うざい提督とブラック鎮守府   作:あばずれ

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178. 汚れた鐐の轍はまだ見ぬ先へ

 それは六時間前の夕方十七時に遡る。

 灰色と時雨達が佐世保市で買い物をしている時、提督は寮の管理人である代表の艦娘と設備について話していた。少々愚痴を言いながらも艦娘の話に耳を傾けてメモを取っている。

 無事に仕事を終えた提督は仮執務室へ向かう為に寮の廊下を歩いていた。

 

「白殿」

 

 背後から呼ばれた提督は声の方向へ振り向く。

 提督を呼んだのは憲兵隊隊長で小走りでこちらに向かって来ていた。

 

「隊長か。どうしたんだ」

「いえいえ何もありませんよ。途中まで一緒ですのでどうせなら話しながら行きたいと思って呼びました」

 

 急ぎの用事かと思えばただ共に歩きたかっただけだと隊長は慣れない笑顔を返しながら言う。隊長の事など全く興味無い提督は隣で歩かれるのを全く気にしていなかった。

 しかし何故か違和感を感じる。

 隊長の声が少し痰が絡まったようないつもより低めの声に聞こえた。

 

「はーん……まぁ別にいいが、声変わってんな。喉でも痛めたか?」

「はい、少しやらかしましたね。薬は飲んでいるのですが」

「隊長として不甲斐ないな」

「はは……善処します」

 

 何気なく棘のある言葉を隊長は上手く受け止め、頭を抱えて苦笑いしながら答える。

 隊長はこれから自身の部屋で仕事をするらしく、並ならぬ忙しさを冗談半分で伝えた。

 

「では私はここで」

「はいはいお疲れ様」

 

 講堂と憲兵隊寮の分かれ道に辿り着き、隊長は憲兵隊寮の方へ身体を向け、提督は仮執務室の方へ進もうとした。

 それぞれ淡白に別れの挨拶をして行き先へ向かう。

 その時提督は後頭部から針で刺されたような小さな痛みを何回か感じた。

 

「っ……? 気のせいか」

 

 ただの静電気だろうと痛みに気にする事なく提督は仮執務室の中へ入る。

 仮執務室では秘書艦阿賀野が事務仕事を遅くまでこなしていた。提督が仮執務室を出る前に阿賀野が間違った項目やケアレスミスを順に伝えているらしく、阿賀野は終業時間までに終わろうと汗水流して取り組んでいた。

 仮執務室に入ってきた提督を見るやいなや、曇りのない笑みで事務仕事の成果を見せてきた。

 

「提督、終わりました!」

「……まぁいいだろう。これでお前の仕事は終わりだ」

 

 阿賀野が仕上げた書類の内容は提督が修正した通りに出来ており、提督は申し分ないだろうと仕事の終業を告げる。

 提督の言葉を受けて阿賀野は安堵したのか深呼吸して感謝した。

 

「ありがとうございます!」

「返事だけバカでかい声を出すな。耳が痛くなる」

 

 手に取った書類を机に投げて提督は椅子の背もたれに寄り掛かりながら堂々と机の上に足を乗せて座り込んだ。その後をついて隣に立つ阿賀野の声を聞いて小指で耳をほじくりながらさりげなく棘のある言葉を言う。

 阿賀野は言われても全く気にしておらず能天気にも緩んだ笑顔は保っているままだった。

 

「そういえば阿賀野」

「はい、何でしょうか?」

「酒匂の件なんだが、そろそろ発動する小笠原諸島奪還作戦が終わるまで延長する事にした。状況的に落ち着いた頃合いを見て酒匂をこちらに送るそうだ」

 

 翔鶴達との戦争前に■■大将と話し合っていた酒匂の件について簡略的に阿賀野へ伝える。

 ここ最近では翔鶴達との戦争や大規模偵察作戦で酒匂の件は常々後回しにされていた。

 ■■大将は近頃発動する小笠原諸島奪還作戦を最優先にし、その後の経過を見て酒匂を潮岬町鎮守府へ送り返すと提督に伝えている。

 

「分かりました……ありがとうございます」

「……あ、そうだ」

 

 酒匂の件を聞けた阿賀野はやっと会えるかもしれないという期待を胸に安心していた。複雑な姉妹喧嘩は既に終わっており、矢矧やノシロとも徐々にではあるが良い関係を築きつつある。

 他の仲間にも認められるように友好関係を作れるような段階まで来ていた。

 このままいけば安心して酒匂を迎えられる、そう思っていた。

 

『はい。もしもし灰■です』

「白だ。少しばかり連絡の為に掛けた」

 

 思い出したとばかりに提督は電話機で灰色を呼び出した。

 素早く着信に答えた灰色に対して提督は素っ気なく掛けた理由を伝える。

 

『お疲れ様です。何かありましたか?』

「毎日の業務報告について、だ。いつも報告は直接俺に伝えてただろうし、今回は摩耶がまとめてしてくれたからやる事はなかっただろうが、今度からは灰が報告するんだ。簡単にやった事を言えばいい。分かったか?」

『は、はい! 分かりました!』

 

 常日頃から灰色は提督に直接面倒を見てもらっているおかげか業務報告は全て把握されており、毎日報告する必要は無かった。しかし今回は特例で灰色達は佐世保鎮守府にいる為、何をやっているのか大まかな情報は得ていても詳細については知る事ができない。

 候補生の評価や今後の課題についてまとめておきたい提督は例え休みだろうと報告させる必要ができていた。

 

「あ~それとだな……まぁ、いいか……今回はどこかに行った程度でいい。お前らの惚気話を聞いた所で時間の無駄だからな。明日から頼むぞ」

『……? 分かりました、失礼します』

 

 今後の事について簡略的に話したかった提督は時間を考えて話すのをやめて業務報告について話題を戻す。一々質問されて時間をかけさせられるのも面倒だと分かりやすく説明した。

 灰色は素直に業務報告について理解してくれたようで自ら携帯電話を切る。

 物分りが悪い奴では無いと言う事を把握している提督は文句を言わずに受話器をそっと置いた。

 

「阿賀野、今日の夜は執務室に籠る。誰も入れないように伝えておいてくれ」

「分かりました! 時間は何時からですか?」

「おおよそ二十時だ。食堂の掲示板にでも貼っておけ」

 

 灰色に伝えた直後に提督は後をついていく阿賀野と共に食堂へ向かっていた。一昨日のように今夜も執務室に籠る予定のようだ。

 何をしているのか全く分からない阿賀野は何かしら大事な事をしているんだろうと軽く受け止め、掲示板に書き込む事をメモしているその時だった。

 

「薄気味悪いな……っ?」

「え!? て、提督!? どどどどうしたんですか? 大丈夫ですか……!?」

 

 突然提督が足を踏み外したのか廊下へ膝を着いて転倒しそうになっていた。

 提督は急な目眩と身体の内側から来た衝撃に思わず動揺している。

 倒れそうな提督を見て阿賀野は両手を広げて慌てながら提督の状態を心配した。

 

「……っ、いや……足を踏み外しただけだ。問題は無い」

「そ、それなら……いいんですけど……」

 

 提督は何事も無かったかのように立ち上がり、床に着いた膝の埃を軽く払う。立ち上がっても何の症状は出なかったものの、それが逆に不安を呼んでいた。

 

「まさかな……」

 

 

 提督と阿賀野が食堂へ向かい、晩御飯を食べ終えた後の夜の二十時。

 

 提督は間接照明で照らされた仮執務室にある応接間のソファに座り、テーブルの上にある黒い箱の中身を開ける。

 中には紅い液体が入った注射器があり、淡く紅い光を帯びていた。

 提督はその注射器を手に取って針を自身の腹へ向けて射つ。流し込まれていく紅い液体は皮膚に浮きでた血管の中へ縦横無尽に駆け巡っていく。

 身体全体の血管が紅い光を放出させ、目は一瞬黒くなって紅い瞳が浮き彫りとなり、紅い光を纏う白髪は逆立っていた。

 

「後でまた……補給してもらわないと……いけないな」

 

 順応が済んだ頃合いを見て提督は溜め込んだ息を吐き、新しい空気を肺がいっぱいになるまで深く吸う。

 この紅い液体は摩耶から支給される延命剤という名の薬物。

 提督はこの紅い液体を身体に補給しなければ自我を保てず身体が上手く制御できなくなるらしい。

 何を隠そうこの紅い液体はとある深海棲艦の血液であり、艦娘を指揮する提督が一番見られたくない日課である。

 

 そしてその事を提督は未だ知らずに使い続けている。

 

 

 何故なら提督は──

 

 

「──記憶を操られているから」

「……誰だ」

 

 突然の声に提督は顔を上げて警戒する。

 提督の視線に映るのは銀髪のツインテールをした艦娘、鹿島が目の前にいた。

 入室厳禁の仮執務室に堂々入り込み、ましてやドアをノックせず気配を感じさせないまま提督の目の前まで来ていた。

 

「鹿島です。こんばんは」

 

 鹿島はさりげなく仮執務室に入ってきた事を無視して提督に挨拶をする。

 

「入るなって書かれてなかったか?」

「書いてありましたね。それが何か?」

 

 仮執務室のドアに堂々とノートの破ったページに入室禁止と書かれていたのにも関わらず、それを無視して入ってきた鹿島を提督は若干苛つきを見せて問いだした。

 鹿島は私には関係無い事だと他人事で入室した事に何ら疑問を持っていない。

 

「何で入ってきてんだって言ってるのが分からないのか?」

「提督を救ける為です」

「救ける? 辱めたいの間違いだろ?」

「いいえ……これだけは違いますよ」

 

 入ってきた理由を頑なに言わない鹿島は提督にとって信じられない言葉を言い放つ。細目で常に微笑むその表情からして偽善臭く、何か面倒な事を企んでいるのは明確だった。

 

「何故その紅い液体を打たなければならないか、提督はご存知ですか?」

 

 鹿島は提督が持っていた紅い液体がこびりついた注射器を指さしてそれが何なのか問いだした。

 当然提督は答えるつもりはなく、鹿島を追い出そうと突っ撥ねる。

 

「お前に教える義理は無い。さっさと出てい──」「一時的な延命剤……とでも思っていたらそれは大間違いですよ」

「何故それを……」

 

 しかし鹿島は被さるようにして液体の正体を呆気なく答えて更に提督の思惑を否定した。

 提督は訳の分からない事を言う鹿島を睨みつけて後方へ少しずつ後退る。鹿島はそれを追い掛けるように徐々に前へ詰めて行きながらある事を話した。

 

「貴方の名前は白■■■……深海棲艦の初代提督、中枢棲姫の息子にして人間と深海棲艦の混血。中枢棲姫の血と力を受け継ぐ貴方は身体の中にある深海棲艦のエネルギー核と細胞を活性化させる為に中枢棲姫のエネルギーと血液を流し込んでいるんです」

 

 後退っていくうちに奥の執務机まで追い込まれた提督は机に座るようにして寄り掛かる。追い詰めた鹿島は少し右に逸れて提督の右方まで歩み寄り、目線を向けずに話し続けた。

 鹿島は仮執務室の間接照明の電源を切って部屋を真っ暗くする。

 窓から漏れる外灯の光を背景に鹿島と暗闇や影に染まっていく提督。

 

 二人しかいない仮執務室で緊張が一気に高まってきていた。

 

「何を訳の分からない事を……俺がそんな事あるはずないだろ」

「既に操作済みですか……では提督、何故私たちにこの事を隠す必要があるのですか? 隠さなきゃいけない理由でもあるんですか? たかが注射器一本、延命剤はともかく病気を治す為の注射とでも何も知らない艦娘達に偽っておけば何も問題は無いはずだと思いますが」

 

 鹿島は何故提督が注射器を打つ事を誰にも見せたくないのか問い詰めていく。今の提督が手に持っているモノを延命剤だと信じているのなら艦娘達や他の人間に見られようが疑われる事は無い。

 嘘や誤魔化しが得意な提督であれば尚更なはずが注射器を打つのを隠す事は(おろ)か、その注射器が存在している事すら隠そうとする。

 まるでその注射器の中にある紅い液体が後ろめたいモノとでも言っているかのようだった。

 

「あともう一つ聞きたいですね……■蒼■少尉って誰だか知ってますか?」

 

 ■蒼■少尉の事について知らないはずもない、ましてや忘れてはいけない恩人を知っているかどうか提督へ質問を投げる。

 名前を聞いた提督は静かに口を開いて答えた。

 

「……誰だ、そいつは」

 

 知らなかった。

 提督にとって命の恩人とも思える相手を今までの出来事を踏まえて知らないなど有り得ない事だった。

 明らかに提督の記憶の中で矛盾が発生しているのがよく分かる。翔鶴達との戦争という大規模な戦闘を経験していながら一番のルーツである■蒼■少尉を忘れているのなら提督の記憶は今一体どうなっているのだろうか。

 

「もういいです。ここまでならばもう確かめる必要は無いでしょう……──」「っ!?」

 

 記憶の矛盾を再確認した鹿島はゆっくりと提督に近付き、普段は全く見せない鐐の眼を開いて睨む。

 直後、警戒していた提督の鳩尾を予備動作なく一瞬で殴り、痛みに悶絶した後は意識を失くして失くして床に倒れ込んだ。

 

「少し眠っていてください……■■くん」

取り囲め!!!!

「っ──」

 

 鹿島が提督に触れようとした途端、誰かの合図の声が響いた。

 仮執務室のドアから待ち伏せしていただろう艦娘達が一斉に現れ、艤装を展開した状態で鹿島を取り囲む。鹿島を囲むのは大和、武蔵、日向、比叡、蒼龍、飛龍、鈴谷、古鷹、加古、朝潮、荒潮、響、暁。

 そして素早く駆けつけた不知火と川内が提督の傍によって鹿島に奪われないよう身を出して堅く守りを固めた。一斉に艦娘達が出てきた最後に『(レイ)』木曾と『(アオグロ)』蒼龍が色鮮やかな目を光らせて現れる。

 

「やはり『(シロガネ)』鹿島……企んでたな」

「おやおやこれは一体どういうことでしょう。仮執務室は入室厳禁なのでは?」

「それは鹿島さんも同じ事ですよ……何故こんな事をしたんですか!!」

 

 全方向から艦娘達に艤装の砲口を向けられ威嚇させられても鹿島は決して臆せずに飄々とした態度で話し掛ける。半強制的に提督を殴って眠らせようとした場面を見られた事で艦娘達と敵対。

 過去に艦隊で一緒だった不知火や川内は鹿島の行動が理解できずに説明を求めた。

 

「貴女達には関係の無い事です」

「答えろ鹿島!! 何故提督を気絶させた!! 今までの言葉も何なんだ!!」

「そこまでですか……心底腹が立ちますね」

 

 既に艤装展開している鹿島を囲っていた武蔵も同じく説明を求める。

 記憶の矛盾から既に聞かれていたと知った鹿島は表情を変えずに苛つきのこもった小声で呟いた。初めて怒りを見せた鹿島に少し動揺しながらも砲口を真っ直ぐ鹿島に向けて警戒を緩めない。

 

「そんなに知りたいのなら教えてあげますよ……先程も言ったように提督は深海棲艦の女王である中枢棲姫の子供であり、深海棲艦と人間から生まれた唯一無二の存在……そして正真正銘世界でたった一人、深海棲艦を指揮できる唯一の人間です。散々貴女達やその仲間を苦しめ殺して沈めさせた、貴女達がもっとも憎むべき深海棲艦の総指揮官だった人ですよ」

「っ……!!」

 

 囲まれても余裕の面構えで佇む鹿島は提督の正体を惜しみなく艦娘達に晒して伝えた。

 とてつもなく不気味で得体の知れない謎の存在だった提督の正体は人類を恐怖に陥れた深海棲艦の総指揮官。人智を超越した化け物たちから認められ指揮できる唯一の人間であり、そして深海棲艦の中心的存在である中枢棲姫の息子だった。

 衝撃の事実に艦娘達は心臓を針で刺されるような動揺を隠せずにいた。

 それと同時に何故か落ち着く事ができていた。

 

「何を今更驚いてるんですか? 不知火さんや川内さんはともかく、愚かな貴女達だろうと薄々気づいてはいたんでしょう? この人間は明らかに何かが違うと」

 

 潮岬町鎮守府の艦娘であれば提督の正体は自ずと誰もが分かっていた。長い白髪や白い肌などの深海棲艦特有の身体的特徴、徹底的に艦娘を嫌う性格などを鑑みれば簡単に気付ける事だった。

 鎮守府襲撃の終盤で■■少尉が提督に殴り飛ばされた後に中枢棲姫が出てきた理由も鹿島の発言を聞けば納得できるものだった。

 

「大体は認めたくなかったとかそういうくだらない感情でしょうね。提督の性格や行動は別として多少は善人の心がある事を思い込んでいた愚かで浅はかな貴女達らしい考え方です」

「あぁそうだね、確かに違いないよ。私たちは提督が隠したその善心を信じて疑わなかった。だけど、それが嘘偽りのモノだったとしても私たちにとっては嬉しかったんだよ」

「だから愚かなのですよ。傷を負った事で心の拠り所が全く無いから虚偽の塊に固執し依存していく。周りに頼れる者もいない、信じられる者もいない。そして不意に優しくしてもらった他人を疑わず信じるようになる。それはやがて揚げ足を取るような事になるとも知らずに……──」

 

 反論した飛龍を更に反論して鹿島は艦娘達を見下すかのように蔑んだ。

 直後に鹿島は意識を失っている提督を奪い返そうと瞬時に身体を動かす。

 しかし鹿島を見張っていた『(レイ)』木曾がそれよりも速く前に出て鹿島の右の手甲を軍刀で貫き、杭を打つように鹿島を床に叩きつけた。

 艦娘達は全員で床に倒れる鹿島を二度と立ち上がらせないように押さえつける。

 

「そう簡単には行かせないぞ鹿島」

「私たち二人がいる以上は逃げれないと思って」

 

 護神厄討艦隊のメンバーである『(レイ)』木曾と『(アオグロ)』蒼龍は刹那とも思える鹿島の動きを見逃さなかった。軍刀で貫かれた右手の甲から赤く血が手袋に滲んでいく。

 流石にこの二人がいると敵わないのか鹿島は大人しく抵抗もせずに床に張り付いていた。

 

「いやはや手厳しいですね~ここまでしますか? もうちょっと優しくしてもらってもいいんですよ?」

「お前だからここまでしてんだよ。暴れると分かっている猛獣をお前は野放しにでもするのか?」

 

 艦娘達に押さえつけられても鹿島は余裕の表情を崩さずに『(レイ)』木曾に話しかけた。通常であれば鹿島にとって絶望的な状況なはずが意にも介せず提督の方へ視線をひたすら向けている。面倒だと感じたのか鹿島は軽くため息を吐いて呟いた。

 

「そうですね……なら私はこう言いましょうか」

「っ……?」

「それは……──」

 

 

 

「──私を抑え込むには人数が全く足りませ~ん♡」

 

 

 

 一瞬で鹿島の身体から銀色の光が放出し光に包まれた。

 

 直後、仮執務室が大爆発。

 

 爆煙の中から提督を抱きかかえた鹿島が飛び出して現れた。

 地上三階から地面に着地してそのまま広場へ走っていく。

 

「っ──」

 

 右側の建物の死角から天龍が現れ、刀が首の目の前まで迫り来た。

 鹿島は背後に跳躍して回避。

 刀の先を強く踏んで地面に埋め込ませる。

 力に連られて体勢を崩した天龍。

 鹿島は前蹴りで顔面ごと天龍を蹴り飛ばした。

 

 急いで港に繋がる広場へ向かう鹿島。

 提督を奪い返そうと艦娘達がぞくぞくと現れる。

 鹿島の行く先に上空から飛んできた金剛が行く手を阻んだ。

 

提督を!!

 

 走り来る鹿島を迎撃する為に金剛は右腕を後方へ引いて振りかぶる。

 殴る体勢となって踏み込んだ地面にヒビが割れ、金剛は急発進。

 対する鹿島は勢いを止めずに前進する。

 天龍を蹴り飛ばしたように前蹴りで左足を前に突き出した。

 

返して!!!

 

 金剛の右拳と鹿島の左足が衝突。

 衝撃で旋風が発生し、舗装された地面が瓦礫となって舞い上がった。

 鹿島は足の裏についた金剛の右拳を真下へ蹴り落とす。

 体勢が崩れた金剛を残っていた右足で蹴り飛ばした。

 

 着地狩りを狙った球磨と多摩が拳を出して鹿島を挟み撃ち。

 鹿島は提督を上へ持ち上げて低空で身体を捻らせ回避。

 細い身体で回避させられた球磨と多摩の拳がすれ違う。

 その拳と拳の間に鹿島は着地。

 身体を駒のように回転させて球磨と多摩を蹴り飛ばした。

 

 鹿島はようやく広場へ到着。

 海へ繋がる港に一直線で向かった。

 

 だが二人の異彩な眼からは簡単に逃れられない。

 鹿島の背後に強烈な殺意を放つ翡翠色の眼が輝いた。

 翡翠色の光を身体に纏う『(レイ)』は軍刀で一閃を解き放つ。

 翡翠色に輝く軍刀の横薙ぎ払いが背後を見せる鹿島を襲った。

 

 横薙ぎ払いで地面が剥がれ、突風が吹き荒れる。

 鹿島は提督を両腕で抱えながら体勢を低くして回避。

 そして前傾姿勢になりつつ身体の向きを背後にいる『(レイ)』へ変えた。

 

 『(レイ)』木曾は容赦なく次の攻撃を仕掛ける。

 薙ぎ払った軍刀を天に立たせ、腕や拳に力を込めて振り下ろした。

 鹿島は即座に後方へ軽く跳躍して回避。

 『(レイ)』木曾は地面に埋まった軍刀を前進させ、地面を穿ちながら逃げる鹿島へ追い打ちを仕掛けた。

 そして地面の瓦礫ごと斬り上げ、更に左右斜めに二回薙ぎ払う。

 

 後方へ後方へと回避し続ける鹿島。

 その時飛んだ瓦礫の一部が鹿島の足元に。

 着地した鹿島は足を踏み外した。

 

 『(レイ)』木曾はその隙を逃さない。

 跳躍して身体を回転させ、もう一度軍刀を振り下ろした。

 

 鹿島は右腕の裾から隠していた脇差を召喚。

 無理矢理体勢を変えながら逆手持ちに切り替えて『(レイ)』木曾の軍刀を受け止めた。

 近接武器同士の衝突による衝撃が地面に流れ、大地が隆起する。

 

「なんつーモノをッ……!!」

 

 刃渡り百二十センチメートルの軍刀を物差し程度の脇差で止められた『(レイ)』木曾。

 刃同士が火花を散らして酷く擦れ合う。

 流石に脇差では物足りないのか鹿島の腕は目に見えるほど震えていた。

 

 直後、上に気付いた鹿島は『(レイ)』木曾の軍刀を受け流し、後方へまた跳躍。

 先程までいた鹿島の地点で大爆発が起きた。

 上空には蝙蝠のように飛び交う艦載機の集団。広場隣の寮の屋上で『(アオグロ)』蒼龍が航空隊を発艦させていた。

 

「全く……貴女達は提督ごと私を殺す気なんですか?」

 

 遮蔽物の無い広々とした広場の中心で鹿島は周りを見渡す。

 事前に『(レイ)』木曾達が計画していたのだろうか、続々と艤装を展開した艦娘達が現れ鹿島を囲っていた。

 鹿島は翔鶴達との戦争で提督と共に艦娘達に囲まれた時の事を思い出す。

 鹿島は深くため息を吐いて自身を襲ってくる艦娘達に話し掛けた。

 

「提督を奪い返すとはいえ直接攻撃を仕掛けるのは些か感心しませんね。それとも何ですか? 提督の正体が深海棲艦の提督だから恨み晴らしにいっその事提督も殺そうと思いました?」

「違う……! 殺すつもりはないよ……確かに言いたい事とか聞きたい事は山ほどある……直接提督の口で本心を言ってほしい。だから、返して……私たちの提督を……!」

「答えになってません。()()()()()がある以上は対話すら不可能だと何故分からないのですか。それに提督はモノではありませんよ。勝手に私有化するのは止めていただけませんかね。心底腹が立ちます」

 

 提督を両腕で抱えているのにも関わらず近接攻撃を仕掛ける艦娘達を見て違和感を覚えた鹿島は苛つきを抑えながら理由を求める。代わりに鈴谷が理由を答えるも鹿島は強く否定して脅迫するかのように脇差を鈴谷に向けた。

 

 

 

「おや着きましたね」

 

 

 

 不意に聞いた事のない声が鹿島と艦娘達の会話を遮って聞こえた。

 声の方向へ誰もが振り向く。

 

「船……?」

「いつの間に……?」

 

 広場に繋がる港に見知らぬ小さなドライブ船が一隻停泊していた。港には何一つ無かったはずがいつの間にか以前からそこにあったかのように佇んでいた。

 あまりの情報量に艦娘達は状況把握が遅れる。

 何故このタイミングで不可解な現象が起きているのか理解し難い状況だった。

 

「なるほど、ここが潮岬町鎮守府ですか。まぁ夜なんで何も見えませんが、懐かしいですね」

 

 ドライブ船からゆっくりと現れた人物は潮岬町鎮守府を訪れる為に来たようで何かと珍しがっている。暗い夜の影響で明確な姿が分からず、艦娘達は砲口は向けずとも警戒を維持した。

 

「ッ!? お前はッ……!!!」

「まさか!!? 鹿島ァ!!!

 

 暗闇から現れたその人物を見て瑞鶴は瞳孔を開いて敵視し、『(レイ)』木曾は鹿島の名を叫んで怒りを露わにした。鹿島は提督を抱きかかえたまま何食わぬ顔で『(レイ)』木曾の怒号を無視し、つまらなそうにその人物を睥睨(へいげい)する。

 周辺の艦娘達も驚きの表情を隠せなずにいたが、恐るべき敵だと把握して一斉に砲口をその人物に向けた。

 

 

 そこにいたのは──、

 

 

「いやはや皆さんお初お目にかかります。私は●(ぐろ)●……いや今は集積地棲姫……周りからは『貪狼(ディアボルフ)』と呼ばれています」

 

 

 災厄の側近、そして神出鬼没の大元凶。

 

 

 

「以後、お見知りおきを……」

 

 

 

 

貪狼(ディアボルフ)』集積地棲姫だった。

 

 

 

 

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