プリンツが瑞鳳達と共にアリューシャン列島海域へ出向き、代わりにビスマルクが艦隊に加わった今日も艦娘達は『
「頑張ってるわね~」
ビスマルクは島風と一時間ほど話をした後に■■医師が現れ、診察の為に病室を後にしていた。
講堂から海が一望出来る席に座り、持ってきていたペットボトルの紅茶を飲みながら艦娘達の戦闘を観戦。あの戦闘狂達に挑むこの鎮守府の艦娘達を見て関心していた。
「まぁ流石に、挨拶ぐらいはした方がいいわね」
ただ観戦して眺めるだけでは飽きてきたビスマルクは思い立って講堂を出ていき広場の岸辺まで向かった。外へ出ると軍帽で陽射しを遮れられたが、全身から皮膚が焼けそうな程じわじわと来る暑さが気分を損なわせてくる。
思わず手で風を扇ぎ、苦し紛れの涼しさを求めた。それと同時に付近の海域にて戦闘を依然続行中のようで、その影響が身体の感覚を震わせてきた。
講堂内と外では音響や衝撃が倍近く伝わってくるのが分かる。
「久しぶりね鹿島、調子はどうかしら」
「概ね順調ですよビスマルクさん。確かに久しぶりですね、提督から話は聞いています……あ、逆になんですけど話は提督や摩耶さんから聞いていますよね?」
「その前にお偉い方から色々と言われたわ。まぁ私は全く関係無いから気にしてないけど」
「いいですよね~、ビスマルクさんは何もしなくていいんですから」
久しぶりに鹿島と出会ったビスマルクは隣に並んで他愛のない話をしながら観戦を見続けていく。鹿島は提督にプリンツと入れ替わった事は聞いているようで別に驚いた表情はしなかった。
「何もしなくていいとは限らないわよ。私だってちゃんとやる事はあるし、ただ今日は気分が乗らないから休んでいたいだけ」
「戦闘欲求を満たしたいだけの私達とは違う、とでも言いたそうな表情ですね。まぁ実際そうなんですけど」
「貴女達のような艦隊は欧米にもあるから、もうとっくの昔に見慣れてるわよ」
護神厄討艦隊のような戦闘狂集団は欧米諸国でも存在しているらしい。
護神厄討艦隊の艦娘のように頭のネジが外れた戦闘狂が多く、各国の軍達はそれらを逆手に取るような形で燃料が尽きるまで無制限の戦闘を許可しているようだ。
かくいうビスマルクは戦力は少しばかり劣るため所属していないが、あらゆる戦況にも対応出来る適応能力や判断力、艦隊全体の生存能力に目立っていて、よく偵察任務や前線維持任務を請け負う事が殆ど。
「それは良かったです。皆さんにご挨拶はしたのですか?」
「今それをしようと思って来たのよ。医療施設にいる島風にはしてきたけど」
「そうですか」
「すまないが、貴女はビスマルクか?」
どういう挨拶をしようか悩んでいたその時に向こう側から声を掛けられた。
ビスマルクは声の方向へ振り向き、声の主を確認する。
「えぇそうよ。そういう貴女は長門かしら?」
「あぁ、長門型戦艦一番艦の長門だ。話は摩耶から聞いている、これからよろしく頼む」
「えぇよろしく長門」
長門は簡単に名を名乗り、挨拶をすると同時に握手を求めて右手を差し出す。
ビスマルクはその右手を握り、自信に満ち溢れたような笑顔で互いに握手をした。
長門の後ろには陸奥と日向と扶桑もおり、順に自己紹介しながら長門と同じく握手で挨拶を交わす。
「貴女達も頑張ってるようね。その傷は白い金剛にやられた痕かしら?」
「ご名答だ。流石凄まじい力を持っている艦娘だ、こうして敗北が続いていくと……私達があぁなるビジョンが全く見えてこない」
全力で挑もうとしても掠り傷一つ付ける事すらままならず、相手の気分次第でいつの間にか無力化されてしまう。
目が覚めた時には入渠施設で身体や艤装を修復中で、そこで本当に敗北した事に気付く。
それが何回も続き敗北の回数が重なっていく事に長門や後ろの陸奥達は落胆していた。ビスマルクも長門達の表情を見て少なからず同情はしていた。
確かに長門達が言っている事には少しばかり共感出来る所がある。
艦娘という枠を超えた存在に全力で挑み続け、徹底的に敗北という二文字の言葉の意味を思い知らされてしまう。ビスマルク自身にもそういう経験は何回か記憶に残っていた。
今こうやって落ち込みつつある長門達と同じように苦しい経験は誰にだってあるモノだ。
そこでビスマルクは少し考えた後に声を掛ける。
「失敗は成功の元、って日本ではよく言われてるでしょう? 負けた分も色々見直していけば大体何とかなるわよ、そういうのが成長っていうモノでしょ?」
「あぁそうだな……ありがとう……少しばかり気になったのだが、その左腕と右眼の包帯は何か怪我でもしたのか?」
ビスマルクに励まされて感謝を述べた長門がある事に気付いていた。
今日プリンツと入れ替わったビスマルクの容姿が普段知っているビスマルクと少しばかり違っていたのだ。
右眼からを眼帯で保護しており、左腕全体も指の先から腕の根元までしっかりと包帯が巻かれている。
確か摩耶から聞いた話では遥か遠い海域での任務を終わらせここに来たと話していた。
その任務による傷跡なのか、見てるだけでも少し痛ましく思えてしまう。どれだけ激しい戦闘が繰り広げられていたのかを物語っているようだ。その部分を指摘されたビスマルクは哀愁漂う表情で右手を包帯に包まれた右頬に触れさせ、包帯で保護された左腕へ視線を移す。
「……まぁそんなものよ。貴女達が追い求めている
「ダイモニアス……? あぁ、七壞星の事か。海外ではそう読んでるんだな」
「えーっと、それは高速修復材でも消せないの?」
「無理だったわ、色んな方法でやってみたけど消える事は無かった……貴女達も気を付けなさい。
陸奥が高速修復材で回復は出来ないのかと聞いたが、その方法は勿論他の方法でも傷を完全に回復させる事は出来なかったらしい。
ビスマルク曰く包帯を取ると右眼は目玉自体が溶けてしまっていて視力が全く無いと言う。左腕全体も火傷の痕が著しく残っているらしく、周囲から心配されないように為に隠しているらしい。
「肝に銘じておく。さてここで話し掛けたのには少し理由があってだな……」
「あら、何かしら?」
「提督と共に居た艦娘であり、遠い海域にて戦っていたと聞く。ぜひともその経験を参考に聞きたいのだが、お願い出来ないだろうか」
長門達は回復中の間の時間を使って戦闘経験が豊富であるビスマルクの話を聞きたがっていた。
恐らくその経験を基にした戦術に関する勉強がしたいのだろう。
何せ提督の部下だった以上、明らか長門達より強いのは確実だ。聞き出せば何か掴めるかもしれない、長門達はそう思っていた。
「いいわよ、どんどん聞いてきなさい。と言ってもここで話すのは疲れるから講堂行きましょうか」
「ありがとう」
当然ビスマルクは目立ちたがり屋なので長門達の話を快く受け入れた。
しかし流石にとても暑い外で話すのは疲れるからか、ビスマルクは講堂へ長門達を誘っていく。
それを見ていた艦娘達の戦闘を記録中の灰色は無意識に呟いた。
「……艦種同士、話しやすいモノなんですかね」
「いたんですか、灰さん」
「いましたよ!!? 何ならビスマルクさんが来る所までずっといましたよ!!」
「ごめんなさい、影が薄くて気付きませんでした」
「つらい」
鹿島の隣で訓練の経過記録を取っていた灰色が長門達とビスマルクを見て呟く。
気づかなかったと嘘をついてからかう鹿島に灰色は存在証明を訴えた。それに対して鹿島は息を吸うように自然に毒を吐く。
影が薄いと言われて灰色は弱音を吐きながら落ち込んだ。
「はぁ……それにしても、凄まじいですね……この訓練方法は」
護神厄討艦隊の艦娘達と潮岬町鎮守府の艦娘達が海を駆け抜けて戦っている。ある者は余裕の笑みを浮かべながら突進し、ある者は死に物狂いで砲弾の雨を掻い潜る。演習や従来の訓練とは程遠く、強くなる為の方法が通常とは掛け離れている事に灰色は戸惑いを隠せずにいた。
「どうでしょうか、皆成長してますか?」
「いえ全く」
「……ごめんなさい、もう一度おねが──」「いえ全く」
鹿島のあまりにも早い否定的な即答に灰色は聞き逃したのかと勘違いして鹿島に尋ねたが、聞き逃した訳では無い事に思わず口を閉じて黙ってしまう。
特殊な訓練を受けてまで艦娘達は全く成長していないと鹿島は断言した。
「全く……ですか?」
「全くです。まだ始めたばかりなのにそんな短時間で簡単に上がるわけないじゃないですか。夢の見すぎです」
「でも望みや兆しとかは……」
「勿論あります。ですが現段階では誰一人として成長はしてませんね」
特殊な訓練はまだ一日しか経過しておらず、成長への兆しが見えたとしても目標には未だ近づけていない。灰色も流石にそれは分かってはいたが、どうしても艦娘達に希望があると信じたかった故に鹿島に聞いていた。
「寧ろ短時間で上げようと思うなんて事自体、図々しいにも程があります。そんな簡単に強くなれるのならとっくに戦争なんて終わってますよ」
「た、確かにそうですね。道のりは長い上に険しい、ような感じに思えます」
「思えます、ではなくて実際にそうなんです。そもそもエネルギー効率を上げる為に核を成長させる事自体、本来は出来るか怪しいくらい難しい事なんです。まずは地道に一歩ずつ、段階を踏まえながら成長へ導く……目標に近付く為の道に楽な近道なんてものは存在しません」
鹿島は閉じているように細く見える目で灰色の方へ振り向いた。
『
いつも笑顔を絶やさない鹿島の顔が一瞬曇っているように見えた。灰色は記録書を受け取りながら鹿島の一瞬的な表情を見逃さず、何か過去に嫌な事でもあったのだろうかと考える。
それと同時に練習巡洋艦としての矜恃を少しだけ理解出来たような気がした。
「そうなると生まれながらエネルギー効率が高かった『
「いえ一概にそう言える訳ではありませんよ。生まれながらにエネルギー効率が高かったとしても『
若干擁護しているような言い方に少し不満が募るも理由自体は至極真っ当で引き下がる他は無かった。
確かに生まれながらにして天啓を授かった『
それは近道というよりかは進み難く思える茨の道で生半可な覚悟や根性では決して目標に辿り着く事は出来ない道。あれだけ余裕の笑みを浮かべながら戦っているが数々の修羅場を生き抜いた歴戦の艦娘でもある。
艦娘達には想像し難いような困難や苦難、逆境に悪運などを経験している為にその強さは徐々に積み上げられた素晴らしいモノになった。彼女達もまた苦労してこの地位と場所に辿り着き維持している。
「そういえば提督はどちらへ?」
「白さんでしたら摩耶さんと一緒に出張中ですよ。どこへ行くかは伝えてくれませんでしたが、恐らく大本営に向かわれたのかと」
「そうですか。ありがとうございます」
提督と摩耶はビスマルクと話が終わり次第、何処に出掛けるかも言わずに鎮守府を出ていった。
一瞬新しく着任する軍人が決まったのかと不安を過ぎったが提督本人が否定しているのでとりあえずは安心している。
この戦況下の中で唯一打破出来るのは提督しかいない、灰色はそう思っていた。
あの手紙を読めば尚更の話だった。
「灰さ~ん」
鹿島と話している途中で訓練を終えた時雨と観戦していた夕立が駆け寄ってきた。
『
凄まじい大怪我に灰色は仰天、すぐに時雨を心配して声を掛けた。
「ってえぇ!!? 時雨!? その傷は大丈夫なのか!? 痛くないのか!? 意識はあるのか!!?」
「大丈夫だよ灰さん、高速修復材使えば何とかなるし……にしても強いな、あの叢雲は」
「そ、そうだね……でも無理ないさ、地道に頑張っていくしかないよ。とりあえず早く治しに行こう、流石に見てて心が痛む」
「あはは……ごめんごめん……」
大怪我を患っているというのに笑う余裕がある時雨に灰色は若干引いてしまう。
艦娘だからと言って高速修復材さえあればどんな傷でも癒せるとはいえ、ここまでボロボロになっても生きて戦っていた事に灰色は心が苦しいのと同時に不気味に感じた。
そして『
そこまで時雨を痛ぶる必要があるのだろうか、自問自答せずとも本当は必要だと分かっている。
確かに時雨も戦闘には善し悪しがある故に少し経験が不足しているのかもしれない。『
だがそれでもやるせない気持ちが灰色の中でどよめいていた。
「ほら早く……っ?」
立つのが精一杯の時雨を抱きかかえながらまずは医療施設に行こうとしたその時だった。観戦していた夕立が真面目な眼差しで灰色と時雨を通り過ぎていく。
夕立が向かった先にいたのは鹿島だった。
「鹿島さん……相手、お願い出来ますか?」
「えっ」
夕立は見上げながら睨む様にして鹿島に訓練を申し込む。
阿賀野とノシロの件によって艦娘達に恐怖を植え付けた鹿島に対して夕立は果敢にも立ち上がった。申し込まれた鹿島は数秒間か考える様に沈黙し、ゆっくりと夕立の方へ顔を振り向かせ口を開く。
「……私ですか? 特に構いませんが」
「お願いします」
「分かりました。ではそこにいる『
「わ、分かりました」
何か企んでいるようにも見える不敵な笑みを浮かべた鹿島は夕立の申し入れを快く受け入れた。
戦闘の記録を『
「ではこの手前の所でやり合いましょうか、準備はいいですか? 夕立さん」
「大丈夫です……よろしくお願いします」
夕立も鹿島と同じく跳躍して艤装を展開し海へ立つ。
二人の戦闘海域は鎮守府広場の手前にある海域。
工廠や出撃ハッチが傍に建てられており、堤防が鎮守府の両端から伸びている。
「では開始の合図をお願いしま~す!」
「はいはい……じゃあ、始め!」
訓練開始の合図が『
「……っ?」
『
鹿島と夕立は開始の合図が流れても全く動かなかった。
全くの静止状態。
何の動作もせずにひたすら互いは相手を見ていた。
まるでそれは相手の初動を伺って警戒しているかのように、一遍たりとも動く気配は無い。
呼吸を妨げるような強い緊張が辺り一帯の空気を変えていく。
ただ風が流れる音とさざ波の穏やかな音だけが耳を支配していた。
「ッ!!!」
静寂を突き破って夕立が右腕の艤装にて殴る様に砲撃。
当然鹿島は身体を反らせて回避。
夕立は左右へ動き出し、鹿島との距離を一定にする。
そしてまた数回砲撃、鹿島は避け続ける。
鹿島も夕立のように通常速度で航行。
撃ち続ける夕立を見て何かを感じ取ったのか徐々に速度を上げていく。
後方から水柱が立ち上る程までに航行速度は上昇。
すると鹿島は突然垂直に方向転換し、夕立の元へ突撃。
反応する暇なく鹿島の回し蹴りが夕立を襲う。
が──、
鹿島の回し蹴りが夕立の頭をすり抜けた。
いやすり抜けた訳ではなく、夕立は体勢を低くして鹿島の回し蹴りを躱していた。
回避が早過ぎて残像と化している。
直後、夕立は鹿島の背後に周って体当たりを仕掛けた。
「う゛ッ──」
それを事前に知り得ていた鹿島は残った足で夕立を蹴り飛ばしていく。
夕立は大きく仰け反って転倒。
海面を引っ掻く様に指で引き摺り、その場に立ち止まる。
無意識で防御体勢に入っていたお陰で何とか直撃は間逃れていた。
それでも軽い目眩と耐え難い腕への激痛が夕立に襲い掛かる。
交差して防御していた両腕が痛みに悶えるかのように震えていた。
一撃を防いだだけでこの威力。
夕立は緊張で息を切らしながらも鹿島から目を離さない。
「成程……面白いですね」
「……何が……っぽい」
「念の為に反撃の手を用意して正解でした。夕立さん……それは所謂出待ち、ですよね?」
「っ……!」
自身の手を見破られた夕立は動揺しながらも鹿島を睨み返す。鹿島はゆっくりと航行しながら夕立の行動について簡潔に説明していった。
近付かれる度に極度の緊迫した空気が呼吸を惑わせに来る。
それは幻覚か、鹿島の周辺で波が暴れて海が揺れているように見えた。
「自分からは一切近接に持ち込まず、ある一定での遠距離攻撃を続け、相手をわざとこちらへ向かわせる。そして向かって近接攻撃を仕掛けた途端にカウンターで確実な一撃を与え、また一定の距離を保っていく……実に面白いです」
鹿島が夕立の行動を見て気付いたのは近接攻撃への誘導。
自ら相手に接近するのではなくわざとこちらへ接近させ、相手が近接攻撃を仕掛けてきた所で反撃の一手を与える。余計な追い打ちは掛けずに確実なる一撃を与え、且つ被弾率や物理的ダメージを極力抑えられる保守的戦闘方法だ。
本来の艦隊での戦闘から派生した戦い方で、突撃型の深海棲艦に対してかなりの有効度を示す。
「ただ難点としては安定したダメージを稼ぎにくい事とカウンターを躱された時の隙、一度見破られたらおしまいな所ですかね。エネルギー効率としてはカウンター時に急速して上がると言った感じでしょうか」
「悪いけどまだまだ手はあるっぽい……生き残ってる限りではね……!!」
「ほぅ……それは楽しみです……それでは私も……──」
夕立の挑戦的発言に感化され、鹿島は右足を一歩前に踏み出し両拳を殴る様に海面へ叩きつける。
直後、鹿島の身体から包み込む様に銀色の炎光が現れ、背後にて大きな水柱が立ち上った。
「──それらを全力で受け止めてみせましょう」