「……」
「来たわよ島風、今度はどこのお話が聞きたいのかしら?」
早朝からビスマルクが島風の病室を訪れる。
初めて会った時の日から島風とビスマルクは世界の話をする為に毎朝の短い時間の間だけ会う事を許されていた。
■■医師の判断の元で島風に対するトラウマを呼び起こさない様に注意を払う事を前提にビスマルクは何気なく島風と顔を合わせる。
「今日は、その……教えてもらいたい事があって……」
「なになに? 何でも構わないわよ! このビスマルクに任せなさい!」
今日の島風は何故か少しおどろおどろしく感じると思いつつも、堂々と胸を張って高らかに声を上げるビスマルク。
島風は緊張しているのか指を無茶苦茶に絡めさせ、最初の言葉を噛みながらもビスマルクへ伝える。
「ゆ、ゆゆ勇気を出せる方法を……! 教えてください……!」
島風がビスマルクに聞きたかったのは世界の話でもなく、勇気を出せる方法。
予想外の質問にビスマルクは戸惑いを隠せずにいた。
「勇気を出せる方法?」
「そうです……その私、とても自信が無くて目の前の不安が怖くて仕方ないんです……いつも一歩前に踏み出せなくて、どうしたら勇気が出るのか……知りたいんです!」
島風はこのビスマルクがどういう存在なのか等はよく分からない。
ただ世界を駆け巡り、様々な経験をしているビスマルクならば何か答えてくれるかもしれないと島風は単純に考えていた。
「……悪いけど島風、そんな方法は無いわ」
「え……」
「勇気を出す方法なんてあればこの世界で苦労はしないわよ。恐怖や絶望を前にして勇気を出せる方法があるなら誰もがそんな方法を知りたいはずよね」
勇気を出す方法なんてこの世には存在しない。
ビスマルクは島風の質問を一蹴して否定的に答えた。
確かにビスマルクの言っている事はほとんど的を得ていた。
そんな簡単な方法があるのなら、今こうして何も自信がつかない自分なんてのは存在していない。
島風自身でもそんな方法なんて無い事を心のどこかでは思っていた。
「そ、そうですけど……私は……」
「……島風の言いたい事も分かってる。確かに目の前の不安が押し寄せてきて勇気を出す事など無理に等しく思えてしまう事もあるでしょう。勇気を出して得られた結果が自分にとって吉であるか凶と出るかは誰にも分からない。例え勇気を出したとしてもそれが結果的に後悔してしまう事になるのかもしれない。考えていく内に徐々に思考は歪んでいき、勇気を出さずに生きた方が安全だと消去法で辿り着いてしまうのかもしれない。私も分かるわよ、その
島風が過ごしているベッドの傍にある椅子に座り、足を組んで頬杖を着く。
空いた右手で島風の髪に触れて前髪を整えながら話し続けた。
勇気を出せずに先にある不安に押し潰されて立ち止まっている島風の思いを理解しつつ共感する。ビスマルクでさえも時には不安や恐怖は感じて島風の様に悩んでしまう事があった。
「私だって恐怖する事はあるし、怯える事だってある。誰しも恐怖という感情から逃れる事は出来ない……だけど……それでも私は立ち向かう。命を危険に晒す様な行動だとしても、勝てる確証があるのなら私は立ち向かって動くわ」
「負けるかもしれないと分かっていても、立ち向かうんですか……?」
「負けるかもしれないと思って立ち向かうなんてのは無謀って言うのよ。本当は勝つ為にその身体を動かす事が出来るかどうかが重要なの。勝つ為にやる行動が自身にとって危険を伴うモノだとしても、勝てるのなら顧みない心の強さが大事なのよ」
島風の手をビスマルクは両手で包み込む様に優しく握り、真剣な目で見つめ続けながら話していく。
勇気とは何か、その本質を自論を並べて島風に伝えた。
「勇気とは危険だと分かっていてもその危険を承知した上で恐怖や絶望に打ち勝つ為の行動をする心の強さ、だと私は思うわ」
ビスマルクは突然立ち上がり、右手を胸に翳し堂々とした表情と姿で語る。
その姿は数々の修羅場を乗り越え続けた
右目の眼帯と右腕の包帯は名誉の負傷、万戦千傷の覇者は凱旋にて勇気とは何かを民衆に問い謳う。ビスマルクの背後にある窓から溢れる光が後光となり、島風から見えたビスマルクはまるで憧れの存在と見える程まで神々しく感じた。
「島風、さっき貴女は緊張しつつも勇気を持って私に質問してくれた。それだけでも貴女は少しずつ変わっていく。その勇気はとても素晴らしいモノよ……言ってくれてありがとう」
「そんな……私は、ただ……! ただ──」「ビスマルク」
ビスマルクと島風の会話を遮る様に病室のドアから摩耶がビスマルクよ名前を呼ぶ。
呼ばれたビスマルクは何かを思い出したのか「あ」と声を漏らした。
「招集だ」
「そろそろかしら、分かったわ……頑張ってね」
摩耶に呼ばれたビスマルクは病室を出る前に島風に向かって手を振り、励ましの言葉を言ってその場を去る。
取り残された島風は顔を俯き、勇気について考え始めた。
「よーし、全員集まったな」
午前七時、講堂の多目的室には殆どの艦娘が集合していた。艦娘達の前に提督と摩耶が現れ、ホワイトボードにプロジェクターの画面が映される。ビスマルクが来たのを最後に全員が集まったのを確認した提督はホワイトボードを強く叩き視線をこちらへ集中させた。
「まぁ薄々気付いていた奴もいるだろうが、今日の午前八時から俺等だけで大規模な偵察作戦を実行する」
提督は手に持っていた資料を読み上げながら艦娘達に作戦の説明をしていく。
近々何か大きな事をやる噂を耳にしていた艦娘達はいよいよその時が来たかと緊張していた。
「目的は■■少尉が拠点としている海域の把握。予め限定した海域は五つで順に小笠原諸島海域、硫黄島海域、南鳥島海域、南大東島海域、マウグ島の周辺海域だ。これら五つの海域内にて偵察をしてもらう」
海域の選定については大本営の地下営倉施設に収容されている榛名の証言と先週と今週に記録された深海棲艦の行動記録や戦闘記録、各海域の情報や提督の勘で選んでいる。
■■少尉の真の目的が”全世界の艦娘を洗脳させて反逆させる“などといった破茶滅茶なモノならば必ずこの海域の島で行われるハズだと提督は
もし
「なお排他的経済水域を過ぎた海域は深海棲艦が支配する海域だが、出来る限りの戦闘は避けてもらう為にもこちらでそれぞれ島までのルートを作っておいた。深海棲艦の出現記録と戦闘報告を照らし合わせた結果だ、接敵する確率は少ないと思ってもらって構わない」
偵察作戦ゆえに極力は敵との戦闘を避けてもらう為、提督や灰色が考案した海域までのルートを作成。情報通りならば接敵する確率は少ないがゼロとは断定出来ない為、いずれも注意して欲しいと提督は忠告した。
「もう一度言うがあくまで偵察任務だ、例外を除いて無意味な戦闘は避けてもらう。これは絶対にだ、例え肉眼で確認出来たとしてもこちらに気付かれてなければその場から離れろ」
「了解した。だが例外とはつまり……」
「そうだ、俺が一番懸念しているのは七壞星との遭遇。もし遭遇して逃げきれない場合のみは戦闘を許可する。この化け物共が来るまでの時間稼ぎをしていればいい」
提督は偵察作戦時に起こる最悪の弊害として七壊星との接敵を一番に懸念していた。
深海棲艦の艦隊だけならまだしも厄介な七壞星と接敵し、戦闘が勃発するとなれば作戦に障害をきたしてしまう。
海域までのルートは七壞星の出現記録報告書も参考にしている為、なるべく接敵する事が無いようにしているが不安な要素はまだ消えずにいた。
提督はもし遭遇してしまった場合の対応としてすぐ駆けつけられる様に護神厄討艦隊の艦娘達をそれぞれ支配海域に触れない範囲の場所まで共に艦娘達と出撃し、その場で待機してもらい遭遇時に艦隊へ向かう様に対応を考えた。
「ですが司令、直接護神厄討艦隊の方たちが出撃すればいいのではないでしょうか?」
「出来ればそうしたい所だがそれだと少し面倒な事になる。叢雲達と七壊星は惹かれ合う関係なのか分からんが、叢雲達が出撃した際の接敵する確率は異常なまでに高いんだ」
「原因としては私達が七壊星のエネルギーを感知して戦闘に向かう様に相手もこちらのエネルギーを感知して向かってくるらしいわね。まぁ実際はよく分からないけど強者同士惹かれ合うモノかもね」
「との事だ」
『
艦娘は常にエネルギーを100%供給し続け、そのエネルギーを使って戦闘を行う。
索敵は相手のエネルギーを感知して場所を特定する性質だが、これは深海棲艦にも存在する性質で深海棲艦も艦娘のエネルギーを感知して場所を特定する。
七壞星は通常の深海棲艦と比べて索敵能力が凄まじく、護神厄討艦隊の艦娘は殲滅対象として認識しているので接敵する確率は八割を超えていた。
「だからもし七壞星と遭遇した際の戦闘は出来るだけ時間を稼げ。作戦開始時には偵察艦隊が出撃した後に深海棲艦が支配する海域の目前地点まで叢雲達も共に出撃する。分かったか叢雲?」
「オーケーよ」
「ならばよし。そして偵察時の行動だがもし何か見つけたのなら即座に俺に報告しろ。何でも構わない、深海棲艦がいっぱいいるだとか黒い砲塔を見たとか人影が見えたとか何でもいい」
偵察行動時には空母や軽空母、航空戦艦や航空巡洋艦などが偵察の要となる。
島周辺や海域内にて怪しい行動や怪しいモノが見られれば即時に報告しろと提督は伝えた。
「次に艦隊の編成を告げる。小笠原諸島海域を旗艦金剛、飛龍、蒼龍、日向、暁、青葉、『
あらかじめ決めていた各偵察対象海域へ向かう艦隊の艦娘を発表していった。偵察艦隊に選ばれた六名と護神厄討艦隊の艦娘一人が出撃する様に仕組まれている。その他の艦娘は偵察作戦時に潮岬町鎮守府への奇襲を予想して防衛といった形で進めていくようだ。
「なお偵察作戦の為に一部の艦娘には索敵能力が向上する装備品を配布する。これらを使おうが使わまいがどちらでも構わない、自身のやり方で貢献してもらえるならそれで結構。今までの説明を聞いて質問ある奴はいるか? ん……?」
作戦内容のミーティングが終了間際となり、提督が質問のある艦娘へ聞き出したその時。
多目的室の両開きドアが勢いよく開き、息の荒れた島風がミーティングに割り込んできた。
急いで走って向かってきた様子で背後にいる島風を殆どの艦娘達が注目している。
「提督……その作戦……私も参加、出来ませんか……?」
「……他に質問ある奴は?」
島風の言葉を気にする事なく無視をしてそのまま自然に提督は質問があるかどうかを聞いた。非常に困惑した空気に話を聞いていた艦娘達はどういった表情をすればいいのか分からない。
「お願いします提督!! 私も──」「礼儀もろくに知らないお子様は黙っててもらおうか!!」
もう一度島風は作戦に参加したいと大声で提督へ伝える。
しかし提督はその声でさえも遮って指をさしながら怒りを露わにする。手に持っていた資料を隣の摩耶に渡す様に投げ捨て、早歩きで喋りながら島風の目の前まで向かってきた。
「なんだなんだいきなりしゃしゃり出やがって! これは重要な偵察作戦だ! 浮き足立った高校生の修学旅行に行くような気分で参加しようなどと図々しい程この上ない!!! 自身を驕り続け慢心した結果、格上に潰された途端に現実を思い知って何もかも失ったポンコツが今更何の用だ!! 自慢の速さを見破られては、頼みの連装砲や自信も全く無い。そんな奴に与える任務や作戦などある訳がないだろう!!」
提督の威圧にひれ伏すかのように島風は徐々に後退りしていく。
島風は提督を恐怖の対象として植え付けられ、涙目になって身体を震わせながら怯えていた。
提督自身としては精神が弱りきっている且つ攻撃手段が少ない島風を作戦に参加させる訳にはいかなかった。
現状の島風は今回の偵察作戦やその他の出撃任務などに障害を及ぼしかねないほど弱体化しており、病室にて■■医師の治療を何事も無く受けていればいいと考えていた。
だが何故か今になって自分自身も参加したいなどと想定外の行動をされて、もしかしたら命を脅かす真似なるかもしれない自身の現状を理解出来ていない事に提督は怒りが湧いていた。
「精神異常をきたしたお子様はさっさと病室にこもって惨めなリハビリ生活でも送ってるがいい!! 二度とそんなしみったれた顔を俺の前で見せる──」
窓から光が漏れた瞬間、提督の頬に金色の槍が直撃した。
かに思えたその刹那、それよりも早く動いていた摩耶が金色の槍を素手で掴み押さえる。
提督を護るようにして現れた鹿島の目線には鋭い目線で睨む『
「言い方ってモノがあるでしょうよ……流石にイラついた、もう一度黙らせてやろうかしら」
「悪いがそう来るとなればあたしも手を出させてもらうぞ」
「私も見逃せませんね」
提督の意図は理解していても余計な悪口の多さに堪忍袋の緒が切れた叢雲は敵対する摩耶と鹿島に対してメンチを切る。周辺一帯の空気を揺らすようなただならぬ緊迫した状況に艦娘達は間に入れるはずもなく傍観者として見る他無かった。
「あら、必死にだらだら叫んでた奴と本当の精神異常者が随分と私に対して強気になったわね? 本気?」
「お前がもう一度手を出せば、の話だ。流石に提督も言い過ぎた事がある。とりあえずその槍を仕舞ってくれないか」
「敵からのこのこ逃げて嘆いてた貴女が望むならやっても構いませんよ」
「あ?」
「ん? どうしました?」
「はぁ……」
叢雲と鹿島の煽り合いが暴走し、思わず摩耶が頭を抱えてため息を吐く。
とりあえずこの場を丸く収める事を優先していた摩耶はこの二人が犬猿の仲である事を改めて思い知らされた。
鹿島が護神厄討艦隊に編入した当初から旗艦である叢雲とは全く相容れない存在で、唯一叢雲の指示に従わない艦隊の中でも飛びっきりの問題児だった。お互いその強さの実力は認めているものの、性格が全く噛み合わずに四六時中喧嘩して戦闘になる為に普段はそれぞれ会わないように引き離している。
「そこまでにして」
摩耶、主に鹿島と叢雲の啀み合いを割って入るように声を出したのはビスマルク。それ以上口喧嘩はしないようにしてほしいとビスマルクは咎めるように注意した。
それを聞いて叢雲は金色の槍を艤装と共に収納し、摩耶や鹿島も非戦闘状態へ艤装を周辺する。
「Admiral、質問というか提案があるんだけど……いいかしら?」
「……何だ」
「島風の件なんだけど、私が面倒を見るって形で一瞬に行かせてくれないかしら?」
ビスマルクが飄々とした表情で提督に歩み寄り、島風について提案を出してきた。
途中で叢雲の槍と摩耶の手を引き離しつつ、提案内容について話し始める。ビスマルクを敵視するが如く睨む提督は何故その提案を出したのか問い詰めた。
「本気で言ってるのかビスマルク」
「本気じゃなきゃ言わないわ……確かに島風はまだまだ未熟で弱体化故に戦闘であれば障害が出る事もあるでしょう。だけど島風はただ単にもう一度あの場所を自分の目で見たいだけ。今回は偵察でしょ? Admiralが接敵しないようにルートも考えてくれた訳だし、戦闘に関わるならまだしも偵察を主体とした作戦に障害は出ないわ」
「作戦中にもし避けきれない戦闘がある場合はどうする。それこそ最悪の可能性を考えての話だ」
「それは戦って勝つし、時間稼ぎは得意だからやるわよ。勿論その際の全責任も私が取るわ、後で煮るなり焼くなり好きにして頂戴。どうせ後先短い艦娘の生よ、最後ぐらい好きにしちゃってもいいんじゃない?」
話を続けながらビスマルクは提督を横切って島風の元へ辿り着く。
島風を自身の腹へ寄せる様に抱き、ポンポンと頭を優しく叩いた。
ビスマルクは島風を連れていく事に全責任を取る形で島風の作戦加入に賛成するようだ。何故ビスマルクが島風に寄り添うのか詳しい事情は分からないが、提督はビスマルクが島風と毎朝会って話している事に対して目を瞑った事に後悔した。
「提案としては私が小笠原諸島海域担当の金剛と代わりで入るわ、金剛と入れ替わる形で先程も言ったように島風の面倒は私が見るし、責任も私が取る。あー、それと叢雲と摩耶も交換でいいかしら。何か叢雲と島風は仲良さそうだし、お互い近い方がいいわよね。ねぇ構わないでしょ? 叢雲、金剛?」
「……構わないわ」
「だ、大丈夫ネ……」
「って事で……それに私は、
ビスマルクは何かを伝えるように強調した声で提督に問い掛ける。
提督が自分自身の実力や過去を知っているからこそビスマルクは提督へ頼む様にして伝えた。
右眼と左腕の傷痕に隠された真実と過去を抱えながら前を向き、栄光ある歴戦の艦娘として謳われたビスマルク。
洞察力も優れてる事から自信に溢れた表情で提督を見つめている。
「……勝手にしろ」
「Danke. Admiral」