「提督!」
「ん、何だお前らか。どうした訓練は」
講堂内にある仮部屋へ入ろうとドアノブに触れたその時、提督は偶然傍を彷徨いていた蒼龍と飛龍に声を掛けられる。訓練中だと思っていた提督は講堂の廊下内でふらついている二人を見てサボっているのか怪しんでいた。提督は触れたドアノブから手を離し、蒼龍と飛龍の方へ
「休憩中。提督は?」
「お前らと同じだ……んで何だ、要件は」
二人はぎこちない笑顔で手を振り、自身の状況を伝える。自身も休憩中だと言った途端、二人の表情と声からして何か事情があるのを察した提督は面倒そうに頭を掻きながらため息を吐いた。
訳を聞けば訓練を終えて休憩中だった二人はその時間を使って提督と話したい事があったらしい。
提督に聞かれて蒼龍は恐る恐る声を震わせて口を開いた。
「その……提督って、私たちの事……嫌いだったりする……?」
「言うまでもなく」
「……」
自身達の事が嫌いなのか、再度確認したかった蒼龍と飛龍。
予想出来ていた事とはいえ、提督の即答に返す言葉が出てこなかった。
「じゃ、じゃあ何で私たちと毎日いるのに接してくれるの……かな……?」
飛龍が指と指を合わせてたどたどしく、嫌いなのに何故接してくれるのかについて聞いてきた。提督は呆気に取られた表情をした後に顎に手を当てて考えるような仕草をする。ため息を吐いた後に飛龍の方へ手の平を見せて答えを述べた。
「……仕事の関係上、嫌いな相手だろうと時には目と目を合わせて話さなければならない時がある。俺はお前らにとって上司のような存在であり、お前らは俺の部下のような存在。俺の管轄下にいる以上はどんな事でも話は聞いてやる、勿論やりたい事とかもな」
提督は真っ直ぐに瞳を据えて蒼龍と飛龍に言い伝える。その言葉には何の偽りも無くただ純粋に思っている事を口にしているだけのようだった。
蒼龍と飛龍は内心で思わず安堵の息を漏らす。話を聞いてくれるだけまだ良かったと束の間の安心を得ていた。
「だがその内に生まれる仕事以外の関係に関しては別だ。仕事に影響が出るから私情を挟み込むなとどこかのお偉いさんは言うだろう。人間関係に置ける一番の敵は感情だからな、お前らの能力以外俺は極力信じないようにしている」
艦娘の戦闘能力や作戦能力などの外面的な力は信じていても内面的な人格や精神などは全く信じないと提督は言う。かつて過去に信頼関係に関する嫌な結末を経験しているのだろうか、自分達も薬の影響とはいえ裏切るような結果をしてしまった事に蒼龍と飛龍は胸部を深く杭で打たれたような鋭い痛みに襲われた。
自身もあの忌まわしい嫌な過去は忘れ去りたい、飛龍と蒼龍も悔しいほどその気持ちは理解出来ている。本心は裏切るような事などしたくなかったのが薬の影響によって裏目に出てしまった。拭えきれない後悔はいつも蒼龍と飛龍の背中に重くのしかかっている。食いしばった歯が崩れてしまうほど深い罪の傷は残っていた。
「お前らが俺を何かと信じている理由は簡単だ、俺はこの鎮守府に着任した以上は腐れポンコツ共を強くさせなきゃならない。その仕事の過程上でお前らの関係だとか野望だとか色々復活させたり叶えさせたりした事で、俺は表では印象が悪くても中身は良い奴なんだとお前らは勝手に思い込んだ」
提督が艦娘達に施してきた事は全て仕事でやってきた事であり、個人の善意の為に行動していた訳では無いと簡略的に伝える。
酷い待遇を受け続けた艦娘達を哀れみを抱いて同情し、報いを受けるように自ら手を差し伸べるなどもってのほかで、提督は艦娘が自身から一念発起して使える物は全て使うんだと提督も利用してまで野望を持たなければその野望すら手伝うつもりは毛頭無かった。
艦娘達を強くさせるという使命がある以上はありとあらゆる手段を行使してその使命を全うしなければならない。
それらを艦娘達は勝手に勘違いしたと提督は答えた。
「こちらとしてはそう思ってくれた方が好都合だし、何より操りやすいし扱いやすい。まぁ表と裏を理解している奴も少なからずいたな、別に問題は無いが。つまりは俺がこの場にいる以上は好き嫌い関係無く話は聞いてやるけどその内の信頼関係はお前らで勝手にやってくれっていう事だ。理解出来たか?」
提督は艦娘達が勝手に信じてくれるのなら手駒として十分扱いやすいと思っている。自身の仕事や計画の為に利用される存在であり、そこに特別な感情や関係は持ち合わせていない。
それ故に提督の激しい表と裏の性格を直接言わずとも分かっていた艦娘は少なからず存在する。恩を受けたとしても違和感を感じる艦娘がいたのを思い出した蒼龍と飛龍は提督との関係が不明瞭なってしまった事に不安を感じた。
「でも、提督は……信頼してたって……言ってたよね?」
蒼龍は提督が翔鶴達との戦闘後に信頼していた事を自白した提督を思い出して問いかけた。
話を終えたと思っていた提督は部屋に入ろうとドアノブに触れた手を止める。
身体を制止させて少し顔を俯く提督はそっと蒼龍と飛龍達の方へ顔を振り向かせた。
「……あぁそうだな。裏切られたおかげで微塵も無くなったが」
「っ……」
「ごめん……なさい……」
提督は信頼関係があった事を否定はせず、寧ろ事実を認めて真面目に答えた。
翔鶴達との戦争後に食堂内で提督が罰の内容を伝えた際、上辺だけの信頼関係があった事を告白している。好嫌薬の影響によって豹変した艦娘達と話した事で自身は気付かずとも信頼関係が存在していた事を提督は不服でも認めざるを得なかった。
今までは全く気にならなかった艦娘達の蔑みや言葉が何故か心を突き刺してくる。
出来れば裏切られたとは認めたくはないが、胸苦しくなる感覚をあの時は久しぶりに感じていた。
「今更謝ろうが既に過ぎた事だ。ちゃんと罰は受けているからこれ以上罰を与える時間も無駄になるし、お前らが一々謝る時間も無駄だ。今は大人しく訓練に励むといい……もう長話は充分だろ」
「ま、待って提督!!」
部屋に入ろうとドアを開けた途端に蒼龍と飛龍はまた提督を呼び止める。半分ほど部屋が見えた状態で提督は深くため息を吐き、再度蒼龍と飛龍に顔だけを向けて怠そうに内容を聞いた。
「何だ」
「その……もう一度……信頼関係、作れないかな……」
飛龍がそわそわと目を泳がせて提督に信頼関係を作れないかと緊張しながら聞く。
それを聞いて提督は身体の中で何かが揺れ出し、軽い放心状態で触れていたドアノブから自然と手を離していた。目の色が冷たい蒼い色から陽の光のような橙の色に薄く変わっていたのを飛龍と蒼龍は一瞬だけ垣間見る。
「提督が私たちを信じてくれるように頑張るから……また仲間だって言ってくれるように努力するから……!」
「二度と裏切るような事は絶対にしない。提督の傍にいられるように頑張るから……!」
飛龍と蒼龍の言葉を聞いて提督は視界を目の前のドアへ移し、軍帽で顔を隠して考え込むように俯く。唯一動く右手の平を開いて目線を集中させ、数秒後に提督は飛龍と蒼龍へ顔を向けて口を開いた。
「……別にお前らの自由だ、やるなとは言わない。ただし……一度裏切ったお前らポンコツが信頼関係を作ろうと無駄に精進しようが、極めて短い時間でそう簡単に甘っちょろく上手くいくと思うなよ。分かったか?」
提督の威圧的な鋭い視線に蒼龍と飛龍は唾を飲んで首を二回ほど上下に振る。
勿論提督に言われた事は十中八九正しい事で長い月日を掛けて信頼してもらわなければならないのは蒼龍と飛龍自身も理解していた。遠回しに言われたような気がした二人は決意を固める。
二人の決意が固まった表情を見て提督は威圧的な表情を解かせ、一瞬緩やかな笑顔を見せた後にまた部屋に入ろうと足を動かした。
「ま、待って! 後もう一つ!」
しかしまた蒼龍に呼び止められる。
あまりのしつこさに提督はあからさまに不機嫌な表情で大声を出した。
「何だよ俺は眠いんだよ!! 部屋に入らせてくれ!! 言っとくがお前らは絶対に来るなよ!!」
蒼龍と飛龍にそれぞれ指を差して憤る提督。本来なら休憩中で今頃眠っているはずが二人に止められた事で時間は過ぎつつあった。
蒼龍と飛龍は提督を宥めようと必死に冷や汗を掻いて言葉を伝える。
「いや眠いなら膝枕してあげようかなって……思ったんだけど……」
「ぜひ頼む」
瞬時に提督はかしこまった表情で部屋に入らせるのを許可した。
「──これで潮岬町鎮守府へ送る資材の予算は以上になります。何かご質問はありますでしょうか?」
佐世保鎮守府内応接室で灰色と桃■中将が資材調達について打ち合わせをしていた。テーブルに乗せられた書類の束を手に取り、灰色と時雨は必要な事をメモに取っている。潮岬町鎮守府の司令本部や応接室と比べると明らかに設備の差が目に見えており、通る内に見える部屋を思わず見渡してしまう程だった。途中で佐世保鎮守府内を案内された灰色達は工廠設備や入渠設備の規模に圧倒され、未だ現実感を掴めずにいる。
「大丈夫です。ありがとうございます大淀さん」
メモを取り終えた灰色は資材量と予算を確認して快く了承した。初めて一人で打ち合わせして灰色はついてきてくれた時雨や摩耶に心の中でひたすら感謝している。
「うむ!! これで君の鎮守府の運営は取り敢えず安定しそうですな!!! 君もあちらも色々あって忙しいのは理解出来るが、今後のためにもちゃんと遠征任務を受ける事ですぞ!!!」
「はい! 肝に銘じておきます……!」
ソファに寄りかからず背を伸ばした状態で腕を組む桃■中将は堂々した表情で大きな声を上げて灰色を留意した。潮岬町鎮守府の状況を理解してくれた桃■中将の印象はとても良く、灰色も元気のある声で答える。
「さて!!! 話は終わったかな!!! 次の話に進んでも大丈夫かね大淀!!!?」
「はい大丈夫です」
資材関係の打ち合わせは終了し、それを見込んだ桃■中将は突然立ち上がって大淀に問い掛ける。大淀は眼鏡を掛け直して冷静に問題無いと伝えた。
「ならば良し!!!! 灰■■■君!!! 今から講演会を始めるぞ!!! ついてきたまえ!!!!」
「えっ? こ、講演会!?」
腕を組んだ状態で桃■中将はソファから離れて別の場所へ行こうと灰色を扇動させて足を動かした。
講演会と聞いて聞き覚えの無かった灰色は突然の出来事に困惑する。灰色を見兼ねた桃■中将は大袈裟に後ろへ振り返り、灰色に近付いて大きな声で説明した。
「そうです!!! 君の上司から基地攻撃戦術について教えるように言われました!!!! その顔からして聞いていないと言った表情ですな!!! 無理もあるまい!!! あちらは秘密に溢れているますからな!!! 私は全然大丈夫ですぞ!!! ふはははははははははは!!!!!」
どうやら聞かされていない事は予想の範囲内だったようで、灰色の過失を穏便に受け止めた。
すぐさま灰色は立ち上がって頭を下げる。
「す、すいません……! でもどうして言わなかったんだろ……」
「恐らく資材関係について、しか聞かされていないようですね。言っておきますがあの提督が貴方をここへ差し込んだ本当の目的はこの為でして、私たちの提督から直々に教えて欲しいと頼まれたんですよ」
桃■中将の秘書艦である大淀は軽くため息を吐いて灰色に事情を説明する。灰色達が佐世保鎮守府に赴いた理由だった資材関係は建前であり、本当は桃■中将の講演会を受けてもらう事だった。
「そ、そうなんですか……!?」
灰色は戸惑いの表情を隠せずにいた。
あの提督が他の人達に頼むなど灰色からすれば天と地がひっくり返ってもおかしくないほど珍しく思っていた。
「はい。私たちの提督は敵の基地攻撃作戦については軍一なので、時々講演会を開かれる事は貴方も知っているかと思います。ただこの一年は何故か深海棲艦の動きが活発化しており、開きたくても開けないといった状況にありまして、その専門知識を貴方にも身に付けて欲しかったのでしょう。特別に私たちの提督がお忙しい時間を割いて開いてくださいました」
「うむ!! ああも頼まれたら受ける他無しと判断したぞ!!!! この状況下であれば戦力強化は必須!!! そしてそれを従える有能な司令官も必須!! この時がちょうどいいと考えました!!!!」
桃■中将はその素晴らしい能力を活かすために時々講演会を開いていたが、年々強まる深海棲艦の活発化に応じて延期する事がしばしばあった。
提督は桃■中将にこのタイミングこそが重要な時だと理由と訳を説明し、講演会を開くように依頼したらしい。
そんな事を知るはずもなく今聞いて知った灰色は隣に座る摩耶へ視線を移して訳を聞こうとした。
「摩耶さんは……何で言ってくれなかったんですか……?」
「提督に止められてた。あたしも理由は本当に知らないけど、まぁ本音を吐かないタイプだから自分から言うのが恥ずかしかったんだろうな」
「えぇ……」
提督と共にいた摩耶自身もこの事は理解って黙っていたようで、目的の真意さえ掴めていなかった。摩耶の予想した理由が確かに分かりやすく感じても、何故自身に事実を隠したのか意図が分からない灰色は困り汗を掻いて戸惑いの表情を隠せずにいた。
「近々参謀総長であられる■■大将が小笠原諸島海域奪還作戦を実行する段階まで踏み込んだと仰っておりました。その時の為に貴方も戦力へ加わる可能性を鑑みたと私は推測します。つまりは……」
「灰■■■君ッッ!!! 候補生の君は
桃■中将が大淀と会話を合わせて灰色に指を差した。自分自身が白色に期待されているとは夢にも思わなかった灰色は無意識に笑みが零れる。何一つ平凡だった自分が潮岬町鎮守府に着任して白色や様々な艦娘達と出会った事で僅かにも成長していた。
今思えば激動の日々だった。
時雨と夕立の冤罪事件や深海棲艦化したノシロ対阿賀野と矢矧、そして鹿島の乱入。更には翔鶴達による反逆と大規模偵察作戦。
思い出として語るには長い時間が必要となるだろう。
そんな激動の中で灰色は体力や能力、精神的にも成長していた。
ヒーローになりたいという小さい頃の夢から一歩近づけたような気がした灰色は内なる喜びを噛み締める。
「早速向かうぞ!!! ついてきたまえ!!!!」
「は、はい! 時雨も行こう!」
桃■中将は高らかな笑い声を上げながら灰色と時雨を先導し、疲れた表情の大淀と共に応接室から出ていった。共についてきていた摩耶も途中の廊下から別れて灰色と時雨だけの二人となる。
講演会を開く大会議室まで歩む途中、笑い声を上げていた桃■中将が突然静かになり前だけを見て歩いていた。突然の沈黙に灰色と時雨は不安がって様子を窺う。二メートル近くはあるだろう巨体の背中は威圧感が凄まじく、鍛えられて隆起した筋肉が軍服越しから目に見えて分かった。
「灰■■■君……君に聞きたい事がある」
「はい、何でしょうか?」
笑い声を止めた数十秒後に桃■中将は灰色の方へ振り向かずに名前を呼ぶ。先程の情熱ある大声とは真逆に冷たく真面目な声が少し恐ろしく感じた。
何か重要な事を抱えているのか真剣な表情があの白色を彷彿とさせる。
「率直に聞こう、あの男……いや、君の上司である白を……どう思っている?」
桃■中将の質問は予想していたよりも簡単で白色の事をどう思っているかと言う単純なものだった。それ以上に敵の事や自身の能力について聞かれると思った灰色は内心安堵の声を漏らす。
そして頭の中で白色とはどういう人物か、今までの思い出を蘇らせて考えた。
「……私個人では不思議な人だなって思っていました」
灰色は目線をわざとそっぽ向かせて考えた事を話していく。
最初配属された潮岬町鎮守府で出会った白色は他の人間よりも外見や内面がとても特殊で不思議な存在だった。
長い白髪に敵を思わせる白い肌、破綻した人格や振る舞いは灰色にとって不安が積もるばかりだった。決して自分の考えを曲げない傲慢さや蹴落とす為ならありとあらゆる方法で実行する躊躇の無さ、どんな相手だろうと臆する事無く全力で立ち向かう容赦の無い性格。
一見は何故いとも容易く出来るのか不思議でしかなかった灰色は徐々にその理由を知る事になった。
「最初は不安で仕方がなかったんですが、共に過ごしていく度にあの人の本音や意図が分かるようになってきたんです。表面的では罵詈雑言にしか聞こえないんですが、よくよく考えればちゃんと誰かの為に考えて発言していて、自分自身を差し置いて常に周りの事しか考えない、そんな人なのかなって考えてます」
「……」
「お恥ずかしながら私、皆を救えるヒーローになりたいなって思ってまして……まぁ大人になった私が言えばバカにされるのは当然なんですけど……白さんは、違いました」
灰色は自身の夢を打ち明け、頬を人差し指で掻きながら苦笑いする。
深海棲艦に脅かされる日本という国とその国に住む人達を救いたいと堅い志を持っていた灰色はヒーローを夢見ていた。決して見返りは求めない、ただ単純に人々を助けて守りたいと思っていた。
「正直嬉しかったんですよね……ヒーローになりたいだなんて子供じみた夢、あの白さんならバカにされると思っていました。でも白さんは寧ろ肯定してくれて、覚悟あるのかと否定はせずに挑戦する意志を聞いてくれたんです……それが本当に、嬉しかった……」
灰色は拳を熱く握って印象に残った思い出に浸る。
初めて白色と出会ったあの時、圧迫面接のような事をやらされて緊張していた灰色は喉が詰まるような気分だった。緊張のあまりに思わず主題だけを言ってしまい、簡単に理由を述べる事が出来なかった。
当然バカにされると思い込んでいた灰色は白色の反応を見て驚く。
白色は決して否定はしなかった。
それは灰色にとって一番の嬉しかった出来事。今でも鮮明に覚えている。
だからこそあの人についていこうと思った。
「勿論日常的に罵倒するのは良くないですし、それは止めてもらいたいなって思ってます。私も時々嫌になりますが厳しい環境に身を置いて頑張ろうと毎日生きています。白さんを慕っているかと言われれば考えてしまいますが、私にとっては頼れる人であり成長する上で一番必要な人だと……そう思っています」
白色に対して思う感情は様々で言いたい事は山ほどある。
提督であるにも関わらず艦娘達に対して嫌悪感を躊躇なく示し、誰彼構わず口撃してくる性格は直して欲しいと何度も思った。
実際は仕事は誰よりも素晴らしく出来る人間で灰色にとっては頼れる人間の一人であり、今でも感謝しきれなくらい世話になっている。教え方は横暴でも何かと面倒見がよくて優しさが捨てきれない部分も幾度か目撃した。
自分が白色を嫌いになれないのはそういった光の部分が見えたからだと思っている。
「そうか……立派な事だ。その志を忘れるなかれ、最後まで貫き通してみせよ。私も期待しているぞ」
灰色の本心がこもった答えに桃■中将は後ろを振り向かず少し顔を仰ぐ。素直に灰色を褒め称え、今後も期待すると労いの言葉を言った。
だがその言葉が何故か冷たく感じた灰色は桃■中将という人物が不安に思ってしまう。よくない答えを言ってしまったのか不機嫌そうに見えた。
「突然ですまないが……君は横須賀鎮守府暴発事故、というのを知っているか?」
「あ、はい……それは耳にした事があります。確か開発中の兵器が実験中に暴発し、横須賀鎮守府の敷地内の約六割を火の海にしたって言う……やつですよね?」
桃■中将から話し掛けられたキーワードに灰色は簡潔に説明して答えを照らし合わせた。仮称として知られる横須賀鎮守府暴発事故とは約三年前に起きた軍が開発していた兵器の実験による出来事とされており、当時の状況や証拠から様々な都市伝説が噂されている事件である。
その事を知っていた灰色に対して桃■中将は口を閉じて顔を縦に頷き、話の続きを伝えていった。
「あぁそうだ。だが君が言っている話と本当の真実は
「え……? どういう事ですか?」
「君の隣にいた摩耶がいただろう。あの事故は……いや、事件と言うべきか、実際は
桃■中将の言葉を聞いて灰色は予想だにしない事に理解するのに時間を要した。理解するまでに身体が固まって動けなくなり、灰色は無意識に歩みを止めていた。隣にいた時雨も同様の反応で驚愕の事実に戸惑う事しか出来なかった。
それに気付いた桃■中将は灰色達と同じく歩みを止め、事件の本当の真実を語り始める。
「緋い軍艦の幻影を召喚し、迎撃する横須賀鎮守府の艦娘の半数を無力化。その後は鎮守府内の施設を破壊し尽くし、後に駆けつけた『
「約半数を……一人で……」
あの白色と共にいる摩耶が横須賀鎮守府暴動事件の主犯人だった事に灰色と時雨は動揺を隠しきれなかった。理解し難い真実に信じる以外の理性は無く、灰色と時雨は考えが整理できないまま話を聞く。
横須賀鎮守府に所属する艦娘の半数を無力化させるほどの実力を持つ摩耶とその摩耶に勝つ『
「幸い近隣住民には被害が全く無かった。奇跡とも呼べるだろう、あれだけの被害を被っておきながら死人は誰一人いなかった。あの摩耶にも理性が残っていたのか知らんが、今はとにかく気をつけろ。奴等は──」「オイ待てよ」
桃■中将が灰色へ忠告しようとしたその時、聞き覚えのある声が灰色の正面から聞こえた。
その声の方向へ目線を移すと行き先の隣にあった階段から当の本人である摩耶が登って現れる。
何か嫌な事をされたのか桃■中将を睨みつけ、敵視するようにとても不機嫌な表情だった。摩耶は睨みつけながら歩み続け、桃■中将達の前へ行き先を阻む。
桃■中将はものともせずに鋭い三白眼で摩耶を見下すように俯瞰していた。
「気になるから後を追って何を話すのかと思えば、つくづく面倒な事をしてくれるよなぁ……お前……」
「私は事実は教えるべきだと考えて話しただけだ。あの男の部下となれば多少訳を話しても問題無いだろう」
「だったらお前がその原因を作った大元である事も話さなきゃならないよな」
「えっ……」
摩耶と桃■中将が目線で火花を散らし、お互い一歩も譲る事なく啀み合う。
緋く鮮明に光る摩耶の眼と鋭く黒い桃■中将の目がぶつかりあった。
傍にいた灰色と時雨は何も喋る事が出来ず、ただただその場で留まる他なかった。
「そうだな。だが私は間違っていないと断言出来る」
「は……? んな訳ないだろ」
摩耶があからさまに嫌悪感を示して否定した。
桃■中将は摩耶の言葉を更に否定する。
「いやそうだ。何故というのなら聞かせてあげよう……深海棲艦は世界の平和を脅かす悪だからだ」
桃■中将は感情の無い声で右手の平を見せて自論を語った。摩耶は睨む事は決して止めず、頬を一瞬引き攣らせて血が滲むまで手を強く握る。
「罪も無い人々の全てを脅かし、人間ならざる姿で恐れさせるのならそれは人類の敵であり、排除するべきなのだよ。否定する理由は無いじゃないか」
「仮にそうだとしても深海棲艦の中には違う奴もいる。偏見は程々にしろよ、目の前の事実だけ見て奥にある真実から目を背けるな」
「仮ではないし私は背けてなどいない。君が言っていたように知性を持ち和平を望むモノがいたとしても確たる信頼の要素は殆ど無い。仮に深海棲艦の生まれた原因が我々人類にあったとしても、現在から未来の平和を脅かしかねない存在ならば理由問わずに殲滅すべきであり、その原因を起こした者も即刻処罰するべきだ。勿論深海棲艦化した艦娘や加担した人間も然り」
摩耶が持論に異議を唱えても桃■中将は全く自身の持論を曲げようとはしなかった。声の感情は虚無でしかなく恨みや憎しみなどは微塵も感じなかった。
一体その揺るぎない自信はどこから湧いて出てきているのか違和感と同時に底知れない不気味さも感じた。
一度深海棲艦と会話した事のある灰色と時雨からすれば桃■中将の思想は判断に困るモノだった。
確かに戦争上において敵に情を持つ事はいかなる事があろうと許される行為では無い。敵に情を持ってしまえば戦う際に躊躇してしまう事や裏切られて殺されるのは容易い事で本来はやってはいけない事だ。
それは灰色と時雨も分かり切っている。ただ深海棲艦を全体として悪と断定するのは何か間違っていると思ってしまった。
「私は脅かされる事の無い徹底的な平和を望んでいる。その望みを達成する為にも深海棲艦は排除されるべき存在だ、だから私は
桃■中将の本意は誰もが脅かされる事の無い徹底的な平和を成す事。その為ならば手段は選ばず、正しい者と悪たる者の区別をつけて切り分ける。現在まで人類に牙を剥く深海棲艦達を決して許さず一人残らず駆逐すると桃■中将ははっきりと明言した。
更に目線で衝突した火花が激しさを増し、互いの気迫で建物内が揺れているように感じた。身長が高い桃■中将は一方的に摩耶を見下して睨み続け、摩耶は憎むように見上げて睨み続ける。
「あ、あのー……」
「っ?」
「っ?」
激震する緊張の最中に誰かの声が水を指した。摩耶と桃■中将は声の方向へ共に振り向き、声の主を目に収める。桃■中将の背後にて灰色が手を挙げて作り笑いで二人を見ていた。
「どうしたんですか……?」
高まる緊張の中で灰色が精一杯出した言葉を聞いて二人は気を鎮める。灰色はホッと安堵の息を漏らして胸を撫で下ろした。
「失敬……少し熱くなってしまった。さぁ!!!! さっさと大会議室へ行こうか!!!」
「は、はい!」
不備があった事を謝った桃■中将はいつもの馬鹿でかい大きい声のテンションに戻る。突然の大声に灰色と時雨は身体を大きく跳ねらせ、桃■中将の声に釣られて大きく返事した。いつもの桃■中将とすれ違った際に摩耶は聞こえるように忠告する。
「後で後悔するんじゃねーぞ……お前はまだ知らないだけだからな」
「いいでしょう、ですが私は……認めるつもりなど毛頭ありません」
57話の事件はこれですねぇ