「今更何ノ用ダ……!! 島風ッッ!!!」
『
ビスマルクのトドメを邪魔された戦艦レ級は珍しく眼から稲妻を迸らせ怒りを露わにする。前傾姿勢の島風は緊張で息が少し荒れており、震える手足を抑えていた。
嵐は更に激しさを増し、風や雨が殴ってくるように降り掛かる。
「ま、間に合った……」
「速っ……あれが本来の……」
艦隊から一時的に抜け出した島風の行動を見て日向達は拍子つかれた表情で立ち尽くしていた。
同様に『
日向達と戦艦タ級達のいる地点から戦艦レ級とビスマルクの地点までの距離は約百メートル。
普通の艦娘であればスタートダッシュ込みで六~八秒程度を島風は
「サッキマデ私ニ怯エテイタヨウナ雑魚ガ突然シャシャリ出テキヤガッテ……!! マタ殺サレタイノカ!!!」
『
修復中の右頭部を攻撃された所為か戦艦レ級の顔は半分白い皮膚と筋肉が融合した様な悍ましい状態になっており、首から右肩までの筋肉は糸と糸が繋がって再生していた。更には再生中の右眼から溢れ出る様に碧色の稲妻が放出している。
戦艦レ級は漏れ出している稲妻を抑えようと左手で顔を覆った。
「イラツクンダヨ……!! 仲間ノ為ニ行動セズ保身ニ走ルヨウナオ前ミタイナ雑魚ガ!! 怯エルダケデ何モセズニ護ラレ続ケタ挙句、仲間ニ迷惑ヲ掛ケテバカリデ戦意喪失カト思エバ……! ッ攻撃シヨウガ遅インダヨ!!! 差シ出ガマシイニモ程ガアル!!!」
仲間の為という行動方針を大切にしていた『
「ソレトモサッキノビスマルクノ言葉ニ動カサレタカ!!! 今マデ怯エテイタオ前ニ何ガ出来ル!!! ソウ調子良クイクト思ウナヨッ!!!」
『
そう簡単に
身構える島風は手足を震わせながらも戦艦レ級から目線に外す事はなく、打たれる雨によって濡れた顔を腕で拭い睨んだ。
「……確かに私は全く駄目だよ」
島風が思い出すは黄金時代と波乱万丈の記憶。
幾多の戦場を自慢の速さで駆け抜け翻弄し、周りからは待望と期待の眼差しを受けて戦果を挙げ続け、稲妻を操る深海棲艦に蹂躙された挙句、不幸にも五年後に生き返ってしまった忘れ難い艦娘の生。
その生を生き続けた艦娘は今この瞬間まで怯える子鹿のように怯えている毎日だった。
誰も信じられない、自分もが信じられないとイジメを受け続けたイジメられっ子のように部屋の片隅で泣き叫ぶ。
現実逃避を続けていた。
「自信は無いし、自己中心的だし、非力だし、無駄に泣き喚くような駄目なやつ……」
自慢の速さは新たな存在によって消失し、命令を無視して自分の気分に合わせて戦闘し、連装砲は行方不明のまま、自信を無くした事による喪失的絶望。
そうした経験の中で自分は追い詰められて生きる屍のような存在になってしまった。
心のどこかでは変わらなきゃいけないと思っていた。
自由気ままに過ごしていたとしても時にはその自由を切り離して考えなければいけない事もあった。人生甘えてばかりではいけないと神様がわざわざ苦難という名の面倒を与えてきた事に苛立ちすら覚えた。
運命とはそう都合よく回らないモノだとつくづく考えさせられる。
このまま一生楽な選択をして生き続けていればそれで良かった。
その方がずっと気は楽で生きていけるのに、何故か周りの人は苦難を受け止め生を歩もうとしている。
何故わざわざ自ら嫌な事に手を出そうとするのかその時までの
「だけど……
理解出来なかった。
そう、この時までは。
運命はとても気まぐれなモノで良い方向に運ばれるのか、悪い方向に運ばれるのかは誰にも分からない。
その中で島風はビスマルクと出会って苦難を受け止める
誰もが皆、成長したいと願っているからだ。
身体の成長か、心の成長か、はたまた精神の成長や別々のモノか。
それは人それぞれだろう。
与えられた苦難を乗り越えた先に新しく成長した自分を手に入れられる。
人はそれを報酬として求め、わざわざ苦難を受け止めるのだ。
自分が成長する為ならばどんな苦難でも受け止めてみせようと人は立ち向かう。
その成長が微力であろうと人は苦難を乗り越えようとする。
そうした心に決めた決断の意志を人は『勇気』と呼んだ。
「緊張で胸はドキドキしてるし、身体が物凄く熱くなってる……恐怖に立ち向かう感覚が直に感じるよ……これが『勇気』なんだ、って……私の中で勝ちたい気持ちが溢れてる……」
困難に打ち勝ちたいと思う気持ちがある限り、勇気という炎は永遠の灯火となって燃え続ける。
鋼鉄の心に炎を灯して島風は思いを叫んだ。
「勝ちたいんだ!!! 勝ちたいと心の底から思ったんだ!!! 『
島風の全ては仲間。
それ以上のモノでもなくそれ以下のモノでもない。
朽ちて逝ってしまった仲間の仇討ちと大切な仲間を守りたいという純粋かつ単純な願いが島風に勇気を引き出した。
今まで奪われた分を取り戻す為にも、これから大切な仲間を守る為にも、島風は猛獣の如く吠えた。
「お前だって調子良くいくと思うなよ!!! 戦艦レ級!!
「ッッ!!!」
珍しく荒らげた口調で島風は『
歯を食いしばって憤怒する戦艦レ級は咆哮を上げて身体中に碧色の稲光を放出させた。
「もう私は!! 絶対に諦めない!!!」
「ッッ~……!!! 上等ダッ!! ソノ腐ッタ性根叩キ潰シテヤル!!!」
『
碧色の光線が瞬く間もなく島風に着弾。
衝撃波で海がざわつき、碧色を帯びた爆煙と稲光で見えなくなる。
「っ!!!」
爆煙に穴が空いた。
右目を金色に光らせた島風が爆煙を掻き分け急加速。
戦艦レ級も稲妻を周囲に迸らせ、急発進急加速。
島風を追い掛けながら連続砲撃を仕掛けた。
それを見た島風は更に加速していく。
島風の後方で水柱が立ち上り、その水柱に穴が空いた。
戦艦レ級の連続砲撃で壁のような水柱を所々穿っている。
島風を追い掛けるように次々に放たれていく。
砲撃を回避し続ける島風は突然直角に方向転換。
わざと砲弾の雨へ突撃した。
が、その砲弾の雨を小柄な躰で巧みに回避していく。
その小柄な躰を活かした華麗な回避はまるで砲弾が自ら島風を避けているように見えた。
速度は落ちることなく更に増していく一方で戦艦レ級に近付くのに数秒も掛からない。
島風の蹴撃が『
それと同時に戦艦レ級の殴打も島風の右腹を掠めた。
通り過ぎた後に島風は機転を変えてまた高速移動。
戦艦レ級は即座に振り向いて一直線に海を駆ける。
荒れ狂う水上を舞台に碧色の稲妻と金色の一閃が何度もすれ違う。
すれ違う度に二色の稲光は海面にバツ印をいくつも描いた。
轟音を響かせ空間が歪み、衝撃波が広がると同時に水柱が立ち上る。
立ちはだかる波が衝突によって凹み、衝撃で海面に亀裂が入り海水が舞った。
島風の左突き蹴りと戦艦レ級の右拳が衝突。
両者の攻撃が掠れて絹が裂かれるような金属音と共に火花を散らした。
背後を隣り合わせに両者は次の攻撃に転じる。
「外さない!!!」
「ッ!! 痺レロッッ!!!」
島風は身体を高速回転させ後ろ回し蹴り。
戦艦レ級は跳躍しながら身体を回転し、右脚を天に立てて蹴り落とそうとする。
蹴り技によるクロスカウンター。
島風の蹴撃は戦艦レ級の左頬に食い込み、戦艦レ級の蹴撃は島風のこめかみに直撃する。
どちらも勢いよく蹴り飛ばされ、受け身をとって海面を引きずっていった。
攻撃を受けた島風は衝撃で思わず立ちくらみ、海面に膝を着く。
戦艦レ級は身体を仰け反らせ、頭を両手で掴み外れかかった首を元に戻す。
両者共に息が荒れており、視界から離さぬよう睨み続ける。
「アレガ……アノ、島風……」
「激し過ぎて近寄れない……!」
日向達や戦艦タ級達は二人の戦闘を見守る事しか出来なかった。
いや正確には戦闘の凄まじさに身体が固まってしまっていた。
かつては最速と謳われて深海棲艦からも危険視されていた島風と稲妻の如く駆け抜ける事から今も人類に恐れられている『
あの小笠原鎮守府が奇襲された時の激闘が五年後の今になって再現された。
勿論日向達や戦艦タ級等は二人の事情をよく知らない。血を流しあい、身体を震わせ、砲撃による硝煙を払い、喉を枯らして、海面を蹴り、力をぶつける。
ただ単純に相手を完膚なきまでに倒そうとする戦闘本能による意志が二人を動かしていた。
当然援護に向かおうとすれば日向達と戦艦タ級達の双方とも足手まといになるのは確実で考えている余裕もなかった。
「しま……か、ぜ……!!」
「ダメだよ! 今は動かないで!」
日向達に回収されたビスマルクは両腕を蒼龍と飛龍に担がれ、支えられながら島風の名を呼ぶ。
霞んでぼやける視界をよく凝らし、戦闘中の島風から目を離さなかった。
初めて出会った時から自信を喪失し、現実逃避し続ける程までに怯えていた島風が目の前の苦難を乗り越えようと、仲間を護ろうと一生懸命戦っている。自分がやってきた事は無駄ではなかったと安心したビスマルクは顔を俯いた。
「さて……見てないで、やるしかないですね」
「島風に続いて私達もやらなければ……」
「私達モ……動カナケレバ」
「全力デ、ヤル……」
「シィィィマァァァカァァァゼェェェェェェァァァ!!!!」
「っっうらぁぁぁ!!!」
お互いに咆哮を上げて一気に突進。
空気の壁を突き破るが如く衝撃波と共に激突する。
何度も一旦離れては惹かれ合う様に激突し、一瞬の隙すら逃さない。
『
勢いよく血を吐く島風は何とか態勢を整えて着水。
一瞬蹴りを入れられた際に体外へ放電した電流が島風の身体中を迸っていた。
痛みに悶えるも島風はすぐに立ち上がる。
碧色の稲妻は轟いて急発進急加速。
瞬きをした瞬間に目の前には『
ハッと気付いた島風は戦艦レ級の殴打を跳躍で回避する。
跳躍時に身体を回転させ回し蹴りでカウンター。
戦艦レ級は怯んで二歩ほど下がるも即座に体勢を立て直す。
跳躍中の回し蹴りをした島風を尻尾の様な艤装で薙ぎ飛ばした。
島風は怯み声を上げ、水面を何回か跳ねて転倒する。
受身を取らせまいと戦艦レ級は急発進して大跳躍。
薙ぎ飛ばした瞬間には既に島風の元まで接近していた。
それに島風は気付くも対応出来ず、戦艦レ級に押し潰されてしまう。
そして──、
「
尻尾の様な艤装の先端にある口で島風を拘束し、右手で島風の顔を掴み左手は島風の胸に当てる。
『
島風は思わず息を飲む。
「っ──」
仄黒い雲底から収束された碧色の雷閃が落下。
耳を引き裂く様な轟音が空気や海を揺らして周囲に響き渡る。
誰もがその碧色の雷閃と轟音の中心に振り向いた。
そこには海面に仰向けになって白目で倒れている島風と、手足を震わせ呼吸が荒くなっている『
「フ……フハハ……フハッハッハッハッハッハッハッハッッ!!!!!!」
碧色の稲妻は雨雲に仰いで高らかに嗤う。
雨雲に轟く雷が更に激しさを増して鳴り響いた。
空間に根を張る様にして放たれた雷は降り注ぐ雨粒が如く、何度もその雷閃を解き放つ。
それはこの世の果てか、世界の終焉とも思える風景に敵味方関係なく誰もが凍りついた。
「ヤハリコノ世デ一番速イノハ……! コノ私ダ……!!! コノ私ナンダ……!!!!」
島風を己の力で倒した事によって『
「文字通リ叩キ潰シテヤッタゾ島風!!! 残念ダッタナァ私ニ打チ勝テナクテ!!! アノ世デ悔シガッテイル顔ガ目ニ浮カブゾ!!! コレデ私ヲ超エルモノハイナイ!!! フハハハハ!!!!」
海面に倒れる島風は激しく雨に打たれていく。
耳を打ち付ける雨の音と『
──全てが消えた。
深い。
眩しい。
力が出ない。
眠くなってきた。
もう……このまま眠っていた方が──
『──い』
──何か聞こえる。
どこからだろうか、全く分からない。
『──て』
また何か聞こえた。
周りを見たいが振り向く力も無い。
しかしその声は少しずつ聞こえてくるようになってきた。
『し──か──』
今度は光が見えた。
あれは、海だろうか。
私は沈んでしまったのだろうか。
冷たい感覚や水の感覚が全く無い。
これが死ぬ、という事なのだろうか。
『──きて!』
聞こえた謎の声に思わず私は力が出ないはずの手を伸ばした。
水面に見える一条の光を求める様に伸ばしたその手が視界に写る。
指と指の隙間を潜るようにして光が漏れていた。
私はその手を見た瞬間に、ハッとある事を思い出す。
あの時まで生き続けた過去と生きていた現在が映像に流れる様に鮮明に脳裏に写った。
私はどんな存在で、どんな生き方をしていたのか。
嫌に思う記憶もあれば嬉しいと思う記憶もある。
ただそれ等を搔き消す様にして一生拭い切れない後悔が私を更に奥へ引き込ませた。
あの時こうしていれば、
これをやっておけば良かった、
何でそれをしなかったんだ、
と耳を塞ぎたくなるほど周りから囁いてくる。
もう嫌だ、嫌な思いはもうしたくない。
私は早く消えたいと消滅を心の底から願った。
そうしている内にも何も見えない暗闇の海底へ吸い込まれていく。
水面に映る一条の光も微かに消えていく。
私はゆっくりと目を閉じ──、
『島風!!!』
「っ!!!??」
暗闇の海底へ吸い込まれていくはずが、私の名前を呼ばれた途端に徐々に水面へ上がっていくのが分かった。
背中から押し上げる様に無数の手が私を支えてくれる感覚がする。
私は誰なのかと背後を振り向いた。
「っ! 皆……!!」
私を押し上げていたのはかつて小笠原鎮守府で共に戦った仲間達。
必死に私を救おうと力を合わせて押し上げていた。
『生きて!!』
その言葉に私は涙ぐむ。
私に生きてほしいと思いのままに仲間達は伝えていた。
今まで後悔して自信を失くしていたのが申し訳なく思う。
こんなにも仲間は生きてほしいと願って見守っていたというのに、生きる事を諦めかけていた私が一番情けない。
朽ちて逝った仲間の想いすら見捨てようとしていたのだ。
「ごめん……! 皆……!! 私、頑張るよ……!!」
私はもう絶対に諦めないと誓った。
見守ってくれていた仲間や今存在している
決してその想いが揺るがないようにとひたすら願い続ける。
私の中にある再び鋼鉄の心に灯が舞い戻った。
島風は泣きながらも仲間達に支えられ、水面のすぐ近くまで押し上げられる。
光はより一層眩しくなり、思わず目を閉じた。
その時──、
『はぁ~……まぁこうした方がいいかな』
更なる声が聞こえた途端に島風は水面から突き出た誰か腕を引っ張られ、暗い海から一気に引き上げられる。
起き上がると音もしない白い空間が広がっており、自身は黒い水の上に座っているのが分かった。目の前にはシルエット姿で現れた謎の人物。形は島風の衣装に殆ど似ており、まるでもう一人の自分を見ているかのようだった。
『私に一番近い存在だし……ほら、さっさと立ってよ。時間無いんだから』
その島風に似た謎の人物はしゃがむ島風の腕を掴み、再度引っ張って立ち上がらせた。為されるがままに島風は理解出来ない光景に身体が固まっている。
目の前にいる人物は誰なんだと疑心暗鬼した表情で様子を伺っていた。
それを見て謎の人物は頭を搔いて面倒そうに説明する。
『あ~……私たちがどういう存在か簡単には教えられないけど、私たちはいつでも
島風は謎の人物から説明されても全く理解できなかった。
この突然とした状況も未だ理解は足らず、考える言葉すら思い浮かばなかった。
『”起源の艦達”とそちらは呼んでるらしいけどね……あ、空間の乖離はここまでみたい。じゃ……──』
『──適当に頑張って~……あ、