でしかない。今のように何も無ければ部屋に閉じこもり、飯の時間だけ食べなくてもいいのに身体を動かす。後は……まぁそれは言わないとしてそれ以外は有り得ないほど何もしない。正直ふざけてんのかと言いたいくらいだ」
「っ……」
「それを知らずに自分達は人間だと言い張る。別に構わないさ、自分の存在をどう決めようが自分の勝手だからねぇ。だが第三者から見てその一日を見たらどう感じると思う?」
これは提督が本当に思った本音である。ごく身近に思ったたった一言。
「本当に人間なのか? ……ってな」
響が反論する。
「……確かに私達は司令官に怯えていた。自分の事ばかり優先してろくに戦えなかった、鉄屑だ」
「そうだ、よく自分達の事を知っているようでなによりだ」
「でも……それでも私達は意思がある、心がある、考える頭もある。司令官が私達の事をどう思ってるかなんて分からない。だが誰かの為に何かをしたいというのは間違いなのか!!?」
「間違いじゃない。だがその誰かの為にと行った事が例え他人を滅ぼす結果でもお前はそれを誰かの為と言い切れるのか?」
あの時響が電を救う為に他の姉妹を見捨てたように、響は後悔に悔やんでいた。人間は脆く弱い、艦娘といえどそれは容易ではない。
「いいか第六駆逐隊。自分のその言葉で起きてしまった過去とこれから起きる未来を考えるんだ。周りに流されてはいけない、ちゃんと自分の口で、言葉で、お前らの本心を言って欲しい。そしてその言葉に責任を持ち、決して揺るがせはしないという信念を持つんだ」
「信念……」
「これだけは絶対に正しい、間違っていないという強い信念を掲げ、誰かに疑問を思われるまで暴走しろ。その時までのお前はとても愚かだが……強い艦娘になれているはずだ」
「でも愚かって、そんなの……悪い事になんじゃ……」
信念を掲げる。簡単に決められる事ではないが、簡単に思う事は出来るはずだ。いつの時代も人はそれぞれ違った信念を持っている。
警察官や軍人、スーパーの店員に身の回りにいる知らない人でさえも小さな信念を知らずに持って生きている。それが正しい事なのか、悪い事なのかはその人の人生次第だ。
「確かにこれは所詮、正義に反している事だ。傍から見れば悪者に見えても何らおかしくはない。だが全てが全て正義が正しいとは限らないんだ。正義ってのは人が持つただの個人的価値観でしかないからね。だから今、雷が悪いって言った事は実はそれもまた正義なんだ。今が俺が言ってる事も、雷が違うと言った事も、皆それぞれ違った正義の価値観を持ってる。如何にその正義を何があろうと貫き通す事が大切なんだ」
「貫き……通す……」
「これだけ言えば分かるだろう? お前らが俺の為に恩を返し、戦う事は構わない。だがそれを最後まで貫き通す事が出来るのかが俺は知りたい。どうだ?」
提督は第六駆逐隊の前まで歩み寄り、目線を合わせる為に座る。提督の目は自分達を見定めていた。本当にやりたい事なのか、やりたい事ととして最後まで貫き通せるか。その覚悟を提督は見定めている。
「……やってやるさ」
「何を?」
「司令官の為に戦う! もう私達は逃げないわ!」
「口だけじゃ何度でも言えるぞ?」
「だ、だったら納得させるまで何回でも言ってやるのです!」
「その選択が間違っていても?」
「間違っていなんかいないわ!」
「本当にか?」
「「「「絶対に!!」」」」
声を揃えて答える。以前の第六駆逐隊とはまるで覇気が違っていた。まるで離れ離れになっていた船が誰かの掛け声で一つの場所に集合するかのように。
「……であればこれを見せる権利が初めて与えられたな」
提督がプリンツに合図を送る。プリンツは紫色のファイルを取り出し、暁達に見せた。勿論内容は前任の恐るべき全貌である。
「これでも間違っていないと言えるか?」
よく見れば身体が少し震えている。無理もない、忌まわしき前任が深海棲艦の親玉となれば怒るのも当然だ。
提督は第六駆逐隊の反応を確かめている。
「……面白いじゃない。皆で力を合わせればこんな奴なんて一捻りよ!」
「散々痛めつけてくれた分、ボコボコにしてやるのです!」
「あぁそうだね」
意外にも戦闘意欲はあった。復讐とまではいかないが戦おうとする意思があれば仕上がりは上々と見える。
「ねぇ司令官。前の司令官の場所は分かっているの?」
「さぁてそれが分からないんだぁ何せこの鎮守府じゃろくに動かないへっぽこぴーしかいないからねぇ、あー誰か手を組んでくれる艦娘はいないもんかなー」
「はい! はい! 私達がいるわ!」
「このプリンツも同じです!」
「し、仕方ないわね、手伝ってあげるわ」
「いやお前らはもう手を組んでるだろ」
提督は第六駆逐隊に手を差し伸べす。瑞鶴達と同じようにようやく自分達の世界へ入って来た第六駆逐隊を歓迎する握手だ。
「さて第六駆逐隊、手を組もうか」
大きな手に小さな四つの手が乗せられる。暖かく柔らかいその四つの手を両手で握りしめた。これで初めて第六駆逐隊は手を組んだ事になる。
「これからお前らには過酷な日々が待ち受けているだろう。それでもこの未来を選択したお前らが間違っていないと言うのなら貫き通してみせるんだ。いいな?」
「「「「はい!!」」」」
元気に答え、満足そうに第六駆逐隊は執務室を去って行った。こうしてまた四人、自ら行動を起こす者を確保する事に成功。とはいえ半分以上の艦娘からやりたい事を聞いていない。
「珍しいのかなー? 提督さんがまともな事を言ってるなんて」
「馬鹿め、アレはあのチビ共を慰めるだけの虚言だ。しかしあんな臭い芝居してたら鳥肌が立つところだったよ、我ながら上手く出来た論文だとは思わないかねプリンツ」
「はい、私も臭い芝居を見ててうずうずしてました!」
「うわっ、二人して性格悪っ」
「何を言っている当然の事を言ったまでだ。戦争に正義も悪もクソもないんだ、正義などという甘ったれた個人的価値観に同調されて動かされる馬鹿共同士がただ単に虐殺を繰り返してるだけなのだよ。正義なんてこの世に存在しないんだ! 所詮は弱肉強食、弱ければ死に強ければ生きる単純明快で阿呆たらしい世界なんだ。お前もその世界の一人だと自覚したまえ、ヒステリーツインテェ!!」
「えー……」
息絶えない言葉の弾幕にただただ引く瑞鶴。元からこの性格の悪さであれば折り紙付きだ。プリンツでさえその性格に影響されつつある。
「ってな訳でゲームの続きだぶっ飛ばす!!」
「望むところだこの、白髪ジジイ!!」
――四時間後
「残念だったなヒステリーツインテェ! 俺に勝とうなんざ百万年早いわァ!」
「クソがァ……!」
「イェーイ!! フゥゥゥゥゥゥ!! フォォォォォォ!!!」
全試合全勝した提督は喜びの舞で執務室内をグルグルと回る。瑞鶴を煽るように聞こえる声で騒ぎ始めた。
「いやぁまさかお前が成長しないなんで驚いたなぁ三時間もあれば操作の一つ覚えるだろうに、なーんて間抜けな艦娘なんだー!!」
「アンタがセコい手でぶっ飛ばすからでしょ!!」
「なぁにがセコい手だ、ただ単に復帰阻止しただけだ少しは学ぶという言葉を知りたまえポンコツ兵器!」
「誰がポンコツ兵器ですって……?」
「お前以外にだァれがいる!」
「頭にきた、リアルでぶっ飛ばす!!」
「やれるものならやってみろポンコツゥ!!」
「なぁこれどういう状況?」
瑞鶴と提督の会話を遮り、荒れた執務室に入ってきたのは摩耶だ。歓迎会は終わったらしく、暇故に執務室に来たらしい。前の事を振り返ってか酒は飲んでいないようだった。
「……お帰り摩耶、身体の調子はどうかね?」
「そんな格好良く言ったってもう遅ェだろ」
「実はアドミラルと瑞鶴がずっとゲームしていて、今からリアルファイトに入るところでした!」
「オイ何を言っているんだプリンツ君、私がそんな事をす――」「あぁゲームね」
摩耶は瑞鶴に目線を移した。瑞鶴は既にこちら側に手を組んでいる。何も問題は無い。が提督の事だろう、恐らくゲームで全敗した瑞鶴を煽り続けたに違いない。一瞬でその場の状況を理解出来た。
「んで提督、明日のスケジュールはどうなんだ?」
「まずその手を離していただけないかな……イタタタタ」
「あっ悪い」
提督の顔を無意識で鷲掴みしていた摩耶は手を離す。自由の身となった提督の顔には赤く摩耶の指の跡がついていた。
「……明日はそれぞれの課題を解消させる為に個別訓練をさせる。運動神経向上や戦術の基本と応用、学ばせる事は沢山あるぞ。勿論瑞鶴、お前もだ」
「私達はどうしますかアドミラル」
「あー摩耶は運動神経向上の為にトレーニングの監督をしてもらう。プリンツは模擬訓練の監督、俺が戦術の基本と応用の監督だ。把握したか?」
「了解した、あまり時間は無いんだろ?」
「その話はナシだ摩耶」
「おっとごめんな提督。んじゃあたしは先に寝るわ」
「寝坊すんなよー」
摩耶とプリンツは明日に備え、自部屋に戻った。しかし瑞鶴は何故か帰らない。何故なら摩耶に止めたあの話が気になるからだ。
「ほらどうしたポンコツ、さっさと寝ろ」
「寝れるわけないでしょ、何よあの話って」
荒らされた執務室の机を元に戻していく提督。散らばった書類をまとめ、机の四隅に置く。
「近々深海棲艦がここを攻めてくる」
「えっ……それって本当?」
「本当だ、聞いたならさっさと寝ろ。この話は誰かには禁物だ」
「わ、分かったわ……」