七壞星『
意識不明の重体だったビスマルクと島風はすぐさま医療施設に運ばれ、集中的な治療が施された。ビスマルクは落雷による電撃傷が至る所に激しく残っており、根を張る稲妻のような赤い火傷の痕で見るに堪えない姿だったという。
島風も一部電撃傷による傷を負っており、内臓も大きく火傷していたようだ。更には凄まじい速度を出した事で両足の骨は複雑骨折、筋肉の繊維などが焼き切れかけていたという。
いずれも高速修復材で全快させる事は可能だが、副作用の身体再生時による激痛で最悪ショック死しかねないらしく、体調を安定させた後に使用するように■■医師は口を酸っぱくして忠告した。
「よく寝たなぁ~……げっ、十四時!!? やばっ!!」
作戦終了時に休憩するよう言われていた灰色は自身の部屋にて睡眠を軽く取っていた。
六時間程度眠っていたかと思って目覚めれば時刻は既に昼を過ぎた十四時前後。六時間以上寝過ぎていた灰色は青ざめて急いで着替えようとする。
「ってそういや作戦が終わってから白さんに一日休むように言われてそのまま寝たんだっけか……はぁ……寿命が縮みそうだった……」
上半身だけ着替え終わった途端にカレンダーの日付を見た灰色はハッと我に返り、今日が休日である事を思い出した。そのまま安堵してベッドに座り込み、両手で顔を覆う。
外から艦娘達が訓練に励んでいる様子が音となって聞こえてきた。カーテンの隙間から溢れ出る光が暗い部屋を仄かに照らす。
久々の休日に灰色はそのままベッドに倒れて天井を見つめ、片腕を額に乗せて思わず独り言を話した。
「今日は休みか……白さんは大丈夫かな……島風やビスマルクも心配だな……」
灰色は二日に渡る偵察作戦の事について思い出していた。
何十時間もの時間を消費して艦隊を指揮し、一切の居眠りは許されない中での初めて本格的な作戦。
灰色は二つの艦隊の指揮を任され、細心の注意を払って挑んでいた。途中提督の艦隊でトラブルが発生し、七壞星と接敵したと聞いた時は身体が震えるほど緊張が止まらなかった。自身の担当する艦隊は何も無いか随時連絡しては確認を取ってひと時の安心を得ていた。
なお七壞星と接敵したとしても提督は冷静沈着で怒るどころか的確に指示を与え、通信が途絶えた時でも即座に機転を利かせて別艦隊を向かわせていた。
その場面を見ていた灰色は提督としての能力の片鱗を垣間見る。
自分はまだまだだなと力不足である事を改めて感じていた。
「おはよう灰さん。よく眠れた?」
「おはよう時雨。まぁ眠れた方かな……」
気分晴らしに外を出ようと私服に着替えて部屋を出た途端、偶然時雨と出会わせた。
そのまま二人は目的が同じだった為か一緒に外まで歩いていく。自身の私服姿を見ても時雨は反応もなく元気に灰色へ話し掛けた。
「灰さん、今日は休みなんだよね」
「そうだね。白さんと交代でそれぞれ一日休むようにしてくれたんだ。色々時雨達には申し訳ないんだけど」
「いやいや、休むべきだと僕は思うよ。提督も万が一の時に何かあったら困るから休める時に適度に休めとか言ってたし」
艦娘達は今でも外で訓練に励んでいるというのに自分だけが休んでいいのかと疑問に思っていた灰色。
しかし時雨は休日である事に対してとても寛容だった。寧ろ休んでくれなければ困るといった半ば心配そうな感情で灰色の事を理解してくれている。
「これから何するの?」
「ん~そうだな~……今日は何もせずにゆっくりしてようかな……派手に動いたら迷惑掛けちゃうしね。ん、アレは……」
寮内の廊下からエントランスへ歩いて外へ出た二人は建物の屋上にいる艦娘に気付く。
太陽の陽射しがちょうどよく差し込み、秋特有の涼しい風が流れる中で顔を仰いだ。
「『
「あぁそういやあの金剛は今日自分の鎮守府に帰る予定らしいよ。叢雲と何か話してるね」
屋上では『
その隣には金網柵に寄り掛かりながら空を見上げる『
「んで、話って何?」
互いに視線を合わせず、ましてや面と向かう事なく二人は話を続ける。
「まぁ少しばかり貴女に伝えたい事があってネ」
「何よ、アンタにしちゃ珍しいじゃない」
『
余程の事なのか陽気な口調は何処へやら、いつになく真面目な口調で叢雲に話し掛ける。
「『
「大雑把な質問ね……まぁ別に、何とも思ってはいないけど。必ず答えろって言うのなら、あんまりいけすかない奴って事ぐらいかしら」
忽然と『
あまりにも大雑把な質問に叢雲は困惑して頬を掻きながら答える。
叢雲自身は他の艦娘や人物に対して微塵も興味が無く、公平にどうでもいいと思っているからか鹿島に対しての印象はさほど薄いようだ。
だが作戦会議中に提督へ鎗を振るった時の事で鹿島に煽られた際は流石に苛つきが収まらなかったらしく、必ず白黒つけて言うのならいけ好かない奴だと叢雲は半笑い気味で答えた。
「そう……まぁMeもあまり良い印象は持ってないネ」
「んで、何か進展はあったの?」
同じ艦隊の仲間である『
そんな鹿島について『
「あの作戦中でちょこっと艦娘達に聞いてみたんだケド……皆誰もが同じ事言うんだよネ……──」
「──誰も……あの鹿島の姿を見てない、って」
「っ……」
「おかしいよネ~、鎮守府防衛最大の戦力が大事な作戦中にいなくなるだなんテ……もしその最中に何かあったらダメだし。しかも驚く事にその消えた姿を誰も見ていない、作戦が終わればいつの間にかそこにいたって言うノ」
「秘密裏に何かしていた、って事かしら」
あの偵察作戦中に鎮守府防衛艦隊の旗艦として務めていた鹿島がある一定時間のみ姿を消したという。独自で
その証言をした艦娘達はいずれも作戦時間が長い故の交代制による休憩時間かと思っていたらしい。しかし休憩時間にしてはあまりにも長過ぎると一部疑問に思っていた艦娘もいた。
それらを聞いて『
「Yes! 更にネ、その消えたタイミングがさ……ビスマルクが『
「……」
「七壞星に接敵した報告を受けた際は有り得ないほど冷静だったようだし、あの
『
また偵察作戦の艦隊に鹿島を選ばなかった事や提督のまるで接敵する事を知っていたかのような冷静沈着な指示。
それらを鑑みて『
確かにこの偵察作戦における違和感を考えれば辻褄は合う。
鎮守府防衛の任を何故深海棲艦の襲撃が予知できる能力を持つ『
ただ単純に出撃を拒み続けたろくに協調性のない鹿島に折れた可能性や、あのビスマルクだけは特別だということは叢雲側も把握しており、提督もそれを考慮して受け入れた可能性はある。
だとしても接敵した報告を受けたタイミングで姿が消えてしまうなどあまりにも出来すぎていた。
「まぁそういう事! 大体は伝えたし、後は『
『
鹿島の件については叢雲に任せると任務を託した。『
「『
『
早く起こして欲しいと思わんばかりの狂った表情は流石の叢雲でさえも気味が悪いと引いてしまうほどだった。
「Bye」
『
取り残された叢雲は事の面倒さに頭を掻いて空を仰ぎながらため息を吐いた。一つ一つに群がる羊雲達が優しく吹く風に流され、何処かの空へと水平線から消えて行く。
何かを思い出したかのように黄昏ていた叢雲は訓練中の艦娘達の応援を聞いてハッと我に返った。らしくない事をすると独り言を呟いた後に叢雲は屋上から飛び降り、近くで訓練をしている艦娘達の元へ向かった。
『今日のニュースをお伝えします。今日■■■■が未来へ繋ぐとされる
偵察作戦終了から約三日が経過。
島風とビスマルクは■■医師達によって応急処置と治療が成された後、講堂の空き部屋を応用した仮の医療施設の病室にて身体を安静にしている。
その二日後に意識を取り戻したビスマルクは上半身を起こした状態で設置されたテレビを見ていた。
が、ニュースがつまらなかったのかリモコンで電源を消し、深くベッドに背を預ける。
根を張る様な雷撃傷だらけの右腕に点滴を打たれ、左腕にある鋼鉄の籠手は隙間から淡く碧色に光を放出していた。そして碧色の右眼から顔や首、胸の順に心臓の鼓動のように血管を通して光り出している。
作戦終了時と比べて体調はだいぶ安定したが、それでも四肢の痺れや疼痛は微かに残っていた。
常人の何十倍もの回復力を持つ艦娘の身体と言えど『耐久』という性質だけで身体を再生させるには普段のエネルギー効率だけでは時間が掛かるようで、完全回復に至るまでは高速修復材が必要だった。
更には『
故に戦闘中は常に倍以上のリスクを背負っており、力を使おうが使わまいが一切の油断は許されなかった。
『
「……流石島風、なのかしらね。もう怪我や傷痕が治りきってる」
ビスマルクが眠るベッドの向かい先にも島風がベッドで身体を安静にしていた。
雷撃傷は微かに痕を残して消え掛けており、両足の筋肉や複雑骨折した骨は既に再生し終わっている。
ビスマルクとは逆に島風は『
その所為で両足の筋肉や骨などが爆発的なエネルギー効率による光並みの航行速度に身体が負荷に耐え切れなくなり、余計な怪我を負う羽目になってしまった。
「ごめんなさい……私のせいで……あんな事になって……」
「島風が気に病む必要は無いわ。別に運が悪い事だって誰にでもある事じゃない」
「でも……それでも私は……」
島風は顔を俯いたままビスマルクの顔を見る事なく自身の過失を謝った。
あの時『
本当は自身が率先して対抗策を伝えるべきだった。
戦艦レ級と接敵した時も、
一番初めにビスマルクが受けた落雷の時も、
日向達が己の身体と知恵を駆使して戦っていた時も、
本当は自分が戦わなければいけなかった。
「あら、もしかしてこの肌の赤い模様の事に気にしてるのかしら? これは落雷を受けた時に出来る傷痕よ、まぁ他の人から見れば少し気持ち悪いかもしれないけど、少なくとも私は全く気にしないわ」
「……その左腕も、ですか……?」
「えぇ全く」
ビスマルクが受けた落雷の数は全三回。
常人であれば死亡してもおかしくないほどの落雷を受け続け、ビスマルクは身体外や内まで火傷を負っている。身体中を蔓延るように左肩や背中から腰、右腕や右腹へと夥しく雷撃傷が今でも残っていた。
そして何よりも注目するのは鋼鉄を纏った特徴的な左腕と碧色に輝く宝石のような瞳。
ビスマルクはそれを何の躊躇いもなく島風に見せ、繊細に指を動かしてカチャカチャと金属同士が擦れ合う音を奏でた。
人間から見れば悍ましき深海棲艦と融合した醜い艦娘だと思われてもおかしくはない。
あの摩耶のように艦娘からも違和感を覚えてしまうほど、ビスマルクの姿は常識とは掛け離れていた。
それでもビスマルクは自身の姿について全く気にしないと言う。仲間から向けられる疑惑の表情や引かれて怯えられた守るべき人間達の目を尽く受け流してきた。
それは単なる自己の強さなのか、負の感情すらも上回る圧倒的な確立された自己同一性があった。
「寧ろ貴女は誇るべきよ。あの『
ビスマルクは意識を失っていた為島風の奮闘を明細に覚えていないが、後に日向達から話は聞いていた。島風の中で眠っていた莫大なエネルギー効率が目を覚まし、溢れ出るように光の柱が昇り立ち、そして全てを穿つ光線のように『
ビスマルクは島風が強大な力を持っていた事を把握していたようで、トラウマ的存在である戦艦レ級に勇気を持って挑んだ事や恐怖から克服しようと立ち上がった事に敬意を表した。
「いえ……私にそれらの事を誇る事は出来ません……それ以前に私は怯えてばかりで仲間の為に誰よりも早く行動出来なかった……大馬鹿モノですよ」
しかし島風は顔を俯かせたままビスマルクと目線を合わせずに話していく。
横の窓から溢れる光は一歩届かず、暗い影に染められる島風。
辛うじて光に晒された右腕を見て思わず光を掴むように右手を優しく握った。
じんわりと肌に染み込む光の暖かさを感じて右腕ごと純白の布団に扇状に擦れさせる。卑下していく島風を前にビスマルクは何も言う事は無かった。
否定もせず肯定もせず聞く身になって真面目な表情で耳を傾ける。
左腕にある鋼鉄の籠手が光によって輝きを放ち、碧色と白色の光が部屋を淡く照らしていた。
「この目であの場所を見に行きたいと無理矢理勇気を出して、いや……勇気だと思い込んでいました。もう言ったからには引けないと半分投げやりで、内心はとても怖くて不安でしかありませんでした」
島風は光に晒された右腕を左手で押さえ、僅かな震えを止めようとした。
恐怖に怯えていたかのように震えるその手は偵察作戦が始まる前と全く同じで、あの時本当は無理をして行った事をビスマルクに告げる。
■■医師やビスマルクの言葉に動かされて衝動的に動いてしまった事を今更後悔しても遅い事は分かっていた。
もうこの先引き返す事は出来ない、何があろうとそれは自身の責任だと追い詰めるように思っていた。
「馬鹿だったんです、私……■■先生やビスマルクさんに励まされて調子に乗ってたみたいで、見に行きたいが為に周りに迷惑を掛けて、物事を決める事は無駄に早くて、色々考えもしないままその場しのぎで首を突っ込んで、いざ接敵すればただの足手まとい。ロクに戦いもせずに行く末を見るだけ……」
「でも決断力が早いのはいい事じゃない? 瀕死寸前だった私を助けてくれた時も貴女は即座に駆けつけた。『
自然にビスマルクは島風の言葉を受け止め、それ等を素早い決断力だと褒めていく。
褒められても尚島風はあまり心地良い気分にはなれなかった。
今思えば島風の行動が正しいとは簡単には言い切れない部分がある。
精神が不安定な状態や万全でない体調での出撃、連装砲損失による大幅な攻撃力の低下など考慮すべき点はいくらでもあった。
偵察作戦故に戦闘は無い事を前提に考えていたものの、必ずしも戦闘が起きないとは限らない。接敵する確率がある以上はある程度の武装は必要になる。事前に『
「……実際あの時私は、半分無理してレ級に攻撃したんですよね。速さや技術は全く取り戻せていなくて、身体だけが真っ正直に動いたんです。最初は怖くて今すぐにでも逃げたかった……」
本当はとてつもなく怖くて逃げたかった。
この悪夢から醒めてほしいと何度も願った。
神経を痺れさせるような幻覚が身体を震えさせていく。
だがそれでも島風は『
それは一瞬の気の迷いか、気付けば自分は戦艦レ級を蹴り飛ばして倒れるビスマルクを守ろうと戦闘態勢に入っている。
急に頭の中が真っ白に埋め尽くされた。
何故動いたんだ、なぜ攻撃したんだと自問自答してしまうほど理解に苦しむような出来事だった。
どうすればいいのか分からない、相手は怒れる鬼の如き表情で此方を睨んでいる。
もうここまで来ては引く事も出来なかった。
「逃げたかった……
「っ……?」
それを聞いたビスマルクは顔を上げて島風の顔を見る。
窓から溢れる光が徐々に部屋の奥へと伸びていき、暗い影の中にいた島風が少しずつ胸から肩へと光に照らされた。
「頑張ってる日向さん達やビスマルクさんを見て仲間を守らなきゃ、これ以上奪わせはしないんだって強く思いました。そこで思う内に気付いたんです……『勇気』とは一体何かを……」
それは島風が『
顔面蒼白でパニック状態だった島風は辺りを見渡して遠くにいる日向達や深海棲艦、そして最後に背後にいる瀕死寸前のビスマルクを見る。
その時島風の中で急に稲妻が走り、勇気とは何かを知る事になった。
「私は今度こそ仲間を守りたい。守ってくれた仲間を、いや……皆を、一生掛けても守りたい。例え恐怖を司る悪魔が目の前にいたとしても、それが私にとって全てなんだって言いたい……あの時沈んでしまった仲間への弔いとして、私が生きなければならない理由として……」
■■医師やビスマルクの言葉、『
勇ましく吠え続け、猛獣の如く戦い、身を削っても尚、前進し続ける。
しかし島風は艤装の不調や技術不足の所為で途中戦艦レ級に反撃を食らい、意識を失ってしまった。
その時だった。
それは夢なのか、逝ってしまった仲間達が生きてほしいと願って、暗海の底に沈みゆく島風の背中を押してくれていた。
会話は出来ずとも希望を託すように一人一人がその背中支えてくれていたのだ。
島風は涙が溢れて止まらなかった。
久しく現実に蘇ってもその時の記憶から仲間の希望を踏み躙るような事をしてばかりだった。
今まで支えてくれた古き仲間の為にも、今まで守ってくれた皆の為にもこのままへこたれてはいけない。
立ち上がれ、臆するな、前を向け、立ちはだかる苦難を蹴り飛ばせと島風は組み上がった鋼鉄の心で決心したのだ。
「今まで私に価値なんて無いと思っていました……だけど、■■先生やビスマルクさんや皆と出会って、色々教えてもらったおかげでここまで来れたような気がするんです」
右手を僅かに震わせ、鋼鉄の心を象るように優しく握る。全身が太陽の光に照らされた島風を前を向いて真反対にいるビスマルクの顔を見た。
ビスマルクはベッドから離れて立ち上がり、点滴スタンドを支えに島風の側までゆっくりと近づき歩く。
そこに偵察作戦が起きる前の弱々しい島風はどこにもいなく、ビスマルクの目の前には真面目な瞳で覚悟を決めた勇ましい島風がいた。ビスマルクは十数秒かけて傍まで辿り着き、島風のベッドの横にあった椅子にゆっくりと座る。
「だから、その……何と言うか……」
ビスマルクが来た途端に緊張が綻んだのか表情が緩くなり、島風は照れくさそうに頭を掻いた。本当に伝えたい言葉が恥ずかしくて言えないのか言葉に詰まっている様子だった。
ビスマルクは自然にさりげなく無言のまま島風の頭を胸元に寄せ、右腕で包むように抱き締めながら頭を優しく撫でる。
「……無理させてしまった事を許してね。大丈夫……きっと貴女は、まだまだ立ち向かえる。その最中にまた壁に阻まれる事もあるでしょう……その時はすぐ私たちに頼みなさい、私たちはいつでも貴女を応援してるわ」
数十秒間撫で続けたビスマルクが口を開いて言った言葉はこれからも島風を支えるという励ましの言葉だった。これからも島風を応援し続けると自身の娘のように親身になって駆けつけるという。
抱き締められた故に頬に触れたビスマルクの胸肌がとても心暖かく感じた。優しい声を聞く度に島風は感極まって目から涙を溢れさせていく。
「ありがとう……ございます……!」
島風は精一杯の返事としてビスマルクに言いたかった感謝の言葉を涙ぐみながら伝えた。
「こちらこそ……でも、その言葉はもっと伝えるべき相手がいたはずよ。ね?」
ビスマルクが目を背後に移してドア越しで聞いている誰かを呼び掛ける。
呼ばれた人物はドアを開いて姿を見せた。
「doktor」
二人の会話を聞いていたのは■■医師。
ちょうど見回りの途中だったらしく、開く前に会話を耳にした■■医師はドアに寄りかかって聞いていたようだ。
「いや~参ったな~……私の出る幕は無いと思ってたんだけど……」
ビスマルクに呼ばれてこの場に自分は行くべきかと少し躊躇っていた様子で、いつもの大らかな感じで振舞おうとしていたが内心は恐る恐る緊張するばかりだった。
ビスマルクによって島風が前進したのならもう出る幕は無いと■■医師は苦笑いしながら頭を搔く。島風の表情を見て一瞬■■医師は僅かな成長を実感し、島風の頭を優しく撫でた。
「……頑張ったね。私としても嬉しい限りだわ……まぁ、何もしてあげられなかったけどね……」
「そ、そんな事ないです!!」
己の無力さを卑下するように■■医師は心配させまいと苦し紛れの笑みを見せる。どんな事であれ、島風が良い方向に変わっているのならこの結果なら問題はない。
そう思っていた矢先、島風がそんな事ないと大きく声を上げて否定した。
「■■先生がいなければ私はあのままベッドで蹲っていました……ずっと皆に迷惑を掛けてばかりだったと思います……あの時話し掛けてくれなかったら、こうして立ち上がる事も価値を見つける事も出来ませんでした……」
■■医師がいなければ今頃自分はどうなっていたのだろうかと思うと恐ろしい気持ちだった。
暗い影に染まり続けたまま何もせずに廃人になっていた事だろう。
そんな島風を救おうと■■医師は立ち上がり、懸命な献身をこれでもかとしてくれた。今の島風にとって寄り添ってくれた■■医師は全ての原点であり、決して忘れる事のないかけがえのない存在。
「本当に■■先生には感謝してもしきれなくらい……! 本当に……!」
撫でてくれた■■医師の手をそっと触れて、島風は顔の目の前まで寄せていき、両手で包み込むように握る。
「ありがとう、ございます……!!」
顔を上げて再度■■医師に精一杯の感謝の意を伝えた。
目に涙を浮かべて嬉しそうに笑う島風を見て■■医師は涙を見せないように白衣の腕で拭い隠す。
「また……あの時のように、手伝ってくれますか……?」
その言葉を聞いて■■医師は確信する。また壁に阻まれた時には頼ってもいいのかと島風は■■医師を信じてくれていた。
感極まった■■医師は突然笑い声を上げて目から流れ出る涙を指や腕で拭う。
島風の握られた手がとても暖かく感じた。
「……ごめんなさい、涙が出るなんて久しぶりで……えぇ、勿論よ。ビスマルクが言ってたじゃない、私たちは応援してるって。頼りたい時に頼っていいのよ……頑張りましょうね」
「はい!」
立ち上がる事が出来たとしてもそれはまだ明確な一歩に過ぎない。
今後勇ましくなる為には更なる苦難が押し寄せるだろう。
この先の未来がどうなろうと必然的にその運命はやってくる。
ならば迎え撃つまでだと鋼鉄の心に刻んでおこう。
これからが私の道だ。
「さ~て報告書が揃った訳だが~……」
仮執務室で机に足を乗せて堂々と座る提督。
偵察作戦後に艦娘達が提出した多くの報告書を片手に飄然とした表情で眺めていた。
「もう目的地は決まってるんだよな~」
「そろそろ決着をつけようか……」
これにてPart8. 廻光返照のドロマイトは終了。
Part8をまとめると「テオ」って感じですかね。伏線張りまくった。
次章はようやくって雰囲気かな。