「……」
佐世保駅を朝五時に出発し、電車と新幹線を乗り継いで新大阪駅に到着。約三時間かかる潮岬町鎮守府までの経路を運転手の白■に送ってもらっている昼の十三時だった。
岸辺近くの道路を走っている最中に潮岬町鎮守府がある潮岬町が見えてきた。
しかしよく見れば所々に黒煙が立ち上っており、物々しい雰囲気が漂っている。
嫌な予感がしてならない灰色は自身を自制して落ち着きを取り戻し、潮岬町鎮守府へ向かった。
「一体何が……」
潮岬町鎮守府へ辿り着くはずだった灰色と時雨は鎮守府の門前を見て愕然としていた。まるで土砂崩れでも起きたのか道路は大量の大岩や土砂によって道が塞がれていた。木々は根こそぎ薙ぎ倒されて一部焼け焦げた跡が見える。灰色達は車から降りて土砂によって不安定になった道を歩いて潮岬町鎮守府に向かった。
「そんな……」
「壊されてる……」
更に灰色達は荒れ果てた鎮守府の凄惨な光景を見て絶望する。
艦娘達の寮や講堂は窓ガラスが割れて所々に穴が空いており、内部の部屋が簡単に見えてしまっていた。広場は酷くひび割れて隆起しており、建物や舗装された道の小さな瓦礫に埋め尽くされ、足を踏む場所が限られているほどだった。
第一倉庫から第六倉庫は鉄骨が剥き出しのまま倒壊しており、工廠は火災で天井が無くなって鎮火後には黒い煙を未だに出していた。
「来たましたか、灰さん」
灰色達を迎える為に声を掛けてきたのは不知火だった。
不知火の姿を見た灰色達は思わず青ざめる。
不知火は左腕の骨折で三角巾によって支えられ、全身には至る所に打撲痕。潰された右目は応急処置で頭半分が包帯に覆われていて怪我の部分から赤く滲んでいた。
「不知火……その怪我は……」
「私は大丈夫です。こちらへ」
不知火の凄惨な姿を見るからに他の艦娘達もタダでは済まないだろうと思い知った灰色達。
唾を飲み込んで覚悟を決めた灰色は案内してくれる不知火の後を追った。
「状況を報告します。現在潮岬町鎮守府の戦力は七十四%から四%まで激減。全ての艦娘が中破以上の損害を負っており、今から戦える艦娘は護神厄討艦隊の艦娘と私、時雨を除いて精々……三名。資材についてはいずれも破滅的状況であり、高速修復材による修復は数が少ない為に重度の外傷または大破状態の艦娘を最優先にしています」
不知火が艦娘達のいる場所まで簡単に鎮守府の状況について説明した。
まるで廃墟と化した司令本部へ入っていき、ガラスの破片や小さな瓦礫などが簡単に片付けられた廊下内を歩いていく。
不知火が説明していくうちに徐々に血腥い臭いが鼻を刺してきた。
説明を終えた後に不知火が医療施設の扉を開く。
「白露!! 夕立!! なんて酷い怪我……!」
医療施設内は灰色が言葉を失うほど想像を絶する悲惨な光景が広がっていた。
応急処置を施された艦娘達が廊下や椅子に座って更なる治療の為に待機しており、患部から滴る血が床を汚し、取り替えた血で滲んだ包帯があちらこちらにばら撒かれていた。
時雨は大怪我をした白露と夕立の元へすぐさま駆けていく。
■■医師を始めとした憲兵と整備士達、そして看護師の医療チームが負傷した艦娘達を手当てしており、■■医師の指示の声が常時医療施設内を木霊する。
「……何があったのか簡単に報告できるかな」
「はい。昨日の夜二十三時十二分、鹿島が司令に対して誘拐未遂を働き、護神厄討艦隊の艦娘の指揮によって誘拐を阻止するも『
「『
「鹿島が何年も前から集積地棲姫の助手、言わばスパイとして潮岬町鎮守府の我々を監視していたらしく、司令を誘拐する為に緻密に計画を建てていました。恐らく呼び寄せた理由も取り返そうとする私たちを徹底的に叩きのめして戦意を削ぐ為かと……今、このように……」
地獄とも思える状況を見て灰色は拳を熱く握り、歯を食いしばって悔しさを胸に抱いた。自分達が遠い場所で休んでいる中で不知火達は提督を取り返す為に命を懸けて戦っていた。自身の甘さに反吐が出そうだった。
「……白さんを拐った目的は……?」
「分かりません。理由目的ともに不明です……一つ言える事があるとすれば、鹿島は提督に
鹿島が提督を拐った目的は全く分からないと頭を抱えて伝える。
ただ一つ分かっている事は鹿島本人から聞いた
確か鹿島も不知火と同じ提督の元部下だったはずだ、記憶に関する何かしらの関係があるのかもしれない。
「話を戻しますが、我々は潮岬町鎮守府の責任者が喪失した場合、新たな責任者を灰■■■と認め、貴方を司令として承認する事を事前に白■司令が決めていました。前に白■司令が貴方に渡した手紙にも書かれているかと思います。よって全ての決定権や命令権は貴方に委ねられ、そして艦隊の指揮権は貴方に付与されました」
白という提督がいなくなった事で鎮守府の責任者を務める代役として候補生である灰色が選ばれた。損害状況が絶望的である今の状況下で鎮守府の指揮系統を失えば今後の運営や艦隊指揮は困難を極める。
不知火は提督ならばこう考えるであろう対策を自身なりに導き、灰色を司令官として着任させる事を認めた。
「私が……この鎮守府の、提督に……か」
「遅かれ早かれ貴方はいつか司令となる存在。迷う余地や意味などありません……お気持ちは察しますが、我々には艦隊の指揮権を持つ司令官という存在が必要なのです。どうかご理解の程、よろしくお願いします……」
灰色は自身が突然この鎮守府の責任者となった事に実感を持てず、責任者として皆の期待に答えられるか迷っていた。
思えば今まで提督と共に歩んできた分もあって甘い汁を吸ってきたようなものであり、提督であればそろそろ独り立ちするべきだろう青二才と半分馬鹿にして言うだろう。
だがこの絶望的な状況の中で司令官になってしまった故にこの先立ち上がれるかどうか先の見えない不安に悩まされた。
不知火もこの状況下で突然司令官になってしまった灰色の心境を察している。
しかし艦娘には司令官という存在が必要不可欠である以上、否が応でも務めてもらうしか頼れる方法はなかった。
そうでもしなければこの場にいる艦娘達は自我を保てず、パニック状態に陥ってしまう。
微かな希望がなければ自分達は消えてしまう、不知火はそう思っていた。
「不知火は……?」
「私はまた治療を受けなければならないので、では……また」
不知火は■■医師に治療を受ける為、灰色に全てを伝えてその場を去っていく。
その時不知火の顔が酷く落ち込んだ悲しい表情をしていたのを灰色は見逃さなかった。何か声を掛けて励まそうと手を伸ばして口を開いたが掛ける言葉が見つからない。
呼び止める事など出来ず、不知火は姿を消してしまう。
灰色は伸ばした手をもう片方の手で押さえて顔を俯いた後に時雨の方へ向かった。
「白露……夕立……」
「やぁ……灰さん……戻ってきて……くれたんだね」
「大丈夫……かな……?」
「大丈夫っぽい……まだ痛むけど」
不知火に声をかけられなかった事を後悔しながら灰色は白露達の方へ向かって名前を呼んだ。
灰色が戻ってきてくれた事に白露と夕立は目を潤わせ、か細い腕を精一杯動かして灰色の軍服を弱く掴む。
集積地棲姫との戦闘で白露は頭蓋骨骨折による頭部外傷と内臓破裂、夕立は鋼棒が腹に突き刺さった事による内臓損傷と右肩から右手までの複雑骨折。
二人の怪我姿を見ただけで『
「そこで何して、って戻ってきたのね灰■君」
「■■先生。お疲れ様です」
「お疲れ様、と言いたい所だけど今はそんな事いいから貴方はこっちに来て。状況を把握してもらうから」
「分かりました」
白露達と話している最中に背後から■■医師が灰色の名前を呼んで現れた。サボり中の憲兵か整備士だと見間違えて思ったのか相当疲れが溜まっていそうだった。
■■医師は鎮守府の提督として艦娘達の状況を把握してもらうために灰色を呼び出して医療施設の奥まで連れていった。
「四名を除いた艦娘五十五名の内、四十三名が中破以上の損害。そして瑞鶴、古鷹、木曾が意識不明の重体。いずれも命は取り留めてるけど……油断は出来ない。これがそれぞれ艦娘の容態をまとめたリストね」
「あ、ありがとうございます……」
「高速修復材についてだけど瑞鶴、古鷹、木曾の三人には使用してるわ。それ以外は誰に使うかは貴方の判断に任せる。こんな事言っておいて何なんだって話だけど……貴方の許可無しに無断で無闇に使えないし、一個人の意見で流されて欲しくないし、それで間違った事をして欲しくないから……申し訳ないけど……」
■■医師は歩きながら説明しつつ現在の艦娘達の損害状況をまとめたリストを灰色に渡した。不安がる灰色に■■医師ははにかんだ笑顔でこの状況を乗り越える為に共に頑張ろうと励まし合う。
艦娘達の治療に専念する■■医師も不眠不休で働いているお陰か目にくまができており、足元が少しふらついていた。
灰色は今後の鎮守府の運営の為に緊急時に設置された小さな執務室へ向かう。
執務室と言っても六畳間の物置部屋を無理矢理作り替えた部屋だ、新米の提督にはおあつらえ向きだろう。部屋の中に入ると片隅に寄せられたガラクタが隙間なく敷き詰められていて、部屋の中心に学校机とパイプ椅子が用意されているだけだった。
全く使われていない所為か窓の縁やガラクタの表面には埃が溜まり、風通しも悪く空気の換気は難しい。
「さて……どうすればいいものか……」
部屋に入った灰色はパイプ椅子に座り、艦娘達のリストを机に置いて今後の事について考えた。
机には仮執務室に置かれていた資料が山積みになっていて、片付ける場所もなく平然と置いてあった。
積み上げられた資料には艦娘達の名簿や七壊星のリスト、作戦会議の議事録、過去の戦闘報告書や資材取引承諾書などが残っていた。集積地棲姫との戦闘後に不知火と川内が周囲に散らばった資料を一つずつ集めてくれたらしい。
しかし鹿島が暴走した事によって提督が考えていた計画や作戦を記した資料は燃えてしまい、黒く焦げて読めなくなっていた。
「分からない……何をすればいいのか……分からない」
灰色は悩みに悩んだ。
この絶望的な状況を打破できる方法はあるのだろうかと頭をフル回転させて考え続けた。
艦娘達の治療、慢性的な資材不足、建物の修復予算、今後の鎮守府の方針と運営、深海棲艦の襲撃してくる可能性。
悩まされる課題は穴から這い出る蟻のように増えていく。
考えれば考えるだけ時間を無駄にしているような気がした。
明日に切り替えて考えた方が楽なんじゃないかと思ってしまった。
これだから俺はダメなんだ。
肝心な時に限って何もできやしない。
ただこうやって貴重な時間を貪り尽くしているだけの間抜けな無能者だ。
甘い汁を吸っていただけなんだ。
候補生という枠に甘んじて何も把握出来なかった無力な奴なんだ。
もうこのまま何もせずに自分を責めれば──
「違うだろ」
提督や艦娘達の事を思い浮かべた灰色は両手で頬を思い切り叩いて目を覚ます。
痛みに痺れながらも灰色はパイプ椅子から立ち上がった。
「皆憔悴し切ってる……ここで立ち上がらなきゃ誰がこの鎮守府を建て直すんだ……! 余計な事は考えるな、見い出せ己の意地を……!」
今鎮守府の代表である自分がいつまでも絶望していたら怪我を負っている艦娘達や■■医師達も影響して心が沈んでいく。
戦争における兵士の士気低下は情勢を左右させるほどの致命傷にもなる、司令官である自分が絶対にこの状況で
灰色は今自分が最大限できる事、最善を尽くせる事を考えた。
例え小さな事でも良い、僅かな事でも達成して進めば大きな目標へ一歩近付ける。
机に積み上げられた資料を引っ張り出して今まで集めた情報を再確認した。
「白露達は結構酷い怪我を負わされてるのか……今は護神厄討艦隊の艦娘達が見張ってくれてるなら心強いな。資材は……駿河鎮守府の先輩に話を聞いてもらえばまだ何とかなるかもしれない」
資材は駿河鎮守府にいる自分を推薦してくれた先輩がいる。話を聞いてもらえれば一時的な資材不足は解消される可能性があるだろう。灰色は持っていたメモ帳のページを破ってやる事リストをまとめた。
「『
不知火がまとめた報告書には『
集積地棲姫は●
「よし、やる事リストに書いて決めたぞ……そういえば摩耶さんはこの状況の事知ってるのかな……大本営にいるんだろうけど、もし知ってるならすぐ来てもおかしくないと思うし……一度連絡してみるか……?」
ほぼほぼやる事が決まった灰色は先日に叢雲と摩耶が大本営に行った事を思い出した。
何せこの差し迫った緊急事態だ、あの二人も耳には届いているはずだろう。
だが鎮守府に来る様子や気配は全く感じられない。
不知火が摩耶の事に関して喋らなかったのも摩耶から連絡が無かったからなのだろうか。疑問に思った灰色は携帯電話で摩耶へ連絡を試みた。
『摩耶だ』
「もしもし灰■です」
『灰か、掛けてきた理由は言わなくても分かるぞ。そっちに戻ってくれたならありがたいんだが』
意外にも摩耶は素早く応答して事の状況を既に把握しているようだった。
何処か海上を航行中なのか風の音や波の音が摩耶の声に被せて聞こえてくる。
「早く戻ってこれました。摩耶さん達も戻れますか?」
『すまないが~……最低でも明日になる。今は灰もやるべき事をやってくれ』
「分かりました……それと白さんの事なんですけど……」
灰色は提督の事について触れないはずが思わず口が滑らせて摩耶本人に聞いしまった。
直後頭の中でハッと気付いた灰色はどう説明しようか悩む中、摩耶は乾いた笑い声をしながら口を開いて答える。
『……まぁ、今更どうこう考えても時間の無駄だな。気にしなくていい……あまり気にしなくていいよ』
「分かり……ました……」
摩耶との連絡を終えた灰色は気まずくさせてしまった事を後悔した。
提督の喪失は鎮守府の誰よりも摩耶が一番悲しいはずだ。
しかも仲間だったはずの鹿島に奪われてしまうとなればそれ相応の損失は精神に来るものがあるだろう。
「やるべき事……それはちゃんとまとめてる。今は四の五の言わずに行動しよう。思い立ったら即行動、白さんがいつもやってた事だ」
「この傷……ホントに治るのかな……」
時雨は憲兵や整備士達と同じく■■医師主導の下で白露と夕立の看病をしていた。
遠出していた事で鎮守府の艦娘達の中で唯一無傷だった時雨は仲間の応急処置に尽力を注いでいた。司令官の灰色は仮執務室にて緊急事の対応に迫られていて艦娘達の事を目に掛けられなくなっている。
代わりに五体満足の自分が仲間の状況を把握しつつ応急処置をすれば効率は良いだろうと自分のやるべき事を見つけて行動していた。
「その……集積地棲姫って奴は、強いの……?」
「強いどころの話じゃない……アレは次元が違う。一斉に攻撃して充分な損害を与えた、だけど何度も復活してきてた……結局誰一人手も足も出ないまま、倒す事はできなかった……」
突如潮岬町鎮守府に現れた『
鹿島が言っていた全ての性質に流れるエネルギー効率を自由に操る力は凄まじく、護神厄討艦隊の艦娘達でさえも戦闘に苦労していた程だった。瞬間移動したかに見える驚異的な速力、海や大地を震わせる圧倒的な火力、どれだけ損傷を与えても何事も無かったかのように修復されてしまう耐久や装甲など何から何まで異次元だった。
あの力こそ七壊星の真の力なのだろうか、複数の艦隊を殲滅させるだけの力を持つ深海棲艦に時雨は心を突き刺すような不安が過った。
「しかもあの深海棲艦、艦娘を作ったみたいで……そもそも私たちは元々人間だったぽい……」
「え? 私たちは元々人間、だったの……?」
「鹿島が言ってたぽい。エネルギー核を融合させた改造人間だとか、何とか……もう……何が何だか、訳が分からないよ……」
夕立から聞いた事実を聞いて時雨はふと包帯を持っていた手を止めてしまった。
艦娘は元々人間から生まれた改造人間であり、その艦娘を開発したのは『
時雨も夕立と同様で情報量の多さに理解するまで多くの時間が必要だった。
「あ、時雨ちゃん! 手が空いたならちょっと手伝ってくれないかしら?」
「あ、ごめんなさい! もう少し掛かります、終わったら行きます!」
「分かったわ。急がなくていいからゆっくりね」
考え事を続けながら無性に夕立の応急処置をしていた時雨の元へ■■医師が声を掛ける。
古鷹の応急処置を手伝って欲しかった■■医師は時雨が手を空けているように見えたようだ。呼ばれた時雨は我に返って周囲の状況に気付き、■■医師の応答を拒否せず後で行く簡単に伝えた。
「……これからどうなるんだろ……怖いな……」