17. 久しぶりに身体を動かした後の筋肉痛は凄まじい
「はいおはよう諸君! お前らに集合してもらったのは理由がある!」
鎮守府内の広場に一斉に集められた艦娘達。朝早く起こされ、不機嫌な者も少なくはない。ましてやイライラの対象が提督であれば怒るのも無理はない。
その艦娘達の前に置かれた台に立っているのは提督を中央とした摩耶とプリンツだ。
「あの演習でお前らの練度がどれくらいかよーく分かった。正直言って可もなく不可もなくだ。だから俺と摩耶とプリンツがお前らの指導監視官としてビシバシ鍛え上げる事にした、覚悟しておけこのっポンコツ兵器共ォ!!」
メガホンで全員に聞こえるよう大きな声で知らせる提督。大きな声を出さなくてもうるさく聞こえる為に艦娘のストレスは増していく。
勿論提督は知っていてやっている。実際提督も深夜に榛名や翔鶴に性交渉を仕掛けられ、鎮守府内を追い掛け回されており、そのおかげで一睡もしていない。故に提督もイラついている。
「却下よ、やってらんないわ」
「相変わらずの氷河期だな加賀は。まァ別に強制参加じゃない。やりたくなければやらなくて結構。それはお前らの自由だぁだがしかし!!」
くだらないと艦娘達は自部屋に戻ろうしている。聞いている暇があるなら寝ていようと全く興味を示さない。
そこで提督はある言葉を投げ掛けた。
「差別した奴らを見返せるチャンスはもう無ェぞ?」
一部の艦娘達が足を止めた。その反応からみて差別している側と差別された側がどちらか容易に分かる。
そして一番知られたくない事実を知られ、キレる寸前までストレスが限界を迎えていた。
「あっごめーん、別にそんな事はぁ良いんだっけかお前らはぁ。差別なんて無いもんねーちゃんと仲良しごっこしてるもんねー?」
「寝言は寝て言いやがれ、クズ野郎。そんな事している訳がねェだろ」
「そ、そうよ私達同士でそんな酷い事なんてしてるわけないでしょ」
「俺は奴らと言っただけだ別にお前ら艦娘同士で差別してるなんて一言も言ってないぞー」
鈴谷の言葉により地雷を踏んだ事で艦娘同士での差別という知られたくない状況を明確にされてしまった。艦娘の表情が一気に絶望しているのが分かる。
自ら地雷を踏みに来るとは愚かな艦娘達だ。だからこそ教育させる必要がある。自分達が今どんな状況下にいるのかを。
「ようやくそれらしい顔になってるじゃないかぁ愚かな兵器共。さぁ散々いじめてくれたんだ二度とないチャンスを逃したくはないだろ? 今こそ見返す時だぁ俺らと学べば練度は十以上成長する。こんなありがたいことなんて早々無いと思うけどなぁ」
一部の艦娘達が提督の元へ戻っていく。多くは差別された側の艦娘達だ、その場を離れようとする艦娘は差別した側。これでようやく目星がつけるはずだ。
「……本当に、やれるのか?」
「さぁそれは木曾君いやお前らの努力次第だぁ見返したければついてこい」
「フッ……面白い……!」
「勿論差別してる側も大歓迎だぁ散々見下してた鉄屑に見返されたくなければ混ざってくるといい、尤もそのくだらないプライドを捨てられたらの話だがなぁ……さぁ下克上の始まりだ! 己が欲の為に相手を追い抜けここにいる誰もが敵だ、自分が最強だと相手に示せ頂点を目指してみろ!!」
――司令本部内中庭
「ってな訳であたしがお前達の監督って事でよろしく」
運動神経向上の為に集まったのは駆逐艦から戦艦まで選り取りみどりだ。
「ここで学ぶのは主に緊急時の近接格闘術の訓練だ。敵に接近された、弾薬が無いが燃料はある、そんな状況が多くあったはずだからな。だから万が一に備え、戦う術を身に付ける。質問は?」
夕立が手を上げる。あの演習で単騎行動が目立った問題児だ。ただ底知れない程の運動神経を有している。
「その近接……格闘術っていうのは自由に動いていい……の?」
「提督と旗艦の許可が降りればそれも構わない。だが未熟な近接格闘術じゃ深海棲艦どころか提督さえ倒せないぞ」
摩耶の言葉を聞いた時、一部の艦娘から笑みが零れた。自分達より力が劣る提督が倒せないと聞いて冗談だと思ったのだろう。
「まぁ無理もないか、見せた方が早いな。ていと――」「何だね摩耶よ」
「いや早ェよ、名前呼ぶ途中だったろ」
中庭にあるベンチにいつの間にか座っていた提督。
今はあるテストをしていて暇だったらしい。
「この内の誰かを蹴り飛ばしてくれ」
「何でだよ」
「提督の事を舐め腐ってるからちょうどいい見せしめとして」
「はァ? んな事する訳……いや摩耶、誰蹴り飛ばせばいい」
「乗り気だなオイ」
「俺が受けるぜ!」
自ら受け役として天龍が名乗り出た。手を組んでいるとはいえ提督の力に興味を持ったらしい。摩耶さえ凌駕するその力を見てみたいのだ。
「えーお前ー? 気が乗らねー」
「んだよ悪いかァ!!」
「はぁ……んじゃ本気で行くぞー」
「ったく……あぁドンと来い!!」
右足を上げて蹴る準備をする提督。
天龍は腕を交差して防御体勢に入る。
皆が催しのように見てる中、提督は思いっ切り右足を蹴り突き出す。
「うわッ!!?」
直後天龍は後方へ一気に吹き飛ばされた。
土煙が舞い、衝撃波が発生する。
まるで岩が破壊されるような音が響く。
天龍は寮内の壁を突き抜け、広場まで蹴り飛ばされた。提督は蹴った足を抱えで痛みに悶えている。
「……という訳で理解出来たら嬉しい。ごめんな提督」
「痛って、痛ってぇ……まじで痛い!! 久しぶりに力入れたら足攣った、やばい奴だこれ痛った!!! 痛い痛い痛い!! 天龍は?」
「天龍はギリギリ意識を保っているな、まぁ大丈夫だろ」
「だァれが大丈夫だゴラァ!! 危うく気絶しかけるところだったぞ!!」
蹴り飛ばされた天龍が起き上がり、提督にキレだした。有り得ない力に驚いたせいか少々戸惑っている。それは他の艦娘達も同じだった。
「あー悪い天龍。提督は今医療室に向かった。お前も少し治療した方がいい」
「チッ……別に構わねぇ今度会ったら仕返してやる」
「……いつでもどうぞ。さて訓練を始めよう、まずは力試しだ」
――鎮守府近海
「はーい模擬訓練の監督になりましたぁプリンツ・オイゲンでーす! よろしくお願いしまーす! ficken!」
鎮守府に接する港で多くの艦娘達が航行している。海外艦とだけあって物珍しい目で見ていた。
この鎮守府に海外艦はいなかったので初めて見るだけに興味津々だ。
「ここでは主に命中率や回避率など、を上げる為に予め設置された標的をペイント弾で当ててもらいまーす! また実際の模擬演習、シチュエーションに合わせた行動作戦などやりますのでついてきてくださいねー! 質問はありますかー!」
ぴょんぴょんと跳ねるプリンツ。自ら監督を務めるのが嬉しいのかやる気を隠せていない。
質問する者はいなく、そのまま模擬訓練が始まった。百以上ある標的をそれぞれ違った色のペイント弾が直撃する。
「朝潮、と言いますかー?」
「は、はい! 朝潮型駆逐艦一番艦の朝潮です!」
「少し狙いを左上にするといいかもしれないですね! 頑張ってください!」
「はい! ありがとうございます!」
艦娘達に個人的なアドバイスを与えていく。
実際プリンツのアドバイスは的を得ていた。何が悪いのか、どこがダメなのか見ただけで判断出来るプリンツの才能はこういう場で力を発揮する。
現にプリンツは大本営にて海外艦の教育係として多くの艦娘達を先導させている。
「気に入らんな……」
海外艦に教えられるのが不服なのか興味本位で参加していた那智がプリンツの背中に狙いを定め、砲撃。
しかしプリンツはペイント弾を察知してそれを回避する。
そして一気に那智の前まで接近、那智の喉元を鷲掴みした。その間、僅か五秒である。
「あまり躾が良くないと……沈めちゃいますよ? それは嫌ですよね?」
「やっ……めろッ……!!」
「一体何の為に参加したんですか? そんなに私達を見下したければ帰ってください。提督は止めるでしょうが……私は貴方達には容赦しません」
「分かっ……た……から!」
鷲掴みしていた手を離すプリンツ。那智を危うく絞死しかけるところだった。思わず那智は座り込んでしまう。
「分かっていただき感謝します!」
――鎮守府内司令本部多目的室
「って事でテスト終わったでしょ、前の人に渡して俺に頂戴」
「……すまないが提督、先程の砲撃音とその足の怪我はどうしたんだ?」
「あれ砲撃音と聞いたならお前の耳は余程節穴だな長門。アレは……まぁ俺がはしゃぎすぎただけだ」
「そ、そうか……」
提督が監督を務める戦術の基本と応用の授業は案の定艦娘が少ない。
大体は旗艦を務めた艦娘や空母群、戦艦が殆どだ。提督はまず知識量を確かめる為にテストを行った。内容は至って簡単、戦闘中に起こる様々なシチュエーションからどう動くかという問題だ。
「えーっとテストの結果のなんだがー……お前らもうちょっと捻りだせよォ!!」
用紙を机に叩きつけ、嘆く提督。
テストに書かれた答えは大体が反撃するなどといった脳筋が答える内容ばかりだった。違う、そうだけどそうじゃないと頭を抱えた。
「反撃するったってその場の判断で全て変わるんだ、どう動いて反撃するのかを書けば点数は良かったのによぉー……」
「大体そのテストの内容が抽象的過ぎるのがいけないと思うのだけれど」
「どこが抽象的だお前の理解力が足りないだけだ氷河期ィ……まぁいいこれから教えていくから覚悟しろよ。んじゃまず姫クラスの空母棲姫からだ」
提督はホワイトボードに対空母棲姫戦についてありとあらゆるデータを公開する。
相手がどんな手で攻撃するのか、耐久力や装備の内容などどう戦えば倒せるか順調に教えていく。艦娘達は予め配布されたノートにまとめ、記憶に留めていった。
「質問だ提督」
「ん? 何だ長門」
「何故我々の間で差別があると分かったんだ?」
「今は勉強しろ」
「だが――」「だがじゃない!」
「今は俺が馬鹿みたいに戦わないようにお前らに教えてあげてるんだ。差別なんてどうでもいいお前ら同士で勝手に醜く無駄にやってろ、そして黙ってノート取れ」
何も言わずに艦娘達はノートに書き記していく。仲間同士の差別に関しては誰も言えないようだ。提督の声だけが多目的室内に響く。
「……あのな、こういう時こそ俺に言うべきなんじゃないのか?」
「何を?」
「いや何でもない」
沈黙が走る中、誰かが口が開いた。
「……差別、無くせないの」
その言葉にだれもが驚いた。一斉に声が聞こえた方向へ顔を向ける。
口を開いたのは鈴谷だ。今ここに来たらしい。先程の会話を聞いていたようだ。
「俺は出来る範囲で答えると言ったはずだ」
「なら……!」
「無理だ」
「……えっ……?」
「何で艦娘同士の差別を関係ない俺が無くさなきゃならない。醜く愚かなお前らの人間関係なんてどうでもいいねー。そもそも差別ってのは差別し合ってる同士が分かり合えない限り一生続くんだ、ましてや関係の無い俺が介入する余地は無い」
「何でもしてくれるって言った癖に……」
「言葉を勝手に改変させるなエセJK! 俺は出来る範囲で答えると何度も言ったはずだ、何でも叶うと思ったらそれは大間違いだ俺は有能だけど神でも何でもない!! 大体兵器同士が差別なんてしてんだよ、それは人間様のする事だお前らが勝手に真似してんじゃねえ!!」
「ちょっと貴方またッ――」「と言いたいが」
加賀が止めようと席を立つも提督の言葉で遮られてしまう。
それを聞いて帰ろうとした鈴谷が歩みを止めた。
「……何」
「……鈴谷、本当にこの差別を無くしたいと本気で思うなら……手伝ってやらん事も無い」
差別は艦娘同士で起こっている事、提督はその艦娘同士の軋轢の回復を如何に手伝うかが重要だ。提督自身が丸く収めてもいつか必ず起こる。艦娘自身が持つ価値観をそれぞれ見つめ直さなければならないのだ。
「本当に本気で差別を無くしたいなら……の話だ、後で執務室に俺がいる時に来るがいい」
「……分かった」
それを聞いた鈴谷は多目的室を出ていく。
提督は気にせずそのまま授業を始めた。
重巡寮の廊下で窓から見える風景を眺める鈴谷。港付近で模擬演習している仲間を見ていて心が苦しくなってきた。何度自分を責めても無駄だ、自分は差別した側の艦娘でしかない、ただの屑だ。
そう考えていると前から最上と熊野が話し合いながらこちらに向かってきていた。鈴谷は目の前で立ち止まり、頭を下げる。
「最上姉……熊野……本当に、ごめんね」
「……うん大丈夫だよ信じてたから」
「行きましょう……」
何度謝っても鈴谷の心の隙間は埋まらない。